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天才なんかじゃない

 あのドラゴンを見てから、もう三日過ぎたのか。

 あれから毎日朝から晩まで練習してるのに、何の成果も得られなかった。

 強いて上げるものすらない。下手したら悪くなってる可能性まである。

 結局あの魔法使いとも会えないし……はあ 


「…………アンドリュー? 今日はお願いね」


 寝起きの回らない頭で練習の成果を確認していたら、声が聞こえた。

 そうだ、朝ご飯を食べながら何か聞いてたんだ。


「あ、ああ」

「大丈夫? 体調が悪いなら私が行っても……」

「問題ないよ。ごめん、今の話しもう一度聞かせてくれる?」


 レオナ姉さんは心配してるような、少し呆れたような顔で話し始めた。


「いつも薬草を採取して、販売してくれる人が風邪を引いちゃったみたいだから、アンドリューが代わりに取ってきてほしいの」


「構わないけど、ストックはないの?」

「滅多に使わないものだから、必要になってから買ってたのよね……」


「なるほど。わかったよ。場所と取ってくる薬草の特徴は?」

「ごめんね、凄く助かる。場所はモリルタウンの森を北から抜けた所に洞窟があるでしょ。

 あそこの周辺に生えているわ。薬草の名前はイウグルシ。見た目の特徴はこれに書いてあるわ」


「ああ、あそこか。わかっ――」


 特徴が記されたものを受け取り、わかったと言うところで、扉を叩く音がした。

 こんな朝から誰だろう。


「はーい。今行きます」


 レオナ姉さんは席から立ち上がり、玄関の方へ向かっていた。

 俺まで行く必要はないし、今の内に準備するか。あの洞窟に行くまで結構時間がかかるんだよな。

 面倒だけど、仕方ないか。レオナ姉さんに行かせるのも悪いし。


 俺は席を立ち、自室に向かう途中、気になって玄関を横目で見てみる。

 そこには、甲冑を纏った人が二人いた。胸に描かれてる魔女の帽子をイメージしたマーク、確か国の兵士が着てるものだ。

 なんで兵士がこの家に来たんだろう。まあ、服装以外物々しい雰囲気はないし、大したことじゃないか。

 俺はあまり気に留めず、自室に入り、準備に取り掛かった。




 「思ってた以上に遠いな……疲れてきた」


 太陽が照りつけているせいで、結構暑い。木々があるおかげでこれでもマシなんだろうけど。

 ポケットに入れてある時計を取り出し、見る。まだ家を出て三十分ぐらいか……まだ半分の距離も歩いてないなんて。

 この疲れは距離よりも、体力に問題があるんだろうな。六回唱えられたら、体力作りもした方がいいか。


「ふう」


 それにしてもレオナ姉さんの様子が変だったけど、どうしたんだろう。

 何言っても、うんとかええとか短い返事しかしなかったし。元から白い顔も一段と白くなってた。

 変になった原因といえば、兵士が来たことぐらいしかない。でも、詳しい原因がわからない。

 どんな話をしてたのか聞いても何も答えてくれないしな。

 

 そもそも何で兵士が家に来たんだろう?

 兵士が来た理由で考えられるのは、罪を犯したとかだろうか。まさかな。

 俺が悪いことをしてないのは一番わかってるし、レオナ姉さんに限って罪を犯すなんてことはないだろう。

 人の助けになりたいと思って、回復魔法や調合師になったぐらいだ。人様に迷惑をかけるような事はしない。

 ……というか兵士が捕らえに来たなら今頃連行されてるか。はは。


「他に来た理由は……」

 

 口元に手を置きながら考る。国から依頼が来たとかか? 

 レオナ姉さんの回復魔法は、かなり凄いらしい。複雑骨折や皮膚がズル剥けになっても一瞬で治せるというのは聞いたことがある。

 自分の知ってる回復魔法と言えば、擦り傷を治したり、血を止める。回復速度の促進ぐらいしか知らない。

 レオナ姉さんの力が本当なら、国から依頼や仕事が来てもおかしくない。でも依頼とかなら、話してくれてもいいはずだ。


 何故話してくれなかったのかを考えながら、ひたすら森の中を歩いていたら、前方から強い光を感じた。

 やっと森を抜けたか。この国の森はどこもかしこも広すぎる。でも、これで洞窟までもう少しだな。

 俺は残りの距離を考え少し気分が軽くなり、答えが出ないものについて考えるのをやめた。




「おい、アンドリュー!」

「ん……?」

 

 左の方から声が聞こえた。

 こんな辺鄙(へんぴ)な場所で誰だ。俺を呼ぶなんて。


「…………」


 声が聞こえた方を向く。

 草が生い茂っているだけで、誰もいない。まさか、この草達が喋ったなんてことは……ないか。

 やろうとすれば出来そうだけど。


「ぷはっ。ここだよ、ここ!」

「やあ、アンドリュー久しぶりだね」


 生い茂る草の中から、二人の男が出てきた。何か見覚えがあるな。

 特に自分より小さいイガイガ頭の方は見た記憶がある。

 もう一人の眼鏡をかけた穏やかそうな男についてはわからない。


「すみません。どちら様でしょうか?」

「おい、もう忘れたのかよ! 俺だ俺!」


 自分の顔を指しながら、イガイガは叫ぶ。顔はわかるんだけど、名前がわからない。どこで会ったのかも。

 でも、何か顔を見てたら苛々してきたな。この気持ちは一体なんだろう。


「まあまあ。もう随分経つんだし。この制服に見覚えはない?」


 もう一人の男が、服に着いた葉っぱを払う。俺はじっと見て――

 あっ思い出した。魔法学院の制服だ。


「思い出した。あそこの生徒か。悪いんだけど、名前を教えてくれない?」

「僕はエスター・ケイクリオン。で、彼がフスタル・ファイング。思い出したかな」


 エスターに、フスタル……ああ! 同じクラスにいた。思い出した。

 それと、この苛々する気持ちの理由に気付いた。何かと自分に突っかかってきたからだ。

 魔法の実習にしろ、座学にしろ、突っかかってきて、面倒臭い奴だった。


「ああ、思い出したよ。エスターにフスタル。久しぶりだね」

「やっと思い出したのかよ。俺は忘れたことねえぞ!」

「フスタ、今だに君のことを忘れられないみたいで」


 苦笑いをしながら、エスターはそう言った。

 

「フスタル、俺は君に何かやったか? 突っかかってきた記憶しかないんだけど」

「つっ……!? 散々、俺を打ち負かしてきただろ! この天才が」

「打ち負かしたって、勝負したつもりとかはないんだけど。それと天才じゃない」


「入学の時になぁ、水以外の魔法全て三回以上唱えられる奴が天才じゃなきゃ、誰が天才なんだよ!」

「防御魔法もできないよ」

「あれは複数人でやるものだから、そりゃできないだろ」


 天才ではないだろう。天才なら七回の魔法を唱えることだって出来るはずだ。今だに六回の壁に苦しんでる。

 ただ、人より早い年齢で魔法を扱う為の素質、集中力や想像力が目覚めたとは思うが。


「実習でトップ、座学でも五番以内だったから、フスタの言うこともわかるけどね。

 アンドリューはどうしてこんな所に?」

「イウグルシって薬草を探しにね。そっちこそ、どうしてこんな場所に?」


 ああ、あの茶色い薬草と呟いたあと、


「国から学院へ依頼が来ててね。その依頼にフスタが立候補して、その付き添いで」


 またしても苦笑いをしている。いつも苦労してそうだ。

 エスターの言葉に続いて、フスタルが、


「魔獣がこの辺で出没してるらしいから、ここはいっちょ俺が倒してやろうってわけよ」


 くれぐれも邪魔すんじゃねぞと続けた。

 魔獣も数を減らしてるとはいえ、今だにかなりの数がいる。

 戦争の為仕方なかったのかもしれないが、はた迷惑な物を作ったもんだ。

 それにしても、学院生に危険な魔獣討伐の依頼なんてするだろうか。確か魔獣討伐は兵士の役目だったはず。


「本当の所は……?」


 俺は小声でエスターに尋ねる。


「はは……魔獣が本当に存在してるのかの確認だよ。存在してたらその数と発見した場所の報告が任務かな」


 乾いた声で静かに答えた。


「魔獣を倒すのは止めておいた方がいいんじゃない? 種類にもよるけど、下手すれば死ぬと思うよ」


 エスターの方を軽く睨んだあと、こっちを見た。


「……アンドリュー、お前魔獣を倒したことは?」

「ないかな」


 そもそも出会ったことがない。


「よし、なら倒す! 絶対にな」


 じゃあなと腹に響くような声を出しながら、また草むらに戻っていった。


「アンドリュー……仕方ないか。じゃあ僕も行くね。気をつけて」


 フスタルに続き、エスターも生い茂った草の中に入っていった。


「そちらこそ……忠告はしたし、自分の用事を済ませよう」


 特徴が書かれた物に目を通す。

 葉の色は茶色で、洞窟の中または周辺に自生している。貴重だから、あまり取り過ぎないように、か。

 追記に猫の絵が書かれ、吹き出しに『無理はしないで、早く帰ってくるようにね』と書かれてた。

 ポケットから時計を取り出して、時間を確認する。

 もう昼の二時過ぎか。こんなことでレオナ姉さんに怒られるのも面倒だ。少し急がないと。

 まずは洞窟の周辺を探すとするか。洞窟の中を探すのはあまり気乗りがしないしな。




「見つからない……」


 探し方が悪いのか。俺は思わず顔を顰める。

 時刻は……もう六時か。辺りが暗くて探しにくくなってきた。


閃光(ひかりよ)


 俺は右の人差し指から光を出す。これでいくらか探しやすいだろう。

 さてと、どうしたものかな。洞窟の周辺は一通り探したけど、茶色の葉は見つからなかった。赤いのとかは見つかったんだけど。

 見落とした可能性もあるが、もう一度同じ所を探すより、洞窟に入ったほうが見つかるか。仕方ない、行こう。

 と思った瞬間声が聞こえた。


「……………………ぁぁぁぁぁあッ!」


 人らしき叫び声……悲鳴だろうか。この辺にいる人といえば、彼らしかいないだろう。

 なんとなくだが何が起こってるか想像がつく。助ける必要もないけど、見捨てるほどの用もないな。

 洞窟の方から聞こえたし、ちょうどいいか。


疾風(かぜよ)疾風(かぜよ)


 俺は魔法で体を、足を加速させ、洞窟へ急いだ。

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