序章・英雄の姿
初投稿です。生暖かく見守ってください。
序章・英雄の姿
炎に巻かれ、身悶えながら地をのた打ち回る人影が、視界の隅にちらほらとうつった。地に伏すそれらは、悲鳴とも奇声ともつかない音を喉から発し、そのたび、熱で喉と肺を焼かれまた身悶えていた。倒壊したレンガ作りの家屋、その残骸に押しつぶされ身動きとれず、じわじわと焼かれ悲痛な叫びをあげる女性が。それを助けようと必死に周りに助けを求める少女が、逃げ惑う群衆に押し倒され踏みつけられ動かなくなっていくさまが、少年の網膜を焼いた。
ーーーこれは...なんだ。
指の一つも動かない体を横たえて、霞掛かった頭で、少年は考えていた。自分の置かれている状況を。そせて、この凄惨たる地獄を生み出した、その元凶を。
少年は視線だけを動かし、周囲を見渡した。倒れ伏す人々、崩れた街並みの中心に、それはいた。
全身黒々とした体表に覆われた、四足歩行の生命体だ。それは全身から湯気のよう限りなく黒み近い黒紫の瘴気を垂れ流しており、詳細な輪郭はうかがえない。ただ、その瞳と胸部の何かだけが、その黒の中で異彩を放つように鮮やかな紫色に輝いていた。
その黒い化け物は、近くで倒れ動かなくなっていた少女に近づくと、迷うことなくその瘴気に隠されていた凶悪な咢を開き、少女を頭から咀嚼していた。瓦礫に埋もれていた女性が狂ったように地面をかきむしり、甲高い金切り声をあげ叫んでいる。かきむしった地面の跡に血が滲んでいた。
地獄
まさにそう呼ぶにふさわしい惨状を目の当たりにして、他に言葉もない。焼かれた建物が黒煙を噴き上げて日の光を遮り、悲鳴がこだまし、血肉臓物の悪臭でむせ返るのだ。地獄といわずして何と表せばよいのか。その地獄を生み出したのが、一匹の化け物というのも恐ろしい。たった一匹で、この惨憺たる地獄を生み出したのだ。たった一匹の化け物相手に、自分たち人類はなんと無力なことか。少年は歯噛みして化け物を睨み付けた。そして
化け物と、目があった。
ドクンと鼓動が高鳴った。いや、全身が波打つほどの衝撃を覚えた。しかし高鳴る心臓に反して全身の血の気は引いていき、指先は震え、奥歯はカチカチと耳障りな音を立てる。逃げろと脳内で警鐘が鳴り響いているが、体は震えるだけで動かない。
化け物は食いかけの少女の亡骸からその首を持ち上げると、倒れ伏す少年の方へと足を向けおもむろに歩き出した。絶対的優位者故の余裕だろうか。その足取りは緩やかなものだ。わずかに覗く真っ赤に染まった口元が、まるで笑みを浮かべているように見えた
トットットッと想像していたよりも軽い足音が段々と近づいてた。少年がわずかに視線を持ち上げれば、もうそこには喜色の様相を浮かべた化け物の顔があった。まだ、体は動かない。わずかに動く口を使って助けを呼ぼうにも、熱で声帯をやられたのだろう。口からは「...ぁ...ぅあっ...」と意味のない音しか出ない。
そうこうしているうちに、ついに化け物は少年を捕食すべくその口を開いた。走馬灯だろうか。少年から見たその動作はひどく緩やかで、段々と近づいてくる明確な死の形に、少年は恐怖し目をきつく閉ざした。
「グガァアアアアアッ！！！！」
目を閉じながら、脳裏で想像していた痛みはついぞやってこなかった。代わりに聞こえてきたのは怒りに満ちた獣の怒号と、風を切り肉を断つ鋼の音だった。地面を伝って、耳元からいくつもの足音が聞こえる。そしてその足音の一つが少年の近くにたった。
「もう、大丈夫。」
凛とした、透き通るような女性の声だった。決して大きな声ではないのに、どこか力強さを感じさせる、この地獄には場違いに思えてしまう綺麗な声だ。
少年はその声を聴き、恐る恐る重たい瞼を持ち上げた。
空を隠していた黒煙の隙間から光が差し込んでいて、その光が網膜を刺激し少し煩わしい。少年は眩しそうに目を細めながら自分の前に立つ人物に目をやった。
背筋がまっすぐで、正中線が全くぶれない美しい立ち姿。逆光で顔がよく見えないが、長い髪と女性らしいすこし華奢な丸みを帯びた曲線のライン。そしてそのシルエットに反比例するように携えられた無骨なロングソードが強く印象的だった。
その姿はとても、とても美しかった。
不定期ですが、更新頑張ります。
