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第08話 推測

 次の日、雨は止んだ。

 そして、加茂野さんは登校してきた。

 神様がジンクスだと言いきったが、やはり雨は止んだのだ。

 これなら噂されても仕方がないのではないだろうか。


 学校指定の半袖と薄手のスカート。

 加茂野さんはそこに一枚、夏にも着られる薄いセーターを着ていた。

 身体を気にしているのだろう。その服から見える白い綺麗な腕には昨日加茂野さんの家で見かけた黒い痣は一つもついてはいなかった。


 気のせいだったのだろうか。

 それにしては、あまりにも印象的な痣だったのだが。


 昨日のこともあり、気になって彼女を一日中観察していたが、これと言って彼女に変わったところはなかった。


 やはり、加茂野さんは普通の人なのだろうか。


「神様、放課後になっちゃいましたね」


 神様が昨日言っていた期限がついに迫ってきた。

 しかし、今日一日神様が特に何かした形跡と言うのはない。いつも通り机に座って学生生活を続けているだけだ。


「あぁ、そうだね。

 お清、終わったら河津と香ヶ池さんを呼んでおいてくれないかい」


 二人を呼ぶということは昨日の話でもするのだろう。


「分かりました。加茂野さんはどうします?」


 事の当事者だ。無関係とは言えない。

 神様もそのことについては思案しているようで、私の言葉に少し考えながら口を開いた。


「いや。よしておこう。

 どうであれ、経過より結果だけを報告した方がいいからね」


 私は神様に分かりましたとだけ言うと、二人を呼びに行くことにした。

 本当は加茂野さんにもどんなことが起こっているのか聞いてもらいたかったけど、神様がそう決めたのなら仕方がない。



 午後4時。

 授業は終わり、教室の中に人はいなくなったが、外はまだまだ明るかった。


 さすがに夏だ。

 冬の昼過ぎのような明るい日差しだが、後三時間以上は暗くならないだろう。

 この感じだと夜にはきっと涼しくなるに違いない。


「神原、話ってのはなんだい?」

「他愛もない話をだねぇ、ちょっとばかしやってみようかと思ってね」

「あたしってばこの後に部活あるんだよね。早くしてくれたら嬉しいな」


 教室の前で待っていた後輩に先に行くように促すとやれやれと香ヶ池さんはため息をつきながら、机に腰掛けた。


「あぁ、すぐ終わるよ」


 神様は私を含めた三人を教壇のすぐ近くの席に座らせると、自分は教壇に立った。

 教壇に立った神様は、くるっと教室全体を見回し自分たち以外に人はいないと確認すると、ゆっくりと今回のことについて話し始めた。


「じゃあ、少し他愛もない話を始めるとしようかね」


 神様はそういうと、チョークを持ち黒板に文字を書き始めた。

 カッカとリズムよく奏でられる音と共に、神様の手が文章を作り上げた。

 外で鳴いている蝉の鳴き声もアブラゼミからヒグラシに変わり始めた。

 ゆっくりと夏と時間が過ぎていく。


「あぁ、加茂野さんの話ね」


 何も聞かされていなかった河津さんと香ヶ池さんは神様が書いた文字を読んでようやくなぜここにいるかが理解できたようだった。


「まぁ、野暮だとは思ったけどねぇ」


 黒板に書かれた文章は三つ。

 一つは、雨は本当に降ったのか。

 二つ目は、加茂野さんは人間なのか。

 三つ目には、原因はとだけ書かれていた。


「当然の疑問だとは思うが、最初にやるべきことは本当に雨が降ったかの確認」

「でも、この前のお見舞いの時は確か降ったじゃないですか」


 だから、私は加茂野さんが休むと雨が降るという、普通じゃ少し考えられない結論に納得がいってしまった。


「先生に見せてもらってね。加茂野さんの出欠とその日の学級日誌。

 確かに、ここずっと加茂野さんが休めば雨が降っているようだね。

 だから、一つ目の疑問はまずは丸と」


 神様は一番上に書いた文章を包むように大きく丸を描いた。


「じゃあ、次だね。

 加茂野さんは人間なのか。

 私たちみたいに神や神使なら天候操作くらいは何とかなるもんだろう。

 そもそも、加茂野さんが人間じゃなければ、雨が降っても何ら問題はないのじゃないかな」


 神様はそれを確かめに加茂野さんの家に行ったのだろう。


「まぁ、会えば雰囲気で分かるんだが、結果は、人間だった。

 でも事実として雨が降っている」

「そうですよね」


 そうなると、やはり神様も加茂野さんは人の身でありながら天候に影響を与える人物だと理解したのだろうか。


「でも、人間には天候を操作する術がないからね。

 そうなると行きつく答えは、一つ。

 加茂野さんじゃない誰かが、彼女が休むたび雨を降らしているということじゃないかな」

「何言っているんですか。

 加茂野さんじゃない誰かって誰ですか?

 それでも、結局雨を降らしてるんじゃないんですか?」

「その誰かが、神か神使だとしたらどうだい?」

「えっ?」


 私たち以外にも神様がいると言うことなのだろうか。


「そういうことだい。河津」


 言いたいことは分かるよなと言わんばかりのその言葉。

 確かに河津さんは加茂野さんをことのほか心配していた。


「休むたびに雨を降らせていたのはあんたのせいじゃないのかい」

「ちょっと、何を言っているんですか?」


 神様のこの話だと、河津さんが犯人でそれも河津さんは神様と言うことになる。


「河津さんも否定した方がいいですよ。神様はいつも冗談ばかり言う人だから」


 黙り込んで話そうとしない河津さんを急かすように問いかけたが、河津さんは神様をずっと見ているだけで何も話そうとはしなかった。


「本当なんですか?」


 私の言葉に河津さんは口を開かないで、静かにうなずいた。


「河津さんが、神だったなんて」


 そんな素振りは一切なかった。

 むしろ、私たち以外に神がいるなんて考えもしなかった。

 しばらく黙っていた河津さんだったが、何かを決心したのかとつとつと話し始めた。


「隠していても意味がないよね。

 僕は確かに蛙の神だよ。彼女が休むたびに雨乞いをして雨を降らしていたんだ」

「河津さんは神様で、加茂野さんに嫌がらせしていたってことですか!」


 何が何だか分からない。

 今まで普通の人間だと思っていた河津さんが実は神様で、加茂野さんに嫌がらせをしていた。

 それに、私はてっきり河津さんは加茂野さんのことが好きだと思っていた。


「……そうだね。加茂野さんには悪いことをした」


 少しだけの沈黙の後、河津さんは辛そうな顔をしながら自分の行いを認めた。

 その顔が私には気に入らなかった。

 まるで、被害者のような辛そうな顔。

 自分が加茂野さんに迷惑を掛けていたにもかかわらず、これっぽっちも自分が悪いと思ってないのだろう。

 神様というのはそういうものかもしれない。元来自分勝手なのだ。

 人から崇め立てられ、過ぎたる力を持つ者。それが神と言うなら少し滑稽な存在なのかもしれない。

 その過ぎたる力を抑えるには、もしかしたら私たちは自制心が足りないのかもしれない。


「あ、あれ?」


 神様相手には口が裂けても言えなかったことが頭の中を回っていたその瞬間。

 私がしてしまったどす黒い思考を乱すような白い稲妻が思考の隙間に入り込んで消えていった。

 それは例えるなら、精巧だと思っていた構造の違和感。

 何かがおかしいという僅かな感覚。


「ちょっと待って下さいね。なんか変じゃないですか?」


 言葉にしながら、ゆっくりと頭の中を整理する。


「雨を降らしたのは河津さんとおっしゃいましたよね」

「あぁ」


 神様はなぜか言葉少なに返した。


「じゃあ、何で雨を降らせたんですか?

 まだ、そこが足りない気がします。それに……」


 見間違いだと言えばそれまでだが、やはり加茂野さんの腕についていた黒い線が気になる。

 お見舞いの時は確かにその痣を見ることができた。

 でも、次の日は消えていた。刺青や装飾ならばそう易々と何度も書いたり消したりするものではないのだろうか。


「これは、河津の嫌がらせでおわったんだよ」


 おかしい。いつもの神様とは様子が違う気がする。


「神様、何か隠していませんか?」

「清原さん。僕が全て悪いんだよ」


 違う。何か違う。


 そもそも、彼女が休んだ時に雨を降らすということ自体意味がほとんどない気がする。

 嫌がらせにしてはあまりにも関係性がなさすぎる行為だし、一体何人の人間がその関係性に気付くのだろうか。


 その行為とやはり気になるあの黒い痣。

 それは全く別のものなんじゃないだろうか。関係性のないもう一つの事柄。


「あの黒い痣ってやっぱり何か違う。そう、呪いのような――」


 自分の言葉が途中で途切れてしまった。

 呪いのようなじゃなくて、呪いそのものじゃないだろうか。


 加茂野さんは言っていた。

 身体全体が縛り付けられるような痛みが走ると。

 あの後、私が想像できた唯一の生き物。紐のようにその身が細く、狙った獲物を逃さないその生き物。


 ここではないどこかにいるに違いない。

 どのような理由かは分からないが、加茂野さんに呪いを掛けた蛇の神か、はたまた神使かが。


「河津さんは……」


 口が動きながら頭がその謎をゆっくりと噛み砕いていく。

 なぜ雨を降らせたのか。脈絡もないその行動にも必ず意味があるはずだ。


「嘘をついていますよね」


 もし、河津さんが悪い噂を立てるために雨を降らせたとしたら、河津さん自身がその噂の発信源たらなければならない。

 なぜなら、普通の人間に休めば雨が降るなんていう不思議な組み合わせを思いつかせるはずがないからだ。


 加茂野さんの傍にいながらそれだけのリスクを冒すのはどう見てもリスクリターンが合わない。

 もう少し合理的な考え方をするならば、河津さん以外の誰かが加茂野さんの噂を流したんだろう。

 河津さんが雨を降らせたことは事実なのだろう。


「いや、ないか……」


 あまりにも突拍子がない。少し都合が良すぎる考え方かもしれないが。


「雨は……もしかして、加茂野さんのため?」


 その言葉に河津さんの顔に僅かばかりの変化が見えた。

 その表情を詳しく読み取ることはできなかったが、私の発した何かの言葉に反応したのは間違いがない。

 複雑怪奇に見えたそれだが、考えを整理していくにしたがってそれはだんだんシンプルなものへと変化していった。


『なぜ』と『なぜならば』はいつもセットじゃないとならない。


「お清や、もう終わったんだからそこまで考えなくてよいじゃないか」


 神様が私の思考を止めようと話しかけたが、それだけじゃ私の考えは立ち止まらなかった。

 嫌がらせの雨ではなかったら。

 河津さんが加茂野さんのために雨を降らせたという事になる。


「あの雨は、ただの雨じゃない。加茂野さんを思った雨。

 加茂野さんの無事を祈った祈りの雨じゃないんですか!」

「お清、それ以上はやめなさい! 河津が認めたんだそれでいいだろう!」


 自分の言葉が口から出て、耳に戻ってきた頃合いに私の頭に仮説が一つ浮かんできた。

 河津さんは噂を流した者が誰だか分かっていたのではないだろうか。

 じゃないと、河津さんが素直に雨を降らしたと認めるのは違和感がありすぎる。誰かを庇うために河津さんは罪を認めた。

 確かに雨を降らしたのは事実だが、それ以上の真実が暴かれないように隠すため。


「私たちにその噂を教えてくれた人。

 私たちだけじゃない、石押切先生にもですよね」


 私は私が正しいと思っていることを貫いた。

 だから、間違っていない。


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