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おつきつ! ~お付きの狐の回顧録~  作者: 物戸 音
第三章 高天原の事情
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第11話 会議

 田舎というには少し発展しているかもしれない。

 しかし、都会と言うにはそこまでこの町は発展していない。

 人にとって不思議が詰まったこの町は私にとっても同じだった。

 時は七月も終わり、夏の気配は残すところもそう長くはなく、この暑さでさえ後どれだけあるだろうかと指折り数えてしまう。

 人の世は、場所によりその季節の様相を変えるが、夏と言うこの独特の雰囲気は変わらずその気配を辺りにまき散らしていた。


 ここは島根が出雲。

 今の暦で七月が終わるころは旧暦で言うところの水無月。

 にもかかわらず、目の前には数え切れない神々と神使たちが所狭しと並んでいる。

 もう一度言う。今は水無月なのだ。決して今が神無月ではない。



 話は少し遡って加茂野さんの事件があってから一週間後の夜。

 家に一人の使者と一枚の手紙が来た。

 使者の言葉を要約するとこうだ。


 八岐大蛇と神の世との関係は予てから問題であったのだが、それが今回ようやく解消された。

 その事を日本中の神々に話すため、一つ今時分だが出雲に集まろうではないかと言うことだ。

 そして、この手紙は参加状だそうだ。


 神様は人の世に降りてきてはいるが、高天原の現最高責任者。

 それに、今回の事件の当事者でもある。参加しないわけにはいかない。


「神様、当然参加しますよね」

「えぇー」

「何か文句があるんですか?」

「大ありだよ。私は人が多いところが苦手なんだよ」


 台所で料理をしている私に対して、神様は床に寝転がりながら不平不満を漏らしていた。


「神様は一応高天原の最高責任者ですよ。

 出ないわけにはいかないでしょう」

「何かあったらすぐ責任者だとか。

 私も嫌になって辞めちゃうよ」

「……神様。

 そんな事になったら神様の取り柄がなくなってしまいますよ」


 私は動かしていた包丁を止めると、床でごろごろしている神様を呆れた顔で見下ろした。


「私の取り柄ってそこなのかい」

「ですよ。ほら、神様も文句を言ってないで、机の上を片付けてください。

 もうご飯の用意ができますよ」


 神様はめんどくさいねぇと口にしながらその重い身体をゆっくりと動かし、机の上に置いてある物をどかし始めた。

 それがいつもある私たちの光景だった。



 そして、三日後。

 私は石押切先生に休むことを伝え、神様と二人で出雲に旅立った。


 神様が降立った地より遠く離れてここは出雲。

 人が作り出した電車は思った以上に心地よかった。

 金銭的な都合上、この特急と呼ばれるものには頻繁に乗ることはできないが、年に一度の神無月の時もできるならばこれで向かいたいものだ。


 出雲の駅から大社に向かう道すがらすでに辺りは神でいっぱいだった。

 相変わらず、有象無象の神の多さに驚かされる。


「神様、着きましたよ」

「あぁ、めんどくさいねぇ」

「ほら、シャキッとして下さい」


 人世の中にも、数少ないながら神や神使しか立ち入れない場所がある。

 出雲はその数少ない場所の一つ。

 私の恰好も人世のそれとは違い、頭の上には二つの小さな耳が、お尻には、今は白のロングスカートで隠れているが、長いお気に入りの尻尾がある。

 神様の服装は、白い狩衣に袴という白をメインとした神祇装束で、頭には黒色をした烏帽子をかぶっている。


「神様、素敵ですよ」

「学生服できた方が良かったかねぇ」

「今の恰好でお願いします」


 正式な場と言っても、実はこれといって着なければいけない服装はない。

 神を迎える人は、それこそ規定が多いかもしれないが、神の方はいたって気楽だ。

 スーツ姿の神から、ふんどし一丁の神もいるくらいだ。


「それにしても、こんな大事になるなんて」

「まったくだねぇ。私としてはまだやり残したゲームがあるからそっちの方で忙しいんだが」

「それは忙しいとは言いません」


 神が集まるその会場へと向かいながら、私はせっせと神様の服の乱れたところを直し続けた。


「もういいよ。どうせ、誰かに見られるわけでもないしねぇ」

「見られるに決まっているじゃないですか! 神様はもうちょっと神らしい自覚を持って下さいよ」

「烏帽子じゃなくて麦わら帽子とかだったら夏らしさを演出できると思わないかい?」

「演出しなくていいです!」


 嫌がって逃げようとする神様の身体を無理やり追いかけ、ぱっと見て不恰好な部分だけは何とか全て整える事ができた。

 今回の為に設けられた会場には既に神々が集まっており、そこの管理の神は私たちの姿を見つけるとすぐにと言い、私たちを奥へと導いてくれた。


「お清や。私はどうも人が多いのが苦手でね。

 代わってくれないかい?」

「何を言っているのですか!

 高天原の最高責任者なのですからシャキッとして下さい」

「……寝るよ。お清が変わってくれないと言うなら会議の途中に寝てしまうよ」

「子供じゃないんですから、駄々をこねないで下さい。ほら、時間ですよ」


 こんな場合でも神様は呆れるほど相変わらずだ。

 大勢の前に出るのを躊躇っている神様の背中を押すと、私は神使たちが座る少し離れた席へと脚を向けた。


 人世の入学式の雰囲気が今のこの感じと似ているかもしれない。

 遥か前方に作れられた舞台には、椅子が数個とお立ち台が一つ設けられ、神様はその椅子の一つに座っている。


 今ここに日本中の神様が集まっている。


「皆、静粛に」


 この声が開催の合図と、今まで騒がしかった声が急に止み、会場の全ての意識が前へと向けられた。

 お立ち台に立って話し始めたのは、高天原の副管理人でもある立律若日子様だ。


「三貴神は訳あって、しばらく外れているため、私の口から説明しよう。

 まずは神無月でもない今に遠路はるばる足を運んでいただき誠に感謝している。

 本日は、知っての通り大蛇と高天原についてである」


 一応この連絡は香ヶ池さんにも届いたようだったが、興味がないの一言で島根行きをあっさりと断った。

 神様の面目もあるとは思うのだが、神様自身これには行きたくなかったのだから説得よりも先に「全くだ」とその意見に賛成していた。


「我々が大蛇おろちを打ち破り、神器である天叢雲剣を手に入れたのはもう遥か昔。

 大蛇はその時、力を失い人の世に逃げ込んだ」


 香ヶ池さんがいなくてよかった。

 この言葉を聞いたら、激昂しそうだ。


「それから、幾星霜の時が流れたであろうか。

 ついに大蛇は我ら神の前に跪いた」


 その言葉に会場からは割れんばかりの歓声が上がった。

 どうも、私が想像している流れとは違っている。

 香ヶ池さんは神様に跪いたわけでもなし、従っているわけでもない。私たちと香ヶ池さんの関係は対等だ。

 学友と言う関係には上も下もない。


「神様。それに反論しないと」


 神様と私の場所までは遠く、言葉を発しても届かないのは知っていた。

 しかし、神様が気付いてくれるわずかな可能性を信じて私は神様に向かって視線を送り続けた。


「って、神様!」


 今、熱心に話している立律若日子様、その他にも錚々たる神たちがいるにもかかわらず、その中で唯一神様は目をつぶり、頭を前後にふらふらと揺らしていた。


「本当に寝るなんて」


 有言実行と言えば聞こえはいいかもしれないが、神様が実行することはいつも自分の都合がいいことばかりだ。

 舟をこぐように前後にふらふらしていた神様の頭がゆっくりと机の方に向かってうなだれていく。

 揚々と高説よろしく語っているそのすぐ後ろで眠気と戦っている、いや、眠気に誘われている神様に他の神たちも気づいたらしく、その温度差に笑いを堪えてはいるが、口の隙間からクスクスと堪え切れなかった笑いが漏れていた。


「集まってもらったのは他でもない。

 その偉業を成し遂げた高天原の長だが少々長たる自覚が足りないのではなかろうか」


 立律若日子が神様の方を見てこほんと咳払いをした。その瞬間、我慢しきれなくなった神が次々と吹き出してしまった。


「静粛に、ここで私から一つ提案がある。

 高天原の長でもある神の堕落。それはひとえに神使のせいだともいえる。

 私はここで新たな神使を使わすことを提案する」

「ちょっと! どういうことですか」


 いきなり、議論が私へと飛び火した。

 あまりの事に抗議の声を上げたが、私の場所から前の舞台までの距離は遠く、

 私の言葉は届かなかった。

 仮に私がその言葉に不服で舞台に向かって走って行ったとしても、

 たぶん、そこに行くまでに止められてしまうだろう。


「この案に賛成のもの。声高々に!」


 その神が手を挙げると同時に、会場は怒号ともとれるほどの歓声に包まれた。


「えっ、ちょっと。どういうこと?」


 私の困惑の声もそこでは掻き消されてしまい、ないものと同じだった。


「狐の神使、清の階位を一位から二位に落とし、新たに私が推薦するこの三鳥みとりを神使一階位としたいと思う」


 新しく舞台に登場したその人物は遠目でよくは見えなかったが、その静かな雰囲気と黒い髪がとても印象的だった。


 夢のような、それはひどく不快な感じだが、現実味がないという意味ではそう表現するしかなかった。


 その後の事はよく覚えていなかった。

 とんとん拍子に話が進み、私の階位は後日降格と言う事に決まった。

 私は神様を待つことなく、逃げ帰るように島根を出て家へと戻った。


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