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Naked-Genius  作者: 芹沢一唯
8/9

誰もが危機を乗り越える度に強くなる。

「守ってやるよ」

 その青年は、小さな精霊に向かって、確かにそう言った。

(守って……?)

 恐る恐る、彼の傍にしゃがみこんで話しかけてくる人間の顔を見上げる。その青年には、右目がなかった。右目があるはずの場所には、複雑な紋様が刻まれている。その紋様には見覚えがあった。確か、彼と同じ精霊のシンボル。背中には大きな剣、銀色の長い髪を一つに束ね、尻尾のように背中で遊ばせている。

「俺と一緒に行くか?」

 優しい笑顔で、彼、テフラに向かって言う。すぐに返事はできなかった。彼は人間だ。その人間に、自分の姿が見えていることが信じられなかった。

 ついさっきの出来事を思い出す。

 疲れ果て、すでに自分がどこにいるかもわからない。自分の周囲には、大きな木々が鬱蒼と生い茂っている。見たこともない場所だった。

テフラが仲間とはぐれたのは、もう一週間以上前になる。

彼らが生活していた場所に、精霊ハンターが侵入した。火の精霊である彼らは、自らの火の能力で立ち向かった。が、敵は複数の魔族たち。成長した精霊たちが戦いに挑んだが、仲間は次々と捕らえられてしまった。テフラのようにまだ成長途中にある者は、戦いに参加することを許されず、敵の手が届かない場所にばらばらに移動させられた。

衝撃音が響き渡り、炎があたりを焼き尽くし、戦いが終わったことを知ったが、その後、いくら待っても仲間が連れ戻しに来ることはなかった。

 もしかしたら、仲間は皆捕らえられ、殺されているかもしれない。もう二度と、もとの生活へは戻れないのかもしれない……。そんな不安に心を奪われながらも、テフラは必死で仲間を探した。

 森の中に迷い込み、疲れ果てていた。だから、野犬に囲まれているのがわかっていても、逃げることすらできなかった。

(殺される……)

 絶望だけが、小さな体を支配していく。衰弱し、意識が遠のいていくのを感じながら、ゆっくりと瞳を閉じたとき、彼が現れた。朦朧とした意識の中で、彼の姿をぼんやりと見つめていた。

 剣を抜き放ち、襲い来る野犬の群れを相手に、銀色の髪を躍らせて、その青年が戦っている。一瞬の出来事であった。テフラを囲んでいた野犬の群れは、散り散りになって森の奥に姿を消した。

「大丈夫か?」

 意識を失う前に聞いた言葉は、確かそれだった。その言葉を耳にしながら、テフラはゆらゆらと意識の狭間に漂う。

 テフラが目を覚ましたときも、その青年はそこにいた。衰弱しているテフラに水と食料を分け与え、傷の手当てを施してくれた。不思議な青年だった。

 意識がはっきりしてくると同時に、野犬に殺されそうになったときの恐怖が甦ってくる。恐怖に怯えるテフラに、優しく笑いかけながら言ってくれたのだ。守ってやる、と。

そうだ……このときの言葉だ。

「一緒に行くか?」

 もう一度、青年が言う。

「……うん」


(そうだ……だから僕は……ヘイズと一緒にいるんだ)

 クリスの背中で、閉じていた瞳をゆっくりと開く。

目を開けたテフラが最初に目にしたのは、座り込んだまま前方を見つめているクリスの背中。そして、次に目に映ったのは、傷つき、床に膝をつきながらも、魔族への眼差しを弱めないまま対峙しているヘイズの姿。ヘイズは剣を持っていない。ヘイズの剣は、クリスの目の前に突き立っていた。

「ヘイズ……」

 今後は、しっかりとヘイズを見つめながらつぶやく。その声は、クリスの耳にも当然届いているはずだ。だがクリスは、目の前の状況を受け入れることに精一杯なのか、座り込んだまま言葉はない。

「クリス、どうしちゃったのさ、ヘイズを助けてよ!」

 背中をつかむ手を離さないままで、叫ぶように言う。だがクリスの声はない。

 正気を取り戻したテフラは、今目の前で起こっている状況をすでに理解していた。ヘイズが傷ついている。ヘイズの武器が、彼の手には納まっていない。あの魔族を相手に、丸腰で戦うなど無謀すぎる。何とかしなければ、彼は魔族に殺されてしまう。そうなると、自分たちも同じ運命をたどることになる。

「お姉さんっ」

 ライアもまた、あの威厳はどこへいったのか、呆然としているようだ。テフラの声にもあまり反応がない。

「どうすればいいの……?」

 呆然とつぶやく。今の状況を打破するための思考回路が働かない。ライアは、自分がドラゴン種族であることを忘れているかのようだ。ドラゴンの中でも最強を誇る、ブラックドラゴンであることを。

「お姉さんも、しっかりしてよ! お姉さんはブラックドラゴンでしょっ?」

 テフラは、必死になって彼らの意識を取り戻そうとしている。

 その間にも、ヘイズと魔族とがぶつかり合う音が、痛いほど聴覚に突き刺さってくる。

剣を手放してしまったヘイズが、肉弾戦で魔族に挑んでいる。だがヘイズの攻撃は魔族へは届かず、魔族の動きを引きつける程度にしかならない。

「テフラっ、大丈夫か?」

「僕は大丈夫だけど……お姉さんたちが……っ」

 蛇頭の杖を後ろに飛んでよけ、間合いを取りつつ声を上げたヘイズに、焦りの声を上げるテフラ。ヘイズには先ほどから叫んでいたテフラの声で、テフラが正気に戻ったことを知ったのだろう。相変わらず視線を魔族に固定したまま、仲間の様子を聞く。

(くっそ……ライアまでどうなっちまったんだよ?)

「お姉さんっ、クリス!」

 なおも必死で呼びかける。

「テフちゃん……」

 呆然としたまま、虚ろな視線をテフラに向けたのは、ライアだ。

「お姉さん、しっかりしてよ! ブレス攻撃できるんでしょ?」

 クリスの背中を離れ、ライアのもとまで羽ばたきながら、言う。自分の力では、ヘイズの大剣を彼に届けることができない。何とかしてヘイズに武器を渡さなければならない。

「クリス……っ」

 今度はクリスの正面に回り込み、服をつかんで叫ぶ。

「僕に……僕なんかに……」

「クリス?」

 焦点が合っていない。目の前の状況を受け入れていたわけではなかった。あまりに現実離れしている目の前の光景に耐えられず、放心している。

「こんな……こんなのは……現実じゃない……」

「何言ってるのさっ! 現実だよっ、ヘイズが戦ってるんだよ! クリスっ」

「わからない……僕に……何ができるんだ……」

 テフラの声が届いていないようだった。

「……っ」

 テフラには、もうどうしていいのかわからなかった。こんなときは、いつも決まってヘイズが助けてくれた。だが今、ヘイズは彼らを助けられるような余裕はない。

(どうしよう……っ)

「テフラ、一発殴ってやれ!」

  ばきいっ!

 ヘイズの声と同時に、硬いものがぶつかり合うような音が聞こえた。ヘイズの鋭い回し蹴りが、蛇頭の杖に直撃したのだ。

 細かい破片のようなものがわずかに飛び散ったように見えたが、蛇頭の杖は折れることもなく、魔族の手の中に納まっている。その衝撃までは防ぎきれなかったのか、魔族も少しばかりよろめいているようだ。その隙に、ヘイズは間合いを大きく取るようにその場を離れ、ようやく自分の武器に手が届く距離に移動した。

「俺は今忙しい、テフ、頼むぞ」

 テフラたちの方には視線を向けず、背中でそう言うと、剣を構える。

ヘイズの言葉に短くうなずくと、意を決したように、テフラは天井すれすれにまで上昇した。柔らかい毛玉のようなテフラの手では、普通に叩いたところで大した衝撃は与えられない。

上空へ舞い上がり、落下の勢いを借りて、そのままクリスの頭に一撃加える。

  ぼすっ……

 鈍い音が響いた。

「クリスっ、しっかりして!」

「テ……フラ?」

 頭を抱えながら、クリスがゆっくりと身を起こす。その瞳には、だんだんと意識が戻ってきているようだった。テフラが、改めてクリスの前に舞い降りる。

「クリス、大丈夫?」

「あ、ああ……」

 頭の中を整理しているのか、床を見つめるように考え込んでいる。

「クリス、ヘイズを助けてよ!」

 顔を覗き込むようにしながら、訴える。ゆっくりと顔を上げたクリスが、目の前の光景をとらえる。今度は、しっかりと現実を見据えている。

 剣を手にすることはできたが、状況はさほど変わっていない。ヘイズの剣をもってしても、魔族をとらえることはおろか、その杖を受け止めることで精一杯だ。魔族の技量がヘイズを上回っているようには見えない。魔族は、自らが発するその邪気を杖に込めているようだ。強い邪気がわずかに空間を歪め、ヘイズの剣を防いでいる。その上ヘイズは、彼の仲間が戦えない状況にあることに対し、少なからず動揺を覚えている。

「でも、僕に何ができるというんですかっ?」

 声が震えている。

  ばしっ

 と、突然派手な音がした。

「お姉さんっ」

 ライアだ。ライアがクリスの後頭部に平手打ちをかましたのだ。

「ごめんねテフちゃん。大丈夫よ」

 ライアが復活した。テフラとヘイズの声が、しっかりと届いたのだろう。完全に落ち着きを取り戻している。眼差しを鋭くし、魔族を見据える。

「クリス、自分に何ができるかなんてのは、考えることじゃないわ」

 凛とした声で、ライアがクリスに言う。言葉はクリスに向けられているが、視線は前方の魔族を見据えたまま。

「できることをやればいいんだわ」

 自分に言い聞かせるように、はっきりと告げる。

 人間の姿のままでの戦闘経験がなければ、これから培っていけばいい。一人で敢然と魔族に立ち向かっている人間が、目の前にいるのに、自分は何をしているのだろう。自分はドラゴン種族ではないか。何よりも強く、そして誇り高いといわれているブラックドラゴンだ。何を恐れることがある?

「ライアさん……」

「ほら、ボーっとしてないで、立ちなさい!」

 ライアが喝を入れる。ゆっくりと、クリスも立ち上がった。レイピアを抜き放ち、静かに構える。

 すとんっ、と軽い音を立てて、ヘイズが彼らの傍に着地した。少し息が上がっている。当然だろう。これまで一人で魔族相手に立ち回っていたのだ。

「よお、復活したか」

 状況は依然不利なような気がするが、気楽にヘイズが言う。体のあちこちに擦り傷やら切り傷やらをつくり、衣服が破れている。だが、心理的にはすっかり回復しているようだ。

テフラが復活すれば、精霊術が使える。

 先ほどまで魔族を相手に戦っていたのだ。相手の力量はもうすでにわかっている。邪気は強いが、魔力はそれほどでもない。精霊術と同等ではあるようだが、勝算はある。

『ははははは……』

 こちらに向き直り、魔族が嘲笑う。

『そんな小僧と女が加わったところで、状況は変わらぬぞ……』

 自分の勝利を確信しているのか、くぐもった声が続け、蛇頭の杖を構える。杖と手を交差させるようにしながら、ゆっくりと何かを唱え始めた。

「あ、あんまり精霊をなめないほうがいいよ」

少々びくつきながらもテフラが虚勢を張る。ヘイズの後ろにしっかりと隠れてはいるが、正気は保っているようだ。

「ライア」

「何?」

「大丈夫か?」

 ちらりと視線を移動し、ライアを見やる。

「悪かったわね……大丈夫よ。これでもドラゴンなのよ」

 両手を下ろし、ゆるく構えながら、ライアがしっかりとした口調で答える。

「期待してるぜ」

 口の端に笑みを浮かべ、ヘイズが軽く言う。剣を握りなおし、視線を魔族に戻す。魔族はまだ何かを唱えているようだ。だが、もう間もなく完成するのだろう。交差していた手を解き、頭上に杖を構えるように動く。

「またなんか出してくるぜ?」

「任せなさい」

 言ってライアが動く。ヘイズたちの前に立ち、意識を集中させる。頭の中に思い描くのは、彼らを守る光の壁。

『灰になるがいい!』

 言って杖を振り下ろす。杖の先から黒い炎が渦を巻いてほとばしる!

「光よっ!」

 叫んでライアが両手をかざす。描いていた光の壁を目の前につくりだす。かざした両手を中心に、まばゆい光が広がり、彼らを包む。

  ばしいぃっ

「くっ……」

 爆風が起こる。風に押されバランスを崩しかけたライアを、後ろからヘイズがしっかりと支える。

「堪えろ、ライア!」

 爆風の中でヘイズが叫ぶ。彼らが感じているのは、この爆風のみ。魔族の炎は、彼らには届いていなかった。力強いライアの言葉に応えるように、光の壁が魔族の炎から彼らを守っている。

『何……?』

 爆風が収まり、魔族が放った黒い炎の余韻も消え、異様な静寂があたりを包みはじめたころ、魔族がはじめて感情の混じった声を上げた。

一瞬にして灰と化すはずだった人間たちが、生きている。炎に触れた形跡もない。

(そんなはずは……)

 自らの勝利を確信していたはずが、こんな人間に、魔術を破られた。

「へっ、人間を甘く見るんじゃねーよ」

 魔族の動揺を見逃すはずはない。自分の勝ちを確信していた者が、その拠り所たる魔術を破られたのだ。もしかすると、その余裕から魔力を抑えていたのかもしれない。だが、一度その自信を砕かれたとき、それを取り戻すことは困難だ。

逆にこちらは、魔族の術を防いだことで自信が生まれる。土壇場で自信を持った者と失った者。形勢は逆転する。

「ライア」

「わかってるわ……私が魔族の結界を破壊する」

 ライアには、もう戸惑いはない。言うとすぐに意識を集中し始める。胸の前で両手を近づけ、掌の中に力を集める。

「テフ」

「何?」

「お前の力を俺とクリスの剣に集めろ」

 ヘイズの声に迷いはない。確かな自信が、ヘイズの中に生まれていた。

「うん」

 力強くうなずいて、テフラはヘイズの背中から離れ、ちょうどヘイズとクリスの中間となる場所に移動する。

テフラには、ヘイズが笑っているように見えた。大丈夫だ。ヘイズがいる。前に、ヘイズが言っていた。

(俺とお前がいれば、無敵だよ)

 テフラを不安から救うために言った言葉である。テフラは、もう一度、胸中でその言葉を反芻する。……大丈夫だ。

 目を閉じ、掌に力を集中させているライア。同じように、精霊術のために意識を集中させるテフラ。笑みすら浮かべ、魔族と対峙するヘイズ。

「クリス」

 静かな声で、隣にいるクリスに声をかける。クリスもまた、レイピアを構え、震えながらもしっかりと立っていた。

「は、はい」

「今からテフラの力をお前の剣に宿す……ライアがあの結界をぶっ壊すから、俺とお前で魔族をやる。テフラの力を信じろ」

 静かに、ゆっくりと力を込めてクリスに言う。

「はい」

 ヘイズの声が、クリスに勇気を与えたように、クリスはしっかりと前を見据え、レイピアを構える手には、力がこもる。

『あり得ん……決してあり得ん……人間ごときがこの魔族たる我を倒すなど……決してあり得ん!』

 失いかけた確信を取り戻すかのように、魔族が吼える。同時に、魔族の全身を暗い闇が包み込んだ。

「ライア!」

 吼えると同時に床を蹴り、魔族に向かう。一瞬遅れたが、クリスもヘイズに続いて床を蹴る。

『力よ……悪しき心の者に制裁を!』

 走るヘイズとクリスの間を縫って、ライアの声が通り抜ける。ライアが発した光の中を、剣を構えたヘイズとクリスが真っ直ぐに突っ込んでいく。

「テフラ!」

『我 ここに集いたる者たちに 汝の光を 汝の炎をともさん!』

テフラに続いて、ヘイズ。

『我が剣に 炎の力 宿れ!』

 詠唱と同時にヘイズとクリスの剣がまばゆい紅い光をまとう。

 ライアの光に溶け込むように、二人の剣が反応する。

  がしゅううっ!

『な、結界がっ?』

 魔族が驚愕の声を上げる。魔族を包んでいた結界は、ライアが放った一筋の光によって、跡形もなく砕かれた。

『炎よ 闇を砕けっ!』

 今度はテフラが、詠唱とともに炎の力を解き放つ。二人の剣が魔族に届く直前に、それは力の塊となって、まともに魔族をとらえた。

『ぐうぅっ』

「せああああっ!」

 ヘイズが吼える。

輝きを増す剣を構え、ヘイズとクリスが切りかかった。

「覚悟ぉっ!」

 二人の剣が、炎をまとって魔族を貫く!

『ぎゃああああああああああっ!』

 すべての衝撃音が、魔族の断末魔の悲鳴によってかき消された。

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