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日常って、何だったんだろう。

…20××年。


“今日の昼、○○国との戦争が始まりました”


あまりにも簡単に告げられた、ニュースの言葉。


「ねえお母さん、戦争が始まったって」


「嫌な世の中ねぇ」


母の言葉は簡単だった。


酒飲みの父親は、私の顔を見ようともしないで、ゲップをしてまた眠り始めた。


お兄ちゃんは、ため息をついた。



……………………………………………


そんな、世の中の転換から、もう3年経った。


「……であるからして、この国日本が“防衛”するのは仕方がないことで、…」


…ああ、つまらない。


現代社会の時間は、大抵「戦争してる日本は悪くない」という内容で終わっている。


そんなわけ、あってはならないのに。


「おい本田ぁ!!!!聞いてるのか!?!?」


いかめつい顔をした教師は、私に向けて怒鳴りつける。


「聞いてませーん」


「何だと!?!?」


今にも沸騰しそうな様子の教師。


それを見てクスクスと笑う前の席の男。


「…平野、笑ってないで助けてよ」


前の席の住人、平野に助けを求めるも、


「いやいや、俺は怒られたくないからな」


ちゃっかりとスルーした。


「〜っ、もういい!教室の外で立ってろ!」


クソ教師は、そう私にいいつけ、私はそのまま出て行った。


「…わかってないんだな、クソ教師。教室の外に行けば私の楽園なのに」


半分教師を哀れんだ後、そのまま“ある場所”へと向かう。


…そこは、薬品の匂いで満たされた空間。


「あら、佳那ちゃん、今日もサボり?」


「いやいや、今日は現社の時間がクソだったから寝てたら追い出された」


「あらあら。女の子が“クソ”なんて使っちゃダメよ?」


このお姉さんは、ここ__科学研究所で働いている、私と仲の良い人だ。


「だってさぁ」


「まあまあ。…ところで、今日は何をするの?」


「昨日言ってた薬品を、試作品として使っていい?」


ああ、そのことね、と三角フラスコをカチャカチャと移動する音を出しながらお姉さんは返事をする。


「はい、どうぞ。…そういえばね、佳那ちゃん」


真面目な顔をしたお姉さんは、ある紙を白衣ポケットから出した。


「何これ?」


「貴方ね、もう学校やめてここで働いていいのよ」


そこに書いてあったのは、確かにそんな内容だった。


…確かに魅力的な話だ。嫌な授業を受けなくてもいいし、大好きな研究ができる。


…でも。


「考えさせて」


このまま甘えてしまうと、


この、おかしな世の中を受け入れることになってしまうから。


…私は、気付いていたのだ。


ここで行われている研究は、兵器の開発であるということ。


恐らく、生物兵器。


この世の中で生きていくためには、それを受け止める必要があるのかもしれない。


「…もう、行くよ。もうすぐチャイム鳴っちゃうし、流石に先生にバレたらまずいしね」


私が言うと、お姉さんは「そうね」と呟き、にっこり笑った。



………………………………………


「本田、大丈夫だった?」


…私は聞こえないふり。


「おーい?本田佳那さん??」


「…フルネームで呼ぶ必要ある?平野よ」


だって振り向いてくれないしいいだろ、と口を尖らせているのは、さっき私が叱られてる時に助けてくれなかった友、平野だ。


「フルネームで呼べば振り向いてくれるかと思って」


「助けてくれなかった人には返事しませーん」


「いやいや、お前を助けたら俺の成績が下がるじゃん」


やっぱりこいつの頭には成績しかないんかい。


「薄情者」


「…めんどくさ。帰るぞ」


そういって平野は私の手を引いた。


__この平野という男は、それなりにいい容姿、気さくな性格で、誰にでも好かれるタイプだった。


そのくせして、私にやけに執着していた。


だから、私はクラスの女子に妬まれてた。


…まあ、だからと言って平野を手放すつもりはないが。


「_何ニヤニヤしてんだよ」


「してないわバーカ」


「あ、わかった。人気者の俺と仲良くしてるのを自慢しtグフッ」


こういうところは嫌いだ。つい鳩尾にお見舞いしてしまった。


そうこうしているうちに、気付けば校門の前にいた。


そこにいた守衛さんは言った。


「学生証端末を出しなさい」


今の時代、全ての情報を詰め込んだ、昔でいう“スマホ”に似た端末を使用するのが一般的だ。


私は嫌いなので殆ど使わないようにしている。


でも学校で必要なので、仕方ないから持ってきてる。


「よろしい」


平野と私はいつも通りに校門を通り抜ける。


「…本田、お前、今日ちょっと変じゃないか?」


「まあね。この学校からおさらばしようかどうか迷ってるんだよね」


私の言葉に、平野は足を止めた。


「……は?」


「研究所で働かないかって、言われたの」


ヘッドハンティングってやつ?と笑ってみせると、平野は複雑そうな顔をした。


「それってさ、…お前の嫌いな…」


兵器の開発に関わることになるじゃん、とでも言いたいのかもしれない。


「……それを選んでいいのか正直迷ってる。私は戦争なんて反吐がでるほど嫌いだ。だから」


「……本田。知ってたか」


「何?」


「学生証ってな、『非国民』ワードを言うと反応して、言い過ぎると軍が来るんだぜ?」


「え、うっそ!」


平野が見せてくれた端末には!確かに『非国民ワード取り締まり回数』と書かれていて。


何かにつけて賢い平野のページには『非国民ワード0』と書かれてたけど、


私のを珍しく見てみると、


『警告48回』とだけ、赤い文字で書かれていた。


「うわ、マジかよ」


私は平野の言葉にも反応せず、遠くを見つめた。


…たった48回なのか。


「それ、50回目で来るって聞いたことがあるぜ?」


「やめてよ、軍大嫌いなんだから」


私がそう言った時、また警告が出た。


「………………………49回目」


マジでやばい。これは。


そうだ、こうすればいいんじゃない?


「いい考え思いついちゃった」


私はそう言って、学生証を電柱に向けて投げる。


憎たらしい端末は、激しい音と共に、粉々に砕け散った。どんだけ脆いんだ。


「おい!ダメだろそれは!」


「ぶっちゃけもう学校やめればいいんでしょ?ならいい機会じゃない」


「いや、何言ってんだよ。これ、社会人になっても使うやつだぜ?故意に壊したってバレたら…」


…壊さなきゃよかった。


「何とかなるさ!」


陽気な感じでガッツポーズすると、平野は呆れたように私を見た。


………………………………………


家に行くと、案の定酒飲みのクソ父親が寝転がってた。


「ただいま。また酒?やめてよ、どうせなら募集兵隊に行っちゃってお金入れてくれればいいのに」


「うっせーな、ガキのクセに俺のこと指図するんじゃねーよ」


ロクでもない父親だ。蹴飛ばしてやりたいほどイライラする。


あーあ、こんな時に平野がいてくれれば愚痴言えるのに。


「…お母さんは?」


「あ?知らねーよ」


…働かない上に、奥さんまでもどうでもいいってか。


「あら、佳那。おかえり」


お母さんがやってきた。


本田家は、お母さんも父親も働いていない。


今の世の中では、誰かが兵隊として出征すれば、生きている限りお金が入るのだ。


うちの場合は、お兄ちゃんだった。


今もどこかで、誰かを殺し、傷つけてるのだろう。


私が一番好きな人は、ずっとお兄ちゃんだった。だからこそ、お兄ちゃんの心を傷付けるようなことをする原因___父親は、どうしても許せない。


働いてもいないくせに、威張り散らしている父親が邪魔で仕方なかった。


「そういえばさ、お母さん、」


今日ね、研究所で働けるようになったよ、


そう続けようとしたら、いきなりインターホンが鳴った。こんな時間に訪ねてくる人など、普通はいないのに。


「何かしら…はーい?」


お母さんが訝しげに応答すると、


「本田佳那の家か」


軍部の人が、いた。


「え?あ、はい」


お母さんは一瞬で顔が青くなる。


え、まさか、身分証端末をぶっ壊したから?平野の言ってた通りの事が起こってるの?


「用は二つある。一つ目は、」


軍部の人の言葉に、嫌な予感がした。


「お前の兄、本田恭介が行方不明になった」


お兄ちゃん…が?


「だからだな、もう収入はなくなるぞ。この国にはもう金がないから生活保護とかバカらしいものはない。餓死するか身売りするか何かするんだな。」


『身売り』は、多分三つの意味でだ。


一つ目は、私が研究所で働くこと。


あの研究所は、もちろんのこと国立だから、すぐに話は通っているだろう。


二つ目は、私が本当の意味で『身売り』すること。


三つ目は、父親が募集兵隊として戦闘しに行くことだろう。


残念ながら、私は父親を養ってやるほど優しくない。仕送りしたとしてもお母さんに向けてだけだろう。


無論、二つ目は論外だ。


「あ?俺は働かねーぞ」


父親がクズいことを言ってたからしばきたくなったけど、流石に目上の相手だ。何とかぐっと堪える。


「あとはもう一つ。」


軍部の人は、騒がしくなった本田家の人を鎮めるように、生意気な言い方で告げた。



「本田佳那、お前は非国民ワードを49回、身分証端末を壊すこと1回。これはこの『日本国民』としてあってはならないことだ。よって」


そして、カチャ、という、いかにも物騒な音がして、


バン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


発泡音と共に、



目の前で血を噴き出す、



お母さんの姿があった。


「……………ぇ」


自分の声なのかわからなかった。


驚愕、慄き、怒り。どれとも言い難い感情が、溢れ出した。


「生命刑に処す」


冷え切った金属のように冷たい声で、そう、軍部の人は言った。


生命刑__この国が、平和主義の憲法を改正してしまった時に出来た概念だ。


『公共の福祉に反した場合、生命刑に処す』__つまりは死ね、ということだ。


でも、これは本人が殺されるはずだ。なのに、どうして…


既に息絶えた母親からは、まだ生ぬるい赤いものが、水たまりを作るかのようにどんどん溢れてくる。


「よかったな、本田佳那。お前はまだ若い上に他の同級生を圧倒する知性を持っている。それを殺すのは勿体無い」


…なんにも、良くない。


「それに、お前を殺さずとも、俺には女を殺した後の楽しみがあるからな」


そう言って、悪魔はお母さんに近付き、ズボンのベルトを緩め始めた。


「い………いやぁ!!!!!!!お母さんに近づくなぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


こいつは、お母さんを犯すつもりだ。


でも、私は叫ぶことしかできない。


「お前も仲間に入るのか?」


気持ち悪い笑みをした悪魔は、私の方にも近付こうとする。


…い、や………………


父親を見ると、腰が抜けて呆然としているだけだった。頼りにならなさすぎる。


…その時、私は無意識にポケットを漁った。


そして、物があるのを手で確認する。


これは…


私は怪しまれないようにしながら、怯えたふりをしながら、奴が近付いてくるのを待つ。


「もう諦めたのか?まあ、一回挿れるだけだからな」


気持ち悪い手が私の顔を触れる。


と同時に、私はポケットにあった物を悪魔の腕に刺した。


「!?!?」


驚愕なのか、痛みなのか何なのかわからないような顔をして、そのまま奴は倒れた。


………よかった。研究所に寄っておいて。


さっき研究所に行った時、試作品をポケットに入れて持ってきておいた。


その内容がたまたま“即効性睡眠薬”だっただけだ。私は何も悪くない。


「……………お父さん、この軍部のおっさんを道に捨ててきてよ」


反応がない。


「……………お父さん???」


「あ、ああ…」


クソ親父はどこまでも使えないようだ。


父親が悪魔を外に捨ててきている間、私は足元を見た。


もう既に私の靴下にまで到達している血。


白い靴下と血の赤のコントラストが、残酷さを増す。


…………さっきまで色んなことがあって、悲しささえもどこかに飛んで行ってたけれど、


誰もいなくなった家では、どうしても抑えきれない悲しみが押し寄せてくる。


動かなくなったお母さんを抱きしめる。


…………どうして私が死ななかったんだろう。


どうしてお母さんなの。父親じゃないの。


私は、父親が帰ってくるまで、ずっと声を押し殺して泣いた。



………………………………………………


「…よう」


「…え?本田?」


父親が帰ってきた時、もう私は辛くて、


血の付いた服を着替えて荷物をまとめて家を出た。


父親と二人で暮らしていける気がしない。


だからと言って行くあてもなかったけれど、取り敢えずあの家には二度と戻るつもりはなかった。


………そして、思い出したのは平野の顔。


そして、いきなり平野の家を訪問したのだ。


「…どうしたんだよ」


私の目は腫れていたからだと思う。


中々泣かない私が泣いてるのだ。それはそれはびっくりなことだろう。


「今日泊まらせて…」


「え、は?」


平野は戸惑ってたけれど、その時平野のお母さんがやって来て、「あら、久しぶりね」と言った後、何かを悟ったように「いいわ。うちに泊まりなさい」と言ってくれた。


…そんな、平野のお母さんを見てると、


さっき失ってしまった、私の大切なお母さんのことを思い、また涙が溢れ始めた。


「ほほほほほほ本田!?!?」


「………うっさい。黙って」


平野は焦り始めたけど、一蹴してやる。


…………やっぱり、私がいけなかったのかな。


だって、真面目に逆らわない平野は、全て大切なものを守りきっている。


それに比べると、私は____


自分の思ったことを言って、大切なものを失った。


もう、どうすればいいのかな。



…………………………………………………


「お風呂入っていいぞ」


「ありがとう」


今は、平野の部屋。


さっきまで、またずっと泣いてしまった。恥ずかしい。


そして、全てを平野に話した。


すると、平野は「辛かったな」と言ってくれた。そして、頭を撫でてくれた。


それが、あまりにも優しくて。


そのまま無意識に抱きしめてしまった。


____


そのことを思い出して、私は少し赤くなった。


…ああ、なんで私はあんなことしちゃったんだろう……


お風呂の中で、ぼうっと考える。


平野との仲は、3年前からだ。


戦争が始まるとテレビで放映された後、金持ち__軍部の人を除く__や多国籍企業は、ここ日本から消えた。誰もが巻き込まれたくないからだ。


そして残るのは庶民、もしくは貧乏人だった。


そのせいもあって一時期はほとんど誰も働けなくなって、経済が混乱した。


そこで現れたのが、軍部による支配の手。


残った『日本国民』は、みんな身分証端末を配られ、軍部の都合に合わない人たちを排除する。


そして、働くところがなくなった人たちのために、傭兵みたいな、____そう、お雇い兵士を職業として与えられた。それが、いわゆる『募集兵隊』だ。


そんな、世の中で、私達学生は昔の『国民学校』みたいな学校に集められ、強制的に行かされた。


いきなり変わる、学校の生徒の顔ぶれ。


その中で席が一番近くて話しやすかったのが、平野だったんだ。


それから3年経ってもずっと同じ学校同じクラスで、これだけ続いたのはやっぱり平野くらいしかいない。


…だからといって、変な感情は芽生えないはず。


顔が赤いのは、のぼせたせいにして、そのままお風呂を出た。


…………………………………………………


「…ねえ、平野よ」


どうしてそんなに私から遠ざかるのかい?


「いやいやいやいやいや、いいか、近寄るなよ?」


いやいやいやいやいや、いきなりそう言われましても。


「まさか私って臭い?」


「なわけ」


目が泳いでるのはどう説明するつもりだ。


「佳那ちゃん!今日はどこで寝るつもり…って、

あら、ここにいたのね」


ちょうどその時、平野のお母さんが私達の元にやって来て、


いきなりニヤニヤし始めた。


え、何。怖いんだけど。


「慶太…やっぱりあんたも男ねぇ」


「ちょ、お袋!!!」


「あれ?いつも私のことを『お母さん』って呼んでるのに…」


「や、やめろぉぉぉぉぉ!!!!///」


平野のお母さんと平野との掛け合いが面白すぎて、


「っ、ぁはは!」


ついつい笑ってしまう。


「ほ、本田!!!!」


顔が真っ赤の平野は、耐えられなさそうな顔をしてる。


…ってか、今更だけど、


平野の下の名前、慶太っていうんだ…(失礼)


「そ、そんなことはどうでもいいんだよ!!!!」


顔の赤みが取れてきた平野は、私の顔をじっと見た。


「本田」


「ん?」


「この部屋で寝るつもりか?」


「え、いや、別にどこでも…」


焦る私とは裏腹に、平野のお母さんは何か面白いことを思いついたみたいで、ニヤニヤしている。


「佳那ちゃん、一人で寝るのは寂しい?」


「…ま、まあ」


平野のお母さんの言葉は、確かに当たっている。


あんまり来たことのない家で一人で寝るのは心細いし、


その上今日あった出来事があまりにも衝撃的で、一人では怖すぎるかもしれない。


「ならね、佳那ちゃん。


慶太と一緒に寝ればいいのよ」


…そっか。その手があったか。


「そうですね。そうします」


「は!?!?!?ちょ、本田!?!?それ、本気で言ってんのか!?!?」


焦る平野を片目に、私と平野のお母さんは準備にとりかかった。


その時、平野のお母さんは私に耳打ちした。


「佳那ちゃん、貴女ももうすぐ18でしょう?


慶太のお嫁さんになってくれると嬉しいんだけど」


…それ、本気で言ってるの?


「え、平野は、」


「私ね、貴女みたいな娘が欲しかったの。


…慶太は私の愛する息子で、誰にもあげたくないくらいだけど、佳那ちゃんにだったらいいなって思えるわ」


そう言ってニコッと笑う平野のお母さんを見て、


心のどこか奥底が苦しくなったのは、どうしてだろう。


…………………………………………………


「…おやすみ、平野」


「…………」


不機嫌な平野は、同じベッドの中で、黙ったままだった。


……ムカつく。仕返しだい。


そっと、背を向けてる平野の背中に、指でつうっと線を書く。


「わ、わあっ!!」


そう言って私の方を向く。


「やっと、私のほう向いてくれた」


でも、平野は私の顔を見た後、また目を逸らした。


「今日の平野、ちょっと変」


そう言って私は平野のおでこに手を当てる。


「熱はないんだよね?」


…私は平野にさらに近づく。


平野は何かに耐えるような顔をしてたけど、その顔が真顔になったと同時に、


「え、ちょっ」


う、馬乗り…?


「本田さ、無防備すぎるって言われたことがない?」


平野の手は、私が動かそうとしてもビクともしなかった。


「私、何かしたっけ?」


「お前の服!!!透けてんだよ!!!」


え、あ、まさか。


そういえばブラをして寝ない習慣があるから、透けるのも当然だ。


つまり、さっきから挙動不審なのは、そのせい?


「…ご、ごめん」


「…お前なぁ…」


呆れ顔の平野は、私から離れて、また顔を背けた。


その時、外は雨が激しく降り始めた。


ざあっと雨音が聞こえる。


そして、どこかで雷が落ちたようで、窓がピカッと一瞬光る。


……そんな中にいる平野の様子は、


いつもの『平野』じゃなかった。


そんな、気がした。



…………………………………………………


「…本田、俺、決めた」


「何を」


「俺も研究所に進む」


ガタッと、テーブルが揺れた。


今は、平野のお母さんと平野、それから私で朝食をのんびりと食べてる時だった。


そんな時に爆弾発言をするものだから、平野のお母さんは動揺したようだ。


対する私はというと、ある程度わかっていたかのように感じた。


別に、この話を前から聞いていたわけでもない。でも、なんとなく、そんな気がした。


「慶太、どうして…」


「本田もいるはずだし、文系に進むと親父みたいに強制出兵させられるかもしれないんだろ?なら理系に進んだほうがいいし、自分の手で人を殺めることはなくなるだろ?」


平野のお母さんは俯いた。


『強制出兵』____ここ最近から始まった制度で、最近あまりにも募集兵隊が減ってしまったせいで、文系の人は強制的に戦争へと駆り出された。


平野のお父さんは1ヶ月前に強制出兵に行かされて、多分二度とは帰ってこないだろう。


それを、平野はわかってるんだ。


「__確かにそうね。それに、慶太は優秀だから大丈夫かもしれないけど…」


研究所だって、間接的にも人を殺めることになってしまう。私と同じで、平野のお母さんは、平野の心を傷つけたくないんだ。


「__いいんだ。この世の中で生きるには、これしかない」


その、平野の言葉で私も心を決めた。


私も、研究所に進もう。これしか、私に残された選択肢はないのだ____

11/3 一部改変

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