講義3:魔導武具学(2)
「エミュ、良い武器とは何か?
説明してみろ」
「イエス、マム。
『魔導距離が限りなくゼロに近く』、『魔導効率が限りなく100%に近い』、であります」
「良い回答だ。
魔導距離とは、術者が魔術を発動するために必要な魔力量と、その収束位置との関係を表すものだ。
術者から距離が遠い場所に収束しようとするほど、多くの魔力が必要になる。
お前らももう試したことがあるとは思うが、例えば1キロ先に魔力を収束しようとしても基本は無理だ。
距離が2増えたとして、必要魔力量は4増える。
そして、魔術師の体は魔導距離が0になる。
つまり魔導距離の原点である。
これが魔導距離の原則だ」
「魔導距離、私もノムから教えてもらいました。
では杖に魔力を収束するとして、その杖の先端の魔導距離はどう表せるのか、って」
「そう。
これは0にはならん。
魔力が武具を通る過程で、魔導抵抗が発生し、無駄に魔力が消費される。
結果として残った魔力、この割合が魔導効率だ。
こんな無駄、もったいなすぎるだろうが。
だから我々は、最大級の考慮をするのだ。
魔導距離を小さくすることに」
「血もにじむような努力が存在するのよねん」
エミュ先輩が教官に共感。
この努力は、私の武器を作ってくれた技師、シエルも払ってくれたものだ。
改めて言うが、私のこの青の剣がなければ、私はランダイン戦で死んでいた。
あれだけの魔力を流せば、市販品の武器は途中で破壊してしまっていただろう。
紛れもなく、命の恩人なのだ。
クソガキとか言ってゴメンね、心の中で。
「魔導距離の抑制を実現するのに大切なのは、『素材』、『錬鍛』、『デザイン』の3つだろう。
私はこのうちの練鍛とデザインのプロフェッショナルと言える。
素材は私の力ではどうにもならん。
クリクラとレフィリアに頼らざるを得ない。
だがしかし、通常は融通がきかないこの2人だが、なぜか私には力を貸してくれる。
この2人と交友を持てていること。
それが私の一番のセールスポイントだとも言える」
「クリクラ教授も気分屋さんですしね」
解説のエミュ先輩が、本当にいい仕事をしてくれる。
心なしか、雰囲気がいつもと違う気がする。
この錬金工房は、先輩にとってもホームグラウンドなのだと。
改めて、そういう考察を行った。
「さて話はここまでにしようか。
ここからは、練鍛の工程を見せてやる。
ついてこい」
*****
ライザ教官による練鍛の実演が終了した。
『筋肉同盟』、『筋肉革命』、『筋肉留学』と叫びながら金槌を叩きつける様。
狂っているとしか思えなかった。
しかし、美しく鍛えられた筋肉から滴る汗が、なんとも言えないなんとやらを醸し出していた。
「さて、これで私の講義は終わりだ。
最後に、何か質問はあるか?」
「よろしいでしょうか?」
「なんだ、ノム。
言ってみろ」
「私のこの武器を、メンテナンスしていただけませんでしょうか?」
「聖杖サザンクロスか。
なかなかに価値のある武器を持っているな。
だが、残念。
このレベルの武器だと、メンテナンスは難しい。
一から作り直した方が簡単だ。
しかし、この武器の性能を超えられるか。
それは保証できない」
「珍しく弱気ですね、教官」
そう言ったのはエミュ先輩。
わずかな笑みを持って教官の顔を覗き込む。
教官はいまだ、手渡されたノムの杖を見つめている。
「方法はある。
この武器を一度分解し、部品、素材のみを転用する。
それが最も良い選択肢だろう」
「それで構いません」
「しかし、失敗する可能性もある。
お前は、私を信用できるのか」
「他に当てがありません。
教官こそが最適な人選です」
「エレナも同じか?」
「はい。
私の武器もメンテナンスをお願いしたいと考えています」
ここで教官は黙り込む。
熟考状態。
さまざまな可能性を検討し、最終的な回答を組み立てている。
それだけ、難しく、責任が重い仕事だということ。
それを理解してくれているのだ。
「ならば、こうしよう。
やる。
しかし条件をつける」
「なんでも言ってください」
「まず、素材が足りない。
これをお前らが、自分の力で調達しろ。
そしてもう1つ。
なんらかの方法で、私を喜ばせろ。
その2つだ」
「喜ばせる、とは、どうすれば」
「んー、ならばこうしよう。
酒を持ってこい。
私が驚くような酒を探してきて贈呈しろ。
種類は何でも構わん。
私は酒ならなんでも好きだ。
ちなみに金はいらん、サービスだ」
「お任せください。
事の難しさから考えれば、非常に簡単な条件です」
「納得する素材と酒が手に入るまで、私はリジェクトするからな」
「驚かせます、必ず」
日頃無口なノムが、非常に饒舌だ。
しかし、私の回答を代弁してくれているとも言える。
クエストを受注。
要はギルドの仕事とおんなじだ。
ただし難易度は間違いなく高いが。
課外の時間でやることが1つ増えた。
さてさて。
忙しくなりそうだ。