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Naked-Genius  作者: 芹沢一唯
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時には真面目にピンチになったり。

 小ホールの壁に、一つの大きな扉が張り付いている。

「鍵は……かかってないみたいだな」

 慎重に扉を調べる。扉の奥には、確かに『何か』がいる気配がある。扉の前で、確認し合うように呼吸を合わせ、うなずいてから大きくその扉を開け放つ。その瞬間、彼らはそろって足を止めた。声を出す者が、しばらくの間いなくなった。

扉の奥を見つめたまま、音のない時間が続いた。

「うわあ……」

 最初に声を上げたのはテフラだった。驚きとも恐怖ともつかない言葉。それに続くべき言葉はなかった。またしばらく奇妙な沈黙が訪れた。

 扉を開けてまず彼らを迎えたのは、鼻をつく異様な臭い。

室内は薄暗く、明るい場所にいた彼らが、その照度に慣れるまでにしばらく時間を要したのだが、彼らの沈黙の理由は、それだけではなかった。

薄暗い部屋の中から、次に彼らを襲ってきたのは異様な光景。これまで通ってきた廊下や大広間から考えられる室内の様相、というものを見事に裏切っている。およそ似つかわしくない、不釣合いなことこの上ない。部屋の片隅には何やら怪しげな壺やら置物やらが置いてある。そして、その壺からは煙が上がり、薄く室内を支配している。壁という壁には不気味な紋章が刻まれ、似たようなものが床にも描かれている。

「まさに……黒魔術。」

 沈黙を破って呆然とつぶやいたのはヘイズである。クリスは驚きのあまり声もでない。

「悪趣味……」

 ライアでさえも呆然としている。ブラックドラゴンといえども、この室内の調度品は趣味に合わないらしい。……ブラックドラゴンがどのような趣味を持っているのか、などということを研究したものはいないので、実際どのような調度を好むのかは不明であるが。

「わあっ、何か動いたっ」

 部屋の奥、大きめの置物(であろう物体)に隠れてよく見えないが、何やらうごめくものを発見し、テフラが悲鳴にも似た声を出してヘイズの後ろ頭にしがみついた。弱々しく室内を照らす蝋燭の明かりで、その影は大きく揺らいでいる。黒くわだかまっていたように見えた『何か』は、ゆっくりとその高さを増し、立ち上がったように見えた。

『ようこそ……我が魔術の部屋へ……。クリス様。ずいぶんと毛色の違う輩と手を組まれましたな』

 声が聞こえた。恐らくその影が発した声なのだろう。だがどこから発されているのかわからない。部屋全体に低くにじんでくるような音が、彼らの聴覚に伝わる。

「クリス……」

「間違いない、この男です。この男が……」

ちらりと横目でクリスを見やり、ヘイズが声をかける。これが、例の大臣であることは間違いないようだ。

 震えている。

諸悪の根源が、今、目の前にいるのだ。領主に取り入って大臣の座を手に入れ、与えられたこの部屋で『何か』を召喚し、城内の兵士を操っている。クリスの父である領主は倒れ、城を抜け出したクリスを、狼男を使って殺そうとした。

この部屋を訪れた今、これまで彼を取り巻いていた疑惑が、一本の糸で結びついた。もはや疑う余地はない。この城で起こった一連の事件を作り出した本人が、目の前にいる。

クリスでさえも、この者が人間でないことは分かったのだろう。これまで見せなかったような感情が、その瞳にこもっている。この者に対する憎悪、怒り、そして恐怖……震えるほどの感情が、クリスの中で目覚め、増殖していく。

『この部屋が気に食わないと見える……無理もないか。我らが魔族の趣向は、凡人には分かるまいな』

 低く笑い、クリスをあざ笑うかのようにそれは続けた。くぐもった声が、聴覚に直接響くような感覚。……魔族だと?

「魔族か……畜生、なんでこんなあからさまな気配に気づかなかったんだ……」

 ヘイズが舌打ちする。今それを目の前にしてはっきりと分かった。人間ではない。精霊でもない。もちろん、ドラゴンでもない……魔族。人間以外の種族が彼の側にあれば、間違いなくヘイズは感じる。だが実際に目にするまで、その気配に気がつかなかった。深い闇をまとうような気配。

人間の世界に侵出し、精霊ハンターとして存在する魔族がいることは知っていた。実際に出会ったことはまだないが、人間と取引をしながら己の存在を維持する、そういうシステムがあるからこそ、彼ら魔族は人間の世界にとどまることができるのではなかったのか。

だが今目の前にしている彼は、兵士たちを操るという方法で、この領地の乗っ取りを企てていることは間違いない。現領主が倒れた今、クリスを消してしまえば、実際に政治の指揮権を握るのは大臣であるこの魔族だ。

まさか魔族が、こんなかたちで人間世界に関与しているとは思ってもいなかった。

「ヘイズ見て、この床……」

 ヘイズの影から出ないようにしながら、テフラが床を指差して告げる。

「これ、魔族が気配を消すのに使う魔法陣だよ」

 恐怖に全身を支配されているのか、全身を強張らせながらもヘイズに教える。いくら子供のような姿をしていても、精霊なのだ。人間のヘイズよりも知識ははるかに高い。だが、それを暴いたところで魔族に勝てるのか……。

精霊ハンターとして人間の世界にかかわるとされている魔族。精霊の世界に干渉することなどは造作もない。いわば魔族は、精霊にとっての天敵ともいえる存在なのだ。火属性たるテフラが恐れるのも当然である。

 魔族が使う術は、それ一体だけでも精霊術に匹敵するものを持っている。より長く生きたものならば、精霊術をも打ち破る力を持っている。

この魔族がどれほどの力を持っているのかはわからないが、それから感じられる気配は決して生半可な覚悟で倒せる相手ではないようだ。

相手を見据えたまま、状況を分析する。

こちらの戦力は、ヘイズとテフラの精霊術、そして人間の姿のままのライアである。クリスの戦闘能力は、とてもではないがヘイズに適うものではないだろう。

あれだけの人間を操る能力から推測すると、最も調子の良いときのこちらの精霊術と同等か、それより上。だが今、テフラは恐怖に怯え、とても戦える状態とは思えない。いざとなったらライアがドラゴンに変化して戦うだろうが、そうなるとこちらまで危険な目にあうことは避けられないだろう。

(どうする……)

 考えている時間はあまりないようだ。魔族が何か唱えている。音としては聞き取れるが、言葉としては理解できない。

ヘイズの額から冷たいものが一筋、頬を伝う。

「考えてても仕方ない……か」

 あえて声を出し、ヘイズが剣を構える。今さら敵に背を向けて逃げる気はさらさらない。例え逃げ出したとしても、今度は魔族の方から追いかけてくるだろう。やるしかない。

『人間ごときが我に適うとでも思っているのか……』

「うるせぇっ! 魔族は魔族らしく、てめーの世界に帰れっ!」

 吼えてヘイズが床を蹴る! 一気に間合いをつめ、魔族に向かって剣を振り下ろす。

  きいんっ!

 何かに弾かれたように、振り下ろした剣が魔族に届く前に火花を散らした。間髪入れずに魔族が持っていた杖でヘイズの顔面を狙う。危ういところで後ろに飛び、直撃を避けたが、杖は空を切ると同時に、ヘイズの襟元を切り裂いた。ヘイズに直接届いたわけではない。杖が発した何かが、空間を通して彼に届いたのだ。

「ヘイズっ!」

 後ろに飛ばされるような格好でヘイズから離されていたテフラが叫ぶ。後ろに跳んだ勢いで、そのまま三人に合流する。

「ちっ……結界か」

『普通の攻撃では我には届かぬ……お返しだ……闇の力を受けるがいい』

 言うと、杖を振り上げる。杖の先からは暗い闇がほとばしり、ヘイズたちに襲いかかる!

「下がってっ!」

 叫んでヘイズの前に走りこんだライアが、両手をかざして言葉とともに何かを発する。

『力よ 闇を砕く刃となれっ!』

  ぶわあっ!

 激しい風が生まれる。部屋の中央でぶつかり合った力と力が相殺した。

「魔術……? お前、魔術使えたのか?」

 ヘイズが聞く。

「ちょっと違うわね。ブレスの応用よ。言葉にした方が力を集中できるのよ」

 いつもの口調を装っているが、ライアの表情は硬い。人間の姿のままでは、力のコントロールが難しいのだろう。

 杖から発したものが、彼らに届かずに消えたことに多少は驚いた表情を見せたが、魔族は再び杖を構えた。ライアがドラゴンであることには気づいていないのか、気づいたが警戒の必要はないと判断したのかはわからないが、彼が戦闘態勢を変えた様子はない。

 杖を構え、闇色のローブに隠れた口元が、何かを唱えている。不気味ともいえるその声が、理解できない音を刻む。

「テフラ。……テフ?」

 先ほど自分から突き放して距離を置いたテフラを見やる。テフラは、クリスの背中にしがみついて、ふるふると震えていた。かたく目を閉じ、両腕の中に顔をうずめるようにしている。恐怖に支配されたその小さな体には、もはやヘイズの声も届かない。

「……い……怖い……」

 震える声で小さく繰り返す。

「テフラ! しっかりしろっ」

 魔族からは視線を逸らさずに、テフラに向かって叫ぶ。が、テフラは顔を上げない。

『ふはははは……精霊がその状態では、頼みの精霊術も使えんな……。精霊術が使えればの話だが……』

 低くくぐもった声が、言葉を紡ぐ。

「ちっ……」

 確かに、魔族の言う通りである。言葉を返す代わりに、鋭く睨みつける。魔族は、口の端を笑みの形に歪め、蛇の頭をかたどった杖を、今度はクリスに向ける。

 魔族の杖が動いた。白い閃光を伴って、黒い炎がほとばしる!

「おいっテフラ!」

 もう一度叫んでヘイズがクリスの前に出る。自分が盾となるように構え、迫り来る黒い炎に立ち向かった。ヘイズが走り、クリスが一歩身を引いたその刹那に、黒い炎が彼らに届いた。

「はあっ!」

 気合いとともに、彼に向かって牙を剥く炎を薙ぐ。炎は彼の剣によって両断され、両側の壁に向かい、壁を焦がして消滅した。

「熱……」

 ヘイズの腕が、少し焦げている。皮膚の焼ける特有の臭いが、わずかに虚空に漂う。

「大丈夫か、クリス」

 バランスを崩して床に座り込んでいる。ヘイズが盾となったおかげで、どうやら怪我はしていないようだ。

「ヘイズっ」

 ライアも駆け寄る。彼女には黒い炎は届かなかったのか、こちらも大丈夫そうである。

「大したことねーよ……だけど……」

「そうね……」

 クリスもテフラも、動けない。だが、彼らの回復を待っているわけにはいかない。テフラはともかくとして、クリスを連れてこの場から逃げるのは、難しい。

『威勢がいいのは初めのうちだけだったな……』

 嘲笑うように、魔族が言う。

「ライア……」

「何?」

「二人を頼むぞ」

 言ってヘイズが構える。彼ら三人を庇うようにしながら、数歩、魔族に向かう。

『お前ごとき人間が、一人で何をしようというのだ?』

「さあな……まあ、時間稼ぎくらいにはなるだろうぜ」

 不敵に笑って、ヘイズが走る!

「はあっ!」

 魔族の右側から、袈裟懸けに切り払う。

  ぎいんっ!

 魔族の蛇頭の杖が、ヘイズの攻撃を受け止め、払う。そのまま蛇頭の杖を振りかざし、魔術ではなく、直接攻撃をしかけてくる。

(魔術を唱える暇を与えなければ……!)

 振り下ろされた杖を、身をかがめて何とかかわし、間髪入れずに連続的に攻撃する。が、魔族の動きも早い。

  がたあんっ!

「ぐっ……」

「ヘイズ!」

 声を上げたのはライアだ。力で押し切られたのか、弾かれたようにヘイズが壁に激突し、側にあった置物が倒れたのだ。

「大丈夫……二人連れてここから離れろ……」

『くはははは……人間にしてはなかなかやるようだが……逃げるための時間稼ぎか。甘いな』

 低くくぐもった声が、短く詠唱する。

「させるかっ」

 態勢を立て直し、剣を構えて突進する。

 『遅い』

 すばやく構えた蛇頭の先から、今度は雷がほとばしる! 

「!」

 咄嗟に剣を立てて受け止める。が、その衝撃までは防ぎきれず、剣がヘイズの手から離れて宙を移動し、未だ座り込んでいるクリスの目の前に突き刺さった。ヘイズもバランスを崩し、膝をついた。

魔族が走り、ヘイズの顔面に蛇頭の杖が襲いかかる!

「っ!」

 間一髪、蛇の頭がヘイズの顔を捉える寸前に、何とか横に飛び、かわす。

「ヘイズ!」

「何してる! 早く行けっ」

「行けるわけないじゃないっ! それに、ここで逃げたとしても同じことだわ!」

「人気のない場所に行ったら、お前がドラゴンに変化して戦えるだろ」

「だけど……っ」

 戸惑いの声を上げるライア。

彼女には、ヘイズたちには話していないことがあった。

ライアには、人間の姿のままでの戦闘経験がないのだ。先ほどヘイズたちを守ったような力も、いつもうまくいくとは限らない。さっきはたまたま成功しただけで、次もまた成功するという保証がない。制御が効かずに暴走する可能性も否定できない。それが、彼女に戸惑いを与える理由だった。

そして今、旅を共にしようとしている青年が、彼女を庇うようにして戦っている。圧倒的な力を誇るドラゴンが、ただの人間に庇われている。戦闘経験がないといっても、それはドラゴン種族にとっては屈辱に近いものがあるのだろう。

「くそ……」

 ヘイズの背中に冷たいものが走る。この状況をどう切り抜ける?

「ヘイズ……」

 声を上げたのは、ライアではない。クリスの背中にしがみついたまま、消え入るように小さな声で、テフラがつぶやくように上げたのだ。だがその瞳は、硬く閉ざされたままだ。

「怖い……」

 小さな声は、ヘイズの耳にもしっかりと届いている。

「……大丈夫だよ。ちゃんと守ってやる」

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