入学 (1)
手渡された用紙に一通り目を通し終わると、
同じく一読を終えたノムと目を合わせる。
互いに小さくうなづき意思疎通。
そして、目の前の人物に向き合う。
「是非、入学させてください!」
ノムと私の声が重なり、夜の街路に響く。
そう。
ここから。
ノムと私の、新しい魔術の物語が始まるのだ。
*****
PrimaryWizard2
〜星降りの魔術学院
*****
私の名前はエレナ。
エレナ・レセンティア。
知らない?
そんな人は先に、
『Primary Wizard 〜ゼロから学ぶ基礎魔術理論』を読んでほしい。
お願いします。切に。
そんな宣伝はさておき。
ウォードシティでの闘技場修行生活を終えた私は、親友ノムと共に、ただひたすらにまっすぐ東へ旅を続けた。
西世界ミルティアと東世界オルティアを隔てる、広大な山岳地、グレートディバイド。
東世界の入り口であるオルティア西端大森林。
東世界におけるマリーベル教の聖地、聖都オペラ。
神話にも登場する、大地にぽっかりと空いた巨大な縦穴、グランドホール。
東世界の中央に位置する大海、生海。
そして今、この生海を大型船で渡り。
ついに目的の地にたどり着こうとしている。
その地こそが、『クレセンティア』。
『星降りの学術都市』と呼ばれる、世界で最も魔術の研究が盛んであると言われる大都市。
『全ての魔術の理はクレセンティアに集まる』
そんな誇張されたキャッチコピーに惹かれ、はるばる山を越え、海を越え。
しかし、後に私たちは思い知ることになる。
その言葉に、何の嘘偽りもなかったということに。
そんな魔術の聖地への訪問を、誰よりも楽しみにしていたのは、紛れもなくノムである。
クレセンティアへの旅の途中、冒険者、旅人、商人たちに、クレセンティアの話を聞いて回っていた。
楽しそうでなにより。
事前の予習はバッチリ。
その予習内容は、船中の自室にて、これでもかと聞かされている。
その話題の中で、私たちを引き付けたもの、2つ。
1つ目は、世界最大の図書館、『クレセンティア第一図書館』。
2つ目は、世界最高峰の魔術の研究施設、『クレセンティア魔術研究院』。
残念ながら、後者は関係者以外立ち入り禁止であるが、前者の図書館は冒険者ギルドなどの何かしらの機関への登録を行っていれば、誰でも入場できるらしい。
ウォードシティの図書館もなかなかの蔵書数を誇ったが、ここクレセンティアのそれは、これとは比較にならないと思われる。
そして何より、魔術研究院で行われる魔術に関する最先端の研究の結果が、書籍としてこの図書館に寄贈されているのである。
最先端の魔術研究に触れることができる。
世界を見渡しても、このような稀有な場所は、ここ以外には存在しないであろう。
そんな考察が終わると、私たちが乗った船、正確には『魔導船』というらしいが。
魔導船が着岸。
私は下船上陸の準備を開始した。
早く行こうとノムが急かす。
心なしか日頃よりも足取りが軽快になっているように感じる。
そんな幼心を取り戻したかのような彼女に心の手を引っ張られ、私は新大陸への一歩を踏み出した。
*****
たどり着いたのは、オルティア東大陸の海運都市『ヴェノヴァ』。
ここからクレセンティアまでは、歩いて1時間もかからない。
大量の交通があるため、舗道は美しく整備されている。
世界で2番目に美しい街道と呼ばれるらしい。
ちなみに1番は華の都アルトリアの街道。
月の聖地と呼ばれるクレセンティアと、華の聖地と呼ばれるアルトリア。
過去、歴史を共有した彼女らは、今尚競い合う仲にあるらしい。
ふと、そんな雑学知識を思い出した。
「見えてきたね」
彼女の青い髪が、柔らかな風でなびいている。
その髪の隙間から、わずかな笑みを見て取れる。
かわいい。
そして、彼女が指差す、その先と。
心の奥から湧いてくる期待感を共有した。
*****
城壁。
見上げる高さの城壁が、街全体を取り囲んでいる。
しかし、さらに上方、上空を見上げると、その城壁では覆い隠せないほどの高層建造物が複数確認できる。
現在の世界においては、通常、これほどの高層建物は、権力者の城かマリーベル教会の施設くらいしか存在しない。
そんな建物が1つのみならず、複数存在することが異常だ。
まだ内部に侵入していない、この時点で、この街が持つ建築技術と財力のすさまじさを垣間見ることができる。
「クレセンティアが非凡であるのは、魔術において、だけではない。
建築学、農学、医学、薬学、経済学。
そんな全ての学問のレベルが最高峰。
この街は自治区。
国には属さない。
しかし、一国を大きく超える力を持っているの」
ノムも私と似たような考察をしていたらしい。
予習は完璧。
さあ。
ついに目的の地に到着だ。
*****
ゴツゴツとしたおっさんゲートキーパーにギルド登録証を見せ、あっさりと城壁を通過すると、巨大な街がその姿を魅せる。
そしてその一瞬で、この街の経済的な回転力を認識できた。
軒を連ねる様々な商店。
そこに集まる多種多様な人々は、みな活気にあふれている。
田舎者なのがバレてしまいそうなほどにキョロキョロしてしまう。
食品店、雑貨店、武器店、アクセサリ店など。
まずは自分に関係が深そうな店から、その位置情報を記憶していった。
「この辺のお店は、また後でくるから大丈夫。
そのときゆっくり見ればいい」
そんな私の落ち着きのない挙動を察したノムが諭した。
いかんいかん。
ここで改めて本来の目的地を思い出す。
その目的の場所は、この広大な街のどこにあるのか。
それは、非常に簡単に判断できた。
一番高い建物。
それがこの街のシンボル、クレセンティア魔術研究院である。
そして、このお隣に、お目当の図書館があるらしい。
青空の中に、一際高い建物がすぐに見つかった。
わかりやすくて助かる。
ノムも私と同じ方角を見つめている。
深くうなづき。
私を見つめて言った。
「寄り道をする」
*****
PUB。
そう綴られた看板を見上げる。
クレセンティア到達記念。
昼間から酒。
おつまみ。
ノムの奢り。
そんな単語達が脳内に浮かぶ。
「まずはギルドに顔を出してから」
そのノムの言葉で、雑念はすぐに消える。
クレセンティア冒険者ギルド。
それはこのパブに併設されている。
本当は私も最初からわかっていた。
ギルドとパブが併設されていることは、この世界ではよくあることなのだ。
さよなら、たこわさび。
冒険者ギルド。
それは私達2人の生命線である。
ウォードシティからクレセンティアまでの旅の資金は、冒険者ギルドが斡旋する仕事で稼いできた。
おかげでウォードシティで貯めた資産も、あまり切崩さず済んでいる。
ギルドというと、他にも商人ギルドなどもあるが、私達に関係が深いのは冒険者ギルドである。
本当にお世話になっております。
この世界には『ギルドネットワーク』というものがある。
例えば、私たちはウォードシティの冒険者ギルドで冒険者登録を行い、ギルド会員証を作成した。
この会員証は、遠く離れたこのクレセンティアのギルドでも有効なのだ。
このギルド会員証には『冒険者ランク』なるものが記載されている。
ギルドから認められればランクは高くなり、より高難易度高報酬の仕事を斡旋してもらえる。
ウォードシティ出発時、私の冒険者ランクは『A−』。
旅の途中で依頼を達成するうちに更新され、現在は『A+』である。
ちなみにノムはランクS。
ランクSの冒険者なんてものはそうそう存在するものではないらしく、ギルドの受付嬢さんに『ランクSですか!すごいです!』と驚かれるのが定番になっていた。
さすがは大先生。
一応言っておくが、ランクA+も実は相当すごいのである。
ランクSの1個下。
『後期高等』と呼ばれる、手練れの魔術師、魔導闘士達が名を連ねる階層。
しかし、A+とSには海溝級の差があるのも事実。
この差を埋めるためにも、この街で魔術について深く学びたいのだ。
余談ですが。
冒険者ランクは本来『C』からスタートするが、ウォードのギルド員さんが私の闘技場での活躍を見てくれていたらしく、『初級ランクC』『中級ランクB』をすっ飛ばして、A−からスタートさせてくれた、という経緯がある。
世の中、どこで誰が見ているかわからない。
そんな回想をしていると、ノムが先行してギルドに入っていく。
私もすぐにそれに続いた。
*****
酒臭い。
むさいおっさん達が酒を飲んでいる。
私はそのおっさん一人一人に即席であだ名をつけていく。
『岩おとこ』。
『悪いサンタクロース』。
『やじろべえ』。
『ほらふき豚やろう』。
『筋肉先輩』。
『トシコ(男)』。
パブ全体を見回し、一通りの命名が終わると、1つの結論に達する。
意外にも、女性が多い。
しかも顔面偏差値も平均値超え。
酒は飲んでいなそうだが、楽しそうに談笑している。
美しいお姉さんの、かわいらしい笑顔、まじ眼福。
しかし得られた情報はそれだけではない。
彼女達から溢れる漏出魔力が教えてくれる。
そう。
彼女達もまた『冒険者』なのだと。
魔術の嗜みがあることは間違いがない。
そして。
彼女達は、私よりも弱い。
今回のクレセンティアまでの旅の中でも、多くの冒険者の漏出魔力を検知してきた。
そして思い知ったことがある。
どれだけ。
どれだけ、アリウスやヴァンフリーブが強かったのか、ということを。
そして、彼らとの戦いが。
どれだけ、私を成長させてくれたかを。
冒険者の街であったウォードシティ。
その場所での1年間の修行の末、私は、自分よりも強い人間に出会わなくなるレベルまで成長していたのだ。
そして、その私を超える師匠『ノム・クーリア』は、紛れもなく大魔術師だと。
そう改めて確信した。
ただし、『出会わない』ではあるが、『存在しない』ではない。
ノム曰く、この街の魔術研究院には、ノムよりも強い魔術師がゴロゴロいるらしい。
また、冒険者ランクも『ランクS』の上に『ランクSS』が存在する。
ランクSのノムよりも強い魔術師。
それは間違いなく存在しているのだ。
世界は広い。
まだ私の知らないことが多く存在している。
その方が面白い。
「いろいろ聞いてきたよ」
私が趣味の人間観察と即席命名を楽しんでいる間に、ノムはギルド職員と仲良くして、情報収集してきてくれたようだ。
ご苦労であった。
ちなみに、このギルドでの手続きというのは特段ない。
このことは、『ギルドの会員証が世界中で使える』、ということを暗示している。
このギルドでも、問題なく仕事を受注できる。
というよりも、ランクA+とランクSだと言えば、むこうから喜んでを仕事を振ってくれるだろう。
「コスパの良さそうな宿を教えてもらった。
図書館も、やっぱりこの会員証で入れるみたい。
ギルドの依頼も、採取系も、討伐系も、よさそうなのがありそう」
「まだ備蓄もあるし、クエストはもう少し後でもいいかもね」
「高難易度の依頼を受けてくれってせがまれたけど断った。
ランクSだと、いろいろ親切にしてくれるからありがたいけど、
その分働かされそうだから困る」
むすっとノム、かわ。
「ランクシステムのせいで自分の実力が筒抜けになっちゃう、っていうのは嫌だよね。
まあランクの情報は機密情報だからギルド職員さんにしかわからないようにはなってるし。
仕事もやらないと生きていけないし。
まあ仕方ないけどさ」
魔術師は無意識に体外に魔力を垂れ流している。
これを検出して相手の魔術的力量を測ろうとするのが『オーラサーチ』の能力。
逆にこれを相手に悟られないようにする能力が『オーラセーブ』。
この『オーラセーブ』の能力は、ノムが最も得意とするものだ。
それ故に、並みの人間には彼女の魔力的実力は判断できない。
か弱い駆け出しおんなのこ冒険者に見えるだろう。
そんなノムとずっと一緒にいたせいか、私もこのオーラセーブの能力が開花していた。
この時点で、このギルドにいる人物の中で私達の実力に気づいているのは、ノムの冒険者カードを確認したギルドの受付嬢さんだけである。
このときは、そう思っていたのでした。
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