第01話 プロローグ
「お母さん、私の好きなおはじきどこやったの!」
「私が知るわけがないでしょ」
知るわけがないって、私は動かしてないんだから私じゃない誰かに決まっている。
「まったく、清はいくつになったら神になるんだろうね」
「べ、別になりたくなくてなってないわけじゃないんだから。
そんな言い方しないでよ」
「玉藻はすぐに神に昇格したってのに、末っ子ってのはこんなものなのかねぇ」
「それより、おはじき!」
あれは、何百年も前に初めて私が社に奉られた時に供えられたものなのだ。言ってみれば、私の初仕事の大事な記念なのだ。
「ちょっと、あまりうろちょろしないでおくれよ。今から大切なお客さんが来るんだから、あんたは部屋にでも入ってなさい」
「はいはい、分かりました」
清は母の言葉にふてくされて、部屋へと戻った。
「絶対どこかにあるはずなんだけどな」
昨日は触ってなかった。とすれば、その前か。
少し物が多いこの部屋は、失くすとそのまま神隠しにあう可能性が十二分にある。大事なものは大事な物入れに入れてほとんど出さないはずなのだが、稀に触るとこうやって消失してしまう。整理されていないこの部屋で失くすと探すのが億劫になる。そりゃ、家の外に出れば私にだって見栄があるからそれこそ小綺麗にはするけど、家の中くらいは楽にしておきたい。
「はぁ」
もちろん、綺麗な方が落ち着くんだけどね。
観念して、床に散らばっている色々な小物を区分けし、棚の上に乗せていく。片付けると言うよりも移動させているだけなのだが、見た目は綺麗になっていく。
「あっ!」
床にあるある程度の物を棚に乗せると、床の少し奥。棚と床の隙間に光る何かを見つけた。光る何か。間違いない。おはじきだ。
四つん這いになり棚と床の隙間に手を伸ばす。
「もう、なんでこんな所に落ちているのよ」
誰が悪いかというとたぶん、私なんだろうが。とりあえず、文句を言いたい気分だけは察して欲しい。
「あっ、後ちょっと」
随分と奥に入ってしまった。棚を退けたらすぐに拾えるのだろうが、棚にはすでに散らかっていた物が積まれている。それをどけるくらいなら、ここで手を伸ばしていた方が幾分か楽だ。どうか、無精とは言わないでいただきたい。
「ちょっと、清。入るよ」
「えっ、今、ダメ!」
母親の声に慌てて棚の下から腕を抜こうとした瞬間、棚の出っ張りに袖をひっかけて、棚が大きく揺らしてしまった。
「この方が清を神使にしたいって――って、あんた何やってるの?」
母親が扉を開ける音が聞こえた。
最悪だ。
「……」
あぁ、今日ほど死にたいと思った事があっただろうか。
頭隠して尻隠さず。四つん這いのまま、上半身は棚から落ちてきた様々なものに押しつぶされ、下半身は何とも言えない気まずさに尻尾が僅かに揺れていた。