講義1: 多点収束学 (4)
中庭に、エレナ、ノム、レイナ、鎖骨、鯨、全員が集合すると、サイトゥ教授による回転合成の詳細に関する説明が始まる。
その後、ノムが実際にやって見せてくれた。
私たちにわかるように、可能な限りゆっくりと。
そして実践が始まる。
挑戦するのは、私とレイナさん。
鎖骨先輩と鯨先輩はまだ挑戦できる魔術レベルには達していないらしい。
私たちの挑戦を面白そうに眺め、そして応援してくれていた。
エレナ、試行1回目。
3点のプレエーテルコアを生成。
ここまでは今まで通り。
そして・・・。
回れ!
そう強く念じたが、コアはあらぬ方向に飛んでいってしまった。
難しい。
コアが回らない。
横には移動できるが、回転しながら中心に向けて徐々に距離を狭めるという、渦巻き状の運動をさせるのが難しかった。
試行30回目。
コアが回転するようになった。
しかし、中央で衝突したコアが激しく反発し、合成されずに音を立てて弾けた。
ムズい。
これは、夜までかかりそうだ。
そんな楽観的かつ悲観的な見積もりを立てる。
ここまでで1つわかったことがある。
時計回り。
それが私には合っていたようだ。
反時計回りも試したが、若干効率が悪い気がする。
一方、レイナさんは、反時計回りが合っていたらしく、私から見て時計回りに回転していた。
中庭の中央にあるベンチを挟んで、私とレイナさんは向かい合うような位置関係。
まるで、どちらが先に成功するか競い合うかのように。
黙々と反復し、繰り返し何度も、回転合成を試みていた。
レイナさんは、漏出魔力を隠さない。
だからこそ、わかったことがある。
彼女と私の魔術的な力量は、ほぼ互角。
どちらが先に回転合成を成功させてもおかしくないだろう。
ただ、彼女はそんなことは知ったことじゃない、といった感じ。
私の方は全く気にせず、チラ見すらせず、修行に集中している。
31回目の試行に入ろうとすると、教官、および鎖骨鯨の両名は帰っていった。
去り際に教官が、言葉をかけてくれる。
「コアを合成するには、コアの従属情報を強化する必要がある。
これを実現するためには、何度も試行を繰り返すしかない。
『できない』という言葉を脳内から排除しろ。
簡単には実現できないのは最初からわかっている。
嘘でもいいから『できる』と信じろ。
それが正解だ」
この人。
怠惰なのか熱血なのかよくわからん。
ただ『いい人』であることだけはよくわかった。
『ありがとうございます』。
その言葉は私からだけでなく、レイナからも生まれた。
*****
夕刻。
50回目を超えてから試行回数を数えるのをやめたので詳細な回数は不明だが、100回は超えたであろう試行。
それはレイナも同じだ。
ノムは中庭中央、大きな広葉樹の下に配置されたベンチに座って本を読んでいる。
一度、研究院の外に出て、この建物に隣接する図書館から借りてきたそうだ。
『研究院関係者ならばレンタル可能』。
その権利を早速利用した、ということ。
如何なる本かはわからないが。
アルティリス氏の書籍、なのかもしれない。
限られた時間を何に使うか、それは各々の自由。
尊敬する学者先生の書籍を読むこと。
彼女はそれに、高い優先度を割り当てたのだ。
本の世界に没入している。
そんな少女に近づいて、私は緩やかに囁いた。
「できたよ」
ノムは本をゆっくりと閉じ、首を一度だけ縦に振った。
そして、わずかな微笑みを見せてくれる。
「見せるね」
ベンチに置いてあった、黄緑色の長髪のメイドさんが差し入れてくれた水を全て飲み干すと、私は所定の位置に戻った。
深呼吸の後、3点のコアを作成。
3つの球体が、淡く青色に光っている。
属性は雷。
三点収束、トライスパーク。
そして、コアが動く。
視覚による判断が難しいほどに速く、高速回転したコア。
それが。
中央で、1つにまとまった。
成功だ、収束は。
すぐに、放出!
したら、施設を破壊して、ま・ず・い・の・で。
徐々に魔力を空間中に解放することにしましょうか。
!!
その瞬間。
私の第六感が、警鐘を大音量で鳴らす。
やばいやばいやばいやばい。
何が?
何が?!
何が!!!
脳内で結論が出る前に、私はその危機感を感じる方向に向けて、回転合成で生成した雷の魔力球を打ち出した。
そして、すぐにやってくる衝撃音。
この時点で、私は状況を理解した。
雷と炎の魔力の衝突の衝撃が治ると、その先で麗しい顔を見ることができた。
レイナ。
彼女から贈呈された、三点収束炎術、トライバースト。
彼女の炎術と私の雷術。
2つの術が激突し、相殺した。
そう。
彼女も私とほぼ同時刻に回転合成を成功させていたのだ。
そして、その成果物を、私に向けて放出した。
レイナは私を見つめ、わずかに微笑む。
すぐに振り返ると、何事もなかったかのように去って行った。
ノムはレイナを見つめていた。
が、ベンチからは立ち上がらずの静観。
私も、追いかけようという気持ちは特段生まれない。
『魔力は、互角だね』
私は心の中で、レイナへ向けてメッセージを送ったのだった。




