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Naked-Genius  作者: 芹沢一唯
1/9

物語は大抵突然始まる。

「ドラゴン退治だぁ?」

 いきなり素っ頓狂な声を出したのは、一つに束ねた長い銀髪を風に遊ばせながら、のどかな街道を歩いている青年、ヘイズ=クライアンスである。

「そ、ドラゴン退治! これから行く街で噂になってるの」

 かわいらしい声で、無邪気に答えるその足は、地についていない。

全長およそ三十センチ。ふわふわと空中を漂っている。犬のような手足に耳と尻尾。ちょっと生意気そうな顔で、ヘイズと並んで歩いている。といっても、足は地についていないので、歩いているというよりは、飛んでいるという感じである。実際、その生き物には翼が生えているのだから。

この生き物の名前はテフラ。火の属性にある精霊である。

 この物語の主人公・ヘイズ=クライアンス。先ほども紹介したように、長い銀髪を一つに束ね、尻尾のように後ろになびかせている。前髪も鬱陶しいほどに伸び放題。その前髪で、ヘイズの右目は完全に見えなくなってしまっているが、実際ヘイズに右目はない。

右目があるはずの場所には、なにやら複雑な形の紋様が刻まれている。以前、ヘイズがまだ旅に出る前に、とある精霊の理不尽な契約により、右目の光を失ったらしい。その光を取り返すために、ヘイズは旅を続けているのだ。

 火の属性の精霊であるテフラ。

犬のような手足と耳、そして尾。背中には小さな体に不釣合いな翼が生えている。ほとんど羽ばたくことなく宙に浮いているのだから、その翼の役割というのも疑問になる。

ところで、テフラが所属するという火の属性の精霊というのは、集団で生活しているものであるらしい。しかしテフラは単独で、しかもヘイズという人間と行動を共にしている。

精霊というのは一般に人に姿を見せることはしない。テフラがヘイズと共に旅を続けている理由も、ヘイズの右目の話と共に、後ほど話していくこととしよう。

のどかな街道には、爽やかな風が吹いている。左手には森、右手には小川が流れ、森の奥には山の峰が続いている。

少し視線を遠くに置くと、街並みが見えてくる。テフラが言うこれから行く街、というのは、もしかしなくてもそこであろう。

「見た目的に何の問題もないと思うけど?」

 遠くに街並みを眺めながら、ヘイズがテフラに疑問の声をかける。

「ええー、そんなことないよ、ちゃんと聞こえてるもんっ」

 ちょっと口をとがらせて、すねたような口調でテフラが答える。ヘイズはというと、やはり疑問の視線をテフラに投げかけている。若干半眼になっている。

「聞こえるって……」

「そうだよ、聞こえるもん。僕の耳がいいのは知ってるでしょ?」

 ヘイズの耳には、風が木々を揺らす音や小川のせせらぎ、そして自分の足音しか入ってこない。無論、噂などというものは、カケラも聞こえてはこない……当然と言えば当然の話であろう。彼らの傍には誰一人として歩いていないのだから。

 テフラの耳の良さはヘイズもよく知っている。姿が見えないほど離れた、テフラとは別の属性の精霊と話しているのを、何度となく見てきたのだから。……と、いくら自分を納得させようとしても、やはり限度がある。山ひとつ離れていたとしても会話ができる……人間の理解を超えている。

「僕たち精霊を理解するなんて、人間には早すぎると思うよ」

 生意気なことを言う小さな生き物は、意味なくふんぞり返って胸を張って続ける。

「だいたい精霊っていうのはね、人間が生まれてくるずうっと昔から生きてるんだから。人間なんて、僕らと比べたらまだまだ赤ちゃんみたいなもんだよ」

 黙って聞いていたヘイズのこめかみが、ぴくぴくと痙攣しはじめた。長い前髪のせいで、見ることはできないが、怒鳴りつけたい感情を必死で抑えているようだ。

「テフラ……」

 押し殺したような声を絞り出すが、テフラは聞いていない。

「ヘイズも僕と一緒に旅してるんだから、いい加減覚えてよね、僕らの能力」

「……そうだな、覚えとくよ……」

 テフラもようやく、その声に怒りが混ざっているのに気づいたらしい。はた、と出しかけた言葉を引っ込めて、ヘイズに視線を戻す。テフラに向けているものであろう、その怒りのオーラが、ヘイズの周囲の視界を歪めている。

(やばい……またやっちゃった……)

 後悔したが、時すでに遅し。ふるふると震えながら、ヘイズが静かな声で言葉を紡いだ。

「そうだよな……精霊ってのはそういうもんだ……。お前も見た目は可愛らしいけど、そうだな、俺より年くってんだよな……忘れてたぜ」

 ぶつぶつと呟くようにヘイズがぼやく。怒って大声で怒鳴られるより、こちらの方がタチが悪い。この現状を引き起こしたのが自分であることを棚に上げ、テフラは言葉にはせずにヘイズの癖に文句を言う。とてもではないが、真正面からヘイズに向かって言う気はない……恐ろしいから。

「あの……ヘイズ?」

 恐る恐る声をかける。未だヘイズはぼやいている。

「どうせ俺は人間だよ、ちっぽけなもんさ……だがな、テフラ」

「な、何?」

 不意にヘイズがこちらを見やる。一瞬びくっと反射的に跳ね上がり、耳を寝かせてテフラが答える。

「お前の種族……火の精霊だっけ? お前らってさ、集団で生活してるんじゃなかったのか?」

「? そうだけど」

 ヘイズが何を言いたいのか、今ひとつ理解できず、瞬時にしてテフラの頭の中は『?』で埋め尽くされた。確かに火の精霊は、人間の目につかないような場所で、集団生活をしているが、それが何の関係がある?

「集団生活に慣れちまってるお前らが、単独になったら、生きていくのは至難の技だよな」

「うん」

「お前が仲間とはぐれてヘロヘロになってたところを助けてやったのは誰だっけ?」

「うっ……」

 テフラが言葉に詰まる。

「旅の目的を変更してまでお前に付き合って、仲間探しをしてやってるのは、誰だっけ?」

 テフラに向かって静かに、だが怒りのような感情はしっかりと声に乗せたまま、ヘイズが続ける。

 気のせいか、テフラが二回りほど縮んでいるようだ。

「ったく……一人じゃ生きてくことすらできねえくせに、文句だきゃ一人前なんだからよ」

「……ごめんなさい」

 素直に謝る。

 確かに、その通りなのだ。

仲間とはぐれてしまってからというもの、テフラは生きた心地がしなかった。火の属性の精霊たちは、ひとつ所にとどまって生活しているのではなく、時間や場所、霊的な力の強い場所を選んで移動しながら生活している。条件の合わない土地では、精霊が存在していくためのエネルギーの確保さえ、できないのである。

そんな移動生活をしていたテフラであったが、精霊としてはまだまだ子供。自分で生活場所を見つけることはできないのである。つまり、生きる場所が見つからなかったのだ。どういうわけか仲間とはぐれ、行き場をなくしてさ迷うハメになってしまった。

そんなテフラを、どういうわけか人間の青年・ヘイズが旅に連れ出した。ヘイズの目的は、自分の右目の光を奪った精霊を見つけ出し、光を取り戻すこと。ヘイズは、その旅の中で、テフラの仲間を見つけることを約束してくれた。

テフラも、そのことを忘れているわけではない。ただちょっと、ヘイズにかまってもらいたいのだ。だから、心にもない言葉を口に出してしまう。

 さっきからしゅんとしてしまっているテフラを横目に見ながら、ヘイズは、テフラに気づかれない程度に微笑む。さっきの怒りのオーラはどこへ行ってしまったのか、というほどに穏やかな表情で、すっかり元気をなくした小さな旅の連れを眺めていた。

「ははっ……」

 突然、ヘイズが笑い出す。あまりに突然のことで、テフラは一瞬何が起こったのか、理解できないでいた。きょとん、とした表情で、ヘイズに視線を向ける。

「そーやってすぐ落ち込むんだからな、お前」

 ぽんぽんっ、とテフラの頭を軽くたたきながら笑っている。どうやら、テフラが落ち込んで考え込んでいる間、ずっとこらえていたらしい。

……とすると、さっきの怒りモードは芝居だったのだろうか。

「……っ! もうっ! 僕をからかっただけなの?!」

 ぷくっと頬を膨らませて、今度はテフラが怒る。ぽかぽかとヘイズの頭を叩くが、何しろ柔らかい毛玉のようなテフラの手だ。ヘイズの髪の毛を乱すのが精一杯である。

「すっごく考えちゃったじゃない! ひどいよヘイズ!」

 半分泣きそうになりながら、テフラが喚く。小さな子供が拗ねているのとまるっきり変わらない。

「あははははっ、悪い悪い……。でも気をつけろよ、俺の前でならいいけど、精霊ハンターなんかの前でさっきみたいなこと言ってみろよ、怒りを買ってあっちゅー間に殺されるぞ」

「う、うん。……気をつけるよ」

 途中から少し真剣さを込めたヘイズの言葉に、ヘイズをたたく手を止め、テフラも改まって頷く。

 精霊ハンターというのは、その名の通り、精霊を狩りの対象としているハンターのこと。精霊をある特殊な道具で捕らえると、その姿は腐敗することなく保存できる。趣味の悪い人間が、こぞってそれを欲しがるのだ。捕らえられた精霊は、そのままの姿で在り続けるので、魔除けなどに重宝される。中には単なるインテリアとして飾る者もいるという。

ただし、前にも説明しているが、精霊というのは、滅多なことでは人間には見つからない。人間の目にはつかない場所に住んでいるし、たとえ人間の目につく場所にいたとしても、見つからないように姿を隠しているのが普通なのだ。テフラのようなものは例外だが、普通の人間では捕まえるどころか、探し出すことすら至難の業であろう。

では、どのような者が精霊ハンターと呼ばれるのか。

……魔族と呼ばれる者たちである。

魔族。一般には悪魔とも呼ばれ、精霊とは違い、人間とは交わらない場所に存在している種族である。ただし、一部の魔族を除いては。

人間の世界で、人間とかかわりながら生きている者がいる。人間の中にも、悪魔を信仰しているものがいるように、魔族の中にも、人間の力を必要としているものがいるのだ。その魔族の生命力となるもの、それは、人間が魔族に対して捧げる『祈り』。

『祈り』という形で人間が生命力を与える代わりに、魔族は精霊を狩り、人間に与える。

そういうシステムが確立されているのだ、この世界では。だがそれは、一般に知られている一説、ごく一部に過ぎない。さまざまな形で、さまざまな種族がかかわり合いながら世界が構成されている。

 また少し、テフラが黙り込んだ。

テフラが静かになるときは、決まって何かどうにもならないことを考えているときである。ヘイズの『精霊ハンター』という言葉に、やはり不安を感じているのであろう。

「あんまり黙るなよ、気持ち悪い」

 テフラをからかうように、ヘイズ。滅多なことでは静かにならないテフラが黙り込むのは、見ていても気分の良いものではない。

「気持ち悪いって言わないでよ。僕だってたまには考え事することもあるんだからぁ」

 むすっと唇を尖らせて、テフラが抗議の声を上げる。

「俺じゃ頼りにならねーのか?」

 今度は真剣に、優しく、ヘイズが聞く。

こういう顔をするときのヘイズは、何か嫌だ。……守られている。それを確信できるからこそ、天邪鬼なテフラは複雑な気持ちになる。

(ヘイズがいなかったら、僕はどうなっていたんだろう……)

そんなことが頭の中を駆け巡って、不安と同時に、大きな安堵感が生まれてくる。

「どうした?」

 ヘイズには、僕の気持ちが分かってないんじゃないかな……。僕がどんな風に思ってるかなんて、ヘイズは気にしてないのかもしれないけど。

そんな思いが小さな体の中を支配してくる。どう反応したらいいのか分からないうちにヘイズが聞いてくるので、やっぱり心にもないことを言葉にしてしまう。

「うん、ヘイズじゃ頼りないよっ!」

「何ぃ? 聞き捨てならねーな」

 言葉では怒っているようなヘイズだが、目は笑っている。テフラは安心したように、ふわふわとヘイズの周りを飛びながら、文句にならない文句を言う。

「全っ然、頼りない! 僕ってばこんなにカワイイから、すぐにハンターに捕まっちゃうよっ」

「自分でカワイイとか言うなよ、可愛くねーなー」

「いいじゃない、誰も言ってくれないんだから、自分で言うしかないでしょー?」

 一人の人間と一匹の精霊の笑い声が、街道に吹く風に運ばれていく。

 いつしか、遠くに見えていた街並みは、彼らの視界のほとんどを支配していた。


『そこの露店の店主さん、気をつけてくれよ。こっちは被害者出さないために必死なんだから』

 低くて貫禄のある男の声が、半分呆れ気味な声で注意している。

『はいよー、大丈夫だって、来たらすぐに知らせとくれ』

 呑気なおばさんのだみ声が答える。

その街には、制服を着た警備兵であろう人影が、やたらと目立って通りを歩いている。手には、それぞれに剣やら槍やらを携え、通りを行く人々に注意を呼びかけているようだ。

「はあ……物々しい警備だな」

『ね、だから言ったでしょ? 大騒ぎになってるって』

 勝ち誇ったようにテフラが胸を反らせる。ちなみにテフラの姿は、今現在、ヘイズも含めて誰にも見えない。精霊は、もともと人間に姿を見せることはない。ヘイズを例外として、テフラもやはり人間がいる場所では、姿を消しているのだ。

「いくら警備したって、普通の人間がドラゴンにかなうとは思えねえけどな」

『ねえヘイズ』

「ん?」

『あんまり一人でぶつぶつ言ってると、変な目で見られるよ』

 かなり的を射たことを言う。確かに、今はテフラの姿が見えないのだ。どう頑張っても、独り言のように見える。一応視線を進行方向に定め、小声で話しているので、話し相手がいるようには見えないが、それでもやはり多少の不自然さはある。

「何もないところから声がしたほうが、よっぽどおかしいと思うぜ」

『うっ……』

 ヘイズの反撃。いくら姿を消していても、声を消すことはできないのだ。

思わぬ反撃を受け、テフラはまた、ぷくっと頬を膨らませる。と、とっておきのイタズラを思いついた子供のような顔をした。

『そんなことないよーだ!』

 いきなりヘイズの頭の辺りをくるくると回り始めた。姿は見えないが、ヘイズには気配でテフラがどこで何をしているのかが分かっている。

「おいっ、何すんだよ?」

 まとわりついてくるテフラをよけるように動く。テフラは、ヘイズの背中に回りこんで、ヘイズの髪を結んでいたリボンの端を掴んで引っ張った。

「うわっ、お前それ取るなよ、結ぶの大変なんだぞ!」

『不器用なだけでしょー』

 ヘイズ長い銀色の髪が何本か、リボンに絡んでいるようだが、まったく気にせずになおも引っ張る。

「いででででっ」

『切ればいーじゃん、そしたら楽でしょ? きゃはははっ』

「しーっ、しーっ!」

 黙らせるがあまり効果はない。

 しゅるしゅると音を立ててリボンがほどける。束ねていたヘイズの見事な銀髪は、風に煽られて好き勝手になびいている。

「ああああっ、髪が!」

 髪は風になびいて遊んでいるし、リボンもテフラが持っているので宙に浮いて見える。……不自然なことこの上ない。加えてテフラの姿は見えず、ヘイズは一人で騒いでいるようであるため、余計に人目を引いてしまう。

やはりヘイズの周囲には、不審な視線を隠しもせずに人垣ができつつある。その中から一人、制服を着たおっさんが、ヘイズに歩み寄る。

「ちょっと、君……」

 少々ビクつきながら、その中年の警備兵とおぼしき人物が声をかける。

「はっ?」

 見えないテフラからリボンを取り返し、暴れる髪の毛をまとめるのに奮闘していたヘイズは、突然かけられた声に思わず反射的に、ひっくり返った声を上げてしまった。そのあとで、ようやく周囲の視線が自分に注がれていることに気づいた。

「え? あっ、えっと……」

 挙動不審である。

「君、何をしているんだ?」

 当然の疑問を投げかける。一人でばたばたと慌てて騒いでいたのである。ビョーキ持ちと思われても不思議ではない。しかし、そんな風に思われるのはお断りである。

「え、あの……ちょっと、でっかい羽根生えたムシが……」

「ムシ?」

『ムシ?』

「馬鹿っ!」

 最後のセリフは小声であるが、テフラが思わず上げた抗議の声は、中年の警備兵の耳にも届いてしまったようだ。幸い、警備兵の声にかぶったので、周囲の野次馬の耳には届かなかったようであるが。

「今、何か言ったか?」

 とても説明できないような複雑な表情のまま、警備兵がヘイズに問う。ヘイズも似たような表情をしている。

「いえ別に。空耳でしょう。」

 即答する。

気まずい空気が少しの間、周囲を支配する。

 うぉっほん、と、突如不自然に咳払いをして、何事もなかったふうを装って中年警備兵が気まずい空気を破った。

「ところで、君は見たところ旅人のようだが?」

 ヘイズも合わせて、何事もなかったように振舞う。風がおさまった瞬間を見つけると、何とか髪を両手でまとめることに成功した。とりあえずリボンを口にくわえ、手ぐしで髪をまとめながら、ヘイズが答える。

「ええ、ちょっと探し物がありまして」

 ヘイズの着ているものは、旅人がよく身に着けるものばかりである。だからこそ、旅人かと尋ねられたわけだが、わざわざ中年警備兵が確認したのは、ヘイズの背中には巨大な剣が収まっていたからである。

普通の旅人ならば、まず必要とはしないものである。一人で旅を続ける者ならば、一回や二回、命を落とすような恐ろしい目に遭って知っている者もいるであろうが、だからといって堂々と武器を持ち歩く旅人もそうはいない。

この世界は、先ほど魔族についても説明したように、人間以外の種族が多く存在している。異種族間ではほとんどかかわることなく生活しているが、ごくたまに、魔族以外でも人間の世界にかかわってきたり、人間を襲い、話題となったりする連中がいる。その話題が大きくなればなるほど、ヘイズのような輩が増えてくるのだ。つまり、その迷惑な連中を退治して、その報酬を貰おうという輩が。ヘイズが生活の糧としている行為だが、彼らは、用心棒として雇い主を探し、街から街への移動の際にその雇い主を守るために戦うのだ。もちろん用心棒を名乗るからにはそれなりの戦力が必要となる。

ヘイズは主にその背中の剣を使う、いわゆる剣士というやつだが、普通の剣士とは若干違う。テフラの存在があるからだ。ヘイズは、テフラという精霊の力を借り、精霊術を行使することができる。そのおかげで、一般的な用心棒よりは多くの報酬を得られる場合が多い。

「お前さん、今この街に起こっていることを知ってるのかね?」

 中年警備兵が、まだ少し不審さが残っているような表情でヘイズに問う。おそらくは、テフラが言っていたドラゴンのことであろう。

「ええ、ドラゴンがどうの、って話でしたっけ?」

 髪の毛を結わえながらヘイズが答える。

「なんだ、知ってるのか……知っているのにこの街に来るなんて、物好きな奴もいたもんだ」

「あはは……まあ」

 確かに、ドラゴンの脅威を知りつつ、その被害が及ぶような場所に立ち寄るなどということは、自殺行為に近い。

「一応避難所はあるんだが、あんな所に逃げても助かるかどうか……」

「噂があるのに、街を離れる人が少ないように思えるんだけど?」

 先ほどこの街に入ってきたときも感じたことを率直に言う。噂が流れ、ドラゴンの脅威を知らない者は数少ないだろうに、何故街から離れずに、ここにとどまり生活を続ける?

「ああ、基本的に噂を信じていない者がほとんどなんだ……。実際、噂の出所もはっきりしていないしな、信じろと言うほうが無理なんだろう」

 ぽりぽりと後ろ頭を掻きながら、中年警備兵。やや複雑そうな表情をしている。この年まで警備という仕事をやっていると、街にもそこに住む人々にも愛着がわくというものだ。そこにドラゴンの噂。自分の力で守り切れない相手であることに、焦りや苛立ちを感じているのかもしれない。

「ドラゴンね……」

 一応避難場所を確認し、ヘイズは警備兵に背を向ける。周囲に集まっていた人垣も、ほとんどが解散したようだ。道行く人は、それぞれに理由を持っているように見える。

 ドラゴンの脅威。この歴史上、ドラゴンに破壊・殲滅させられた街や国は多い。一言でその姿を言い表すとすれば、翼の生えた巨大なトカゲ。その表皮は、鋼よりも硬いといわれる鱗に覆われ、その吐息はすべての形あるものを破壊し、焼き尽くす。

この世界の歴史の中で、いくつもの街や国が襲われているが、その理由は未だ分かっていない。その生態すらも、明らかにされてはいないのだ。

 そんなドラゴンの脅威が、今この街を次のターゲットにしている。そんな噂が、街中に広がっているが、今ひとつ実感がわかないのも事実である。露店が軒を連ね、呼び込みの声が響いている。街の大きさの割りには道行く人が少ない気がしないでもないが、とてもドラゴンの脅威に脅えているような様子の街ではない。

 どんっ

「あたっ」

「おっと……失礼」

 宿を探して歩いている途中、ヘイズの肩がすれ違う人影にぶつかった。別に余所見をしていたわけではないが、曲がり角で出会い頭にぶつかったのである。

 ヘイズとテフラの視界に入ってきたのは見事な金髪。特に相手を確認しなかったが、ヘイズの頭には何か引っかかるものがあった。

「ってーな……なんだよアイツ」

 ぶつかった拍子に、壁に右肩をぶつけてしまったようだ。鈍い痛みが走る右肩をさすりながら、ヘイズがぼやく。

「ふふっ」

 声だけでテフラが笑う。

「何がおかしいんだ? テフ」

 ヘイズは、自分の左斜め上空あたりにあるテフラの気配を見つめつつ、やや半眼になってうめく。

「だって、ヘイズがあからさまなんだもん」

「何がだよ」

 不機嫌にヘイズが問う。

「ヘイズ、ああいうタイプ苦手でしょ」

「あ?」

 思いっきり不機嫌になっている。

怒りが自分に向いていないときは、テフラも平気らしい。ヘイズを少し見下ろす位置に漂いながら、イタズラっぽくニヤニヤとしている。

「さっきヘイズにぶつかった人、すっごく品が良さそうな感じだったよね。ヘイズとは正反対、って感じ」

「余計なお世話だよ。俺はああいう気取った野郎が嫌いなだけだ」

 言っていることがテフラの言葉と似たり寄ったりであることに気づかず、ヘイズは憮然とした表情。

自分で嫌いだというだけあって、他者にもそのオーラが伝わるほど明らかに嫌っている様子が、手に取るように分かる。

 テフラもヘイズをからかうことに飽きた様子で、ヘイズの周りをまたうろちょろしはじめた。一人でお腹空いたの疲れただの騒ぎながら漂っている。幸い、今この周辺には歩いている人影も見えない。だからヘイズも無理にテフラを黙らせたりはしていないのだが、やはりうるさい。自分の機嫌が悪いのも加わって、かなり苛立っているようだ。

「ねー、早く宿屋見つけてよー、お腹空いたよー疲れたよーっ」

「うぅるっせーな……でいっ」

 みしっ……

 適当に振り下ろしたヘイズの手刀が、見事にテフラの脳天に突き刺さった。

「……いったーいっ! 何すんのさぁ!」

「うるさいからだ。ちっとは黙ってろ……お?」

 二人して何だかんだと騒いで歩いているうちに、ヘイズがその視界に宿屋の看板を見つけた。街の中心に程近い、住宅街と商店街との間に位置する場所に、その宿屋はあった。


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