嵐の前夜
登場人物
本田佳那
主人公。平和主義者の両親に育てられた影響で、時代に合わず自身も平和主義者である。
自分の行動のせいで母親が死んでしまったことを後悔している。
自称ブラコン。
本田恭介
佳那の兄。佳那やローラと共に戦争のない世の中を目指している。
佳那の母
軍部によって殺されてしまった女性。
佳那の父
自分が働きたくないからと、自分の息子を戦場に向かわせる、佳那曰く『クソ親父』。消息不明。
平野慶太
佳那の親友。どうやら、佳那に好意を寄せているようだ。第二のマンハッタン計画にどうやら関わってるらしい。
ローラ
色々と謎の多い人物。恭介や佳那と共に、戦争のない世の中を目指している。
アンドリュー
ローラ専属の執事。日本語もわかるらしいが、うまく話せないからと、いつも〇〇語で話す。
用語
第二のマンハッタン計画
昔のアメリカが行った原爆計画の名前に因んで付けられた、原爆計画のこと。
〇〇国も日本もこの計画を立てていて、いつ核戦争が起こるか国際的に心配されている。
第三次世界大戦
資本主義陣営の国に社会主義陣営の国が原爆投下したことで始まった戦争。
〇〇国と日本が戦争し始めた後に始まったそうだ。
「あーっ!!!もう疲れたーーー!」
「カナ、もう少し静かにネ!」
「ごめん」
もう、サバイバル生活をして5ヶ月も経ったようだ。
お風呂は近くの川で済ませているけれど、流石に嫌になってきた。
「…何で、ここらへんに平野がいるのに、会えないなんて…」
「逆に会ったらカナは殺されるかもしれないんだヨ?」
「…わかってる」
平野は従順な国のイヌに成り下がってるかもしれない。
こんなやばいところに、原爆に関わるところにいるのだから、平野がどんな風に変わってしまっていたとしても全然驚かないだろう。
「佳那ちゃん、食べ物を調達しよう。いつも研究ばかりしてたら疲れるだろ?」
「うん、行く!」
お兄ちゃんに言われて私は森の奥へと向かった。
「ちょっト!今日は危ないから早く帰ってくるんだ
ヨ!」
後ろから聞こえるローラの叫び声に、「静かにって言ってたのはローラじゃん」と苦笑しながら足を止めずに前に進んだ。
「…明日は予定外だけど、多分決戦の日となるから危ないっているつもりだったのにナ…」
そんなローラの呟きは、アンドリューしか聞いていなかった。
………………………………………
「佳那ちゃん、ここら辺で木の実探してくれる?」
「はーい」
お兄ちゃんは川に魚を釣りに行くらしい。
「…はぁ。」
木の実といっても、どんぐりくらいしかまともなものはない。
それも、季節外れすぎて、中身はカチカチなものばかりだし、大抵は虫に食われて食べれる部分などありはしない。
…と、そんなこと考えてると、ガサッと物音がした。
ここら辺一帯には、ウサギが住んでいる。
今回もそう思って音の出た方向を見なかった。
ウサギは私達に無理して近づこうとはしないから。
…でも、その物音は近づいてきている。
流石におかしいと思ってそっちの方を向くと、
男の人が、立っていた。
__まずい!
今バレるとみんなに迷惑かけちゃう!
でも身体が言うことを聞かない。
その人の顔をじっと見る。
…あれ、
嘘、でしょ…?
「平野…なんだよね?」
どう見ても、平野の顔だ。
でも、なんか違和感があった。
平野のことなら、すぐにでもわかる自信があったのに。
何でこんなにも反応が遅れたんだろう。
私がおかしくなったのかもしれない。6ヶ月近く、平野には会ってないのだから。
「本…田?」
私の名前がわかるところからして、やっぱり本物の平野だ。
「平野、大丈夫?」
「違う、俺は…」
何が違うの、と疑問を持っていると、平野は逃げるようにして私から離れた。
……え?何があったの?
平野が消えたと思ったら、足音がしてお兄ちゃんが私の元に戻ってきたのがわかった。
「佳那ちゃん、魚たくさん獲れたから、持ってくの手伝って…
って、どうした?」
「…ねえ」
「ん?」
「私、平野に会ったよ」
「え」
お兄ちゃんはさぞ驚いたような顔をした。
「俺は女の子は勿論の事男さえも見てないぞ?」
「…うん、だろうね」
あんなにすぐに逃げてたら、お兄ちゃんが気付く筈がない。
「俺もその『平野』って人に会ってみたかったのにな。
聞いてると男っぽい女の子なんだろ?佳那ちゃんとどっちが可愛いか見てみたい」
いやいや、平野は男だからね、もう勘違いやめてくれないかな。
そんなこと言ったらお兄ちゃんが発狂しちゃうから、絶対に言わない。
「平野はお兄ちゃんに会いたがらないと思うけど、今度見つけたら教えてあげるよ」
「お、そうか」
お兄ちゃんはにっこり笑った。
「さあさあ、魚持つの手伝うから貸して」
「おう、佳那ちゃんに重い物持たせられないからこの小魚を持って行ってくれ」
「了解ー」
小魚を入れた水槽みたいな箱を持った私は、お兄ちゃんの横について自分達の住処に向かった。
………………………………………
「…どうだったか?」
中年男は青年に尋ねる。
「…会ってません」
「本当か?」
「…はい」
青年はどこか怯えたような顔をした。
「おかしいな、変な奴らが数人あの山に住んでいると聞いてたんだが」
「…そうで、すか」
「まあいい。
どうせ明日わかることだ。
…お前は明日で処分だな」
ショブンされる__その言葉が表すこととは。
「俺は…」
「口答えをするな。
お前はただ従うだけでいい。わかったな」
「…はい」
中年男はその場から去った。
青年は、俺にだって自我があるとでもいうかのように、ギリッと唇を噛んだ。
………………………………………
「キョースケ!!カナ!!!遅かったヨ!!!」
プンプン!と口に出しながら怒ってるローラは、私達の前に立ちはだかった。
「ごめん。魚が大漁だったもので」
「あ、そうなのカ?
ならいいヨ」
単純だ。なんて単純なんだ。
「《お嬢様、あの話をなさらないと》」
「あ、そうだったネ」
さっきまでの顔とは違って、急に真剣な顔をなった。
「明日のことなんだけド」
「え、明日何かあるの?」
「まさかお前、明日が決戦の日なのか?」
「そうだヨ。
…私の友達が言ってた話なんだけド、どうも私達の存在に気付いてた奴がここ一週間で現れたらしイ」
ふと、平野の顔が浮かんだ。
…もしかしたら、誰がいるのかを確認するために来た…?
不意に寒気がした。
平野をわざわざ偵察に行かせるなんて、
そんな偶然、ある?
もしかしたら、平野を偵察に行かせた人は…
私の存在を、知ってる人?
「で、私は友達に連絡して、無理矢理日本側を動かすように頼んダ。
そして今日、多分私達の偵察に来たはずだヨ」
あ、それはもう予想済みなのね。
少し安心する。
「何でそんなこと…」
「私達の場所を、わざと知らせるためダ。
…もうそろそろ、ここら辺を囲むんじゃないかナ」
それ、まずくないか?
「大丈夫ダ。
…私達は地下から研究施設に入り込ム。
予めここから施設の下まで穴を掘っておいタ。
施設に着いた時に、私達を攻撃する者が出来るだけ少なくなるようにするための作戦ダ。
何も問題ないヨ。
それに、何のためにカナに研究をずっとさせてたんだと思うんダ」
…どんな凄技だよ。
もしかして、この作戦を実行するために、5ヶ月もここにいたの…?
私の研究も、その作戦を見越して…
考えるだけで何故か恐ろしくなり、頭をブンブンと振った。
「それより、キョースケとカナは身支度を整えてほしイ」
「はーい」
お兄ちゃんは返事をしなかった。
「…お兄ちゃん?どうしたの?」
「…いや、後から言うよ」
お兄ちゃんの顔はどこか複雑そうな顔をして、
お兄ちゃんが深刻なことを話すことは容易に想像ついたので、私は自然に身体をビクンと震わせた。
………………………………………
「佳那ちゃん、もう支度できた?」
「う、うん」
下着とか着替えの服とか、元々最小限のものしかなかった私は、すぐに準備は終わっていた。
お兄ちゃんの手にはスマホがあった。
嫌な予感は当たってるようだ。
「俺が今スマホで見てたら、訃報情報が更新されててな」
指を素早く動かしながらお兄ちゃんはそういった。
「…お前が探してた名前が、あったから」
そう言って指差した場所には。
「『本田和晃』__」
そう、私とお兄ちゃんのクソ親父だ。
「…まさかなって思ったけどな、ここに載ってるマイナンバーが…」
マイナンバー制度が導入されたのは、私が生まれる前だったけど、昔の用途とは変わって、国家にとっての個体識別番号みたいなものになっている。
導入された当初はそれこそ特に税金を管理するためのものだった。
でも、公務員の汚職の温床となってしまい、結局のところ機能しなくなってしまった。
マイナンバーが他の人に知られると悪用される可能性があるから、存命中なら決してその番号が家族以外の他人に知られることはないが、死んだ時にいらなくなったその『マイナンバー』は、本人かどうかを調べる番号へと化した。
そして今、長い間『ただの自分の番号』となっていた父親のマイナンバーが、ここで世に出てしまった。
「…あ」
「…思ってた通りで、佳那ちゃんはうれしい?」
「…」
「嫌いな父親が死んで、嬉しい?」
…そんなこと、言われても。
「そんなの、」
「じゃあ何?
人が死ぬってのはな、これで終わりだってことだ。
もう何を言っても、今更優しくしても、冷たく当たっても、帰ってこないんだ。
わかるか?」
お兄ちゃんの目から光るものが落ちた。
「お兄ちゃん、泣いてる…?」
「うるせー。お前もなの、知ってるか?」
「え?」
確かに、私の頬は濡れていた。
「気のせいだよ…」
「…俺だってそうだよ…」
お兄ちゃんは、兵隊として活躍してた時に何かあったのか、特に深刻な顔をしていた。
「…私は悲しくなんか、ないし…」
「強がるなよ…」
しんみりとした空気になる。
…確かに、悲しくないは嘘だ。
知ってる人が亡くなるくらい悲しいことはないだろう。
でも、相手は憎き父親だ。
複雑な思いなのは誰にでも想像できるはず。
「カナ!キョースケ!アンディがご飯作ってくれたヨ!早く食べないと冷めル…
って、二人共どうしタ?」
「「何でもないよ」」
お兄ちゃんと私は泣いた顔のままハモってそういった。
………………………………………
それから作戦の具体的な内容を話し合って、
そのまま寝た。
時間は夜の7時。
赤ちゃんかよ、というツッコミがはいるかもしれないが、明日の起床時間が朝の3時半なのを考慮すればまあまあな睡眠時間だ。
…そう、早朝に奇襲をかける作戦だ。
ローラ曰く、研究所で働く人の交代時間が丁度4時らしく、
一番うやむやになりやすいそうだ。
確かに私が研究所にいる頃、夜間勤務の人は4時までとか言ってた気がするが、私のいた研究所とここは全く違うから当てにはならないだろうと思っていた。でも、国立の研究所ならば時間とかは割と一緒のようだ。
あとは戦闘__。
戦闘する時はできるだけ殺さないようにすること。
相手は私達を殺しにかかってくるのは明白だけど、私達はできるだけ手を汚さないようにしたい。
お兄ちゃんは特にこの事を強調した。
お兄ちゃんには兵隊として働いてた時に敵を殺すことが何度かあったようで、
それが後になって心の傷になってしまった。
その傷をこれ以上深く抉りたくない、私の手を血で染めたくない、
そんな配慮だった。
それには私も賛成だ。
お母さんを殺した、あの軍部の男のようにはなりたくない。
心底楽しそうに、人に銃を向ける人なんかに___
もう一つ、若干の心残りとしてあることは、平野のことだった。
平野は多分研究の方だし、戦闘には参加しないはず__
そう信じないと、今回は戦えない。
「…よしっ」
私は目を開けた。
外は真っ暗で、隣にいるはずのローラの顔さえも見えない。
これからが、
本格的な戦闘だ。
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