幸せは続かない
____あれから、半年経った。
「卒業おめでとう、二人共!」
平野のお母さんが私と平野に向かって言った。
「ありがとうございます」
「一時期はどうなっちゃうのか心配してたけど、なんとか研究所に就職できてよかったわねぇ」
…そうなのだ。
実は私は、すぐに就職する予定だったんだけど、
試しに拳銃に薬品を詰め込む作業をさせられた時、お母さんが死んだ時のことを思い出してしまって、吐いてしまった。
さらに、その時は勿論平野はいなくて、
頼れる人さえもいないところで働くのは物理的に不可能だなと思い、平野が卒業する時、一緒に就職することに決めた。
…それからも、学校の実習で似たようなことはあったけれど、全て平野に頼っていた。
…住む場所でさえも。
結局、平野の家に居候することになった。
家に帰れば父親に無理矢理働かされ、お金を吸い取られるのは目に見えていた。
それを平野のお母さんに言うと、「いいわ。おいで」と言ってくれた。
あの時の嬉しさといったら、多分一生忘れられないだろう。
「お袋、今日なんだけど」
平野はどこか恥ずかしそうに言い出した。
「何?」
「本田と、出かけたい所があるから、帰るの遅くなる」
平野のお母さんは、何かを悟って、「どうぞ、ごゆっくり」と笑った。絶対に変な方向に勘違いしてる。
「本田、行くぞ」
「あ、うん」
………私たちが向かう先は、
「こっちだよ」
「……ここが、お前の…」
お母さんのお墓だ。
………半年経った今でもあの悲しさは忘れられない。
…目の前に広がる残酷な出来事は、一生忘れられないに決まっている。
そして、今になってわかったことがあった。
「……平野、私ね」
「ん?」
「お母さんが……殺されたのは、私を国に逆らわせないようにするためだったんだねって、今わかったよ」
私が悲しそうに笑うと、平野も辛そうな顔で私を見つめた。
あんなことが起こっては、自分もああなりたくない、自分の大切な人をあんな風に殺させない、
そう、思わせておくために、お母さんを殺したんだ、あの悪魔は。
「……そうかもしれない。でも」
平野は私の顔を見る。
「今は俺がいる。
もう、お前は悲しまなくていい。何かあっても助けてやる。」
「……うん」
まるで、恋人が言っているようなセリフに、少し笑えた。
「何だよ」
「いや?流石私のパートナーだなって」
「は?」
「ん?平野は、大切なたった一人の仲間だよって」
平野は、パートナーだって言うもんだから勘違いしそうになったじゃねーか、と照れたように拗ねてた。
「あ、平野君!
…と、本田さん」
いかにも『付け足しました』感を出すのをやめてくれないかな。
今やってきたのは、元同じクラスの女子達だった。
40人クラスだったけれど、女子は6人しか居なかったので、(私以外の)女子はとても仲よかった。私を除いて。
そして、みんな平野のことが好きだった。
「平野君、今日くらい私達とどこかに行かない?」
本田さん抜きでさ、と暗に言われてる気がしたけれど、気のせいだと思いたい。
「え、いや、俺は本田と出かけるつもりで…」
「ええー?いいじゃなぁい!」
……これこれ。女子よ、私を睨まないの。
「平野、私が邪魔なら先に帰るわ」
「え、困るんだけど」
いや、平野よ、こっちが困りますから。
「…本田さんも勿論来ていいからさ、遊ぼうよ」
そんな困ったような顔をされると私が悪いみたいじゃないか。女子って怖い。
「わかった。どこ行くの?」
私の質問に、女子達は待ってましたとばかりに目をキラキラさせた。
「カラオケ!!もう高校卒業したんだから、遊べるよ!!」
今、高校を卒業するまで遊んではならないという法律ができている。
だからこそ、今から遊べるからと、みんな楽しみで仕方がないのだ。
「いいね、行こうか」
「本田、今更だけどお前が歌える歌なんてないんじゃねーの?」
「失礼な。ありますー!」
「言ってみろよ」
「んー、君が代とか?」
「それで歌えるとか言ってんじゃないよな?」
「え、ダメなの?」
ふと、周りの女子を見ると、「あ、まただ」って感じでシラーッてなってたので、平野とのやりとりをやめた。
「と、取り敢えず何処か行こう?」
女子のうちの一人が、重くなった雰囲気をかき消そうと、頑張って声を張り上げた。
…よく考えたら元クラスメートの名前、平野以外誰も覚えてないや。
いかに平野としか仲良くないかがバレそうだ。
…………………………………………………
「貴方のぉ〜ハートにぃ〜ロックオ〜ン!」
………な、何なんだ。
カラオケに着いて、女子達はテンションがアゲアゲになっちゃって、
「ねえねえ、この歌どうかな?」
「えー?このアイドルの歌とかよくない?」
「女子力高ぁい」
きもっ、キモっ。キm((
同じ性別なのかな、本当に。
何でみんなこんなにも歌知ってるの?
「貴方のハートにロックオンはぁと」なんて、私は聞いたことないぞ!?!?
「…おーい、本田、大丈夫か?」
「いや、もう無理だわ、女子になるの」
「いや、お前女子じゃん」
「あれと同じにされたくない」
「それはわかる」
見ると、私と同様、平野もかなりげっそりしてる。
もう、本当のところ帰りたい。
「あーあ、ゲーセンで遊んできた方が楽しかったんじゃないかな…」
「もう俺たちだけで抜けるか?」
そんなに真顔で言われても、多分女子が許さないだろう。
さっきから歌ってるラブソングはどうせみんな平野宛の歌なのだから。
「平野君も歌って?」
女子の中で一番顔がまともな子が、平野に向けて可愛らしいポーズでマイクを渡す。
「…わかったよ。代わりに本田と一緒でな」
え、私も!?!?
「…平野君が歌ってくれるならそれでいい…」
そんな可愛い顔をして平野に何を言おうと、奴の心は中々動かないぞ。今までそうやって努力してきた女子を側で見てきてる私だからわかることなんだからね。
ほら、案の定平野は嫌そうな顔じゃないか。
「本田、何歌う?」
「あ、えっと、そうだね、
これとか?」
「マジでこれいく?ヤバくね?」
「いいじゃん、これなら抜け出せるかもよ?」
そして私たちが選んだのは。
「「……え?」」
女子が曲名を見てみんな声を揃えて引いた歌。
『鰹節』
何だこれ、って誰もが思う歌。いや、演歌。
『鰹だ鰹だ〜!わっしょい!新鮮獲れたて〜!わっしょい!』っていう、馬鹿げた歌だ。
私と平野は、これのCDを平野の家で見つけ、バカ笑いしながら覚えた。
これなら、誰も歌える筈がない。
現に、女子がちらほら「ちょ、ちょっとお手洗いに」と逃げ出した。
どうせ、これからどうやってこの変な歌に対応しようかトイレ会議をするんだろう。
「あれ、女子消えた?」
平野はキョトンとしていた。
「平野の美声に逃げ出しちゃったんだよ」
「おい本田もう一度言ってみろ」
歌い終わっても誰も戻ってこなかった。
「私もトイレ行く」
「行ってら」
そして、私は平野をおいて部屋を出た。
…そして、案の定女子達はトイレ会議をしていた。
「あ、本田さん、ちょうどいいところに!」
いや、私的には全くよくないけど。
それよりも漏れそう。
だから女子達を掻き分けてトイレへ向かう。
「本田さんって冷たいよね」
そりゃね、生理的欲求を満たしたくて必死なんですわ。
「うん、後で、ね?漏れそう」
わ、下品、と女子達は顔をしかめ、バカにしたような顔をした。
…あんたらの方がかなり下品な顔をしてるよね。
……その後、トイレから出ると、やっぱり女子達が待ってた。
「ねえねえ、本田さん、一つだけ聞きたいんだけど」
「何?」
聞かなくていいよ。
「その……本田さんってさ、
平野君と、最後までいったの?」
…ん?
「最後まで、とは」
「私達にその言葉言わせる?」
………ああ、何となく悟ったよ。
「ああ、身体のk」
「いわなくていいから!」
どうやら当たってたようだ。
「特にないよ。」
「え!?噂で平野君と一緒に寝たって!」
「ああ、それは嘘じゃないね」
うん、それは嘘じゃない。
……あの時、馬乗りにされてからすぐに離れた平野は、
「…トイレ行ってくる」と消えていった。
その後は、昼間のことを思い出して何か辛くなって、
部屋に戻ってきた平野に「お願い、眠れないから抱きしめてていい?」と頼んで、そのまま寝た覚えはある。起きた後に平野に何故か怒られたけど。
それからは正式に住むようになってから、他の部屋を与えられたから、一緒に寝ることはなくなった。
だから、女子達が期待してることはなかった。
「…ふうん。怪しいね」
一人の子が、そういったけど本当に何もなかったからね。
「そろそろ戻るわ。平野がかわいそうだし」
そのまま帰ってやろう。もうこんなところにいるのは嫌だ。
…………………………………………………
戻ると、平野は『昆布だし』という題名の歌を歌ってた。うん、私でもわからない。
「昆布〜だ〜ぁぁしぃ〜」
「あの、平野よ」
「昆布はうまいぞ食べてみろぉ〜」
「ちょっと!」
やっと気付いた平野は、私の顔を見て何処かホッとしたような顔をした。
そしてどんだけ歌に熱中してたんだよ。
「楽しんでる平野には悪いけど、私、今から帰るわ」
「あ、うん、俺も帰る」
「あんた熱中してるから帰んなくていいんじゃない?女子にどんびかれてればいいわ」
「」
そして私が自分の分のお金と「先に帰る」という旨の手紙を書いて、カラオケボックスから出た。
私が出たらすぐに平野も付いてきた。
「本当に付いてこなくてよかったのに」
「お前といる方が楽しいから」
…その言葉は反則だ。
最近、自分がおかしい。
平野の一挙一動が、なんかキラキラ見える。
そして私に向けての言動には、胸が苦しくなる。今度病院行こうかな。
「じゃあ、どこに行く?」
「ん、そうだな。
俺たちが初めて話した、あの河原に行かないか?」
………ああ、あそこね。
「行こうか」
平野にそういうと、平野は私の手を引いた。
手が、熱く感じた。
……………………………………………………
私達が初めて話したのは、学校近くの河原だった。
お兄ちゃんが募集兵隊としていなくなることがわかって、やさぐれてた時、
「大丈夫か?」
男の子が私に話しかけてくれた。
よく見ると、クラスで席の近い子だ。
「うん、大丈夫。ありがとう。お兄ちゃんが募集兵隊に行っちゃうから、悲しくて。父親が行かないからこうなるんだ…」
ついつい、私は愚痴ってしまう。
「…そうなんだ。辛かったね」
そう言って、私の隣に座った。
それが、平野だった。
…………
「____ってことを今思い返したんだけどさ、」
平野に笑いかけると、平野は「そんなこともあったな」としみじみと言う。じじいか。
「…あの時に、平野が話しかけてくれたから今があるんだよ。____もし、平野と出会ってなかったら、こんな風に過ごせてなかったと思う。」
……本当にそうだ。
私は不意に身分証端末を出す。
半年前に新調されたそれは、あまり使ってないのがバレバレなほど綺麗だ。
「…私、さ。
昔は、自分の思った通りにならないと許せなくて。
それが、この世の中ではうまくいかないんだって、本当に大切なものを失ってからしか気付けなかった」
身分証端末の表示には、『非国民ワード 0』と書かれている。
「…あの事件から、私は逆らうことを諦めた。
この端末を見てもわかるでしょ?あの私が、0なんてありえないもの。
…これも、みんなのおかげなんだよね」
本当に驚いたのは、現代社会の先生の態度だ。
前まですぐに怒っていたのに、あの事件の後、私が病んでしまってからは、授業をサボっても何も言わなくなった。
軍から話が通ってるんだろう。その心遣いだけでもありがたかった。
…まあ、その原因を作ったのは軍だけど。
「別に、逆らうことが悪いことだとは、俺は思わないぜ」
平野は、遠くを見ながらそう呟いた。
「でも、」
「でも、それはタイミングだ。
タイミングが悪いと、何が起こるかわからない。
それこそ、二の舞になっちまう。
…けど、ちゃんと、自分を変えられる、そんなタイミングに出会えたら、そこで変えないと、あとから後悔する。俺はそう思う」
…平野、昔に何かあったのかもしれない。
あまりにも、悟りを開きすぎてる。
「…そうだね。ありがと、平野」
そう言った時、全然関係ないことをふと思い出した。
研究所で正式に働くことになるのは、4月からだ。
その時から寮に入れるけれど、それまでは平野の家で過ごさないと、私は居る場所がない。
「そういえばさ、平野」
「ん?」
「私って、まだ平野の家で過ごしてていいのかな?
…もう、卒業しちゃったし」
「ああ、いいと思うぜ?何なら…」
顔を赤らめて何か言い出そうとした平野の声を掻き消すかのように、突然身分証端末がけたたましい音を出した。
「え、何なのよ」
「お、おい、見てみろよ」
身分証端末を見ると、メッセージが来ていた。
「“今日の夜9時に研究所へ来てください”?随分と急だな」
研究所からのメッセージだったけど、話と違う。
だって、私達の初出勤は、4月からだったんじゃ…
「…なあ、俺だけか?
嫌な予感がするのは」
いや、平野だけではない。
____多分、これは。
この街が、壊れていく初めの音なんじゃないかな、と
冷静にそう思った。
……………………………………………………
「えー、今日からこの研究所で働くことになった、
本田佳那と平野慶太だ。」
変なおっさんに紹介された私達は、呆然と研究所を見る。
……私が好き好んで遊びに来てた時と、まるきり様子が違う。
あの頃はまだ温かみがあって、よかったのに。
今となっては、いかにも「生物兵器製造工場」だ。
「では早速だが、もう今日から働いてもらう」
「え、きょ、今日!?!?」
つい叫ぶと、平野が「うるさい」と肘でつついた。
「だから、今から家に帰って、荷物を全部まとめて、明日9時にここに来い。
…あと、平野慶太、お前は少し残ってもらう」
1人で帰れってこと?嫌だよ。
もう外は暗い。女1人で歩くと、やっぱり怖い。
「本田、待ってろよ。お前1人だと危ない」
平野の言葉にドキッとする。
一応、女だと見てくれてるんだね。
「じゃあ、お前はここら辺で待ってろ」
研究所の変なおっさんにそう言われて、私は1人で待つことになった。
…………………………………………………
…はあ。時間がかかるんだなぁ…
もう次の日になってしまってる。
……あれ、これって。
奥の方に行くと、色んな部品が捨ててあった。
これは、もしかして、学校で習った部品と同じじゃ…?
………何個か貰っていってもいいよね。
コッソリとポケットに入れた後、直ぐに平野がやってきたから、若干焦った。
「?どうした?行くぞ」
そう言った平野の顔も、どこか蒼かった。
「………あ、」
外を見ると、夜なのに赤かった。
「空襲?」
「………怖いね」
もう、戦争も佳境に入ってきたのかもしれない。
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「………ねエ、もうすぐだヨ」
「………俺は戦いたくないよ」
「またまタ〜!大丈夫ヨ」
………他のところで、何かが動いていたことは、
この時の私は、知らなかった。
11/3 一部改変