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ハツコイ  作者: 菅原夕陽
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わらって

(ー白川視点ー)

 花谷葵さん、彼女とは小さい頃に何度か会ったことがある。

でも彼女はそのうちの一つだって覚えていないんだろう。

キャラを作って明るく振る舞っているのは昔から変わってない。

つらそうなのに気がついてあげられない〝オトモダチ〟も変わってない。

彼女の泣き顔を見ると胸の辺りがザワザワしてどうしようもなくなる。

ほら、また泣きそうな顔してこっちに手を振っている。

彼女はクラスで女子からも男子からも人気のある。一方俺は、人と関わることが苦手でコミュニケーションを取れずに浮いている。

そんな俺と一緒に居るところを見たら周りは良い思いはしないだろう。

俺を悪く言う分には別に良い。彼女が良い人だから俺に付き合ってあげてると思われる分にはなんにも問題は無いのだ。

しかし、彼女はそう思わない。きっと、俺がそんなことを言われて許せない自分と、それを周りに言えない自分にグルグルして葛藤するのだろう。俺はそういった負担になるのが嫌だった。だから今日限りにしたのだ。

なんて、本当の事を言ってしまえば、このまま君を一人にしたらまた泣くんじゃないかって思って、一人になんてしたくなくて。

結局、俺が構いたいだけ。

また、そんな嬉しそうに笑って、意味なんてないってわかってるんだ。

でも、彼女の心からの笑顔は俺をドキドキさせて勘違いさせる。

もしかして、あの日の事を覚えてて、俺の事、好きなんじゃないかって。

結局それは自分の事で、俺は花谷さんに出会ったあの日からずっと花谷さんのことが好きなんだ。

だから今、幸せだと感じているし、一緒に居られる時間を延ばしてしまったんだと思う。

「……それで、花谷さんの、用事って?」

そう問いかけると、目を右へ左へ動かして慌てたように口を開く。

「シャンプー!買わなきゃいけなくって、だから、ドラックストアに!」

焦った表情をしながら目の前にあるドラックストアを指差した。

「…そう、じゃあ行こうか。」

彼女に用事がない事なんてわかっていたことだ。ここは、気づかないふりをして彼女に合わせるのが一番。

彼女はあからさまに安心した顔をしてはにかんだ。

可愛くてつい目を細める。

ああ、長く伸びた前髪がこうも邪魔だと思う日が来るとは。

本当は今にでも前髪を切って、彼女を見たいと思った。

「………髪、切るのも悪くないかもね…。」

そう言うと、彼女は少し驚いた顔をした後、今日一番の笑顔で、

「うん!絶対その方が良いよ!」

と笑った。

じんわりと胸が暖かくなる。

返事の代わりに笑って返すと、彼女はまた嬉しそうな顔をした。

 商品の陳列棚とにらめっこしながら真剣にシャンプーを選んでいた。

男の俺からしたら、シャンプーなんてどれでも良いと思うが、髪は女の命とも言うように、女性には必要な時間なのだろう。

「ねえ、白川くんはどっちが好み?」

そういって2つのシャンプーの香り見本が目の前にズイッと差し出される。

片方はシトラス系の、もう片方はローズ系の香りだ。

「んー……俺は、こっちの方が良いな。」

そう言ってシトラス系の香りがする見本を返す。

強く主張しすぎず、ほのかに香るが彼女らしく感じて素直に合うと思った。

「じゃあ、こっちにする!」

彼女はそう言って、シャンプーと対になっているコンディショナーを持ってパタパタと走ってレジに向かう。

きっと、彼女からこの香りがするたびに今のことを思い出すだろう。

そう考えただけで、顔が少し赤くなる。

レジを終えた彼女は今度はこちらに向かってパタパタと走って戻ってくる。

「お待たせー!じゃあ、帰ろっか。」

彼女の手には先程のシャンプーが入った袋が握られていた。

それだけで嬉しくなってしまう。

「そうだね…帰ろう。」

 ドラックストアを後にし、駅へ向かう。

歩いている途中で彼女の目線があるところに釘付けになっていることに気がついた。

「…クレープ、食べたいの?」

「ふぇっ…ああ、うん…。」

食べたい気持ちはあるのだろうが、なんだか少し歯切れが悪い。

「じゃあ、食べて帰ろう。」

そう言って足をそちらに向ける。

その瞬間、彼女に袖を掴まれる。

「えへへ…あのね、私お金ないや…。」

ああ、なるほど。

少し照れたように下を向いていた。

目線はシャンプーに向けられていた。おそらく、買う予定のないシャンプーを買ってしまったからお金がないのだろう。

なぜ、近くにいる〝オトモダチ〟はこんなにもわかりやすい子の気持ちの変化に気がつけないのか。

「……いいよ。行こう。」

「えっ、ちょっと…話し聞いてた?」

彼女が袖を掴んでいるのをいいことに強引にクレープ屋の前まで行く。

「奢ってあげる。今日、一緒に帰ってくれたお礼。」

「お礼なんて、私が無理やり一緒に帰っただけじゃん……いいよ…。」

「……俺はクレープ一人で食べるの嫌だなー。」

少し困ったように言うと観念したようにメニュー表に目線を落とす。

「うう……どうしよう…。」

迷っていた目線は《イチゴスペシャル》で一度止まる。

「カ、カスタードで…お願いします!」

カスタードはこのクレープ屋で1番安いクレープだ。彼女はこんなところでも気を使うのか。

「…イチゴスペシャルね、わかった。」

後ろで少し焦ったように何か言っていたが聞こえていないふりをしてイチゴスペシャルを2つ頼む。

番号札をもって彼女のところに戻ると少し膨れていた。

「席取っておいてくれてありがとう。…どうかした?」

「カスタード、食べたかったのに…。」

そう言ってより一層頬を膨らませた。

「……ごめん、俺が、イチゴスペシャルを一緒に食べたかったんだ。」

ね、と少し首を傾げてみせると彼女は少し驚いた顔をして

「まあ、それなら仕方ないか!」

と言って笑った。

そんな笑顔がたまらなく嬉しかった。

番号が呼ばれてクレープを取りにレジに向かう。

受け取って振り返った先に楽しみなのが隠しきれない笑顔の彼女がいた。

トクン、トクンと胸が高鳴る。

今のこの幸せな瞬間を1秒でも長く、そう思って少しだけゆっくり歩いた。

「はい、どうぞ。」

「ありがとう!」

彼女はニコニコしながら受け取ると一口、食べた。

「美味しい…!……て、あ!写真!撮ってない……。」

あからさまに悲しそうな顔をする彼女に自分の持っていたやつを差し出す。

「え!私、一個で十分だよ!」

「ふふ…違うよ。写真、撮るんでしょ?」

彼女は少し照れたような仕草をしながら、失礼しますと言って写真を撮っていた。

「ありがとう!おかげでいい写真が撮れたよ。」

そう言って笑うと自分のクレープをほおばった。

「いただきます。」

小さくつぶやいてクレープを食べる。甘くてすっぱい味が口に広がる。

ちらりと彼女を見るとやっぱりクレープに夢中で、でも右手にはまだ携帯が握られていた。

 「今日は本当にありがとう。まさか、降りる駅まで一緒なんてびっくりしたよ。しかも家まで送ってもらって、なんか申し訳ないな。」

そう言って笑う彼女に俺は首を振る。

「……ついでだから、気にしないで。じゃあ…また明日学校でね。」

幸せな時間はあっという間に過ぎる。

また明日なんて言ったって、もう明日には別々に帰ることになる。

それでも俺は彼女が学校で笑っているだけで幸せを感じられる。

大丈夫、大丈夫。そう、自分に言い聞かせながら、少しだけ虚しい心に気がつかないふりをして家までの道をゆっくりと歩いて行った。



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