入学 (3)
PUB。
そう綴られた看板を見上げる。
クレセンティア到達記念。
酒。
おつまみ。
ノムの奢り。
そんな単語達が脳内に浮かぶ。
そう。
私は帰ってきた!
帰ってきたのだ!!
*****
「お疲れ様でした~」
その掛け声でジョッキとジョッキと合わせる。
そして、脳みそを空っぽにした状態で、苦しくなる直前までシュワシュワを喉に流し込んでいく。
この一杯が、長旅の疲れを癒してくれる。
お疲れ様、私。
山を越え、森を越え、海を越え。
とほうもなく遠かった。
最も私たちを苦しめたのが、最初の山越え。
中央山脈、グレートディバイドの横断だ。
複数理由はあるが、最も重たい理由は『魔物が強い』である。
これこそが、1つの世界が『東』と『西』に分かれた原因なのだ。
ジョッキ一杯を飲み干した後、深いため息が零れる。
山は地獄。
酒場は天国だ。
「グレートディバイドを越えれるのなら、世界中のおおよその場所には行ける。
エレナも冒険者として着実に成長している。
たったの1年とちょっとで冒険者ランクA+になれるのは異例。
教師をしていた私も鼻が高いの」
日頃ないお褒めの言葉をいただいた。
魔術を志すものの聖地であるクレセンティアに来れたことで、たいへん機嫌が良いようだ。
日頃なく、表情筋が活動している気がする。
酒をあおるスピードも速い。
間違いない。
これは奢ってもらえる流れだ。
「でも割り勘ね」
「さようですか」
定番おつまみのモゲラの唐揚げが届いたところで、私は話題を変える。
「秘密の本棚、って何?」
あの発言以降、ずっと気になっていた。
秘密にされると知りたくなるのが人間のサガである。
「噂。
図書館のどこかに、隠された書籍達が眠っているって。
地下に眠っているのか、隠し扉があるのか、それはわからないけれど。
どんな内容の本なのかもわからない。
古代魔術に関する書籍かもしれないし、月術に関する書籍かもしれないし。
もしかすると、闇魔術の魔導書かもしれない。
そんな根も葉もない、ただの噂」
「信憑性は不明だねぇ」
「でも。
アルトはこの話題に反応した。
この話題が出た瞬間、彼の放つ漏出魔力が若干上昇した。
私はこれを『動揺した』と判断する。
何かある」
恐怖の嘘発見器。
自分に対してその能力を使われたと思うとゾッとする。
大先生に嘘はつけない。
「でも、そんな重要な秘密の書籍の情報を、アルトくんみたいな幼い子供に教えるかね。
まあ確かに『ただの子供』ではないみたいだけどね」
「エレナ、アルトが自分のことを『司書見習い』って言ってたの、覚えてる?」
「覚えてるけど」
「図書館で働く人は、自分自身を『スタッフ』と呼ぶの。
『司書』とは呼ばない。
この図書館で『司書』という役割は重要な意味を持つ、らしい。
アルトは『見習い』ではあるけれど『司書』を名乗った。
重要な役割を与えられていると思われる」
「なるほどね」
あの会話の中で、これだけの裏のやりとりが繰り広げられていたとは。
そう考えると、やはりアルトくんは只者ではない。
しかもかわいい。
『ますます欲しくなったぞ!』
どこぞの陰気露出ロリコンの言葉が思い起こされる。
彼は今頃、あの世で楽しくやっているかしら。
「でも秘密の書棚を探そうとか、そんな気はない、今の所。
見つかって出禁になったら、悲しすぎて死んでしまう。
強行するなら、まずは図書館の蔵書を全部読み終わってからかな」
「ノムが言うと冗談に聞こえないからすごいね」
「あと、図書館の防衛線はアルトだけじゃない。
強行するにも、まだ今の私では実力が足りない」
「ノムから防衛するって・・・。
邪神でも住んでんの?図書館に」
「邪神ではないけれど。
とてつもない魔術師が住んでいる、と言われている」
「でも、なるほどなって思うよ。
あれだけ価値のある大量の書籍を、どうやって盗難から守ってるのかなって思ったから」
「アルトを含めたスタッフの尽力もあるだろうけど。
あと貸し出しサービスがないのも、このあたりが理由だろうね」
次のおつまみ、私の好物のたこわさびと、ノムの好物の卵焼きが到着したところで再び話題を変える。
「この街にはどのくらい滞在する?」
「まだあんまり考えてない。
図書館の蔵書の数も当初思ってた以上にある。
少なくとも一ヶ月くらいはこの地にとどまりたい。
冒険者としての仕事もあるし、観光地もある。
エレナにも、好きに過ごしてほしい」
「私もそれくらいはいたいかな。
神話の本も読みたいし。
クレセンティア天文台にも行ってみたい。
たぶん一ヶ月では足りない」
ここであたりを見渡してみる。
おそらく半数以上の客は冒険者。
それだけ、この街は冒険者にとって魅力的な街なのだ。
ただ一点を除いては。
「でも物価は高いね。宿代も」
「ウォードシティの物価が安かっただけ。
これが普通。
それに宿だって質が全然違う」
「まあ確かに、『これはベットではない、大地です』、とか文句言わなくてよさそうだったよね」
「宿屋の質はエレナの冒険者としての実力に比例する。
それだけエレナが頑張ったということ」
「ただ、この街に長期滞在するには、そのぶん稼がないと、ってことだよね」
「ぬ」
いい仕事ないかしら。
キョロキョロと。
私はギルドの依頼掲示板の場所を確認した。
後で見ておこう。
滞在が1ヶ月だとすると、ちゃんと計画を立てないと。
あっという間に時が溶けてしまいそうだ。
時間を何に使うか。
図書館に使うのか、ギルドの依頼に使うのか、観光に使うのか。
ノムには、そんな計画があるのだろうか?
「ノムはこの街でやりたいこととかあるの?
図書館以外で」
「ある。
実現可能かはわからないけれど」
「何?」
「1つ目は、魔術研究院の中に入ってみたい」
「でも立ち入り禁止なんだよね。
まあ私も見学できるならしたいけど」
「方法は今から考える」
「でも、ノムなら実現しちゃいそうな気もするよ」
「最悪、忍び込む」
「やめてくれ」
「2つ目は、アルティリス氏に会ってみたい」
「ああ、あの封魔術の人ね」
「でも彼女に会えるのは研究院の中ということになると思う。
結局、1つ目の話題の件を達成する必要がある」
「あるほどね」
タコをグニグニしながら、聞いた話を噛み砕く。
「3つ目は、武器のメンテナンスをしたい」
「聖杖サザンクロス、だったよね」
「この杖も長いこと使ってるから、魔導効率が落ちてきている。
でも、このレベルの武器を触れる、メンテナンスできる魔導技工士は、そうそう存在しない。
シエルを超えてくれないと困る。
これは相当厳しい要求。
でももしかすると、この街でなら、可能かもしれない。
この話は、エレナの剣、ブルーティッシュエッジも同じ。
メンテを要する場合、同様に、シエルを越える魔導技工士を探す必要がある」
「確かに」
「以上3つ。
どれも非常に実現可能性は薄いけど、この街でないと達成できない」
「できることがあれば私も力を貸すよ」
「ありがとう」
ここで、お待ちかねのお刺身盛り合わせをメイドさんが持ってきてくれた。
海が近いクレセンティア。
天候が安定しやすい生海は、最高の漁場となっている。
鮮度は抜群。
生食で食べられることも貴重だ。
さて、頂きましょう。
・・・。
・・・・・・。
メイドさん?
「お待たせいたしました。
こちら今朝生海で取れました、鮮魚盛り合わせでございます」
そこにはメイド服のお姉さんが立っていた。
薄いピンク色のゆるゆるとウェーブした長い髪からいい匂いがする。
そして巨乳、私よりも。
このお店のウェイトレスさんはみんな地味なエプロン姿である。
では何故、この人だけメイド服なのか?
「このお店の方ですか?」
「いえ、私は今日一日限りのお手伝いでございます。
ウェイトレスさんが病欠で、今日はすごく忙しいらしくて」
「メイド服って珍しいですね」
「これは制服ですよ。
私の働いているところの、ですね」
「へー、どんなところで働いてるんですか?」
「クレセンティア魔術研究院です。
雑用係ですけど」
「詳しく!!」
突然ノムが身を乗り出してきた。
「そうですね・・・。
いろいろお話ししたいですけど、仕事がありますので」
「1つだけ聞かせてください。
魔術研究院の中に入る方法はありませんか?
合法的に!」
はてぇ〜、とお姉さんは人指し指を下顎につけて考え出した。
が、その答えは予想以上に早く出た。
「ありますよ」
「本当ですか!?」
今度はノムだけではなく私も乗り出した。
こんなことある?
「では、お店が閉店するまで待ってもらえますか?
お話は、その後でね」
*****
閉店の時間だ。
私たち以外の客が次々に帰っていく。
だいぶん待たされたので、若干酔いが冷めてきた。
そこで改めて考えたが、そんなにうまい話があるのだろうか。
それにお姉さんは雑用係と言っていた。
さほど権限は持たないだろう。
それでも、関係者とお知り合いになれるだけでも大きな一歩だ。
ちょっと話題はそれるが、メイドのお姉さんは雰囲気がミーティアさんに似ている気がする。
ミーティアさんは『玄』だった。
お姉さんも『玄』かもしれない。
何のか、はわからないが。
「お待たせでぇ~す」
メイドのお姉さんがやってきた。
すぐにわかった。
さっきと口調が違う。
こっちが素だ、たぶん。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
「お待ちしておりました〜」
お姉さんの口調を真似して私が返す。
「改めまして。
私はクレセンティア魔術研究院で雑務仕事を担当しているモメル。
メイドのモメル。
以後よろしくー」
「ノムです」
「エレナです」
「で、要件はなんだったっけ?
恋愛相談?
聞きたいなー、そういうの」
「・・・」
「さて冗談はこのくらいにして。
研究院の中を見てみたいのよね。
では、まずはこれを見なさい。
でぇーん!」
自演効果音付きで、モメルさんは一枚の紙を胸元から取り出して、私たちの顔前に突き出した。
ノムと私は、それを覗き込む。
『入学案内』
その4文字が目に入ってくる。
が、4文字だけでは状況理解はできない。
私たちは更なる情報提供をお姉さんに目で訴えた。
「研究生制度。
まだできて間もない制度だけれど。
優秀な学生を研究院に受け入れて、最高級の教育を受けさせようという制度よ。
あなたたちはこれに応募する。
つまり研究生として、正式に学院に出入りできるってわけ」
「そんな制度があるんですか!」
「ただし。
この案内にも書いてあるから、あとでしっかり目を通してもらいたいのだけど。
条件があるわ。
まず1つ目、入学試験があります」
「試験?」
「誰でも受け入れられるわけじゃないわ。
一定以上の魔術の素養と知識が必要。
実技試験と筆記試験をクリアしてもらいます」
「問題ない」
とノムがいった。
私は無言。
「2つ目、最低半年は学院に通ってください。
途中で辞められると困ります。
ただし、半年経ったその先の進路は問いません。
研究者であれ、冒険者であれ、盗賊であれ。
それは自由です」
「私は構わない」
「私も大丈夫」
私たちはお互いを見つめて意志を確認しあう。
「3つ目、研究者、ここでは教授と呼びますけど。
教授たちはみんな気まぐれです。
絶対に授業をしてくれる保証はないです。
4つ目、何があっても、何が起きても、当院は一切責任を負えません」
無言で首を縦に降る。
そのアクションは、ちゃんとお姉さんに伝わった。
「ならば、もう1枚の用紙も渡しましょう」
入学案内用紙はノムに渡り、手が空いたモメルさんは、また別の用紙を胸元から取り出した。
これをエレナが受け取り、ノムにも見えるようにしてから内容確認を開始する。
『シラバス』
その4文字が目に入る。
モメルさんとのアイコンタクトの結果、『とりあえず最後までざっと読め』という思考を読み取る。
目線を用紙に戻すと、最上段から1行づつ、目を通していった。
研究分野、ブランチ名。
研究者、教授名。
研究の内容、概略。
それらが列挙され。
『基礎魔導学専攻』。
『応用魔導学専攻』。
『魔導工学専攻』。
各ブランチが、3つの専攻に分類されている。
この用紙に刻まれた魔術に関する用語の数々が。
研究の内容を。
研究者のひととなりを。
研究院での生活を。
ふんわりと想像させる。
最終行を読み終え、私たちが意思疎通を完了したことを確認したのち。
モメルさんが高らかに宣言した。
「改めて聞きます。
当学院に入学しますか?」
「是非、入学させてください!」
「よろしい。
明日、早速学院にいらっしゃってください。
この用紙を見せれば、中に入れるように話は通しておきます。
・・・。
期待、していますからね」
そう言って、モメルさんは柔らかな笑顔を浮かべた。
その彼女に多大な感謝を伝え、私たちは酒場を後にした。
*****