講義2:地精学 (1)
「登山です」
そう言い放った黄緑のメイドさんは、満面の笑みを見せてくれる。
やっぱ、あたまほわほわなのかなぁ?
*****
『次回の講義は屋外で』。
そう伝えられていた私たちは、早朝、待ち合わせ場所として指定された山の麓までやってきた。
そこには先客、4人。
エミュ、ホエール、レイナ。
そして、黄緑色のストレートロングヘア艶かなメイドさん。
「全員揃いましたね」
黄緑メイドさんは常時笑顔だ。
トロンとした瞳。
広角の緩やかなカーブ。
滲み出る優しさ、人の良さ。
しかし、実はパワフル力持ち。
黄緑なんとか力持ち。
「では、早速出発しましょう」
「どこにですか?」
「登山です」
「はい?」
「登山です」
「はい?」
「山登りです」
「それはわかっています」
「あれぇぇ?」
両の人差し指をコメカミのちょい上に当てて困惑を表現するメイドさん。
かわいい。
「魔術の実技講習があるんじゃないんですか?」
黄緑お姉さんの子供っぽい仕草を受けて、一瞬緩みかけた表情筋を抑制し、事実を確認する。
「この山の頂上に、今回の講義の担当であるシナノ教授が滞在されています。
彼女の講義を受けるために、山頂を目指します」
笑顔を取り戻したお姉さん。
山頂の方向をズビシっと力強く指差した。
『なるほど』。
という感覚と。
『教授のほうが山を降りてきて、学院内で講義してくれんものか』。
という思考が同時に発生する。
「シナノ教授は、地精召喚魔術の研究者でいらっしゃいます。
地精とは、その地に留まる意識を持った魔力。
精霊です。
ですので、現場まで出向かないと、地精召喚というもののなんたるかを、真にお伝えすることはできません」
「なるほど」
甘えの疑問が消えて、『なるほど』の思考だけが残った。
登山が必要な理由にも合点がいき。
残る疑問は1つ。
「メイドさん、あなたのお名前は?」
「はい。
パグシャです」
*****
『この学院のメイド達は、変な名前の人が多いな』
モメル。
ノシ。
ときて、パグシャ、って。
・・・。
パグシャ・ノシ・モメル。
呪文みたい。
登山中、私はクレセンティアメイドシスターズに関するどうでもいい話題で頭を埋めて遊んでいた。
黄緑、ピンク、水色。
個性もカラフル。
・・・。
そろそろ、飽きてきた。
「今どのくらいまできました?」
「ちょうど半分くらいですよぉ」
私の質問に対し、先導するパグシャさんは後ろを振り返らずに即回答した。
ずんずんずんどこと突き進むパグシャさん。
日頃から鍛えているエレナ、ノムはまだまだ余裕あり。
だが、ホエール先輩が死にそうだ。
エミュ先輩が隣で、がんばれがんばれとチアアップ。
声援を送り続けている。
『休憩に、しましょうよ』
メイドお姉さんに向け、そう声を掛けようとした。
その瞬間。
精根尽き果てて見えたホエール先輩が、突如大声を上げた。
「ワイバーンだ!!」
すぐさま、ホエール先輩と視線の先を共有する。
緑色の機体が空中で浮遊、接近してくる。
目を凝らして詳細を確認。
腕と一体化した翼、鋭利な爪、角、牙、そして太い尾。
その全てが凶悪な攻撃部位である。
制空権、スピード、獰猛性、攻撃性、肉食。
そんな全ての性質が、このモンスターの『厄介さ』を示している。
しかし、こいつの一番厄介な点は、『出現頻度の高さ』。
凶悪なモンスターは数多くいるが、どれも希少モンスターであり、遭遇確率は非常に低く、その点でさほど気に留めるべき相手ではない。
しかし、こいつは違う。
山地ならばどんなところでも生息し、そして旅人達を襲う。
私たちもグレードディバイド横断では、何度もお世話をさせられたものだ。
つまり、『危険度×遭遇率』で算出される値が、この世界の中でもトップクラス、ということなのだ。
ただし、こいつのボディーカラーは緑。
ワイバーンの中ではk・・・。
<<ダーーーーーーーーーーーーーーーン!!>>
謎の爆発音が、私の丁寧な脳内解説を上書きする。
説明は最後まで聞きなさいよ!
山肌が爆発音を反響し、遠い彼方の空間へ消えていく。
その音を視線で追いかけると絶景。
ずいぶん高いところまで登ってきていたんだなぁ。
とか一瞬だけ和んだのち、すぐに現実に戻る。
視線を爆心予測地に向けると、すぐに墜落していく緑の機体を確認。
黒煙をあげながら垂直落下し。
そして。
山の谷間へと吸い込まれ、消えていった。
ホエール先輩は、『ほえーー』とか言って魂を吐いている。
ノムの仕業かな?
その推理を持って、すぐに青髪を確認する。
が、彼女も、ワイバーン落下ポイントを無言で見つめていた。
この時点で、私は気づく。
ホエール先輩の後方。
登山隊の最後尾。
レイナ。
彼女の右手の手のひらが、上空に向けられていることに。
そして。
そして彼女は。
最高にいやらしい笑みを浮かべたのだった。
*****
「皆様、お疲れ様でした」
ワイバーン墜落から、さらに2時間ほどの登山。
その間、ワイバーンの再来やワイルドウルフの集団襲撃などのイベントがあったが、ホエール先輩が叫び声をあげた1秒後には、全てレイナが1撃で滅してくれた。
そして毎回浮かべる、いやらしい笑み。
もしかして、加虐嗜好のカタカナ?
頼もしいことに違いはないのですが、ちょっと怖い。
そして、たどり着いた山頂。
そこは、溶岩地帯だった。
「あぢぃ」
岩盤からマグマが吹き出し、空間に熱を伝達した上で固化する。
山頂部は窪み、今はその窪みの中に降りた位置。
山に吹く風も岩場に遮られ。
熱気がこもり、蒸し暑い。
『さっさと用を済ませて帰った方が良さそうだ』。
という思考が一瞬生まれたが、すぐ消えてしまった。
せっかくこんなところまで来たので、観光観光。
好奇心が背中を押して、奥へ進む。
溶岩の湖。
赤色の絶景が眼前に広がっている。
同じ岩山でも、グレートディバイド横断では見れなかった色。
その色を、目に焼き付けていく。
「ご足労様で御座いましたわね」
血色の湖のほとりに、ひとりの女性が立っていた。
サイトシーイングに夢中で、確認が遅れる。
彼女が、微笑みを持って、私たちに向けて挨拶をしてくれる。
その表情からは、敵意は感じ取れない。
おそらく、教授様だ。
まず目に飛び込んできたのは、美麗なる真紅のドレス。
真紅のハイヒール。
ドレスの背中と肩の部分から、菱形の3本の羽が付加されたデザイン。
そして顔。
ドレスに見劣りしない麗しい顔立ち。
考察は3点。
1、髪を左に流すことで露出した穢れのない額。
2、右目尻のほくろ。
3、銀髪の短さに反するような、左側のみから流れるアシメトリなサイドテール。
サイドテールは彼女の腰までかかるほどの長さで、真紅のドレスと相まって彼女の美しさを引き立てる。
表情も優しく、穏やかで。
こんな岩石地帯には咲くはずのない。
高嶺の花。
お近づきになることをためらわせるような、そこはかとない高貴さを醸し出している。
いととおとし。
「お久しぶりです、シナノ様」
「パグシャ、お久しぅ」
「はじめまして、クレセンティア魔術研究院、3期研究生のエレナです」
「ノム」
「レイナです」
「お久しぶりです。
エミュです」
「ホエールです。
また会えてうれしいです」
「これはこれは。
学院も若いエネルギーに溢れてきましたね。
素敵だわ。
ではでは、早速ですが講義を行いましょう。
準備はよろしいでしょうか?」
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