講義6:魔導材料工学 (1)
講義も6つ目。
今日やって来たのは錬金工房。
巨大な溶鉱炉が私たちを出迎えてくれた。
放出される圧倒的な熱量。
前回のライザ教官の工房より、さらに高温多湿。
そんな悪環境下で、数人の技術者が仕事をしていた。
お疲れ様であります。
「貴様ら、揃っているようだな」
尊大なる発言と共に登場したのは女性。
その後ろに、エミュ先輩。
「ハローハロー!
控えおろう!
この方をどなたと心得る。
魔導工学専攻の専攻長。
クリクラ・フラネル様であられるぞ」
突然の小芝居。
どしたの?
どうも、いつも以上にテンションが高い。
「エミュ、馬鹿のフリをするのはやめろ。
お前の悪い癖だ」
「いえすまむ」
クリクラ教授の顔の一部がピクリと動いた。
耳だ。
耳だ。
エルフ耳だ!!!
「先生、エルフですか!?」
「そうだ。
お前は異種差別者なのか」
「逆に、かっこいいとすら思います。
好意的な方向へ差別します」
「対等に扱え」
「善処します」
エルフ耳に付いた緋色のピアスが輝く。
同色の瞳も宝石のようだ。
淡赤色の髪、その色の彩度の低さがエルフらしさを演出する。
茶色から緑にグラデーションするジャケット。
深い緑色のブーツ。
アクセントとなる小さな茶色のとんがり魔女帽子。
ジャケットの下は、白、黒のツートーン。
絶対領域を作り出すハイソックスも、白と黒のタイル調の柄である。
私の勝手なエルフ像を汚さない、お洒落な出で立ち。
しかし、1点だけ予想外。
身長はあまり高くなかった。
エミュ先輩とほぼ同じ身長。
2人が横に並ぶと、本当に姉妹のようである。
かわいさと美しさを両立。
そんな2度美味しい、魅力的なエルフさんだった。
「時間がもったいない。
さっさと講義を始めるぞ。
私が研究する領域は『錬金術』とも呼ばれるが、ややこしいので以降は次の言葉で統一しろ。
『魔導材料工学』。
魔導武器、魔導防具を作るために使う金属材料に関する学問だ。
以降、私の前では錬金術という言葉は使うな」
「錬金術っていうと、『なんでも産み出せる』っていう意味を思い浮かべちゃう人もいるからね」
今日も、エミュ先輩の補足説明は健在。
前回のライザ教官のときにも増して、顔がイキイキしている気がする。
「鉄と銀を混ぜても金にはならない。
幻想は捨て、現実を見ろ。
全てはそこから始まる」
クリクラ教官のイメージが徐々に固まってくる。
一言でいうと・・・。
『軍人』?
「『魔導距離』という言葉は知っているな」
「わかります」
「武器の魔導距離をゼロに近づけることが我々技工士の永遠の課題だ。
このために知っておくべき最初の知識がある。
それは、『鉄、鋼は魔法と相性が悪い』だ」
「そうなんですか?」
「鉄の合金である鋼は、強度の観点から見て、武器を作るには最高の素材だ。
そのはずだった。
しかし、鋼を使うと、魔導距離が急増する。
魔導距離が大きく、魔導摩擦が大きく、魔導効率が悪い。
魔術と絡めた場合、鋼の価値は激減する。
そのため、多少強度が下がったとしても、その他の合金を検討せざるを得なくなった。
これが魔導材料工学の始まりだ」
「鋼のなにがし、って名前が付く武器って、安物が多いですもんね」
「鋼の剣も、魔術を使えない人間にとっては重要な武器だ。
しかし私の研究はあくまで『魔術と金属の相性』。
私の関心空間内には存在しない」
私がウォードシティーの闘技場生活を送るために必要とされたことは、『武器の更新』だった。
私の魔力が強くなるのに合わせて、武器もより高価なものを購入し、装備した。
武器の価格は、武器の頑強さだけに比例するものではない。
つまりはここに、『魔導距離』が関係する。
魔術との相性がよい武器であるほど高価。
魔術戦闘が重要となるこの世界において、魔導効率が高い武器を所持することは重要な意味を持つ。
高い金を払うだけの価値は、言わずもがなである。
「さっさと結論にいくぞ。
白金、銀、マグネシウム、アルミニウム。
この4つを覚えろ。
これが今の主流だ」
「白金の剣・・・。
いくらで買えるんですか?
材料費、高すぎでしょう」
「合金だな」
「ああ、白金と他の金属を混ぜるんですね」
「そうだ。
白金の割合が多いほど、魔導効率は上がる。
そして重要な点は、白金、銀、マグネシウム、アルミニウムは、それ単体では脆いということだ。
合金にすることで、強度が驚異的に向上する。
単元素で武器を作ることは、まずないと知れ」
「そうか。
先生、エレナが発言します。
エミュ先輩から教えてもらいました。
魔導材料工学で最重要なのは『熱』だと。
それは、合金を作るために金属を溶かすのに必要なエネルギーなのですね」
「そのとおりだ。
そしてそれが、この私クリクラが、今の教授の地位についている最大の理由なのだ。
この街で、最も高い熱を産み出せる人間。
それが私なのだ。
重要合金の溶解は、現時点では私しかできない。
この事実が、私の金銭的価値を高めている。
疎ましい。
いつも有価証券のように扱われるのが」
そう言ってエルフ教授は嘆息した。
ときに天才とは、現実の嫌なところばかり見えるものだと感じた。
そして、そんな心の迷いを断ち切れるほどの精神力の強さも、この人は兼ね備えているのだろうな、とも感じた。
更には、そんな教授に対し、エミュ先輩は尊敬の念を持っているということ。
先輩が教授を見つめる瞳。
遠くを見つめる教授の瞳。
その2つの瞳の輝きに、高いコントラストを感じた。
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