講義2:地精学 (3)
「いたのよ。
地精と契約できる可能性を秘めた人間が」
「誰なんですか!?」
「エレナ、あなたよ」
「はっ!?」
「そして、レイナも」
「私も、ですか?」
「レイナ、あなたは炎の魔力との相性がとても良いわ。
あなたの炎は、とても澄んだ、純粋な『色』をしている。
タイラントから愛される。
その条件が整っている」
「実感はないです」
「やってみればわかるわ」
「待ってください。
私は、この聖霊を守る役割は担えません。
私にも目的があります。
それを果たすまで、この地に留まるという選択はありません」
「構わないわ。
ただ、もし私が有事に間に合わなかった場合の保険になってくれれば。
もちろん強要はしない。
それに、契約者はあくまで私。
準契約という形式になる。
そのとき、どう行動するかはあなたの意志で決めて」
「厳しいことを言いますが、私に利点がありません」
「あるわ。
準契約によって、あなたの基礎魔力量を向上させることができる。
つまり、タイラントから魔力を贈与されるということね」
「それなら話は違います。
是非お願いします」
即答。
このやり取りから、レイナが『力』というものを強く求めている事が伺い知れる。
彼女がその理由を話してくれる、そんな日は来るのだろうか?
「タイラントの魔力。
それをレイナに流し込みます。
受け入れなさい。
大自然の恩恵を」
「いやいや!
レイナ、燃えちゃうでしょ!」
「構わない。
やってください」
レイナはまっすぐにシナノ教授を見つめた。
一切の迷いはない。
かっこ、いいな。
って思った。
狂ってるとも思ったが。
シナノ教授は祈祷収束のポーズで、タイラントの魔力の操作を始める。
タイラントがその重たい頭を下げる。
そして彼の長い炎の一角が、レイナを捉える。
そこから、角が徐々に伸長していき。
それはレイナの面前で一旦停止した。
「こっちにこい。
私のものになれ」
そう呟いて、レイナは炎の一角に触れた。
火花が散る。
しかし、黒煙は上がらない。
レイナの体が赤く光り出す。
炎の魔力が、彼女のスレンダーな体の中に流れ込んでいく。
その光景は私に、過去のある一時点を想起させた。
「成功ですわ。
これであなたはタイラントの準契約者。
炎の精霊の加護を受けた者、となったわけね」
レイナが自分の両手をまじまじと見つめる。
そして少しの思考が走り去ったあと、彼女はニヤリと笑った。
そう。
新たに得た、その力の大きさを実感したのだ。
「さあ、次はエレナね」
「私ですか?」
「エレナ。
あなたは炎術との相性は悪い。
でも、すべての属性に対し、幻魔に好かれる才を持っているわ。
幻魔をあなたの体に宿し、定着させる。
幻魔降臨魔術。
そんな稀有な才能が特出している。
・・・。
身に覚えが、あるのではなくて?」
「まあ、まあ、そうですね」
ガドリアスとの融合、そして始まりの町での出来事。
誰にでも可能なことではない。
それは十分に理解していた。
昔話をしよう。
ノムが教えてくれた。
私には、強大な魔力を宿す才能があることを。
しかし、自分が制御できないような強い意志を持った魔力を定着させると、それをコントロールできず、最悪の場合、精神を奪われてしまう、ということを。
これこそが、私が旅をし、魔術の修行をする、ということを決めた1つの理由。
不慮の事故、そして何より、私を悪しき『まじない』に利用せんとする輩の謀略で、魔力に心を奪われないようにすること。
そのために、私は魔力を強化し、魔術への理解を深める必要があったのだ。
今回の準契約も、私には必要なものだと考える。
・・・
しかし。
1つ問題がある。
「でも、ごめんなさい。
ちょっと、私の中の狐さんが怯えてるみたいで」
「紅怜、つれて来てたの?」
なるほど、といった感じでノムが質問する。
そう。
先ほどから怯えていたのは私ではなく、私の中に存在している炎の召喚獣、幼狐『紅怜』であった。
いつもは書籍の中に魔力が留まっているが、今日は本から彼女の魔力を引き出して、私の体に定着させてきていたのだ。
「紅怜がタイラントに食べられちゃうかもです」
「2体の意思を持った魔力が合わさると、より強い意志を持ったほうが勝ち残る。
弱い方は消滅する。
残念ですが、その狐さんに決意がなければ。
やめておいてあげたほうがいいかもしれない」
シナノ教授が理解を示してくれる。
そう。
だから、もう怯えなくてもいいんだよ、紅怜。
静寂。
マグマが立てるグツグツという音も確認できるほどに。
その時間が、彼女に落ち着きを取り戻させた。
私の体から、熱い何かが湧いてきている。
怯えが消えた。
魔力が言っている。
『もっと強くなりたいと』
「すみません。
紅怜。
やっぱり、『やりたい』、って言ってます」
「召喚獣の声が聞こえるなんて。
やはり、あなたには才能があるわ。
ならば、儀式を執り行いましょう」
私は炎の魔力の収束を始める。
そして、ゆっくりと、炎の幼狐を産み落とした。
心なしか、紅怜が震えているように見える。
しかし、彼女は、しっかりとタイラントを見つめていた。
健気で、凛々しく、いとおしい。
再び、タイラントは頭を下げ、炎の一角を伸ばしてくる。
そして、それはそのまま紅怜を貫いた。
火花がパチパチと音を立てる。
手術を見守る親の心境。
がんばって。
今は、それしか言えない。
火花が強くなってくる。
これは魔導抵抗の強さ、つまり融合がうまくいっていないことを意味する。
祈りを捧げるために握った手に、じっとりとした汗を感じる。
そして次の瞬間。
紅怜は、大爆発した。
「紅怜!!!」
私は声をあげ、彼女に近づく。
しかし黒煙と砂塵が視認を妨害する。
どうか無事でいて。
・・・
10秒後。
砂塵がおさまると。
そこには幼狐はいなかった。
そこにいたのは。
幼女だった。
・・・
幼女!!!!!
「ぷはぁ!
やっと進化できました。
ご馳走さまでした」
しゃべったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「ん?
あっ!ご主人様!」
そういって炎の幼女が私に抱きついてくる。
焼ける焼ける!
死ぬ死ぬ!
と思ったが、何故か大丈夫だった。
抱き合ったことで、彼女の背中が確認できる。
3本の炎の尾。
1本、しっぽが増えている。
本当に進化したらしい。
見上げると、放心状態のノムと目が合う。
彼女のこんな顔も、なかなか見れるものではない。
じっくりと拝んでおこう。
「ご主人様、大好きですよ。
私はご主人様を守ります。
なんでも言ってくださいね」
私から離れると、紅怜は天使のような笑顔を見せてくれる。
もふもふかわいい。
いけない(^q^)が。
だけでなく、間違いなく、その魔力も飛躍的に増加していた。
「頼りにしているよ、紅怜」
「エレナ!」
レイナ?
レイナが突然話しかけてきた。
見つめると、なんと彼女も天使のような笑顔を見せてくれていた。
どしたの?
幼女大好きお姉さんなの?
紅怜はやらんからな!
娘はやらん!!
「ためしうち、させて」
ほらきたーーーーーぁ!
これではっきりした。
レイナはドS。
ドSのレイナ。
エレナいたぶりたくて仕方ないのね!
そうなのね!
「ご主人様。
こんなSMの女王様には負けません!」
紅怜が2人の間に割って入り、両手を広げて『とおせんぼ』のポーズをとった。
「決まりね」
私の意思関係なしで事が運ぶ。
だー!
もうどーなっても知らぬからな!
紅怜はレイナに向けてシャドウボクシングをかます。
そんな紅怜を見つめるレイナの目が、ほんとに女王様が下僕を見下すそれになっている。
オラ、ゾクゾクスッぞ。
レイナが炎の魔力の収束を開始する。
私とレイナの間に立つ紅怜。
つまり。
紅怜がレイナの攻撃を相殺できなければ、私が爆死してしまう、ということです。
でも、私は紅怜を信じるよ。
紅怜の体がメラメラと揺らめき出す。
レイナの炎の魔力は、彼女の上空で世界最大のカボチャ程度の大きさまで成長している。
単点収束でこの威力かよ!
「死ね」
狂気的な一言を発して、獄炎が紅怜に向けて投下される。
紅怜は腕を前に出し、それを受け止めるポーズを取る。
そのとき、私の脳内に、過去に刻んだ、とあるフレーズが浮かんだ。
『第三、紅の尾により、妖狐は武神の力を有する』
そして、すぐにやって来た轟音。
衝撃。
熱。
本能的に目をつぶり、防御の体勢を取る。
レジストの魔法が無意識的に発動された。
しかし、焼けるような炎の感覚は、私の元まで到達はしなかった。
私は無事。
紅怜は無事なの?
砂塵がおさまると、状況を確認できるようになる。
紅怜は仰向けになって倒れていた。
「紅怜!!」
「ぷぇぇ。
ごめんなさい、やられちゃいました。
でもでも。
美味しい炎でした。
ご馳走さまでした」
そう言い残すと、紅怜はゆっくりと消滅した。
焦ることはない。
力を使い果たし、私の体に戻ってきたのである。
魔導書に魔力を戻して、彼女の魔力を回復させる必要がある。
ほんとにほんとにありがとう。
ゆっくり休んでね。
「ありがとう狐。
気持ちよかったわ」
紅怜がいた場所に向けて、レイナが言った。
『気持ちいい』って、あんた。
しかしわかったこと。
レイナも、紅怜も。
とんでもない、飛躍的な成長を遂げたのである。
この世界では通常、こんな短期間で魔力が成長することなんて、まずあり得ない。
どんな大魔術師でも、地道なる努力によって自身の自信を積み立ててくるものなのだ。
そんな、2人の成長を、羨ましそうに見つめる瞳。
蚊帳の外に出された大先生が寂しそうな顔をしていた。
しかし、そんな彼女に対し、シナノ教授は諭すように語りかけるのでした。
「ノム。
あなたとは、氷の地精の待つ場所で会いましょう」




