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憧れ

「レオナ姉さん、赤い薬草はここでいい?」


「うん、そこに置いて」


 俺は何に使うのか分からない、赤い薬草が入った瓶を棚に置く。

 昨日サボった代わりに、結局今日手伝うことになっちゃったな。本当は今日丸一日魔法の練習をしようと思ってたのに。

 自業自得とはいえ、レオナ姉さんも気を使わず起こしてくれればな……


「今日はやってもらうことが沢山あるから、ボーっとしてちゃ駄目よ」

「わかってる」


 俺は事前に指示された沢山の荷物を整理しながら、所定の場所に置く。

 この毒っぽい色のなんてどう使うんだろ。

 何度か荷物を運んでると、ふと疑問に思うことが出てきた。

 

「そういえば、よく商売になってるよね。回復魔法だってあるのに」


 後ろで作業台の整頓をしてた姉さんは少し得意気な顔をしながら、こちらを見た。


「あら、回復魔法だって万能じゃないもの。

 外傷なら魔法の方が有効だけど、内的なものなら薬の方が効果があるのよ。

 風邪とか、腹痛とか、後は精神的なものとかね」


 アンドリューだって何度もお世話になったでしょ? と続けて言った。


「まあ、うん。それに薬なら魔力を消費せずに済むか」


 正直比較を行ったことがないから、効果の差はわからないのだが。でもレオナ姉さんが言うなら間違ってないのだろう。

 回復魔法に関しては国でも指折りって店に来る爺さん婆さんが言ってたもんな。

 何より店に人が来るのだから、必要とされてるということなんだろう。

 

「ふう……」


 早く片付けてしまおう。出来るだけ練習に時間を費やしたい。

 それにしても、もう少し体を鍛えたほうがいいかな。荷物を整理して、運んでるだけなのに疲れてきた。

 まだ半分も終わってないんだけどな……まあ、仕事を放り出す訳にはいかないか。普段負担を押し付けてるしな。


 次はどれを持ってくかな。重そうなのを先に……これにするか。それにしても妙にホコリまみれだな。


「ぐっ……!」


 なんだこの荷物、重すぎるだろ! 持ち上げられない……中に何が入ってるんだ。

 俺は大きな木の箱を開けて、いくつか入ってる瓶の内の一つを取り出した。一つだけでも重い。

 瓶の中身は液体か。許容量ギリギリまで入れてるせいで重いんだな。

 それにしても液体って、珍しい気がする。

 瓶に貼られてるラベルの名前は、記憶――


「アンドリュー! もう何やってるの」

「あ、ああ。ごめん。重いから一本づつ持ってこうかと思って」


 いつの間にか背後に居たレオナ姉さんに叱られてしまった。


「そもそもこれは運ばなくていいものよ」


 言われてみれば、運ぶ必要がある物の所より少し外れている。

 しくじったな。無駄な時間を使った。


「疲れているんじゃない? お昼の時間だし、休憩にしましょうか」


 緑色の瞳を向けながらそう言った。

 仕方ない、休むか。それにしてもあの薬何に使うんだろう。

 記憶とか書いてあったし、精神系のか。

 

 俺は、店の上にある家に戻ろうと立ち上がろうした時、鈴の音が店内に鳴り響いた。

 ちょうどお客が来てしまったらしい。


「はーーい」


 レオナ姉さんは音に反応して、受付の方に向かっていった。

 向かうといっても、十歩、二十歩の距離だが。


「レオナちゃん、お店はまだやってるか?」


 いつ見てもセンスを疑いたくなる髪型の爺さんがやってきた。


「はい、やってますよ。フェイルさん」

「休憩中じゃなくてよかった。おっアンドリューも手伝いか? 珍しいな」


 カッカッカッと笑いながら、こちらを見た。

 自分の広くない人間関係の内の一人が、ちょっと変な爺さんなのが少し悲しくなる。


「昨日サボちゃってね。そんな元気なのにどうしてこの店に?」

「こう見えても、もう年だからなぁ。ということでレオナちゃん。いつもの頼むよ」

「ちょっとお待ちくださいね」


 受付の後ろにある棚を漁りだした。

 いつものってことは常用してるのだろうか。


「好奇心で聞くけど、何の薬?」

「普通好奇心で聞くものか? アンドリューだしいいか。ボケ防止薬だ」


「ボケ防止ってそんな物まで売ってるの。この店」

「なんだ知らなかったのか。何でも脳を活性化させるとかなんとか……実際にこの薬を飲んでから婆さんにボケボケ言われなくなったからな」


「本当かよ……レオナ姉さん、これ大丈夫なの?」

「あら、疑うの? 大丈夫よ、そこまで複雑なものじゃないもの。効果も単純なものだしね」


「そうだ、そうだ。姉を疑うとは不届きものだぞ」

「爺さんの為を思って聞いたのに。まあ使ってる爺さんが問題ないなら、大丈夫か」


 そういや俺、レオナ姉さんが作ってる薬とか全然知らないな。

 体が丈夫なおかげで、薬や回復魔法とか滅多に使わないから、回復系には興味がわかなかったのかな。

 今度気が向いたら聞いてみるか。魔法を上達させる上で役に立つかもしれないし。

 そんなことを考えていると、姉さんは袋に薬を包み爺さんに渡していた。


「二千マニーいただきます。いつも使ってくれてありがとうございます。フェイルさん」

「昔からの付き合いだしの。それに、私としても腕の良い薬屋が近くにあってありがたい」

「そういってくれると嬉しいです」


 レオナ姉さんは余所行きの笑顔でなく、親しい人に向ける笑顔をする。

 その笑顔に応え、爺さんも笑顔だった。

 自分は、いつも通りの顔だろう。なんか笑顔とか浮かべるの嫌だし。


「じゃあまたな、二人共。アンドリュー、来週は釣りだからな」


 そう言い、爺さんは店を出て行った。そういえばそんな約束をしてたな。

 釣りは食料調達にもなるし、集中力を鍛える上でも効果がある。

 それに、まあ、爺さんと話すのも楽しいし。


「ふふ、また釣りの約束をしてたの?」

「うん、魔法の練習にも繋がるから。」


 レオナ姉さんは笑顔を浮かべながら、


「何だか気が合ってるもんね。アンドリューとフェイルさん」


 そうだろうか。自分ではわからない。

 とりあえず、髪型のセンスでは気が合わないのは確かだ。


「じゃあお昼ご飯にしましょうか」


 レオナ姉さんは家に戻る仕度をし始めた。

 俺も戻ってきたとき作業がしやすいようにしとくか。

 そうすれば早く練習場に行ける。




 「――――――――――火炎(ほのおよ)

 

 凄い。

 

 フェンス越しには自分が目にしたことがないような、美しく、逞しい炎が夕日に照らされた練習場を舞っていた。まるで御伽噺に出てくるドラゴンのようだ。何てカッコいいんだろう。

 手伝いで溜まった疲労なんて、すぐに飛んでしまった。


 何分ぐらい見ていたのだろう。いつの間にか炎で形作られたドラゴンは消えていた。

 消えているはずなのに、今だ自分の頭の中では幻想的な光景が浮かんでいる。

 自分もあの魔法を唱えたい!

 そこでハッと気付く。誰だ、誰が唱えているんだ。あんな炎を出せる人は只者じゃない。

 入口――は遠い。フェンスに張り付きじっと見る。練習場に一人だけいた。

 身長やシルエットからして女性だろうか? 話したい、どうしたらあんな魔法が使えるのかを知りたい。

 

 こちらの視線に気付いたのだろうか。視線が俺に向いた気がする。こっちに来た!


「も――――ア――――!? 魔――――――なんて――――――な~」


 手を振りながら、何か言ってる? くっ、何て言ってるんだろう。

 もっと近づかないと! フェンスに顔をへばりつける。


「誰ですか! あなたは!」


「っとゴ――! 用――――話――!」


 腕を見たあと、何か言ってる。断片的にしか聞こえないぞ。そして頭を下げたあと、消えた。

 消えた!? どこに! 俺は練習場を右から左へ、下から上へくまなく探したが見当たらない。

 どうやって練習場からいなくなったんだ。入口は一つだし、内部から外部に魔法で影響を与えるのは無理だ。

 いや、加速の魔法なら問題ないか……? 

 だけど、加速の魔法と言ったってそこまで早くない。目に追えない速度だなんて、ありえない。


 息を吸い、吐く。気持ちを落ち着けて、冷静になろう。

 考えてみろ。あそこまでの炎を扱える人物だ。加速の魔法も自分の常識を超えたレベルでもおかしくない。

 あの炎、おそらく六回唱えて生み出したものに違いない。仮に自分と同じ五回の詠唱だとしても、一回辺りに込められる魔力の量が違ったり、ずば抜けて想像力がある人間だろう。


 冷静になるほどに思う。話したかった。あのレベルの人間と偶然会えるのはまずない。

 何か自分に話しかけてたが、何て言ってたんだろう。

 そもそも、どうして自分に話しかけてたのか。視線に恐怖を感じたから、とかではないだろう。

 もしかして知り合いだったりするんだろうか。いやいや、まさかな。

 

 何て言ってたか聞こえてればな……

 

「はあ」


 あんな凄い人なら、多分国に仕えてる人だろうし、会おうにも会えないだろうな。

 顔もよく分からなかったし。

 もっと早く手伝いを終えてれば、そもそも昨日サボらなければ…………

 後悔が頭を愉快に通り過ぎていく。憂鬱だ。とても。


「すーー」 


 考え方を変えるしかないか。あのレベルの魔法を見られただけでも幸運だ。

 今までの人生の中でも一番の魔法だった。そんな魔法を見られた自分は幸運だ。 


「ふう」 


 自己暗示をかけても、やはり憂鬱だ。帰ろうかな。

 いや、今のうちに練習をしないと、折角見られた貴重な魔法を忘れる。

 やっていくしかないか。俺は頭を振っていらない考えを捨てる。そして、練習場に入ることにした。

 あのドラゴンを自分の手で作り出すために。

 

 

 

「できなかった……」


 俺はベッドに入って目を閉じながら、今日の練習を振り返る。 

 パッと見だけならなんとかなった。だけど、本物と比べて見たら歴然の差があるだろう。

 炎の勢いは劣り、見た目も歪だ。持続もあまりできなかったし、威力という面でもかなり違うだろう。

 あの凄い魔法使いのドラゴンが完成形だとした、自分のは六割の完成度だろうか。

 

 普段と違い、夜になるまで、ずっと炎の魔法――ドラゴンを生み出す魔法を練習してたのに、成長した点が殆どなかった。

 仕舞いには気づかない内に倒れてたみたいだし。

 普段だったらそろそろマズイという感覚があるのに、今回はそれに気付けなかった。

 レオナ姉さんが迎えに来てくれなければ、今回は本当にまずかったかもしれない。また明日お礼を言わないとな。

 反省をしていたら、扉を叩く音が聞こえた。


「アンドリュー起きてる?」


 昼間に聞く声より、小さな声が聞こえた。

 目を閉じ、ベットで寝た状態のまま返事をする。


「起きてるよ」

 

 自分の声を聞いてか、扉が開く音が聞こえた。


「体は大丈夫?」

「ああ、熱もおさまったし、問題ないよ」

「今回は本当に危なかったのよ? 魔力が切れて、気絶してるし、その上熱も凄かったし……」

 

「俺は頑丈だから問題ないさ」

「そうね、頑丈で良かったわ。普通の人だったら、今も熱にうなされているか、下手したら死んでるところよ」


「レオナ姉さんの薬のおかげだよ。ありがとう。流石だ」

「おだてても駄目よ。もっと自分の体を大切にして! 不安よ。アンドリューが練習に行くと、とても不安なの」


 閉じていた目を少しだけ開く。

 レオナ姉さんが、手で顔を伏せているのがぼんやりと見えた。もしかしたら泣いてるのかもしれない。

 心配や苦労をかけてるのは理解している。

 それでも、ごめん、もう行かない。なんて嘘は言えなかった。これからも練習し続けて、夢を叶える。

 


「レオナ姉さん、今夜は一緒に寝てくれない?」

「……魔力の回復が目的?」

「お見通しか」


 それと罪悪感からだ。


「…………」


 レオナ姉さんは何も言わずベットに入ってくる。

 長い金色の髪が自分の顔をくすぐる。

 …………


「久しぶりね、一緒に寝るの」

「そうだね」


 俺は短く返事をし、目を閉じる。

 疲れてるせいか、眠気が強い。

 

 自分が夢と現実を彷徨(さまよ)ってると、左側から強い温もりを感じた。


「姉さん……?」

「こうした方が、回復するでしょ」


「…………」


 確かに近いほど効果があるな。自分もレオナ姉さんを抱きしめる。

 身長差があるせいだろうか。胸に顔を埋める形になってしまった。

 まあ、いいや。柔らかくて、気持ちいいし。

 

 俺は気にすることをやめて、欲求に従うことにした。

 

 明日こそは必ず――――


 

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