課外8:水術 (2)
お腹もいっぱいになり、なんだか眠くなってきた。
グリーングラスのカーペットがフカフカで、深く体と脳がめり込んでいく。
その前に。
さて、本題に入ろう。
「ホエール先輩、よろしくお願いします」
「張り切っていくね!」
緑のカーペットから体を起こした鯨先輩は、白色の杖の端と端を両手で持ってバーベルのように持ち上げて、左右に上体を往復させて、伸び。
背中から、ポキポキという音が聞こえてきそう。
深いため息をつくと、先輩は木陰の外に出た。
「まずは概要から。
今日、みんなに見せるのは『水術』。
封魔属性の応用術だよ。
見た目が水みたいな封魔術だね
それじゃ、一番簡単のから見せるよ」
90度回転した先輩。
プロファイルが真剣なものに変わる。
杖が掲げられ、魔力が集まる。
封魔の魔力。
それが。
空間中に、プカプカと浮かんだ。
スイカくらいのサイズの水球。
そこに太陽光が当たり、煌めき、輝く。
「水術の純術、『アクア』。
綺麗でしょ。
まあ、攻撃力はたいしたことないけどね。
でも触ると、痛いよ。
魔力エネルギー体、だからね」
水、とは言っても、要は『封魔術』。
攻撃魔法である。
「空間滞在時間が長いのが、ちょっと特徴だね。
これを相手の顔にへばりつかせて、窒息させるよ」
「かわいい笑顔で、怖いこと言わないでください」
「冗談だよ、エレナ」
鯨先輩、たまにこういうところある。
「次、いくね。
次のは集中力が必要だから、静かにしておいて」
瞑想。
精神集中。
杖を掴んだまま、両手を胸に当てて、静かに呼吸をする。
風が流れる。
そして先輩は、杖を天に掲げた。
その瞬間。
青空に、類似色、水色の光によって描かれる、巨大な魔法陣が姿を表した。
直径推定30メートル?
デカイ!!
そこに魔力が集まっていく。
法陣魔術。
先輩の実力。
それは私の想像を越えてきた!
「アシッドレイン!」
魔術発動。
天空の魔法陣。
そこから、大粒の雨が振りだした。
この晴天にはあり得ない。
その雨粒は光を反射し、幻想的な光の世界を作り出した。
「すごいです!
こんな広範囲魔術、見たことないです!」
「ありがとうエレナ。
広範囲拡散だから、威力は弱いけどね。
でも、敵軍の侵攻を一時的に阻害する程度の能力はあると考えるよ。
この雨は、先程のアクアと同様に魔力エネルギー体。
人間にとっては有害。
肌を焼く、いわば『酸』の雨。
この雨を振らせる魔法は『スコール』って言うけど、前述の理由から、別称『アシッドレイン』とも呼ばれる。
僕も『アシッドレイン』って呼んでるんだ」
「おおよそ、『毒の雨』、なの」
「ノム、その解釈、厳密正確じゃないにも関わらず、『その通り』と言いたくなるよ」
「天気雨に降られて遊ぶには、鋼鉄の傘が必要だねぇ」
エミュ先輩の冗談に対し、みんな、苦笑いと納得感を足して2で割ったような表情を浮かべる。
真面目な話。
例えば魔法防御をおろそかにする戦士で編成された軍隊を相手取った場合、今のホエール先輩の魔術は、『足止め』どころか『壊滅的被害を与える初撃』となる。
鎧の隙間に酸の水が侵入した、などと考えると、ゾッとする。
クレセンティアの『鯨撃』、侮るなかれ。
「さて、それじゃあ、最後。
最後、最後のとっておき。
とっておきの、すごいやつ、見せるね」
「おお!
自分でハードルを上げてきましたね、先輩。
今の先輩、いい顔してますぜ。
先輩。
魔法名を教えてください」
「『メイルシュトローム』、だよ」
「もう一回お願いします」
「メイル、シュトローム」
「何それ!
超カッコいい!」
「私も見るのは久しぶりだなぁ。
『失敗しちゃった』、とか、おふざけは要らないよ。
カッコいい鯨を見せておくれ」
エミュ先輩が発破を掛ける。
その発破は、効果抜群だったように感じる。
勢いよく、ホエール先輩は杖を天に掲げた。
時間が止まったかのような静寂。
次の瞬間。
それが一気に崩壊する。
巨大な水色の魔法陣。
それが緑の大地の上に描かれた。
光輝く魔法陣。
第六感で感じる、その円に集まっていく大量の封魔の魔力。
過去、ノム・クーリア先生が見せてくれた、封魔の法陣魔術『グレイシャル』を彷彿とさせる感覚。
先程のアシッドレインと比較して、私の第六感が鳴らす警鐘の、その音の大きさが違いすぎる。
溢れ出した、封魔の魔力。
それは。
魔法陣の外周円に沿って、渦を巻き出した。
水の巨大竜巻。
それが天に向け立ち上がり始める。
そして、魔法陣を取り囲む、巨大な水流の壁となった。
「壊!」
ホエール先輩が叫ぶ。
その叫びに、魔術が呼応する。
水の壁が、内側に向けて侵攻を開始する。
円の直径が単調減少する。
そう、この魔法は。
水流が作る壁で、魔法陣の中心にいる人間を、縊り殺す、圧殺する術なのだ。
その結論が出た時、水の壁が、魔法陣の中心で衝突。
激しい水しぶきをあげ。
日光の反射を受けて、水粒が煌めき。
そして空間中に霧散蒸発していった。
・・・
感想。
魔術という名の、芸術作品を見せらせたようです。
拍手喝采。
それを脳内にとどめておくのはやめよう。
「先輩、最高です」
「ありがとう、エレナ」
脱力したような、へにゃっとした笑顔で先輩が返す。
高い精神集中の時間から解き放たれ、心の基礎基盤が液化現象を起こしているのだ。
「いいもの見れたの。
大賞賛」
「かっこよかったぜ」
照れてる〜。
赤くなる鯨。
その柔らかな表情と、先程実現したメイルシュトロームの破壊力のコントラストが高すぎる。
『レギオンレイヤー』。
その言葉は、『1つの軍団を、1人の魔術師で相手することができる』という意味を持つ。
今の先輩は、まさにその言葉を体現した。
たった1人の魔術師が、一国の軍隊を超える力を持つ。
故に、軍隊の持つ権力が低下し、魔術師が持つ権力が増加する。
国という集団よりも、教会などの魔術師を多く囲い込む組織が力を持つ結果となった。
自治都市クレセンティアは、まさにその代表格。
たった1人の少年が、軍隊を殲滅する。
そのイメージを。
これでもかと、脳内に焼き付けられたのだった。