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講義2:地精学 (2)

「既にご存知かもしれませんが、私が研究しているのは『地精』です。

 では、『地精』とは一体如何なるものか。

 まずは、実物をご覧に入れましょう」


 そう言って振り向き、シナノ教授はマグマの湖と向かい合った。

 赤色のコアを持つ白銀の杖を胸に引き寄せるように両手で持ち、祈祷(きとう)詠唱に近いポーズで、精神を集中させる。

 ついで、魔力の流れが変化するのを感じる。


「契約に従い、顕現(けんげん)せよ。

 我はシナノ。

 (なんじ)は、『タイラント』。

 炎獄の地に住む者なり」


 その言葉に応じるように、マグマの湖がさざめき出す。

 湖の中から炎の魔力が湧き出してきているのを第六感で感じる。

 それはすぐに視覚情報からも取得可能になる。


 炎。

 それが湖の上で渦を巻き始めた。

 魔力量の単調増加。

 それは一向におさまる気配はない。

 途方もないほどの炎の魔力が、この場所に集まっていく。

 驚きと恐怖が入り交じり、どのような生態反応を示せばいいか、私の脳は結論を出せないでいる。

 今だれかが『ほえーっ』って言った。






 そして膨大な炎の魔力は、巨大なマグマのスライムのようなドロドロとした形状を形成した。


 これが、地精・・・


 そう思った瞬間、スライムの体の複数のポイントが爆発。

 その場所から、新たな体のパーツが生成される。


 ワニのような複数の牙を持った巨大な口。

 イガイガとした複数のトゲを蓄えた尾。

 巨大な2本の豪腕。

 そして、この地精の象徴となりそうな、天まで届かんばかりに(ひたい)から突き出した一角。


 紛れもない。

 化け物だ。


 ノムから漏れる(わず)かな漏出魔力が、この炎の幻魔が私たちに与えるプレッシャーの強さを表している。

 常時至極冷静な彼女でさえ、無意識的に戦闘体勢に入っているということだ。


「いらっしゃいまし。

 タイラント。

 この度の現界、たいへん嬉しく思います」


 シナノ教授が幻魔に声をかける。

 まるで相手が人間であるような。

 親しい友人であるかのような言葉のチョイスだ。

 彼女にとってこの『魔力体』は、人間とさほど変わらないのだろう。


「彼が、地精。

 炎の地精、タイラント。

 多少気性が荒いですが、契約者の私がいれば大丈夫ですわ」


 簡易的な戦闘体勢に入っている3期生3人を諭すように、シナノ教授が言った。

 私の心の中から(おび)えの感情が湧き出してくる。

 それは私のものではない。

 怖いだろうけど、ちょっと我慢してね。


「先生、御教授をお願いいたします」


 戦闘体勢を解除したノムが懇願した。

 シナノ教授はそれに対し、優しい笑顔で返してくれる。


「改めて、『地精』という言葉から説明しましょう。

 地精とは、その土地、自然物、建造物など、一定の場所に定着する強大な魔力のことです。

 土着神、その地の守り神、そんな言い方もできます。

 そして、その魔力を、私のような魔術師、巫女が収束することで、幻想の魔獣、幻魔が生み出されます。

 これを『地精召喚魔術』と呼びます。

 その魔力の量は、書籍召喚魔術などとは比較になりません。

 なにせ、場所という広大な領域に存在する魔力を集めているのですから」


「至上最強の魔術なんですね」


「残念ながら、そうではないのよね」


 私の感想を、シナノ教官が否定する。

 ほんの少し悲しそうな、柔らかな笑みをたたえて。


「まず、地精の魔力は動かせないの。

 この場所でしか存在できない。

 この場所でしかタイラントを召喚できない」


「なるほど」


「そして、このタイラントのように、1つの場所に大量の魔力が集まるということは、そうそう起こり得ることではない。

 奇跡のような、現在の科学では説明できないような現象が、この赤の湖で起きている。

 どんな場所でも、地精を呼び出せる訳ではない。

 私は、この場所では最強かもしれない。

 しかし学院に戻れば、ただただ普通の魔術師でしかないのですわ」


「ご謙遜を」


 とノムが言った。

 その意見に私も脳内で激しく同意。

 普通の魔術師は、召喚魔術なんて使えない。

 それに、そうならば、ずっとこの場所にいればいいのだ。


「でもね。

 私はずっとこの場所にはいれないのですよ。

 なんでだと思いますか」


 まるで私の脳内を覗き見していたような回答と質問が教授から帰ってきた。

 一瞬驚いたが、すぐに抜き打ちクイズのベストアンサーの探索を始めた。


「トイレがないからですか?」


「それもありますけど、私の言いたいこととは違いますね」


 私のボケに対し、優しく返してくれる教授。

 汚いこと言ってすみません。

 魔がさしました。


「ノムはどう?」


「地精・・・。

 って。

 この場所のタイラント、だけではない、のではないでしょうか。

 つまり。

 シナノ教官が契約している地精は、他の場所にも存在し、彼らに会うためには、この場所だけには(とど)まれないと」


「素晴らしいわ。

 その通りよ」


「こんな魔獣を、他にも操れるんですか!?」


「この大陸。

 オルティア東大陸と呼ばれるけど。

 ここには4人の地精が生息している。

 私は、その4人全てと契約をしています。

 この人、炎の地精、タイラント。

 南の森林地帯に住む、光の地精。

 西の草原地帯に住む、風の地精。

 北の僻地、ノースサイドに住む氷の地精。

 私は、この4人に交互に会いに行く。

 そのためには、この大陸中を飛び回る必要があるのですわ」


「雷の地精って」


「いませんね、この大陸には」


「残念だぁ」


「エレナは雷術が得意そうですものね」


 そんな会話が終わると、シナノ教官はタイラントに向かい、しばし見つめあった。


「この人も、本当はすごく優しいのよ。

 魔力は意思を持つわ。

 魔力が強大であればあるほどに、強い意思を」


 通常なら意味不明な教授の発言。

 しかし、雷帝ガドリアスとの邂逅が、私の常識を覆したのである。

 魔力は意思を持つ。

 ガドリアスとは会話すらできたのだ。

 もう何が起きても不思議ではない。


「でも、その意思は、契約者の願望で上書きされてしまうの」


 今までの優しい声色(こわいろ)が一変する。

 教授から、何か伝えたいことがあるのだと。


「私の契約があることで、並みの召喚魔術師がこの人を支配しようとしても、無効化できるようになっているわ。

 でも、それは魔術師の技能が、私よりも低かった場合の話。

 もし。

 もしも。

 悪しき目的を持った召喚魔術師が、この人に目を付けたら」


「惨劇、しか思い浮かばないです」


「そうね。

 これを(さまた)げることが、私の目的。

 私に課せられた天命だと思っているわ。

 でも前述の通り、私はずっと1人の地精についておくことはできない。

 4人の精霊、全員の精神状態を確認して回らなければならない。

 妙な術式が書き込まれていないか。

 呪術の影響はないか。

 契約が破壊されていないかを」


「教授一人だけがその責任を負う必要なんてない」


 そんな言葉を投げたのは、レイナだった。


「その言葉、とても嬉しいわ。

 でもこのレベルの地精と契約し、この世界に顕現させることができる人間は、そうそうは存在しないのよ。

 だから、それができる私がやるしかない」


「荷が、重すぎますよ」


 今度は私の言葉。

 この世界は平和だ。

 そう表現できることは、このような破壊的に優しい人間がいてこそ成り立つのだ。

 それを痛感した。

 この世界は、いつ魔界に変わってもおかしくはない。

 それは私の故郷で起きた出来事からも理解できる。

 ノムがいなければ、みんながいなければ。

 私はとっくに死んでいた。

 それほどに、この世界の真の姿は厳しいのだ。





「で、も、ね、ですわっ」


 訪れた沈黙を、シナノ教官の底抜けに明るい言葉がかき消した。

 何事!?

 キャラ変わってんじゃないですか!






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