たおれる
「あのさ、葵。聞きづらいんだけどさ、まさか最近、白川と一緒に帰ってる?」
その日は突然訪れた。最初はバレないようにと周囲にも気を配っていた。
白川くんにバラしたあの日の後からだって、私達が一緒に帰るのは電車の中からだった。
「ど……して…?」
自分がどうこうよりも、守らなければいけないと思った。迷惑をかけちゃいけないと思った。
「私、昨日見たの。……これ、葵と白川だよね?」
突きつけられた携帯の画面には2人の写真。頭が真っ白になった。
「ねえ、なんかあるなら言ってよね。うちら友達じゃん。」
固まった私の顔を心配そうに覗き込んでくる。
「なんも……ないよ…。」
明らかに動揺している私に友達は怪訝な顔をする。
「葵、嫌なときは嫌って言わないとダメだよ…ほら、葵って優しいから断りきれないのはわかるけど。」
なんにもわかってなんかいない。本当は今すぐ叫びたい。
「私から白川に言ってあげるから安心して。」
「っ…だめ!……別に、その、嫌じゃないし…。」
嫌じゃないなんて、本当は私が一緒に帰りたいだけなのに。
「無理しないで。ね?大丈夫、うまく言っておくから。」
ねえ、なんで私が嫌だって決めつけるの?私の気持ち知ったフリして、なにもわかってない。
お願い。白川くんに話しかけないで。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
「顔色悪いよ?大丈夫?やっぱり無理してたんだね。保健室行こ?」
誰のせいだと思っているのか、結局自分の意思なんて言えない。
ー『つらいなら言っちゃえばいいじゃないですか。本人じゃなくても良い。誰かに吐き出せば少し気が楽になりますよ。』
いつかの日に誰かに言われた言葉。
その人のことを私は男の子だったことしか覚えていない。
友達に連れられて保健室に向かっている途中、前から白川くんが歩いてきた。
いつもと変わらない。少し俯いて、真顔で、私との関わりなんてないようで。
「あ!ねえ、白川!話があるんだけど。」
白川くんは大きく肩を揺らした。その表情は不安そうに歪む。
ああ、最悪の気分。
「たっ…たか、ぎ…さん……な、なに…?」
急に話しかけられて動揺しているのがわかる。
「ほんっとなんなの?普通に話せないの?」
「ご、ごめん……」
「……はぁーあのさ、」
ため息に大きく反応する。
やめて、もう、なにも言わないで。
「あんた葵と一緒に帰るのやめてよね。」
白川くんは悪くない。
「葵は優しいから何も言わないかもしれないけど、」
優しいのは白川くんの方だ。
「本当は迷惑してるって。」
そんなこと、私がいつ言ったの?
「ねえ、葵。」
同意を求めないでよ。
「……葵?ねえ、大丈夫?」
呼吸が速くなる。涙がでてくる。
「ごめ…っ……めん…ね…白川……くん…」
苦しくなって、目の前が真っ暗になって倒れる。
「…っ花谷さん!!」
白川くん、まだ、私のこと心配してくれるんだね。
こんな、最低な私のこと。
キィキィとブランコの音がする。私は俯いてボヤけっぱなしの地面を見つめていた。
「あ、あの!……ええと、あの、どうか…したんですか?」
急に話しかけられて、びっくりして涙が止まる。
眼鏡をかけた地味な男の子が話しかけてくる。
ああ、これ、あの時の夢だ。
「この前の…子?……ちょっと、ね。色々あって……どうしようかなって、」
この前の子?私はこれより前に会ったことがある?
男の子は私の正面に来てしゃがみ込むと私の手を掴む。
「かっ、悲しい時には…こうして、他の人の体温を感じると……安心、しませんか?」
そう言って笑う。その顔を見ていたら止まっていた涙が再び流れ出す。
「うわわわ!すみません…!えと、、、」
「離さないで……っぅ…ありが…とう。」
安心した。久しぶりにちゃんと、笑えた。
「はい!」
しばらく、そのまま手を握っていた。
彼は落ち着くまでずっと握っていてくれた。
「私、両親がね、この間……交通事故で…」
「……すみません…。」
「ううん。大丈夫。……そのことよりもね、引き取ってくれた親戚の人とね、うまくいってなくて……。不安で、、、でも、おかげで元気になったよ。」
笑ったつもりが彼は不安そうな顔。
「つらいなら言っちゃえばいいじゃないですか。本人じゃなくても良い。誰かに吐き出せば少し気が楽になりますよ。」
彼はそんなことを言った。
「って、お前なに様だって感じですけどね……へへ、俺、何もできないかもしれないですけど、話聞くぐらいならできます。…ね?」
「ふふ、ありがとう。」
私はその言葉に救われたんだと思う。
「よかった。さっき、また泣きそうだったから。」
そう言って笑った顔が見たことある、白川くんに似ている。
意識が、引き戻されていく。
もう少し、もう少しだけ、この心地の良い空間にいたかった…。
目が覚めた時そこには白川くんがいた。どうやら眠ってしまっているようだ。握られている手が暖かい。
「おはよう、白川くん…。」
小さく呟くと白川くんはバッと身体を起こした。
「花谷、さんっ……大丈夫…?」
「うんおかげさまで。」
そう言って握られている手をあげる。
「うわぁっ…ごめん…!」
白川くんは少し照れているようだった。
可愛い可愛い。
「ふふ、、ありがとう。」
私が笑うとつられて白川くんも笑った。
私、きちんと自分の意思を話す勇気が出たよ。
白川くんと、あの日の彼のおかげで。