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Naked-Genius  作者: 芹沢一唯
2/9

気になることは当初の目的を果たしてから。

かちゃり

心地よい金属音を立てて扉を開け、ヘイズが案内された部屋に入る。

「へえ……なかなかいい部屋じゃねーか。ドラゴンの噂のおかげで、さすがに宿泊客もほとんどいないし」

 部屋に入るなり感想を述べる。それとほぼ同時に、テフラも姿を見せる。まだ頭をなでている……よほどさっきのチョップが痛かったのであろう。が、ベッドを見つけると真っ先に飛んでいって、スプリングの利いたマットで遊びはじめた。

「わーいっ! ふかふかのベッドーっ」

 ころころと布団の上を転がりながら満足気である。それを見たヘイズも、剣を外してマントと一緒に壁際のフックに掛けると、ベッドにどっかりと腰を下ろした。

「ねーヘイズ、ドラゴン退治は?」

 ようやく一息ついたヘイズに、間髪いれずテフラが無邪気な声を上げる。

「んー……やだ。メンドくせえし」

 考えるふりをして何も考えず即答する。

「えーっ! 何でどーして?」

「何で……って、お前俺に死ねって言ってんの? 無理だろ、いくらなんでもドラゴン退治は。無謀だろ」

 ごろん、と横になってヘイズが投げやりに答える。

「それに」

 横になってテフラを上目遣いに見上げながら、ヘイズが続ける。

「俺がドラゴン退治する理由がねえ」

「ええっ! 理由ならあるでしょ? ほっといたら街が吹っ飛んじゃうよ」

「吹っ飛ぶ前に街から出る」

 正論である。何も好んでドラゴンの出没するような街に滞在する気はない。この街に来たのだって、噂が流れていたからではなく、たまたま通り道だっただけだ。しかも報酬もないのにわざわざ危険をおかしてまでドラゴンとやり合おう、などとはカケラも思っていない。

これがヘイズの言い分である。

「きゃーっ、人でなしっ! 困ってる人を見殺しにするの? 冷酷っ非道っ! ヒトの道踏み外して人生道のないところでカラスに見送られながら人生の終焉を迎えてもいいのっ?! 僕の仲間を見つける約束は?」

 一通り叫んで、肩で呼吸しながら、恨みがましい視線をヘイズに投げる。

 耳元で一方的に叫ばれて、片耳が悲鳴を上げている。ヘイズは半眼になりながらも面倒臭そうに体を起こし、ベッドに座り直す。

「困ってる人ったって、この街の様子じゃ説得力ないぜ?」

「う……」

 街の様子を思い出し、言葉に詰まる。確かに、この街の人々は(あの中年の警備兵を除いては)、とてもではないが困っているようには見えなかった。

「お前の仲間を見つけるのだって、相手はドラゴンなんだろ? 情報が得られるとは思えねーよ」

 もっともらしいことを言う。しかしテフラは、今度は言葉に詰まることなく、尻尾をパタパタさせながら応じる。

「そんなこと分かんないよ。僕ら精霊は滅多に人間の前になんか姿見せないんだから。人間以外の種族がいるなら聞いたほうが早いよ、ねえ」

「んなこと言ったって……」

 相手はドラゴンである。ちょっとお話しませんか、などというノリで会いに行くわけにはいかないであろう。テフラはというと、ヘイズが躊躇する理由が分からないといった様子で、ヘイズの周りをうろちょろと飛び回っている。

「だいたいドラゴンって、人の言葉話せんの?」

 疑問の持ち方が根本的に違うような気がするが、気にしないでおこう。

「うん、ほとんどの種族は人間の言葉、話せるよ。あまりに頭悪いのは別だけど」

 人間以外の種族は、種族間でのコミュニケーションの必要性から、人間の言葉を共通語として使用しているらしい。多くは人間よりも寿命が長く、またその種族の歴史も非常に長い。人間が誕生する以前から存在する種族の方が多いのだが、人間がその言葉を使うようになってからは、便利さという点で共通の言葉になったらしい。

 テフラが所属する精霊族のように、姿かたちが人間と類似しているものたちは、声の出し方も人間と共通している。だからこそヘイズとの間でも言葉によるコミュニケーションが成立しているわけだが、中には『音』というコミュニケーション手段を用いていない種族も存在する。そのあたりの詳細に関しては、テフラにもよく分かっていないようだ。

「じゃあ、ドラゴンってのも他の種族と話すときなんかは、人の言葉を使うんだな……。って、ちょっと待てよ」

「何?」

 何やら疑問が発生したらしい。人差し指で顔をかきながらヘイズが考えている。考え事をするとき、こうやって人差し指で自分の顔に触るのはヘイズの癖である。

「いや、お前みたいに人間に近い格好してるんだったら分かるけどさ、ドラゴンって、トカゲがでっかくなったみたいなヤツだろ? どうやって喋るんだよ? 骨格とか基本的なつくりが違うから、発声自体できないんじゃねーの?」

 確かに、発声の仕組みというものを考えると、トカゲのような動物が声を出し、言葉という高等技術を持っているとは到底思えない。喋っているトカゲを想像するのも、気色が悪い。

「うーん……僕に聞かれても困るけど……、喋れるよ。僕が仲間といたとき、誰かが喋ってるの見たもん、間違いないよ」

 自信満々で、テフラが答える。何気に胸を反らし、自慢気である。

「納得いかねーなあ……。ま、どうでもいいんだけどな、喋れるんなら」

 ヘイズもなかなかにいい加減である。こんなところでドラゴンとのコミュニケーションについて延々話していても、意味がない。話ができるということが分かっただけで十分であるようだ。

「ね、行くんでしょ? 退治するついでに、僕の仲間のこと、聞いてみてね」

「お前ってさあ……」

「何?」

「見てくれは可愛いけど……タチ悪いよな」

 しみじみとヘイズが言う。

 いつの間にか、ドラゴン退治に出向くことになっている。テフラの説得……があったからなのかどうかは不明であるが、いつもこの調子である。

ヘイズがテフラと共に旅をするようになってからは、大体の行動はテフラの思いつきによる部分が大きい。

現在のところ、旅の目的はテフラの仲間探しということになっている。ヘイズ自身の目的もあるが、そちらの場合、情報がまったくといっていいほどに得られないのだ。だから、比較的情報をつかみやすいテフラの方を優先させている。

 ヘイズの旅の目的もまた、精霊探しである。

 数年前の話になるが、突如ヘイズの前に精霊が現れ、無理矢理に契約させられたのだ。契約といっても、テフラとの間にあるようなものではなく、理不尽な、一方的なものである。

ヘイズの右目には生まれつき、精霊を『見る』能力が備わっていた。

人目を避けて生活する精霊たちにとって、ヘイズのその能力は忌まわしいものであった。精霊の中でも最も高位にある精霊が、ヘイズの右目を封じたのだ。契約と称して。

もともとその能力を使って何かをしていたわけでもないヘイズは、当然、その契約により失われた右目の光を取り戻そうとした。しかし、一向に情報を得られないまま、現在に至っている。テフラの仲間探しのための情報収集は、自分のためでもあるのだ。

「ねえねえ、いつ行くの?」

「そーだなあ……今日は疲れたし、明日にでも行ってみるか」

 相手がドラゴンであることを忘れているのだろうか、観光にでも出かけるような口調で、半ば投げやり気味にヘイズが言う。テフラの方は、そんなことなど気にせず、嬉しそうである。

「良く休んどけよ、精霊術、使うかもしれないんだからな」

「はあーいっ」

 言うとヘイズとテフラはベッドに転がり、まるで打ち合わせたかのように昼寝を決め込んだのであった。


 夕食時、ヘイズたちが宿泊している宿の一階。食堂になっているこの場所は、宿泊客以外の客で賑わっていた。ドラゴンの噂のおかげで、宿泊のために利用する客は減っていたが、食堂だけを利用しようとする客には、あまり影響はないらしい。街の住人であろう人々の姿が多い。

「申し訳ございません、ただ今満席でして……相席でもよろしかったでしょうか」

 言葉通り申し訳なさそうに、アルバイトであろうウエイトレスが、食堂に入ってきたヘイズに言う。

『別にいいよね、ヘイズ。僕もうお腹ぺっこぺこだよう』

 ウエイトレスには聞こえないような小声だが、食堂のざわめきに消えない程度のボリュームでテフラが言う。ヘイズの耳元近くで喋っているので、吐息が耳にかかってくすぐったいことこの上ない。

「馬鹿、見えないお前が飯食ってるところ見られたらどーすんだ」

 同じように小声で、テフラの吐息を避けるように、食堂内を見渡すフリをしながら、テフラに言う。不自然に見えないように、細心の注意を払いながら。……非常に疲れる。

『大丈夫だよう。相席でもいいよ』

「馬鹿っ」

「あの……」

「い、いえ、相席でいいです」

 いきなり低い声を出してヘイズの声真似をしながら、テフラがウエイトレスに言ってしまった。ヘイズがウエイトレスに向き直るタイミングを見計らい、口を開きかけた途端にテフラが声を出したのだが、ウエイトレスはその不自然さに気づかない。見事なタイミングである。

 かくして、何だかわからないうちに、一人と一匹は席に案内されていた。

「すんませんね、満席なもんで……。あ」

「いいえ、構いませんよ。……何か?」

 案内された席にいたのは一人の青年。見事な金髪で、派手さを抑えてはいるが、至る所に装飾が施された豪華な感じの服を着ている。一目見ただけでも品の良さが伝わってくる。が、何となく見たことのある感じがする。ヘイズも思わず間抜けな声を出してしまったのだが、この宿に入る前に、角でヘイズとぶつかった青年だ。

「いや、なんでもない……」

 ぼそりと曖昧に答えておいて、腰を下ろす。テフラは姿を消したまま、テーブルの上に座り込んで、置いてあったメニューを覗き込んだ。

『ねえねえ』

 すぐさまヘイズの袖を引っ張る。

『ヘイズ、僕これがいいっ』

 テフラが指差しているのは、大盛りのパスタのセット。パスタの他にチキンの唐揚げ、エビフライ、小さめのグラタンにサラダにスープまで付いている。メニューを覗き込んだヘイズの顔色が若干青ざめている。

「これ……?」

『うんっ』

「うん、て……」

 ヘイズは困った。テフラは今姿を消しているのだ。二人分のメニューを頼むわけにはいかない。別に頼んだとしても、ヘイズのような青年ならば、多少人より多く食べてもあまり変には思われないであろうが、ヘイズは変なところで神経質なのだ。自分がそんな大食漢に思われるのは嫌だ。それに、姿の見えないテフラが食事をしているのがバレないように協力しなければならない。

前にも何度か、人前では食事をしないように注意しているのだが、テフラは後から一人で食べるのを極端に嫌うのだ。ヘイズの前に一人で食事をするのも嫌う。食事に限らず、一人で行動することに強い抵抗があるのだ。恐らく、仲間とはぐれてしまったことが原因なのであろう。それに気づいてからは、ヘイズも強制しなくなっている。テフラのことを思っての優しさからなのだが……以来ヘイズの苦労が続いている。

「失礼致します、ご注文は……?」

 一人でメニューを覗き込んで難しい顔をしているヘイズを見て、ウエイトレスの声が最後まで台詞を言わないうちに疑問符になる。

「ああ、えっと……、このセットを」

 はっとしてメニューを持ち替え、半ば反射的に注文する。驚いたついでに、背中に冷たいものが一筋、流れるのを感じながら。

何気なく周囲を見渡す。幸いなことに、周囲の客は食事やお喋りに夢中で、ヘイズに不審なまなざしを向ける者はいないようだ。

居心地が悪そうに座り直しながら、視線をふと前方に向ける。向かいに座っている青年も、少し不思議そうな視線を投げかけてはいたが、ヘイズと目が合うと愛想良く笑顔をつくり、再び食事を始めた。

『え? セット一つでいいの? ヘイズ』

「二人分も頼みたくねーよ……それに金もあんまり持ち合わせてないしな」

 前にいる金髪の青年に気づかれないように、肘をつき、口元に手を当てながらヘイズが答える。

「あの……」

「ん?」

 不意に、金髪の青年がヘイズに声をかけた。

愛想の良い笑顔で話しかけてくる青年に答える声が、若干不機嫌そうである。テフラのおかげで無理に決めてしまったメニューがいまいち気に入らないのか、そのまま無愛想に答えてしまったのだ。……まあ、もともと愛想良く付き合いたいと思っている相手ではないのかもしれないが。

「何だ?」

 無愛想に話を促す。

「いえ、あの……旅のお方とお見受けしましたが……何か目的が?」

「目的……? まあ、探し物ってところか。それがどうしたんだ?」

 ヘイズに圧倒されたのか、少し引きながら、その青年が尋ねる。話し方から見ても、育ちの良さがうかがえる。ヘイズとは対称的だ。

「探し物、ですか」

 何やら考え込んでいる様子である。

「どうした?」

 今度は逆にヘイズが問う。無愛想なふりをしてはいるが、ヘイズは基本的にお人好しである。迷子になっていたテフラを拾って、仲間探しに付き合っている上に、普段人間には姿を見せない精霊と契約を結ぶこともできている。テフラに限っては、相当信頼されているようだ。

この青年に対しては、何となく嫌な印象を受けていたのだが、まともに話してみるとそこまで嫌う必要はないらしい。単に自分と境遇が違うこと(おそらく見た目から判断される身分あたりのことであろう)で、生理的な拒否反応があったのではないだろうか……。と、ヘイズは自分の心理状況を分析していた。

「いえ、特にどうというわけではありません」

 相変わらずの笑顔はそのままに、取り繕うようにして答えると、青年は再び食事を始めてしまった。

「ふーん……。ま、あんまり思いつめてると、幸運も逃げちまうぜ」

「え」

「お待たせいたしました、パスタセットでございます」

 絶妙のタイミングで、ウエイトレスがやって来た。青年がヘイズに何か言いかけたが、おかげで遮られてしまったようだ。

そのままヘイズも食事を始めたので、彼らの話はそれきりで終わってしまった。テフラが食べるのを必死で隠し、誤魔化しながらの食事である。ヘイズの方は話どころではなかったので、ヘイズにとっては幸いであったようだ。

『ねえ、あの人何か言いかけてたよ、いいの?』

 頬にケチャップをつけた顔で、テフラがヘイズに聞く。

「いーよ、俺はそれどころじゃねえ……何か聞きたいんだったら向こうから来るだろ、この宿に泊まってるの知ってんだからさ」

 何気なさを装って、ナプキンでテフラの顔を拭きながらヘイズが答える。テフラが周囲にほとんど気を配っていないのだから、ヘイズの苦労も増すというものだ。

姿が見えないのだから、例え何かいたずらをしてもテフラの仕業だと気づかれない。だから、姿を消していれば大丈夫。それがテフラの言い分である。

その能天気さのおかげで、苦労するのはいつだってヘイズの方なのだが、何度言っても効果がない。その都度言うのもいい加減疲れたので、今ではテフラのしたいようにさせているのだ。

 何とか食事を無事に終えて部屋に戻り、ベッドにどっかりと腰を下ろすと、ヘイズは一日の疲れを吐き出すかのような大きな溜め息をついた。ふと横を見やると、ベッドに転がったテフラはすでに寝息を立てている。恐ろしい早業である。

 もう一度、今度は呆れたような溜め息をついて、顔を洗うために立ち上がった。

「?」

 ふと窓の外、宿の向かい側の通路のあたりに何かの気配を感じ、窓の近くに歩み寄る。

「……何だ?」

 窓を開けて注視するが、通路の外に感じられた気配は、すぐに消えていた。見張られている気がする。ヘイズをではなく、宿全体を見張っているような妙な感覚が、少しの間ヘイズを支配する。

「ま、いっか……」

 ……いいのだろうか。日中の疲れも手伝って、ヘイズの思考回路はほとんど機能しなくなっている。窓を閉め、一応鍵を掛けてから、ヘイズは改めて顔を洗うため、バスルームに向かう。

 宿の外には、複数の気配。人間のような姿をした『何か』が、建物の影からこちらをうかがっている。一瞬ヘイズに気づかれたようだが、その後彼が動いた様子はない。それに安心したのか、ただ単に用心が足りないだけなのか、同じ場所にとどまっているようだ。

 ヘイズの方も、先ほど感じた気配をしっかり頭の中から追い出して、眠りについたのであった。


「おはよーっ、ヘイズ、起きてよう」

 朝早く、かわいらしい声を精一杯張り上げて、テフラがヘイズを起こしにかかる。

テフラの朝は早く、小さな体いっぱいに元気をみなぎらせているが、ヘイズの方は正反対である。……低血圧なのだ。朝にはめっぽう弱い。毎朝毎朝、テフラの元気な声にたたき起こされるのだ。

今日もまた、そんないつも通りの朝を迎えた。

まだ開ききらない重い瞼を無理矢理こじ開け、くしゃくしゃに絡まった髪の毛を直すのに奮闘している。

「ヘイズってば、寝相悪いからいっつも髪の毛絡まるんだよ。今度から縛って寝たら?」

「馬鹿、んなことしたら結び目がごろごろして寝らんねーじゃねーか」

 あくびを連発しながらもヘイズが答える。朝の面倒を考えたら、テフラの言うように縛って寝たほうがいいのではなかろうか。一度眠ってしまえば、朝テフラに起こされるまでは地震があろうと火事があろうと、例え夜盗が押し入ってきたとしても目を覚まさないのだ。大して気になるものでもないような気がするが、ヘイズは気になって寝付けないのだという。……変なところで神経質である。

「お腹空いたよ、朝ごはん食べに行こうよう」

「分かったから髪の毛引っ張んのやめろよ、結べねえじゃねーか」

「ただでさえ不器用だもんねー」

「うるせえよ」

 朝から元気にヘイズで遊んでいるテフラを何とか黙らせ、ようやく支度を整える。未だにあくびを連発しながら、姿を消したテフラとともに食堂に下りていく。

『ねえ、今日ドラゴン退治に行くんでしょ?』

「おう。行くからあんまり喋んなよ、見つかって騒ぎになったらどうすんだよ」

 姿を消したまま喋っているテフラをたしなめる。

『大丈夫だよ、バレてもヘイズが困るだけだし』

「それが嫌なんだよ、……ったく」 

無責任なことを無邪気に言ってのけるテフラの気配がする方を、半眼になって睨みながら、周囲には聞こえないような声でうめく。

食堂は、早くから客でにぎわっていた。夜とは違い、年齢層が若干高いようである。近所に住む早起きの老人たちが、朝食のために訪れているのだ。

あまり警戒しなくてもいいような相手ばかりなので、昨夜よりはいくぶん楽に食事を済ませることができたが、やはり疲れる。朝から疲れた表情をして部屋に戻る。

「ねーねー、ドラゴン退治、早く行こうよー」

 まるで遊びにでも行くかのようにテフラが急かす。

 部屋に戻ると、几帳面に歯を磨き、マントを羽織り、身だしなみを整える。そして、大きな剣を肩にかけ、もう一度装備を確認する。

「テフ、忘れもんは?」

「僕はないよ、心配なのはヘイズの方でしょ、僕より荷物多いもん」

 多いというより、すべての荷物はヘイズが持っているのだが。抗議しようと口を開きかけたが、恐らく無意味であろうと考え直し、代わりに軽い溜め息をついてドアを開ける。

「うし、行くぞ」

「うんっ」

 自分に言い聞かせるように気合を入れ、廊下に出る。

「あれ、ヘイズ」

「ん?」

「あの人……」

 テフラが指差す方向には、一つの人影。

「姿消せ、テフ」

 ヘイズの声とほぼ同時に、テフラはその姿を消す。ヘイズの視線の先には、昨日会った金髪の青年。何をするでもなく廊下を歩いている。

「あ、おはようございます」

 金髪の青年がこちらに気づき、さわやかに挨拶をしてくる。

「おう」

 なぜか無愛想に答えるヘイズ。

「お出かけですか? 今、街にはドラゴンの噂もあるみたいですが……」

「ああ、ちょっとな。……噂はあんまりアテにならねーんじゃねーか? 街の連中も気にしてる様子ないし」

 ヘイズを心配しているのか、少し不安そうな表情で金髪の青年が聞く。廊下の窓から街並みを見下ろしながら、ヘイズがさらっと答える。

話し込んで、自分がドラゴン退治に向かうと知られるのは避けたい。誰に依頼されたわけでもなく、確かな情報もないのにドラゴン退治などという一般では無謀といわれている行動を起こすのだ。人の耳に入るとなると、多少尾ひれがつくだろう。ヘイズは、あまり周囲に騒がれるのを好まない。逆にテフラは騒ぎが大好きなのだが、今は姿を消しているためか、声を出さないように頑張っているようだ。

「じゃあな」

 軽く右手を上げ、金髪の青年に挨拶し、ヘイズとテフラは宿を出た。


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