光源氏誕生前~5歳 桐壷の帖*[運命の出逢い]
春の空模様の
なんと気まぐれなことだろう
花の蕾みのほころびを
嫉妬かのような
__名残の雪が降っていた。
「………あっ、」
「誰も………おいででないと、」
「いや、驚かせてしまったね。」
「供の者を待っているんだが、」
扇で顔を隠しながら、震えている
少女の姿が愛おしく
手を握りしめながら
「そこでは寒いだろ?
もう少し傍にきなさい。」
「いえ、………わたしくは、」
(じっと、見つめる帝)
「………美しい。」
(恥ずかしげに顔をそむける少女、)
「………お許し、あそばして………」
「 いま、この手を放したら
消えて仕舞いそうだ………
もう少し、
もう少しだけ、
さあ……… 」
「……………………… 」
(少し名残惜しそうに、、、)
「……弥生いの君には
まだ、少し寒かったね。」(※1)
「………気をつけてお帰りなさい。」
春とは名ばかりの三月初め
名残の雪が舞っていた。
裸の四肢に花びらのような雪が積もり
降っては落ちるその様も
春の桜とはまた違い
楚々として美しい雪桜………
鷹狩の際(※2)、射落とした獲物を拾いに行った
供を待つ東屋のうしろから
現れた君の姿は
宮中のどんな高貴な姫よりも
透きとおるように美しく
いま、掴まえないと
儚く消えてしまうかと思い
慌てて握りしめた御手は
氷のように冷たかった。
それでも
その瞳の奥には静かだけれど
凛とした熱い心があった。
あの時、
わたしは あなたを、
春を司るところの
貴き方かと思ったけれど
あながち間違いではなかったね。
後に、あなたは
この都を治める帝、
わたくしの最愛の方になられるのだから…
__桐壷帝回想______
※1陰暦3月、弥生のこと。
いやお(い)の君とした訳は、
出会いが陰暦3月だったためで原文とは関係ありません。
※2鷹狩り
鷹狩りは奈良時代には豪族、貴族に流行し、
民衆にも広がっていきますが、
朝廷は朝廷と一部高官以外は鷹狩りを禁止しています。
(実際には庶民もやっていたらしい)
鷹狩りは「王権の象徴的な行為」とされました。