入学 (2)
「ほわぁぁぁ」
ノムが当然変な声を出した。
圧倒的な数の書籍達が作り出す荘厳な雰囲気に呑まれたのだろう。
クレセンティア第一図書館。
それが誇る在庫の数は、私達の想像を優に超えてきた。
本の森。
一生かけても全書籍を読みきることはできないだろう。
しゅごい。
たまげる。
そんなへにゃっとした感想が湧いて起こる。
図書館が広すぎて、どこから見て回ればいいのか迷う。
その答えはノムに委ねることにする。
「すみません」
するとノムは近くにいた人を捕まえて話しかけた。
・・・。
子供?
「どういたしましたか?」
10才前後かと思われる男の子。
その小さな腕にはスタッフの腕章がついている。
丁寧な受け答え。
戸惑った様子は見られない。
「図書館のスタッフの方ですか?
可能なら、この図書館について教えてもらいたいのだけど。
例えば、魔術関連の書籍がどこにあるか、そういう内容を」
「はい、説明いたします。
こちらへどうぞ」
できた子だ。
ふいに、ウォードシティーのゴーレム好きのクソガキを思い出した。
爪の垢をなんとやら。
男の子は、図書館の中を案内してくれる。
掲示板の前に到着し、張り出された1枚の用紙を指差した。
「こちらが、この図書館の書籍の配置マップになります。
現在地はここです。
魔術関連の書籍はこちらの区画ですね」
男の子は図書館奥の最も大きな領域を指差した。
この領域の大きさから脳内計算して、魔術関連蔵書の多さを推定できる。
「各区画について、簡単に説明をしてもらえませんか」
「はい、わかりました」
ノムの質問に嫌な顔1つせず。
男の子は説明してくれる。
「まずは、こちらが魔術関連の区画です。
区画内の詳細は、こちらの区画まで行きますと、そこにまたマップが掲示してありますので、そちらをご覧ください。
この魔術関連の蔵書の多さが、この図書館最大の特徴です。
これらは大きく、『基礎魔導学』、『応用魔導学』、『魔導工学』に分類されています」
この後、『鉱物』、『医学』、『薬学』、『生物』、『歴史』、『神学』、『経済』、『文学』、と説明が続いた。
このあたりの分類はウォードの図書館と大きくは変わらないが、蔵書の数、質は比較にならないだろう。
「他にご質問はございませんか?」
「貸し出しは行なっていますか?」
ノムが質問する。
それは私も聞きたかった。
「申し訳ございませんが、行なっておりません。
例外として、魔術研究院関係者には貸し出しサービスがありますが、一般の利用者の方はご利用できません」
「むー」
「そっか」
外でコーヒーでも飲みながらまったりと読みたかったが、残念。
同じくノムも残念そうだ。
『む』はノム語で『否定』を意味する。
ちなみに『肯定』は『ぬ』。
以上、ノム語講座でした。
しかし、ノムの表情はすぐに切り替わり、次の質問が投げられた。
「あと1つ聞いてもいいですか?」
「はい」
「この図書館に秘密の書棚が存在すると聞きましたが、本当ですか?」
なんだそれ!?
「ここで『あります』と私が言えば、その時点でそれは『秘密』ではないのでは?」
「むー」
「例え存在したとしても、答えることはできません」
なんでも答えてくれそうな純粋な少年。
ではなく。
規律をしっかりと守る、社会人としてできた少年であった。
この子は例え脅されても答えないだろう。
ここで私は改めて少年を見つめる。
得たいのは視覚情報ではない。
第六感。
漏出魔力。
私ができうる最大級の精神集中、オーラサーチ。
その行為が、1つの答えをはじき出す。
「君、強いんだね」
私は微笑み、優しく語りかけた。
「この図書館を守るためには、まだまだです。
あなた方2人には敵いません」
お互いのオーラセーブの効果により、確かなことは言えないが。
この子の魔術的力量は、私と同等と思われる。
1つ訂正しよう。
この子はもし脅されたら、その相手をぶっ飛ばす。
「司書見習いをやっております、アルトと言います」
「アルトくんね、よろしく。
エレナです」
「ノムっていう」
「エレナさんとノムさんですね。
またご不明な点などありましたら、なんでも聞いてください。
今はお仕事中なのですが、また機会があればいろんな話を聞かせてください」
そう言って笑顔を見せてくれるアルトくん。
ええ子や。
かわいいし。
しかも強い。
お姉さん、何かに目覚めそうです。
*****
アルトくんと別れた私達は、魔術関連の書籍の区画にやってきた。
アルトくんの言ったとおり、この区画に関する詳細なマップが掲示されていた。
先ほどアルトくんと一緒に見た全体のマップは、魔術の区画が1色で塗られていた。
しかし、今見ている詳細なマップでは、さらに3色で区分けされている。
この辺りの疑問は、すぐにノムが解決してくれる。
「さっきアルトも言ってたけど、魔術の書籍は3つに分類される。
『基礎魔導学』、『応用魔導学』、『魔導工学』の3つ」
「ぬぉ」
「『基礎魔導学』は魔術の基礎的な理論に関する学問。
魔術がどうやって実現されているのか、属性変換、三点収束などの収束点合成の理論、法陣魔術の理論など」
「ふんふむ」
「『応用魔導学』は応用的な魔術使用に関する学問。
『召喚魔術』、『幻術』、『治癒術』などを含む」
「なるなる」
「『魔導工学』は魔術を利用した工学に関する学問。
『武具・防具製造』、『鉱石』などを研究している」
「なるほど。
たとえば、『雷術』に関する書籍を読みたい私は、『基礎魔導学』の区画を探せばいいわけだね」
「そのとおり。
『封魔術』に関する書籍を読みたい私も、『基礎魔導学』の区画を探す。
じゃあ一緒に探そうか」
*****
「『雷術・超完全版』みたいな本ないの」
「どうだろう。
雷術をメインで使う人が少ないから。
たぶんないかも」
そんなノムとの過去のやりとりを思い出した。
ウォード図書館でのやりとりだった。
そして今、私が手に持っている書籍の名前は、『雷術・超完全版』。
・・・。
本当にあった。
『世界一の蔵書数』の売り文句は、本当に伊達ではなかった。
著者『ルミナス・エレノール』。
・・・。
知らない人だ。
有名なのかしら?
さっそく近くの閲覧用スペースに陣取ってページをめくっていく。
座りごこちのよいオシャレな椅子が、読書の没入感を高めてくれる。
第一章『雷術の性質』
第二章『属性変換理論』
第三章『単属性』
第四章『属性合成』
第五章『武具収束』
第六章『防衛』
第七章『装具・エレメント』
この中で一番のボリュームがあるのが第三章。
純術『スパーク』から始まり、法陣魔術『アークスパーク』まで。
私がノムから教わった雷術、さらにはまだ教わっていないものも含めて。
全ての雷術について、習得方法、威力・消費魔力考察、効率改善などに関する説明が、事細かに行われている。
これはすごい。
逆に、第四章はあっさりとしている。
合成術の名前を列挙しただけで終わっていた。
なんかこの差に違和感があるのですが。
そんなこんな考察を巡らせながら、まずは最終頁までペラペラとページをめくっていった。
「よし、この本はちゃんと読もう」
私はそう小声で宣言して、1ページ目に戻った。
*****
「エレナ、そろそろ帰ろうか」
「にゃ」
本の世界から突然現実に引き戻され変な声が出てしまった。
窓から外を見ると、赤い夕日が差し込んできている。
もうこんな時間か。
私は、現状未習得の雷術に関する情報をぎっしりと書き込んだノートをたたみ、バッグにしまった。
「学ぶことがあったみたいだね」
そのノートをしげしげと見つめながらノムが優しくつぶやいた。
「ノムの読んでた封魔術の本は、どんなだったの?」
「封魔術に関しては、いまだ解明されていないことが多い。
そんな封魔術の研究で最先端を行っていると言われているのが、クレセンティア魔術研究院の主席研究員である『アルティリス女史』という方なの。
私が読んだ本は、このアルティリス氏の著書。
『プレアンチエーテル理論』」
「すごいね」
自分の雷術の書籍の勉強で疲れきった脳は、そんな平凡な感想しか思い起こさなかった。
「今度、エレナも読んでみたらいい」
「そうする。
さて、じゃあ行きますかね」
*****