第25話 再会
「少し質問があります」
「ん? 何だい、お清」
窓の外に見えるグラウンドは、夏の日差しに熱せられ、ゆらゆらとその身を揺らし、偽りの水たまりを映して見せた。
「なんで、私はここにいるんですか?」
私はなぜ、学校に来て神様と昼食をとっているのだろう。
「なんでって、学校には出なきゃならないでしょ」
「じゃなくて!」
私は持っていた箸を机の上に置いて立ち上がった。
えっと、どこから整理をしなきゃいけないんだったっけ。
私は神様に貫かれた。
そう、私はあの時、確かに死んだのだ。
身体の中にあった何かが、世界のどこかへ抜け、私はそのどこかへ行く予定だった。あの冷たくて、暗くて不安な瞬間を体験した。
私の意識は混濁し、何が何か分からなくなってしまっていた。
私が自分が自分だと気付いた時は――
「神様のせいで思い出したくないことを思い出してしまったじゃないですか」
「えー、私のせいなのかい?」
自分が自分だと気付いた瞬間、それは死人である私が意識を取り戻した瞬間だ。
本来ならそのまま混沌に横たえるはずだった私が意識を取り戻せたのは他でもない。
神様が母君であるイザナミ様の御邸宅まで訪れたからだ。
要するに、黄泉の国まで神様が足を運んでくれた。
その混乱ぶりと言ったらなかった。
神様の父君であるイザナギ様が塞いだ黄泉比良坂の大岩を八岐大蛇が破壊したらしく、ほぼ暴挙と言っていいほど無理やり私の身体を人世の世界に引っ張り出してきた。
史上最大の怪物と神世で最も高い神格を持つ二人が黄泉の国で暴れたのだ。
感謝はしているものの、その盛大な語り草を聞くと何て事をしてくれたんだと恥ずかしくもなる。
生き返ってすぐに行われたことは、神使の再任式だった。
階位は結局二階位のままで、一階位には戻らなかった。
それでも、神使に戻れたのは、神様と八岐大蛇を御しきれる神使は私しかいないのではないかと結論に高天原が到達したからだ。
私としては些か不満のある結果だが、元の仕事に戻れたことはやはり嬉しかった。
「狐、アイス買ってきたから食べよう!」
「あっ、香ヶ池さん」
香ヶ池さんと河津さんが、いっぱいに詰められた袋を持って教室に入って来た。
たぶん、購買で昼食を買ってきたのだろう。
「清原さん、今日が再任してからの初仕事だって?」
「河津さん、こんにちは。そうなんですよ。また、神様の神使になりました」
そう。そして、今日。というか、今。
再任の式が終わり、私はもう一度神使となり、人世にやって来た。
仕事はあの時と同じ、神様の御世話だ。人世の空気も久方ぶりだ。
「じゃなくて! 神様は神様なんですから早く高天原に帰って下さいよ!」
「ヤダよ。こっちの方が楽しいもん」
「ちょっと、困ります!」
「お清もわざわざ制服に着替えてここまで来たんだから。
授業くらい受けていったらどうだい?」
あれ? この会話いつかどこかでしたような。
何だかんだとあったけど、最後は結局いつも通りとなった。
神が大きく人世に関与したこの事件だったが、神様が事前に高天原以外の神々に根回しをしていた。
そう言えば、木彫りの人形とか作って貰っていたなと今さらになって思い出した。
あの時から、神様はどのような結果になっても高天原が不利な立場にならないよう他の神々と話をつけていたのには驚いた。
高天原では、神様の処遇をどうするか論議が行われていたが、最終的には、最大のアキレス健であった八岐大蛇と平和的な関係を築けることが評価され、ほとんど御咎めなしという処分になった。
高天原の本音を言うと、八岐大蛇と仲の良い神様を処分した後、また高天原と八岐大蛇の関係がぎくしゃくするのではないかという懸念の方が強かったということだ。
今回ばかりはその日和見主義がいい方に働いた。
この夏に起きた目を回すような日々はこれにて、いつも通りの日々に戻ってしまった。
「いいですか、神様。
これが終わったら絶対に高天原に帰ってきてくださいよ」
「はいはい、分かった分かった」
「絶対ですからね」
まだまだ、夏真っ盛り。
これからも暑い夏は続きそう。
(あとがきは、活動報告で)




