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第07話 不安

 そして、雨。

 雨が降った。

 昼の日差しはとうに消えて、終わりがけだった梅雨の気配が今しばし蘇ってきたようだった。


「神様、本当に雨が降りましたね」

「そうだねぇ」


 授業が終わり、神様と私は帰る身支度だけ済まし、学校の廊下で河津さんの用意を待った。


「本当にジンクスなんですか?」


 神様は雨が降るのはジンクスだと言った。

 しかし、今こうして雨が降っている事実もあって、私は少し不安な気持ちに駆りたてられた。


「終わりがけとはいえ、今は梅雨時だよ。雨が降っても何ら問題ないじゃないか」


 神様は断固として自分の掲げたジンクス説を覆さないが、

 それだけでは私の不安は晴れる気配を見せなかった。


「いやだって、本当に雨が降っているんですから」

「本当に雨が降ろうと降らまいと、これには少々困ったことがあるんだよ」

「困ったこと?」


 私の言葉に、神様はさてねと言葉だけを残して、窓の外から未だ降りやまない空を見た。

 太陽の光を通そうとしない雨雲だが、この雰囲気ならば明日には晴れるだろう。


「おっ、神原に狐。今からどこか行くの?」

「昼間に話していたあれを聞きに職員室にね」


 香ヶ池さんがやってきたのとほぼ同じくらいに河津さんが遅くなったのを謝りながら近づいてきた。


「河津も行くんだ。じゃあ、私も行こうかな」


 大きい河津さんの背中を香ヶ池さんはバンバンと叩いて何か楽しいことを期待しているのか嬉しそうに笑った。



****



 二年生の私たちが授業を受けている校舎は、西校舎の階になる。

 基本的に授業を行う校舎は全て西校舎にあり、一年生が一階、二年生が二階、そして、三年生が三階になっている。

 東校舎の一階には私たちが今から向かう職員室に保健室。二階には家庭科室や音楽室があり、三階が大きな体育館になっている。

 中庭を挟んで、西校舎と東校舎には二階に渡り廊下があるため、私たち二年生は、体育館での授業はさほど苦労はしないのだが、他の学年の生徒は体育の授業があるたびにわざわざ東校舎の三階まで回って行かないといけない造りになっている。

 教室から出た私たちは、中庭を抜けて職員室がある東館へと向かった。


「先生にどのような話を聞くんですか?」

「そうだねぇ。その加茂野さんと言われる御仁がどんな方かと。あと、よかったら住所かなぁ。

 雨が降る今のうちに会ってみたい気はするねぇ」


 神様はこれがただのこじつけで、雨が降るのは偶然だと言っているが、確かに今は雨が降っている。これは紛れもない事実なのだ。

 今までの歴史を振り返ってみても、人が神を超えられないというわけではない。

 事実、人でありながら神よりも優れた者がいた。

 それは、単に天変地異を起こすものと言うわけではなく、例えば舞であったりその容姿であったり。

 俗っぽい言い方に感じるかもしれないが、パソコンの神様よりもパソコンに詳しい人間がいてもおかしくはない。

 人と神との関係はそんなものなのだ。


「本当に会うんですか?」


 今まで私たちがこの学校にいて何事もなかったのだ。

 下手に藪をつつくような真似をしていいのだろうか。


「気乗りしないのかい?」

「下手に藪をつついて何が飛び出してくるのか分かったもんじゃないですもん」

「あはは、まさに触らぬ神になんとやらだねぇ」


 笑い事じゃないような気がする。

 が、当の本人はそのことをちっとも気にしていないようだ。


「でも、僕たち四人が加茂野さんの家にお邪魔するなんて迷惑なんじゃないだろうか」

「いいじゃないの。だって、身体弱いんでしょ。

 一人で寂しがってんだったらお見舞いでもしてあげて元気づけてあげるのが一番ってものよね」

「まぁ、その話は先生と話してからってことになるけどねぇ」


 神様は職員室の扉の前に立つと、軽くノックを行い、失礼しますと声を上げて中へと入って行った。


「おぉ、神原か。どうした、そんな大人数で」


 神様に声をかけたこの教師の名前は石押切いしおしきり 篤久あつひさ

 年齢43歳。国語教師で担当は古文。

 担当と相まってか歴史が好きなこの教師は、授業を行うたびにそういえばと話がいつも横道にそれる。

 話だけ聞けば、そこそこ面白い教師なのだが、家が寺であり彼自身も坊さんである。

 なので、話が少し説教臭い。


 本来なら、宗派も違えば、神と神に仕える者で身分も違う。

 多少の軋轢があってもおかしくはないのだが、ここではそんなことは起こらない。


 それが私たちのスタンス。

 よくいえば寛容で悪く言えばいい加減。


 それがいいことなのか悪いことなのか分からないが、石押切先生も私たちと同じようなスタンスの持ち主だ。

 その上、まだ地鳴りの式が起こる以前の話だが、授業で神ってのは本当にいるのか分からんと言ったほどの人間だ。

 まぁ、この時代の人間らしいと言えばそれまでなのだが。


「ふむふむ、なるほどね。いいんじゃないか?」


 神様が話した事の経緯を聞いて、石押切先生も加茂野さんの宅に来訪することを承諾した。


「まぁ、最近じゃ個人情報うんぬんが厳しくて生徒の住所とかも言えないんだが、

 お前らなら大丈夫だろ」


 確かに私たちがその気になれば目的の人物を見つけることはそう難しいことではないのかもしれないが、やはりこちらの世界のルールに則るならそれはやってはいけないことなのだろう。

 ある程度社会的地位のある者が、私たちの行動を認めてくれるならそれに越したことはない。


「俺もな、香ヶ池から加茂野の噂の事は耳にはしていたんだ。

 とはいえ、それが本当だとは思えなかったし、仮に事実だとしても俺じゃあお門違いだろ」

「先生、寺の息子じゃなかったんじゃないの?」


 香ヶ池さんの茶化すような言葉を受けて、石押切先生は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「いやいや、俺なんてまだまだ半人前だぞ。

 何たって、神様は皆の心の中に派の人間だったからな」

「今は違うんですか?」

「今は神様はいるかもしれないけどやっぱり心の中にいると思う派だ」

「適当だなぁ」


 確かに。

 とはいえ、石押切先生の考えが間違っているわけではない。

 人間たちが神と呼んで信仰の対象にしているものが本当に私たちと同一のものかどうかは分からない。

 人間たちが信仰している存在が、私たちではなく私たちさえ超越した何かであるならば、私たちがしゃしゃり出るわけにはいかない。


「私はそれでいいと思いますよ」

「だねぇ。なにせ、信仰の自由は憲法で認められているからねぇ。

 私たち神が出る幕じゃないさ」

「にしても……お前たちが本当に神様なのか?

 俺にはただの出来の悪い生徒にしか見えないぞ」


 できればその評価の対象で私と神様を一緒くたに見てほしくはなかった。


「一応、私は神じゃなくて神使です。

 それに出来の悪いのは、神様だけで私は違いますよ」

「そりゃそうだ。でも、髪の毛が銀色になってびっくりしたぞ」

「あぁ、それ戻せますよ」


 神様の何気なく漏れた一言に、私と石押切先生が同時にえっと驚いた。


「うむ、それなら。戻してくれた方がいいな。学校的には」

「ちょっと、ダメです! ダメですダメです。絶対ダメ!」

「なんで?」


 神様は全力で否定しているその様を見て楽しそうに私を見た。


「銀ですよ、銀!

 古くから白い色をした神使は最高級の存在なんですよ。先生なら分かるでしょ!

 白い鳥に白い蛇。

 今まで神使の中で白い身体を持つ者は最高位の意味を持っていたのに!

 やっとなれたのに!」


 そうなのだ。

 白い身体を持つというのは神使の中で一階位にしか与えられない素晴らしい称号なのだ。


「神使一階位って立派な役職なのですよ。職業なんですよ。

 それを神様の気分しだいで剥奪されたらたまったものじゃないですよ。

 労働基準法的にもアウトですよ」

「でも、私たちは神様だし」


 今すぐ、労働基準法の遵法範囲を人から神様まで拡大してほしい。


「そ! それよりも、まずは加茂野さんですよ」


 まるで人身御供にしたかのような若干の罪悪感があるが、とにかく神様には気を紛らわせてもらってそのまま永遠に忘れてほしい話題だ。


「仕方がないねぇ。じゃあ、終わったら考えよう」

「終わってもダメですよ」


 あの顔は絶対に分かってない気がする。地上に来た時もそうだった。

 口では分かっていると言いながらも顔は全然分かっていなかった。

 そして、それに振り回されるのはいつも私なのだ。


「神様かぁ」

「どうしたんだい、河津。神様が珍しいかい?」


 今まで一言も話していなかった河津さんが呟いた言葉に、香ヶ池さんが「元気ないじゃないか」と寄りかかるようにして一歩身を寄せた。


「誰だってそうだろ」

「たぶんね」


 昼休み以降からか、河津さんは何だか元気がないようだった。


「嫌なの?」


 そばに寄った香ヶ池さんが河津さんの顔を覗き込むように尋ねた。


「何が?」

「さぁ?」


 香ヶ池さんは河津さんに質問を返され肩をすくめた。


「よぉし、三人とも。加茂野さんの住所が分かったぞ」

「一応、担任からの忠告だ。

 これはあくまでもお見舞いをしたいという生徒の自主性を尊ぶための行いだからな」

「表向きはね」

「こら、香ヶ池。本音と建前は使い分けるものだぞ」


 それを教師が堂々と言ってはいけない気がする。

が、教師もきっと色々あるのだろう。そこは触れないでおこう。


「ではでは、加茂野宅に向けて出発しようかねぇ」


 職員室の中で一人楽しそうな神様を見て、私はがっくりと視線を地面に落とすしかなかった。

 こんなことなら無理やりにでも高天原に連れて帰ればよかった。



****



 学校が終わったと言っても時間はまだ五時にも満たない早い時間。

 冬のこの時期なら辺りはどっぷりと暗い色で覆われていたに違いないが、夏至が過ぎてまだそれほど時間がたっていない今。この時間の空はまだ夕方の気配をやっと醸し出してきたまだまだ明るい時間帯だ。

 一定のリズムで空から舞い落ちる雨は、強くはなかったが夏特有の熱気とまとわりつく湿気で、乾かない汗をかいているような感覚になる。


 雨の中、並び続ける住宅街の道を歩きようやく加茂野さんの家の前までたどり着いた。

 石押切先生から聞かされた住所と白い表札に書かれた加茂野の黒い字を見比べる。


 確かに間違ってはいない。

 この住宅街にはよくありがちな二階建ての白い家は犬でもいそうな小さな庭があり、赤い屋根には白い風見鶏がついていた。


「さて、お見舞いに来たわけだけど、誰かお見舞いの品とか持ってんの?」

「ぼ、僕持ってない」

「私もです」

「いるの?」


 最後に素っ惚けたのはもちろん神様しかいない。

 神様のその言葉は置いておいて、確かに手ぶらでお邪魔するには悪い気がする。


「お見舞いってのは相手を心配して立ち寄るもんじゃないのかい?

 なら、形あるものよりも私たちが笑顔で明日は学校に来てねって言うのが、いい見舞いの品じゃないのだろうかねぇ」


 もっともらしいことをもっともらしく言うのはこの人の得意技かもしれない。

 が、やはり、形になるもので渡した方がいいと思うし、何よりこの人数だ。

 雨の日にこの人数でお邪魔したらお家にも迷惑がかかるに違いない。


「じゃあ、行くとするかい」


 私が今から買いに戻りましょうと口を開こうとする前に、神様は戸惑うことなく加茂野さん宅のインターホンを押した。

 ピンポンと軽いチャイムが鳴り響き、しばらくすると声を枯らした女性の声がインターホンから聞こえてきた。どうやら、本人が出たらしい。

 喉をやられたのか、寝起きであったのか。どちらにしろ、この声を聞くと、間違っても今日は元気ですかとは声を掛けられない。


「はい、加茂野ですが」

「やぁ、神原だよ。今日はお見舞いにきました」


 このインターホンにカメラが付いており、ここにいる私たちの状況が向こうにも確認できていたらこの言葉でもすぐに理解できただろう。

 しかし、残念なことにこのインターホンにはカメラがなく、神様のこの唐突な挨拶に加茂野さんは状況が理解できず慌てしまったようだ。

 加茂野さんが残した「すぐに開けますから」との言葉通り、家の中から人が走る足音が聞こえて、加茂野家のドアが開かれた。


「やぁ」

「あっ、えーっと、こんにちは」

「神様、加茂野さんが困ってます」

「そう?」


 本当に困っているのかと尋ねるように聞き返した言葉に、加茂野さんは言葉を返さずに首を横に振った。


「加茂野さん、大丈夫? ごめんね、こんな大勢でお見舞いに来ちゃって」

「いえ、皆さんが来ていただいて嬉しいです」


 男性二名、長身の香ヶ池さん。四人の中では私の身長が一番低かったが、加茂野さんは私よりもさらに低かった。

 白を基調として、黄色い小さな花柄のパジャマを着た加茂野さんは今まで寝ていたのであろう、黒い髪がところどころにぴんぴんと跳ねていた。


「まぁまぁ、立ち話もなんだし。中に入んない?

 加茂っちもその身体で外に立っているのもつらいでしょ」

「うん。ごめんね。じゃあ、どうぞお上がり下さい」

「はぁい、じゃあ、お邪魔します」


 いきなり加茂っちと呼ばれて驚いたのか、急に中に入れてくれという言葉に驚いたのか。

 加茂野さんは少し言葉を詰まらせたがすぐに笑顔になって私たちを中に招いてくれた。


 二階の奥にある部屋が彼女の部屋らしい。

 そこに通された私たちは、飲み物を出そうとした彼女を止め、ベッドに上がらせると並ぶように部屋の中に腰を下ろした。


「今日はお見舞いありがとうございます」


 加茂野さんは、皆の目の前で横になっているのには気がひけたらしく、ベッドの上に座ると布団を羽織るように肩から掛けた。


「い、いや、唐突に来て僕らの方こそ悪かった。身体まだ痛むか?」

「ちょっとね」


 心配した河津さんに向かって加茂野さんは弱々しい笑顔を向けた。

 彼女自身は平気だよと笑顔を見せたつもりなのだろうが、その笑顔に河津さんは辛そうな顔を出さないように笑い返した。


「ふむ、加茂野女史は御病気か何かなのかい?」

「いえ、そんなんじゃないんですけど」


 神様の急な問いかけに、加茂野さんは慌てて言葉を返した。

 神様、今のは空気を読むべきじゃなかったのでしょうか。

何だか、河津さんと加茂野さん少しいい感じだった気がするんですが。


「病弱ってわけじゃないんですが、

 季節の変わり目とか気候の変化に身体が敏感に反応しちゃって。

 たまに今日みたいに身体が何かに締め付けられるように痛いんです」


 こほっと咳き込み加茂野さんの小さな背中が可愛く揺れた。

 少し弱々しい女性というのが好きなのは今も昔も変わらないらしい。

 男性陣二人とも私や香ヶ池さんの方をちらりとも見ないで加茂野さんと話している。


「あれ?」


 ちょっとした不思議な光景に私は小さく首をかしげた。加茂野さんが着ているパジャマの袖の隙間から、黒い線のようなものが見えた。

 太さは指二本程度のものと思われるが、実際に紐か何かを巻いているわけでもないようだし。

 痣なのだろうか。

 それにしては歪な痣だ。

 まるで、呪いでも掛けられたような不思議な痣。


「加茂野さんは、少し疲れがたまっているんだよ。

 だから、僕らもそろそろ退散しようか」

「はいはい、そだねー」


 部屋に入ってからずっと黙っていた香ヶ池さんは河津さんの言葉に腹立たしく立ち上がると、さっさと一人で部屋から出て行った。


「あ、あの、私何か気に障ること言ったのかな」

「大丈夫、明日には何事もない顔してるはずだから」

「さて、じゃあ、私たちも帰るとしますかねぇ」

「そうですね」


 私たちが立ち上がると、加茂野さんもベッドから立ち上がった。


「あっ、いいよ、いいよ。ベッドで寝ていて」

「いいの、鍵閉めないと」

「あぁ、そだね」


 河津さんと加茂野さんの会話を見て、思わず神様に耳打ちしてしまった。


「なんか、あの二人いい感じですね」

「そうかい?」

「神様ってそういうところ鈍感ですね。

 というか、もう不感の域まで達してますよ」

「長く生きてきたからねぇ」


 少なくとも私よりも何倍も長生きしていたのは確かだ。

 その中で私の知らない何かがあったのかもしれない。

 少し悪いことをしたかなと神様の方を向くと、神様は私の方ではなくて加茂野さんの方を見ていた。

 どうやら、何か示したいらしく神様は無言で自分の鎖骨辺りを手でとんとんと叩いていた。

 加茂野さんも、その意味にすぐに気がついたらしく、慌てて自分の鎖骨辺りを隠すように両手で覆った。


「神様、どうしたんですか?」

「胸元が見えてるよと」

「な、何言っているんですか!」


 鈍感・不感もここまで行けば立派な犯罪だ。

 何の思いもなく少女の胸元に目が行くような大罪人はどうしてくれようか。


「神様、デリカシーという言葉はご存知でしょうか」

「あはは、横文字はちょっと」


 ずいっと顔と身体を近付けた私に、神様はははと笑いながら両手の平を私の方に向けて上半身をそらした。


「家に帰ったらみっちりと教えてあげますよ」


 傍にいた河津さんは私と神様のやり取りを見て乾いた笑いをもらしていた。



 香ヶ池さんは先に帰ってしまったらしい。

 加茂野さんの家から出た私たちは特にどこか向かうわけではなかったので、すぐに解散となった。


 しとしとと降り続いていた雨は止んだみたいだ。

 地面に溜まっている水と湿気はまだ雨の気配をたんまりとそこに滾らせてはいるが、

 それも直に晴れるだろう。


「結局、どうなるんですかね」

「何が?」

「加茂野さんのことですよ。

 結局、何も分からず仕舞いだったじゃないですか」


 神様は、関心がなさそうに「ああそれね」とだけ呟いた。何かしらの考えがあるのだろうか。


「大方、予想はついたよ」

「本当ですか? 何が原因だったんですか?」

「こういうのは当人の問題だからね。私が口を挟むべきじゃないんだろうけど」

「けど?」


 たぶん、神様が手を出すべきかそうでないかを考えているのだろう。

 原因があって、私たちが加茂野さんを治せるのならそうすべきなんじゃないだろうか。


「いくつかの問題が残っているんだよねぇ」

「問題って何ですか?」


 どうも神様は、私に向けて話しているような感じではなかった。

 どちらかというと自分の思っていることを整理するために口に出しているだけ。いわば独り言に近いのだろう。


「神様、聞いています?」

「あぁ、そだね。明日の放課後までには解決すると思うよ」

「本当ですか?」

「うむ、何とも気が重い話だがね」


 気が重い。

 どうしてそんな言葉が出てくるのだろうか。

 とはいえ、今この状況で解を持っているのは神様しかいない。

 それなら、静かにそれを待つしかないのだろうか。


「私ができることってあります?」

「戦いになったら私を守ってくりゃれ」

「守りますけど。戦いになんかならないでしょう」


 戦いになるってのはたぶん冗談か何かのたとえだろう。

 そうだと思っているにも変わらず、神様は憂鬱そうに大きなため息をついた。


「こんな早い段階から高天原が動かなきゃいいんだけどねぇ」


 神様はぼそっとそれだけ呟くと、もうそのことに口を開くことはなかった。



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