講義4:四元素魔術学 (2)
私達は実技棟にやってきた。
無骨な空間。
エミュ先輩から説明を受けていた、『壁』。
物理防壁。
魔術攻撃からの防衛能力を高められたそれには、巨大なルーンの文字列が刻まれていた。
紅怜とルミナス教授が相対する。
「魔力を流す。
準備しろ」
「いつでも、来い、です」
紅怜がファイティングポーズを取る。
心配だ。
無理はしないで欲しい。
一旦、静寂を挟んだのち。
赤の魔法陣。
それが瞬間的に展開され、紅怜を取り囲んだ。
すぐに魔力の収束が開始される。
魔法陣全体が赤く光る。
「私の好きな味のする、純粋無垢な炎です」
そして生まれる炎の渦。
それが紅怜を取り囲んだ。
「アーク・フレア・トルネード!」
ルミナス教授が、その魔術名を叫ぶ。
法陣魔術だ。
炎の渦が紅怜を縊り締めた。
紅怜は無事なのか?
それを視覚確認することは難しい。
トグロを巻いた大蛇のように。
炎が紅怜を絞め殺そうとする。
違和感。
それは何か?
答えは、『魔力の滞在時間』だ。
通常は魔法発動から一定時間で魔力は消滅。
魔力輪廻へと還っていく。
しかしルミナス教授の発動した魔法は、長時間、その場所に存在し続けている。
これでは、紅怜の魔力が持たない。
紅怜の意思情報までも消滅してしまうと、本当に彼女は死んでしまう。
『もう、やめてくれ』。
その言葉を口にしたい気持ち。
紅怜を信じたい気持ち。
その2つの感情が、脳と心臓で火花を散らし、私の精神をすり減らした。
「さて、狐は生き残ったか、死んだか」
そんな言葉を吐き捨てて、ルミナス教授は魔法の発動を終息させた。
徐々に炎が鎮火していく。
「まさか、こんな短期間で、2本も尾を取り戻せるとは思っていなかったわ」
幼女。
その存在は確認できず。
そこに居たのは。
可憐な『少女』だった。
「また、進化した!!」
「そうです。
マスター。
私は思い出しました。
式神を使役する、その術を」
突然の声変わり。
キリリとした凛々しい眼差し。
成長した身長・・・と胸囲。
年齢は、私より少し若い程度。
そして。
そしてなにより、圧倒的に増加した魔力量。
成長期か!
成長期か!
「さて、今度は私の番ね」
紅怜は魔力の収束を始める。
彼女の周りの複数の点で、炎の魔力が集まっていく。
それは。
猫になった。
「にゃーん」
魔力の猫達が産声を上げる。
「行け!式神!
マスターに仇名す敵を、速やかに殲滅せよ!」
炎の猫がルミナス教授へ突進していく。
すぐさま爆音、爆音、爆音に次ぐ爆音。
ルミナス教授が爆炎に包まれる。
紅怜!
やりすぎ!
「はっは!
熱い!
実に熱い炎だ!
まずます欲しくなったぞ!
狐!」
ルミナス教授は黒煙を上げながら叫んだ。
なんなの?
炎耐性持ちモンスターなの?
「この婆。
不死身ですか。
マスター。
何か気持ち悪いから、私はマスターの元へ還ります」
そう呟くと、紅怜は消滅。
その魔力は私の中へと戻ってきた。
お疲れ様でした。
「ぬぐ、逃げられたか。
いつでも待っているぞ、狐。
寵愛を持って接してやる」
「死んでも、紅怜は渡しませんので」
*****
再び、私達は研究棟の教室に戻ってきた。
「講義を再開する。
炎術のバリエーションについて話そう。
最も基本となる炎術は、言わずもがなバースト。
つまり単点収束炎術のバーストブレッド放出だ。
これと類似した炎術が、ファイアブレッドだ。
これはバーストのように瞬間的に攻撃力を持つのではなく、比較的長期間、攻撃力を空間中に滞在させる。
攻撃相手に絡みつくような炎の攻撃を実現する魔法だ」
バースト、ファイアブレッド。
その両方を私は使える。
これらは、ノム先生から教わったものだ。
「そして私が一番好きな魔法。
バーストスイープ。
炎の魔力を、術者の前方に拡散するように展開する、近距離攻撃用の炎術だ」
「私も好きです」
レイナが共感を示した。
中距離から近距離に攻撃を展開する場合、特に注意すべきがこの『スイープ』系の魔法なのだ。
前方広範囲に魔力攻撃が拡散されるので、そこに飛び込むと大打撃を受けてしまう。
思い出すのは雷神を宿す美女、セリスのスパークスイープ。
近距離戦で勝負を決めたい私に取って、あれは本当に厄介な魔法であった。
「まさに踊っているような、そんな美麗さを持った魔術。
『炎の踊り子』とは、腕輪を武器とする、まさにレイナ。
お前のような炎術師を指す言葉だ」
レイナは自身の腕輪を見つめる。
長柄の武器を持たないことで生まれるスピードは、相手から思考を行う時間を奪う。
腕輪とは、魔法攻撃力と敏捷性を両立する。
マスターすれば非常に利点の多い武器なのである。
それは、ヴァンフリーブが証明済み。
本当に尊敬に値する。
紛いもない、大魔術師でありました。
「次に挙げたいのは、バーストストライクだな。
上空に炎の魔力を収束し、これを相手に向けて打ち落とす。
この上位版。
武具収束奥義、フレアストライクは、非の打ち所のない、狂気的な殺傷能力を持った必殺技である。
レイナなら使いこなせるであろうな」
「そうですね」
「あと特筆すべきは、自身を囲むような炎の渦を生み出すファイアサークル。
並行収束、連続収束くらいか。
バリエーションの少なさ。
それが炎術の2つの欠点の1つだ」
「もう1つは、炎術を使う人が多すぎて、相手がみんな炎術に対抗する方法を検討している、ってことですよね」
「そうだな。
しかし、それは単純。
その事前準備を、我々炎術師が越えていけばいいと言うこと。
それだけだ」
「その通り」
レイナが共鳴する。
炎術師としてのプライドが、彼女を形成する構成要素となっているのだ。
炎のレイナ。
彼女を攻略するのは、並大抵のことではない。
「以上だ。
最後に言うぞ。
炎術を重視しろ。
それが正解だ。
命を燃やし、脳に火を灯せ!
それがこの世界の真理だ」
最後まで熱血であったルミナス教授。
そんな彼女の残り3つの性格が気になった。
雷の性格が、温和な性格であることを願いつつ。
本日の講義は幕を閉じたのだった。




