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Naked-Genius  作者: 芹沢一唯
3/9

話の展開はいつも成り行き任せ。

「ねえ、やっぱりさっきの人、何か言いたそうだったよ?」

「ん?」

 通りを歩きながら後ろを振り返り、テフラが言う。わずかではあるが人の通りがあるので、姿は消したままだ。

「気にするなよ。それより、ドラゴンはどこにいるんだ?」

 宿を出たはいいが、行き先がまだ決まっていないのだ。ドラゴン退治をするからには、まずドラゴンの居場所を探し出さなければ話にならないではないか。

「このまま真っ直ぐ行って、そのまま街を出ると近道だよ、多分」

 自信深げに曖昧なことを言う。

「この方向って、避難場所がある方じゃねーか、本当にこっちか?」

「そうだよ、だって、臭うもん」

「お前……言葉選べよ……臭うって……」

 顔をしかめながら言うテフラ。姿は消したままなのでその表情こそヘイズは見えないが、気配でどんな顔をしているのかくらいは分かる。気配の方向に向かって、半眼になってヘイズがうめく。

 宿を出て、とりあえず角を曲がり、宿の裏手に回り込むかたちになったが、そのまま小さな通りに出る。

テフラが言う方向には小高い丘。昨日街に入ってきたときに声をかけてきた中年の警備兵の話を思い出す。確かあの丘は、緊急事態が起こったときのための避難場所になっているはずだ。避難場所といっても、中年警備兵の話では、とくに宿舎などが用意されているわけでもなく、街の人間が全員入りきれるような広場があるだけだという。

「こりゃ退治に来て正解だな。避難しても意味ねーじゃん」

 確かに。ドラゴンがいる場所にわざわざ会いに行くようなものである。かといって、それを今街の人間に伝えたところで、こちらがおかしな目で見られるだけであろう。精霊であるテフラの、ましてや姿を消して声だけの存在となっている彼の言葉を伝えても、街の人間は信用しないであろう。例え信じたとしても、精霊が現れたとあっては逆にパニックを起こしかねない。

 とりあえず、ヘイズの今の目的は、ドラゴンの居場所を突き止め、その存在を確認することだ。

「ねえヘイズ」

「ん?」

 人通りがなくなったことを確認できる場所に来てから、テフラが姿を現し、ヘイズに話しかける。周囲を警戒しながら、ヘイズは表情とは裏腹にやる気のない返事を返す。

「さっきから怖い顔して、どうしたの?」

 テフラの言うように、ヘイズの表情は決して穏やかといえるものではない。だが険しいというほどでもなく、何となく、何か考え事をしているような顔だ。テフラは、そんなヘイズが気になって声をかけたのだが、声をかけてから、テフラも何かに気づく。

「気づいたか?」

「うん……。何なの?」

 テフラの方は、いぶかしげな表情を隠すことなくヘイズに問う。

 人通りはない。道の左右にはまばらに民家がある。きれいに手入れされている庭。もう仕事に出かけているのだろうか、買い物にでも出かけているのだろうか、家の中にも人がいる気配はなく、朝の穏やかな光の中に佇んでいる。

 物置のような建物の影に、何かがいる気配。

「何だろうな……」

 視線を前方に戻しながら、ヘイズ。

「何かいっぱいいるみたいだよ」

「気づかなかったふりしてろ。向こうはまったく気づいてないと思ってるみたいだからな。面倒ごとはごめんだぜ」

「うん」

 テフラが言うように、気配は複数。物置とおぼしき建物の影に潜んでいる。昨夜ヘイズが宿の外に感じたものと同じもののようだ。

 その気配の方は、ヘイズたちが気づいたことに気づいていない。気づいていたとしたら、襲ってくるか何かのかたちで接触してくるだろう。

物陰に潜んでいるということは、何らかの理由で、誰かにその姿を見られたくないからである。気づかれたとわかった時点で、相手を確認するか何かの動きがあって当然である。それがないということは、気づいていないことの証拠である。もしくは、気づかれてもとくに問題がないということであろう。となると、こちらから接触して面倒を起こす理由もない。……ましてやこれからドラゴンと一戦交えるかもしれないのだから、余計な労力は使いたくない。

 ヘイズの言葉にテフラも素直にうなずき、二人はまた何事もなかったかのように、目的地に向かって歩き出した。

 まだ昇りきらない太陽が、柔らかな光を放っている。空は青く、いい天気だ。静かな街外れ、小高い丘に向かう足音が響く。

ドラゴンが住まうという丘に向かって順調に歩みを進めている。

「何か殺風景になってきたね」

「そろそろかな」

 ふよふよと浮かびながら辺りをきょろきょろと見回し、テフラ。

 すでに建物は視界から遠く離れ、後ろに小さくなっている。道は続いているが、だんだんと狭く、岩が少しずつ顔を出している。

目の前に腰を据える小高い丘には、大きな木々の姿はほとんどなく、小さな潅木がまばらに生えているだけである。木々の代わりに大きな岩が突き出し、歩きにくい。

「ねえヘイズ、ドラゴンに会ったらちゃんと僕の仲間のこと、聞いてみてね」

「ったく……たまには自分で聞いてみたらどうよ?」

「だってドラゴンだよ? 怖いよ」

「お前……………………」

「何?」

 じっとりとテフラを見返しながら、妙な間をつくったヘイズに、きょとんとした表情で問い返す。

「やっぱりタチ悪いよ、お前」

 深々と溜め息をつきながら、改めてヘイズは思う。……何で俺はこんなところに来てしまったのだろうか……。相手はドラゴンだ。それを知っていてヘイズにドラゴン退治をするように説得したのは一体誰だ? 第一、そのドラゴンに精霊のことを聞いて、情報を得られるのだろうか……。その前に、話を聞いてくれなかったらどうするんだ? いくつもの考えが頭の中を徘徊しはじめた。

「ヘイズ? どうしたのさ」

 何も考えていないような顔で(実際何も考えてはいないのだろう)、テフラがヘイズの顔を覗き込んで聞く。

「テフ……」

「何?」

「俺がドラゴンなんかと話できると思うか?」

 いきなりそんなことを言い出す。心なしか表情が暗くなっている。

「んー……大丈夫じゃない? ドラゴンって、人間語話せるからさ、多分」

 妙な間をおいて、テフラがやはりいい加減な答えを出す。

「多分って……言葉話せなかったらどうするんだよ」

「やっつける。」

「…………………………」

 急激に、不安がヘイズの全身を駆け巡る。昨日言っていたことと違うではないか。

(そうだった……そうだよな……何でテフラの話を信じたんだ、俺……?)

 後悔の念に近いものがヘイズの頭の中に渦巻いている。

 足を止め、ヘイズは考え込んでしまった。今更考え込んでも無駄であろうか。いや、今からでも引き返せる。このまま何事もなかったように、この街から出ようか。

「ヘイズ?」

「…………………………」

 返事がない。

「ヘイズってばあ」

 ゆさゆさとヘイズの肩を揺さぶるが、ヘイズは眉ひとつ動かさず、黙っている。

「あーっ! もしかして、このまま引き返して何事もなかったように街を出ること考えてるでしょっ?」

 鋭い。ヘイズの考えが読めているかのようにテフラがまくし立てる。考えていることを見事に当てられてしまったヘイズは、テフラと目線を合わせないようにしているのか、目が泳いでいる。

「ねえってば、今から引き返すなんて男らしくないよっ!」

「だってお前、ドラゴンが俺みたいな人間と話なんかするかよ、ヘタすりゃ殺されちまうぞ」

「そんなことわかんないよう、お喋り好きなドラゴンかもしれないじゃない!」

「んなドラゴン想像できるかよっ! ……っ」

 思わず大声で言い合ってしまってから、はっとしてテフラの口を押さえ、一緒に岩陰に身を隠す。ドラゴンが近くにいるかもしれない場所で、こんな大声で騒いだら見つかってしまう。

テフラは、ヘイズに抑えられながら何やら暴れている。ヘイズがいきなり鼻と口を一緒に塞いでしまったので、苦しかったようだ。

「もうっ、何するのさ」

 ぷんぷん怒りながらも、声のトーンはしっかり抑えている。

 岩陰からあたりの様子をうかがっていたヘイズは、特に変わったことがないのを確認すると、その場に座り直し、とりあえず一息ついたようだ。

「だいたいお前なあ……俺がドラゴンにかなうと思うか?」

 周囲に気を配りながら、小声で近くにいるテフラに聞いてみる。

「……だいぢょーぶだと思うよ」

「歯切れ悪いな……」

「大丈夫だって、ヘイズ強いもん。それに、ヘイズの剣なら、真っ直ぐに突き立てればドラゴンの鱗だって貫けると思うし……僕もいるし!」

 無邪気な顔で無邪気に言う。そんなテフラに何となく照れる。テフラがいるということは、精霊術が使えるということだ。

 精霊術。精霊の力を借りて、その属性の術を使うものだ。

風なら風、水なら水の属性の術を行使できる。精霊は自身の能力を自身で使いこなすこともできるが、契約した人間の力を借りることで更なる力を発揮することができる。その人間というのも、誰でもいいわけではない。ヘイズのように契約することも条件の一つであるが、その前に、精霊を『見る』、『感じる』という能力が必要となるのだ。そういう能力のある人間というのは、精霊の力を借りることで、自身の特殊能力、魔力と呼ばれるものを身につけることができる。

人間の魔力と精霊の力、その両者があってはじめて精霊術が発動する。

「やっぱ……行くしかないか。ここまで来たんだしな」

 テフラの一生懸命な顔を見ているうちに、ヘイズの心も決まったようだ。言うと、立ち上がって笑顔を向ける。気合と自信に満ちた笑顔。テフラは、この笑顔が大好きだった。優しく笑いかけるときの顔も好きだが、戦いに挑むときのこういう表情も、テフラを安心させる。

(ヘイズと一緒にいれば、大丈夫)

 テフラもまた、いつでも精霊術が使えるように気持ちを改める。

「うんっ」

 顔を見合わせ確認するようにうなずくと、再び、歩みを進めはじめた。

テフラが臭いで道を示す。周囲に細心の注意を払いながら、岩だらけの道を進んでいく。なだらかな上り坂が続いている。

どうやら、丘の頂上付近にドラゴンが潜んでいるらしい。

現在ヘイズたちが歩いているのは岩肌が露出している山道であるが、丘の頂上は、どうやら広い窪地になっているらしい。ゆるやかに空に向かって伸びる道が、突然途切れたように見える。

目的地は近い。

「そろそろだな……」

「うん」

「あの岩から向こう見えねーかな」

 ヘイズの視線の先には、一つだけ飛び抜けて大きい岩がある。身を隠すにはちょうど良さそうだ。音を立てないように気を配り、自分の気配も極力消しながら近づく。

「ねえヘイズ」

 岩から顔を出そうと姿勢を変えたちょうどそのとき、不意にテフラが何やら深刻そうな声を出した。

「……どうした?」

 テフラの深刻な声に違和感を覚え、姿勢を元に戻しながらヘイズが聞き返す。こちらも深刻そうに聞いてみる。

「何か変な臭いがするの」

「臭い? ドラゴンじゃなくてか?」

「うん……二種類あるみたい。ドラゴンの臭いと、何か……古い、お墓みたいな臭いがするの」

「墓?」

 無論ヘイズにはそんな臭いは感じない。テフラの強い嗅覚だからこそ感じ取れるものである。

一応周囲を見渡してみるが、視界に映る範囲には、それらしきものは見当たらない。岩と潅木、そしてその間を埋めるように、黒っぽい土が見えるだけだ。

「そんなもの見当たらないけどな……」

「でも臭うの。あと何か、変な感じがする」

 テフラが何を感じているのか、今のヘイズには知る術がない。ヘイズもテフラ同様胸騒ぎのようなものを感じているのだが、ドラゴンとの接触が近いからだろう。そう、ヘイズは自分を納得させていた。

「別に周りには何もないよ、気のせいだ、気のせい」

 安心させるようにヘイズが言う。同時に自分の気持ちを落ち着け、改めて岩から顔を出す。慎重に慎重を重ね、岩から見える範囲を観察する。

「!」

 視線を巡らせていたヘイズの動きが、止まる。

「どうしたの、ヘイズ? いた?」

 緊張を必死で抑えるようにしながら、声を抑えてテフラが聞く。

「テフラ…………」

 ぼそり、とヘイズが口を開く。気のせいか、若干半眼になっているように見える。動きを止めてからは、その一点から視線を離さないようにしている……いや、離せないのだ。

「ヘイズ?」

「ドラゴンって……変身能力あったか?」

「え?」

 いきなりの質問に、テフラの動きも止まる。変身……能力? 一体ヘイズは何を言おうとしているのだろうか。

ヘイズの様子を気にしながら、テフラもヘイズの視線の先をたどる。ヘイズと同じ方向に視線を定めると、テフラの動きも止まってしまった。

「……人?」

 その姿を確認し、テフラがつぶやく。

 彼らの視線の先には、人が横たわっている。後ろ姿しか見えないが、確かに人間の、女性の姿に見える。

「でもでもっ、ドラゴンの臭いはちゃんとしてるよっ、あれだよ、間違いないよう」

「嘘つけっ、人間の格好してるじゃねーかっ!」

 混乱しながらもまくしたててくるテフラに大声で怒鳴る。

「誰よ……うるさいわね」

 気付いたときには遅かった。すぐに岩陰に隠れていれば、見つかるのを避けられたかもしれないが、怒鳴った途端にテフラの頭をつかんで立ち上がってしまっていた。

 彼らは、声のした方に顔を向け、思わず固まってしまった。

 横たわっていた女性が体を起こす。その声はかなり不機嫌だった。ヘイズとテフラは、お互いまったく動きを止め、その女性から視線を離すことができなかった。

「まったく……なんなのよ……。……あら」

 不機嫌そうに髪を整えるようにしながら、その女性がつぶやく。ヘイズとテフラの気配を察したのか、見慣れないものが視界に入ったからなのかは分からないが、二人の存在に気づいたようだ。

 ヘイズとテフラは、まだ動けなかった。ヘイズの手がテフラの頭をつかみ、その袖をテフラがつかんでいる。その姿勢のまま、微動だにせずに女性の方を見つめたままだ。

「ほらあ、大きな声出すから見つかっちゃったじゃないさっ」

「お前も十分でかいよ声っ!」

 見つかってしまってから騒ぎ出す。お互いに責任を押し付けるように言い合っているが、今更どうにもならないことは、二人ともよくわかっている。わかってはいたのだが、他にすることが見つからなかったのである。

二人の言い合いをさして気にする様子もなく、その女性が二人に近づいてきた。

「う…………」

 言い合いを中断し、再び女性に視線を戻す二人。

「あら……人間ね。それに……精霊?」

 ヘイズたちを品定めするように、頭の先から足の先まで眺めてから、おもむろに口を開く。

見た目だけでは年齢を推定することができない。不思議な雰囲気の女性である。漆黒の髪に深紅の瞳。黒を基調としたその服は、赤と金の糸で縫い取りが施され、いくつかの紋様を刻んでいる。

「えっと……あの」

 動揺しているのか、はっきりしない言葉を口に出す。何を話せばよいのか、気の利いた台詞が思い浮かばないヘイズは、あの、その、を繰り返している。テフラに関しては、声もないようだ。

「人間がここまで来るなんてね。それに……」

 満足そうにその瞳を細める。ヘイズの背中に冷たいものが走る。

「な、何か……?」

「いい男じゃなーい♡」

「へ?」

 突然その口調が変わり、ヘイズの目は点になった。これまでの妖しさは消え、どこかのテンションの高いお姉さまのような口調になったので、ヘイズの張り詰めていた緊張の糸が一瞬にして切れたのだ。

「あの……」

 ヘイズが間の抜けた声を出す。聞きたいことは山のようにある。何から聞こうか迷ってはいるが、黙って考えているような余裕がなかった。少しでも声を出し、気持ちを落ち着けたかったが、それは叶わなかった。

突然その女性がヘイズに抱きついてきたのだ。

「わっ、ちょっ、ちょっと……」

「んー久し振りだわ、こんないい男が来てくれるなんて、やってみるものね」

「テフっ、見てないでなんとかしてくれよっ」

 彼女を振りほどくこともできず、抱きつかれたままという情けない格好でテフラに助けを求めるヘイズ。テフラもどうしていいのかわからない様子で、おろおろとヘイズと女性を見ていたが、意を決したように声を出した。

「お、お姉さんて、ドラゴンなの?」

 いきなり核心をついてしまった。ヘイズが何やら慌てているが、こちらも必死である。ヘイズの訴えには気づいていないようだ。

「あらあ、可愛い精霊だわね」

 改めてテフラを見やり、感想を述べる女性。テフラに向かってにっこりと笑みを向ける。まだヘイズに抱きついたままである。

「そうよ、ドラゴン。よく分かったわね、さすがは精霊ね」

「え?」

 騒いでいたヘイズの動きが止まる。表情は固まり、その額にはうっすらと冷や汗が浮かんでいる。

「ちょっと、ドラゴンて……」

 何とか女性の腕から抜け出して、声を絞り出す。

「ええ、ブラックドラゴンよ」

 少し不思議そうな顔をしたが、女性はあっさりと答えてくれた。

「何で、女の人の格好なの?」

 今度はテフラが聞く。恐怖も驚きも、すでにテフラの中からは姿を消しているようだ。いつものように無邪気な声が戻っている。

「何でって言われてもね……趣味、かしら」

「趣味……?」

 服を整えながら、ヘイズがやや半眼になって聞く。ヘイズの方も、驚愕から少し脱したようだ。

「ドラゴンの姿してるのに飽きたのよ。それに私、人間の世界に興味があるの」

「もしかして、ふもとの街にドラゴンの噂流したのって……」

「そう、私よ」

 あっけらかんとして女性が答える。

「な、なんだってまたそんなことを?」

 当然の疑問である。噂を流したことで討伐隊が出動して自分が殺されるかもしれないのに、なぜそんなことをしたのだろうか。そもそも、そんな噂を自分で流して何の得があるのであろうか。

「暇つぶしよ。このあたりって何にもないから暇なのよね、景色も悪いし」

「もし討伐隊が出てきたら、どうするつもりだったんだ?」

 ヘイズが聞く。人間の中にも、ヘイズのように精霊術を行使するものがいる。そういう力のある者を集め、軍事力強化に力を入れている国もあるのだ。例え相手がドラゴンだとしても、数が集まれば討伐できるほどに力を蓄えている国が存在することは間違いない。

「私ブラックドラゴンなのよ、人間がどれだけ集まろうと関係ないわよ」

「そ……そうだな」

 ブラックドラゴン。数あるドラゴン種族の中でも最強を誇ると言われている。確かに、ブラックドラゴン以外のドラゴンであれば、人間でも倒せる可能性がある。攻撃型の精霊術使いが束になってかかれば、の話であるが。だがブラックドラゴンの力は、その他のドラゴン種族とは比較にならないほどの力があるとされている。誰も戦って試したわけではないので、推測に過ぎないが、ブレスの一つで国が滅んだという伝説が残っているほどだ。

それに、本人がこれだけ自信を持って言っているのだ、ほぼ間違いないだろう。

「まだ理由はあるわよ」

「理由って?」

 テフラは、ヘイズの頭に乗って女性を見下ろすようにしながら聞く。

「私ね、旅に出たいのよ。この辺りにいるのも飽きてきちゃったからね。だから、一緒に行く人間を探してたの」

 なるほど、噂を流せばヘイズのように退治に来ようとする者がいるだろう。

「……ちょっと待て」

 考えを整理しながら聞いていたヘイズが、突然話を中断させるように割り込んだ。もしかして、もしかすると、自分はとんでもないモノに出会ってしまったのではなかろうか。嫌な予感が体中を一気に走り回る。

「ふふふっ……あなたたち、旅をしているのよね?」

 確信を持って、確認するようにドラゴンの女性が聞く。ヘイズは、嫌な予感がこの上なく的を射ているような気がしてならなかった。ほぼ間違いないだろう。

「あなたたちを私の仲間にしてあげるわ」

「やっぱり……」

 がっくりとしゃがみ込んでヘイズがうめく。やっぱり来るんじゃなかった……。今更後悔しても遅いことは分かっている。だが、後悔の念は消えそうにない。

見るとテフラも、目が点になっている。

「さ、そうと決まったら出発よ、行くわよほらっ」

 言うと、その女性はヘイズとテフラの服を引っ張るようにして、ヘイズたちがやってきた方へと足早に歩き始めた。

「ちょっちょっと待て、なんなんだよあんたっ」

 引きずられてバランスを崩したヘイズが、その姿勢のまま抗議の声を上げる。

「失礼ね、あんたじゃないわよ。……って、そういえば自己紹介まだだったわね」

 二人を引っ張る手を止めて、呑気にその女性が言う。改めてヘイズとテフラに向き直る。

「私はライアよ、呼び捨てでいいわ。種族は、さっきも言ったけどドラゴンよ、ブラックドラゴン」

「あ、俺はヘイズだ。ヘイズ=クライアンス」

「僕はテフラだよ。火の精霊」

 ライアにつられて二人も名乗る。そしてまたライアに引きずられるようにして少しばかり移動する。

「だからちょっと待てって!」

「なんでよ?」

「なんでって……」

 まったく何の疑問も持っていないようであったが、ようやくヘイズの声に答えてくれた。ヘイズを掴む手を離すと、ヘイズは衣服を整え、一息ついた。自己紹介の後にライアにつかまれたのはヘイズだけである。テフラの方はつかまる前にヘイズの頭を離れ、彼女より少し高い位置に避難していた。

「だいたい俺はまだあんたを仲間にしたわけじゃないし、なんでそんなに急ぐんだよ?」

 ヘイズの言うことはもっともである。ライアが勝手に『仲間にする』と言ってきたのだが、立場的には逆なのではないだろうか。それに、さっきからライアの行動がちょっとおかしい。この場から早く立ち去りたいような、何かに怯えているような、そんな感じがする。

「最近……嫌な視線を感じるのよね……」

「へ?」

 突然深刻に話し出すライア。話の展開についていけず、思わず間の抜けた声を上げるヘイズ。

「ねえヘイズ、さっき言ってた変な臭い、なんか強くなってきてるみたいだよ」

 ヘイズがライアに疑問を伝える前に、今度はテフラが深刻な声を出す。

ヘイズにはやはり臭いなどというものは感じられなかったが、妙な気配は感じられる。それは、昨夜宿の窓から感じたものでも、今朝ここに来る前に感じたものでもない。にわかにあたりを支配していく奇妙な違和感。

「ライア、嫌な視線って?」

「ずうっとこっちを見てるような感じよ。正体を確かめようとしたんだけど……気持ち悪くて」

 ドラゴンにしてはずいぶん弱気である。やはりドラゴンといえども、得体の知れないものに対しては恐怖心を抱くものなのであろうか。

「何よ?」

「い、いや別に……」

 ヘイズの考えが顔に出たのを見逃さず、ライアが鋭く突っ込んだ。その威圧感に思わずどもってしまったのだが、相手がはっきりしている場合には、かなり強気のようだ。そしてさすがはドラゴンというところか、その威圧感に圧倒される。

「ねえ、だから早く離れましょ」

 ライアが急かす。もう一つの疑問に関しては答えを聞き損ってしまった。ライアに背を押されるようにして、三人はその場を離れようとした。……その刹那。ヘイズの動きが止まる。

「急にどうしたのさ?」

「どうやら、このまま帰るわけにはいかないみたいだぜ」

 ヘイズの声に緊張が混じる。

「!」

 テフラとライアも、ヘイズに従って視線を移す。その先に、はっきりとした気配がある。姿は岩の陰に入り込んでいて見えないが、明らかに人間の気配。

「ライアが言ってた『嫌な視線』の正体じゃねーか?」

 気配の方向から目を離さず、テフラとライアを庇うようにヘイズが一歩進み出る。徐々に近づいてくる気配。

「誰だ?」

 短く問う。答える声はない。代わりに、気配が姿を現した。


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