課外1:喫茶世界樹と学院七不思議 (2)
「ではまず1つ目の不思議だ」
ノムはメニュー表を見終えたらしく、すでにエミュ先輩の話を聞く体勢を整えていた。
ホエール先輩を含めた3人がエミュ先輩を見つめる。
「『図書館の秘密の書棚』の噂だ」
いきなり知ってるやつだ!
それは私たちも気になっていたのですよぉ!
「第一図書館のどこかに、隠された秘密の書棚があるらしい。
その書棚には、今は忘れられた古代魔術の魔導書や、悪魔の魔力が定着したグリモワールが納められている、とも言われている」
「ふんふん」
「私の調査でわかっていることは2つ。
1つ目は『あったはずの書籍が突然なくなることがある』ということ。
この図書館の貸し出しサービスは、研究院関係者しか利用できない。
また返却期限もある。
必ず一定期間おきに元の書棚に本が戻ってくるははずなんだ。
それなのに、私の読みたかった本が行方不明になってるんだよ」
「行方不明、ですか?」
「この図書館のスタッフはみな優秀さ。
アルト君を含めてね。
本を喪失させるってのは、あまりないことなんだ。
でも、私の探している本に関しては、みんながみんなそろって『知らない』という。
ただの本ならそれでいいさ。
でも私が探してる本は、この学院の教授クリクラ様が書いた、たいへんに貴重な書籍なんだよ。
なんかさ。
違和感が、すごいんだ」
「なるほどですね」
エミュにとってのそのクリクラ教授の書籍は、ノムにとってのアルティリス氏の書籍のような関係なのだ。
「2つ目。
それは『司書』の存在だよ」
「アルト君は司書『見習い』っていってましたね」
「そうさ。
その上に司書様がいる。
この図書館で最も権威があるのは司書様さ。
でもこの人は、全く人の前に姿を見せないんだ。
名前すらも、性別すらも不明」
「司書様、ですか・・・」
「でも、その司書様について、皆に周知されていることが2つだけある。
その1つは、『この司書様こそが、この学院で最強の魔術師である』ということさ。
通称、『図書館の大魔術師』。
この図書館の守り神的な存在でもあるんだ」
「最強!」
ノムが敬愛するアルティリス氏。
それを越える存在であると考えると・・・。
化け物、でしかない。
「でもこの話には続きがある。
2つ目。
それは、『司書様は図書館の外に出れない』だよ」
「なんで、でしょうか?」
「わからないね。
そういう呪いではないか。
そういう人もいるよ。
だから司書様は、図書館の外での事象には干渉できないんだ」
「まさに、『図書館の』、守り神、なんですね」
「そう。
そして、司書様が秘密の書棚を守り、監視している、とも言われている。
これが1つ目。
『秘密の書棚』の噂さ」
図書館がこの学園で最も安全な場所なのかもしれない。
まあ、ろくに姿を表さない引きこもり司書さんが、都合よく助けてくれるかはわからないが。
「んじゃぁ、2つ目ね~。
2つ目の不思議は、『姿なき学院長』さ」
「学院長、ですか」
「実は今、この学院には学院長がいないんだよ。
『ジョセフ』っていう、ボケかけたじいさんがいるんだけど。
この人が『学院長代理』をやってる。
そのじいさんは言わば『腹話術師の人形』。
何者かがジョセフのじいさんを操って、学院長の代わりをやらせてるのさ」
「それは誰なんですか?」
「それがこの不思議の終着点。
君たちには、この傀儡使い、つまり真の学院長を見つけてもらいたい」
「でも、学院長が不在って。
この学院の運営って、大丈夫なんですかね?」
ボケたじいさんで。
「そこは大丈夫。
キリシマさんがいるからね。
キリシマさんはこの学院の統括部のトップで、メイド軍団のボスなんだ。
執事さんみたいな人だね。
魔法はあんまり得意じゃないけど、それ以外のことに関しては全てが完璧なんだ。
それに、キリシマさんだけじゃなくって、メイド3人集もみんな有能だから。
そこは安心していいよ」
ほんとかいな?
頭ほわほわ黄緑メイド。
なんか軽いピンクメイド。
メンドイ症候群水色メイド。
一人としてしっかりした人はいなかった気がするのだが。
エミュ先輩は何かしらの赤いベリーがあしらわれたかわいいクッキーをつまむ。
次いでブラックコーヒーに口をつけると、一呼吸。
そして次の不思議を語り始める。
「3つ目いくね。
3つ目の不思議は、『闇の監視人』さ」
「今度は監視人か」
「この学院には、3匹の闇の生き物が住み着いている。
蛇、猫、鳥の3種類。
でも、こいつらは不思議じゃないよ。
学院内をうろうろしていたら、結構簡単に見つけられる」
「闇の生き物って、そんなものが存在するんですか?」
「使い魔、だよ」
エミュ先輩の短い回答が、過去の出来事を脳内から引っ張り出す。
アリウス。
彼の扱うナイトリキッドの魔術。
それは収束させた魔導のエネルギーを、あたかも生物であるかのように操る魔術技能だ。
「エーテル学を研究しているヌメル教授。
彼が扱う魔導属性の魔法によって生み出されてたものなんだ。
でもすごいよ。
本当に生きているかのように、しかも自律して動くんだ。
もし学院内で見れたらラッキーだね」
闇の魔物見れてラッキーってあんた。
冗談なのか、本気なのか、よくわからん。
「さて、不思議なのはここからさ。
蛇、猫、鳥に加えて、もう一体いる。
それが人間。
闇の人間。
その存在が学院内で複数の人間から確認されている。
私も1度だけ見たことがあるのだけれど」
「僕も見たよ」
ホエール先輩が割り込んだ。
『ほぇぇ』とかいいだしそうな、非常に弱々しい表情をしている。
「容姿は真っ黒なんだけど、ローブを着ていて、そのローブのフードを深くかぶっている。
その瞳で見つめられたら呪いをかけられるとか、かけられないとか」
「怖っ!怖っ!」
「その一方で、彼は『悪』でなく、この学院の中を監視しているのでは、という人もいるよ」
「だから、『監視人』なんですね」
「イエス。イエス。
闇の監視人。
君達には、彼の目的を調査してもらいたい。
・・・。
ちなみに。
もし呪われても、私は責任を負えません」
「そんな無責任な」
「この街の退魔術師さんたちはみんな優秀だから、ちょこっと呪われても大丈夫だよ。
それにメリィ教授もいるしね」
そう言って、ホエール先輩が笑顔を取り戻した。
この人も、突然よくわからんこと言うな。
なら、あんたが調査しなよ。
ここで小さくカリカリという音がしていることに気づいた。
左を向くとノムがメモを取り始めていた。
ナイス、ノム。
ならば、私はインタビュアーに徹しますね。
そう心でつぶやいて、私は目の前の席に座っている先輩の麗しき鎖骨を凝視した。
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