講義1: 多点収束学 (3)
「次の話に行くぞ。
ここからはノムの答案にもなかった話だ。
『立体収束』と『多次収束』について教える」
ちらりちらりと横をみる。
教官を見つめるノムの瞳が輝いている。
恋する乙女。
思いの先は。
教官の顔、ではなく脳の中。
男、には全く興味なし。
そこにあるのは、幼子のような底抜けの好奇心だ。
「3点収束、6点収束は、各コアを術者に対して『並行』に、平面に配置する。
だが本来、『平面でないといけない』という縛りはない。
立体合成は、各コアを線で繋いだ時、平面ではなく、立体になる合成方法だ」
「はへぇえ」
「が、これを使えば魔術の威力が倍になるとか、そんな楽観的な話ではない。
しかも純術のエーテル、バーストなどの近傍収束では、逆に非効率になる。
それは立体になることで、術者からその分距離を置いた位置にコアを配置する必要があるからだ。
平面収束の方が、コアを術者に近づけられる」
気がつくと、鎖骨先輩とホエール先輩が教官の話をノートに取っていた。
ノム、そしてレイナさんも同様に。
私もすぐにカバンからペンとノートを取り出す。
さあさあ。
授業っぽくなってきた。
「だが、遠隔収束、スフィアならば話は別だ。
元々術者からコアを離して収束するので、平面だろうが、立体だろうが距離に大差はない。
立体収束で最も単純なものは『三角錐収束』。
この場合は4点コアを作る。
地面に並行に3点で三角形を作り、その上に1点を置く。
これでスフィアの収束が飛躍的に安定する。
まさにスフィア収束のために存在するような収束方法。
スフィア収束との相性が非常に良い」
無言でノートを取る5人の生徒。
徐々に、私の中の教官の株価が上がってくる。
本当にこの人は『教授』なんだ。
そんな言葉が確信に変わりつつある。
「スフィア収束を多用する、純粋な魔術師タイプであるほどに、こいつは重要だ。
この教室の中で言えば、ノム、ホエールだな。
訓練し、ちゃんと実現できるようになっておけ」
「ぬ」
聞こえてきた、肯定のノム語。
ホエール先輩も首をコクコクしている。
「次だ。
『多次収束』について教える。
一番単純な例で言うと、3点収束のコアの1つ1つを、3点収束して作る」
「マジか!」
驚いたのは、私。
そしてその隣でノムがニヤリと笑っている。
『やろうとするのも、成立させるのも理解不能だって!』という感想。
が、確かに、理論上できない話ではないはずだ。
「3点で3倍、さらにその各点を3点で作るのでさらに3倍。
9倍の威力になる。
理論上はな」
そしてさらに3倍すれば、27倍。
とんでもない話なのだ、これは。
いわずもがな、6点収束でも同じ話になる。
「が、現実はそんな安直な話にはならん。
無駄な魔力浪費も多く、理論上の最大威力は出ない。
何より実現が難しく、俺ですら3点×3点の二次収束が限界だ。
しかし、これは俺の能力が足りないからだ。
絶対にできない、という話ではない。
俺の研究は、これを最高の効率で実現させることを目標としている。
俺は、これを必ず実現させる」
教官の眉間にシワがよる。
そのシワが、彼の過去の人生に存在した事情、苦労、苦悩、努力、情熱を暗示しているのだと感じた。
そして私は、最高の教官に巡り会えたのだと。
そう確信していた。
「サイトゥ先生」
「なんだ、ノム」
ノムが教官を呼ぶ。
ゴミを見るような(誇張表現)過去の彼女の瞳はそこになく、たったの数十分程度の時間で、尊敬の眼差しに変わっていた。
いや待て。
もしかすると最初からノムは教官のことを気に入っていたのでは?
あの慈悲のないと感じた爆破も、見方を変えればノムなりの愛情表現なのではないのか?
・・・。
脱線、終わり。
「『回転合成』『立体合成』『多次合成』。
これらは。
同時に成立しますよね」
「そうだ!」
教官が力強く言った。
「実現できれば、最高位の魔術となるだろう。
俺たちは『立体合成』『多次合成』の同時実現を、秩序付けられた収束、『オーダード・インハレーション』と命名した。
だが現在の俺の実力では、これを使いこなすことはできん」
でも、この人なら実現してしまうんだろうな。
そんな言葉が脳内で後付けされた。
最大級の期待と応援を、脳内から送らせていただきます。
「これで、俺の講義は終わりだ。
だが、今日は特別に、エレナとレイナに回転合成を実践で教えてやる。
今からすぐに中庭に来い。
来なかったら、必要なかったと判断する」
そう言い残し、教官は退室した。
この人。
ツンデレ過ぎるだろ!!
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