キバのある武道家と方向音痴の魔術師
「結婚しようか」
いきなり言われて、わたしは正直すっごく驚いた。
「何言ってんの?こんなときにっ!」
「こんなときだからだろっ?明日になったら、俺はもうこの世にいないかもしれないんだから」
目を潤ませながら、目の前の若い男―リュウはわたしを見つめる。
わたしはため息をついた。右手の包丁を振り回しながら。
「バカじゃない?!たまねぎ刻むくらいで、どうして死ななきゃいけないのよ?」
言うと、「はい。ど〜ぞ」と、包丁を彼に渡す。
「みじん切りにしてね」
ここは、わたしの家のキッチン。
彼氏のリュウがいきなり「オムライスが食べたい」と言い張り続けたため、急遽作ることになった。わたしとリュウはすでにおそろいのエプロンを身に着けている。ちょっとした新婚さんみたい。
「よし・・・」
意を決し、リュウは包丁を高々と掲げた。きら〜んと包丁が輝く。そして、武道家らしく、格好よくポーズを決め―
「だだだだだだだだだっ!!!」
右手が口に合わせてリズムを刻む!
よしっ!かっこいいぞ!リュウ!!
みるみるうちにたまねぎはみじん切りに・・・・ってちょっと待て。
たまねぎ、転がってますけど?
始めの『だ』のところで、どっか転がっていっちゃってますけど?
で、この破片は何?一体、何を刻んでるのかな・・・?まな板?しかも手刀で?
っていうか・・・包丁は?・・・どっかいってません??
「リュ・・・リュウ・・・?」
わたしの呼びかけにも、彼は答えない。ただ黙々と手刀で小さくなったまな板を刻んでいる・・。
ひゅるるる・・・
どこからか風を切るような変な音。そして―
どすっ
鈍い音がした。リュウの頭の上らへんから。
あ。これは痛い・・・・。
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・おい。気付けって!
「刺さったーーーー!!!!」
「鈍いわ〜〜!!!」
かこ〜ん
ツッコミと同時、わたしは近くにあったフライパンでリュウの後頭部を叩いていた。リュウは
頭に刺さった包丁を抜きもせず、ドクドクと血を垂れ流しながらわたしを見つめている。
どうでもいいけど・・・怖いんだけど・・・それ。
わたしは引きつった表情で、今にも出血多量で死ぬんじゃないかって思われるリュウを睨んだ。
「ねぇ・・・どのようにしたらいつも頭に刺せるんですか?!」
わたしはリュウの頭の包丁を引っこ抜いた。まるで噴水のように血がそこらじゅうに飛び散る。
うわっ!掃除が大変じゃない!・・・リュウにやらせようかな。
傷口に、そっと手のひらをあてる。ぬるっとした感触に思わずしかめっ面になる。
「ほんとに、バカなんだから」
苦笑交じりにつぶやき、わたしは口の中で呪文を唱えた。すると、傷は見る見るうちに塞がっていった。
わたし―ラナはこれでも魔術師。
回復系・攻撃系両方使えるんだけど・・・・方向音痴なんだって。わたし自身は方向音痴ってこれっぽっちも思って無いんだけど・・・。
戦いとかで魔法を使うとするじゃない?なんか、うまく当たらないのよね〜。この間なんか味方のリュウに当たっちゃった!でも、そっちにいるほうが悪くない?
彼氏のリュウは武道家。それもかなりの実力!この村<ダイン>では、彼より強い人なんて誰もいないんじゃないかな?
でもでも!そんな彼にも弱点はある!それは武器が全く使えないってこと!包丁ですら、いつの間にか手から抜けて、スポ〜ンと飛んでいっちゃうし。武器を装備すると、逆に弱くなるって専らの噂だし(っていうか、ほんとのことなんだけど・・)・・・。で!最も特徴的なものっていうのが・・・
「バカじゃないっ!」
言うと、リュウはわたしのこの細い右腕にガブッと噛み付いてきた。
「いった〜〜〜〜い!!」
歯型がくっきりと刻印されてる。回復魔法をかけるまでもないけど、赤く腫れることはまず間違いなし!
う〜〜!痛〜〜〜い!!
「ちょっと!いつも噛むのやめてくれる?」
「そこに腕があるからいけないんだろ?」
全く悪びれた様子のないリュウ。ニッと笑った口の端からは小さなキバが覗いている。
そこに腕があるからだって〜〜??『そこに山があるから』みたいなこと言いやがってぇ〜!
くそぉ、リュウめぇ〜・・!!
彼は「ヘヘヘ」と笑いながら、ふさがった頭の傷を触ると・・・
「あっ!!」
唐突に大きな声を出した。
もぉ〜〜うるさいなぁ〜〜
耳をふさぎ、眉根を寄せるわたしにリュウは泣きそうになりながらこう告げた。
「頭が禿げてるぅ〜」
「当たり前だ〜!髪の毛までは再生できないってば!!」
「俺の髪〜〜〜!!」
「エロいから、すぐ伸びるでしょ」
涼しい顔でわたしは答えた。リュウは「うう・・・」と少し呻くと、いきなりエプロンをばっと脱いだ。
「お仕置き」
言うと、わたしのエプロンを脱がしにかかる。
「ちょ・・・ちょっと!!オムライスはっ?」
「後ででいい。まずはお仕置き」
「ちょっとぉ〜!」
わたしの困った顔を、リュウは見るのが好きなんだってこと忘れてたっ!
血溜まりの中でラブラブもいやだし、リュウはわたしのエプロンを取ると、そっと抱き上げてキスしてくれた。
もぉ〜〜・・リュウのバカ。リュウのハゲ。
「ラナ・・・好きだよ」
キスの合間に聞いた声はとても心地よかった。
ダイン村のある一日の出来事でした。おわり