表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/42

番外編 『思い出のサンドイッチ』

 


「うーん、どうしよう」


 自宅兼店の厨房の中でエミリーは頭を悩ませていた。

 なぜなら、父親のドイン・アレスに買い出しに行ってくるから、昼はサンドイッチでも作って、適当に食べてくれと言われたからだ。

 彼女がサンドイッチを普通に作れるのなら問題はなかった。だが、親譲りの不器用さと十歳という幼さ故か、彼女が作るサンドイッチは不味い。理由は、作るのが遅いせいで、レタスなどの野菜の水分でパンはベチャベチャになってしまうからだ。その上味だけでなく、見た目も良くなかった。


「お店の人みたいに作れたならな~」


 土台無理な事だと、自覚はしつもも、彼女はそう呟いた。

 うーん、うーんと悩み続けてから十分程経った頃、彼女は何か閃いたのか、体をピクっとさせたあと、あっ、と零した。


「アンドリュー君なら作れないかな?」


 そうつぶやき、彼の部屋に向かい歩き出した。

 


 エミリーは少し駆け足気味に歩く。といっても歩幅が小さい為、成人男性が普通に歩くスピードよりもずっと遅い。

 彼女には二つの目的があった。第一の目的は、サンドイッチを作って貰うこと。第二の目的は、アンドリューと仲良くなること。その二つだ。

 一歩、また一歩と彼の部屋に進むたびに彼女の目的の優先度は変化していった。今彼女が一番果たしたい目的は……


「アンドリュー君と仲良くなりたいなー」

 

 アンドリューはこの家に来てからずっと、心を閉ざしている。エミリーやアレスにもだ。

 

 アレスが雨の中、彼を保護してから三ヶ月以上経つ。拾われてきた彼は名前以外何も覚えてなかった。

 出身地から家族まで、色々なことを尋ねたが、全ての質問に対し『わからない』と答えた。

 アレスは、友人であり、自警団の隊長を務めているロイドにお願いし、彼の身元を探してもらった。だが、何もわからなかった。

 

 行く宛のない彼を不憫に思い、アレスは自分の家で生活をさせていた。

 一般常識はあったためアレスとエミリーに大きな苦労はなかったが、アンドリューは今の自分の状況を不幸だと認識し、家の中に閉じこもっていた。

 もっと具体的に言えば、自分の部屋の中にだ。食事や呼ばれた時は来るが、自発的には一切自分の部屋から出ようとしなかった。

 これに対しアレスも心を痛めていたが、それ以上に心を痛めていたのはエミリーだった。彼の落ち込んだ姿を見る度に、なんとかしてあげたいと思っていた。

 彼女にとって、サンドイッチを作って欲しいとお願いするのは、彼に話しかけるいい切っ掛けだったのだ。


「アンドリュー君いるー?」


 扉を二回叩いたあと、エミリーは普段以上に明るい声を出しながら、彼に尋ねる。


「え、ああ、はい。いますよ」


 声を掛けられることを予想していなかったのか、アンドリューはしどろもどろな返事をした。


「入っていい? お願いしたいことがあるの」


「えっと……はい」


 自分にお願いされても、叶えられるとは思えない、とアンドリューは思ったが、とりあえず返事をした。


「おじゃましまーす。う~ん真っ白だね」


 真っ白というのは、部屋の色を指したわけでなく、その殺風景な部屋に対しての言葉だ。

 彼の部屋には、ベットや棚などの元々置いてあった家具を除いて、何もなかった。おおよそ、この部屋には彼という人間を感じさせるものが何一つなかった。

 まだ荷物があるぶん、冒険者が使ってる素泊まり用の部屋の方が人間味を感じさせるだろう。


「真っ白……? 茶色いと思いますけど……」


「部屋の壁の色じゃなくて、うーん何て言うんだろう」


 一人は困惑気味に、もう一人は頭を捻らせる。

 そんな状態が数分続いたあと、


「そんなことより、アンドリューはサンドイッチを作ったことある?」 


 彼女は伝えることを諦め、元の目的に戻った。


「サンドイッチですか? 食べたことはありますけど、作ったことがあるかどうかは……」


「あっ、そうだよね……じゃあさ、試しに作ってみない? 私も手伝うから」


「えええっ、サンドイッチをですか? 多分、上手く作れませんよ」


「大丈夫! きっと私より上手だよ! だからお願い」


 エミリーは手を合わせながら、アンドリューに頼む。

 彼は困ったような顔を浮かべながら、ボサボサの髪を軽く掻く。


「その、わかりました。自分がお役に立つなら」


「やったー! じゃあ早くいこ」


「ええっ、じ、自分で歩けますから!」


 エミリーはそう言うと、彼の手を掴み、厨房まで連れて行った。




「どの食材もたくさん量がありますね。これ全部使って大丈夫なんですか?」


「うん、パパがそう言ってたもん」


 二人共材料を見る。4斤の食パンが5つ、中に挟むトマト、チーズ、ハム、燻製肉、キュウリ、レタス、瓶に詰められたピクルス、それにラズベリーとブルーベリーのジャムがこれでもかという程どっさり厨房の机に積まれていた。

 グラム数でいうなら、どれも五百グラム以上はある。どう考えても二人で食べるには多すぎる量だ。何より戦後から三十年経ったとはいえ。トマトなどの生野菜は、今だに貴重品だ。

 だが、悲しいことに二人にその知識はなかった。量についてはアンドリューは疑問に思ったが、この家の娘が言うのだから問題ないだろうと思い込んでしまった。

 

「あれ? 普段はパンを切ってあるのに、なんで切ってないんだろう。仕方ないな、パパは。アンドリュー君パンを切ってくれる?」


「わかりました。包丁を持つのは少し不安ですけど、やってみます」


 意外にもアンドリューは上手く食パンをスライスしていく。

 手先が器用なのか、それとも過去の経験からくるものなのか。


「おお、うまいね! 耳も切ってみて」


「は、はい! わかりました」


「…………すごい! 私じゃこんなに上手く切れないよ! じゃあどんどんやろう~」


 アンドリューは褒められたことに気を良くして、切る作業にどんどんと熱が入る。

 食パンをスライスし、耳も切り落としたあと、次はトマト、キュウリと、次々野菜をサクサクと切っていく。

 包丁とまな板が生み出す小気味良い音に気分を良くした、エミリーは、鼻歌交じりに踊りだした。アンドリューもつられ、鼻歌をするが、すぐに恥ずかしくなり、やめてしまった。


「切り終わりました」


 アンドリューは見よう見まねで切っただけだが、どの材料も均一に、上手く切れていた。


「うんうん、完璧だよ。お父さんのより綺麗に切れてる」


「そんなことないと思いますけど……」


「そんなことあるよ~パパ、大雑把だから切るのも雑だもん」


「ははは……」


「アンドリューは昔、もしかしたら料理を作る人をやってたのかもね」


「そう、ですかね」


 エミリーが何気なく呟いた言葉が、アンドリューの胸の中に響く。

 彼は思った。そういった可能性もあるのかと、アレスさんのように幸せを提供してた人間かもしれないのかと。


「じゃあ具を挟もう。お腹すいちゃったよ。わたしねー、最初は燻製肉とトマトとチーズを挟んだのがいい!」


「えっと、自分が挟めばいいんですか? ……わかりました。やってみます」


 フォークとスプーンを使い、素早く、なおかつ配置に気をつけながら、パンの上に具材を上手に載せていく。

 そして、具材を載せ終わったあと、パンを載せ完成した。十秒もかからず、完成させる、見事な手際の良さだった。


「早い! それに、うわ~凄い綺麗だね。食べるのが勿体無いなー」


「その、食べないと意味がないので、食べて下さい」


「それもそうだね。いただきます!」

 

 美味しいと言って欲しい。喜んで欲しい。もしそう言ってくれたら、自分にとって初めて幸せを感じられるもしれない。

 そんな思いを無意識に持ちながら、アンドリューは、彼女が感想を言うのをじっと待った。


「おいしい! おいしいよ! 見た目も味も最高だよ! これがサンドイッチだよね」


 彼女は口いっぱいにサンドイッチを詰め込みながら、満面の笑顔を浮かべた。


「本当ですか……?」


 エミリーはごっくんという音のあとに、

 

「もう、嘘なんて言わないよ。本当に美味しい! もっと作って欲しいな」


「…………! わかりました、もっと作ります!」


「おおぉ、凄いスピード」


 彼女が驚くのも無理はない。目にも止まらないスピードでどんどんとサンドイッチを作っていく。

 基本的にはまともな組み合わせのサンドイッチばかりだ。

 だが、中にはブルーベリージャムと燻製肉が一緒に肩を並べてしまうサンドイッチもあった。

 

 全てを作り終え、彼は呟く。


「このサンドイッチどうしますか……?」


「どうするって食べるしかないよ。パパ、私達を太らせたいのかな」


 先程とは違いエミリーの声には元気がなかった。

 それも当然だろう。縦に並べたら天井に接触しかねないほどの、サンドイッチの量だからだ。

 二人は唖然としながらも、食べ始めた。


「アンドリュー君、これ甘じょっぱくて、まずい……」


「えっ、うわぁ、すみません……」 




「はあはあ……」


「これ以上は無理だよ~」


「そうですね」


 一時間程かけて、半分まで量を減らした。

 だが、まだまだゲテモノを含む沢山のサンドイッチが所狭しと置かれている。

 二人共サンドイッチから顔を逸らし、お互いの顔を見る。そして、良くやったと称え合う。

 

「あとはパパに食べてもらおう。なんなら、ガースおじさんやロイドおじさんにも、食べてもらえばいいよ」


「そうですね、これ以上自分達は食べられませんし」


 お腹が満たされて眠気がでてきたせいか、会話が途切れる。

 その沈黙により、エミリーは気付いた。普段よりたくさん喋れたことと、アンドリューが今だによそよそしい喋り方なことに。


「ねえねえ、アンドリュー君、その言い方やめない?」


「これ、ですか?」


「そうそう。だってその喋り方なんか寂しいもん」


「う、うーん……」


「私もこれからはアンドリューって呼び捨てにするから、お願い!」


「……うっ。わ、わかりました」


「じーーっ」


「わかった。……これでいい?」


「おっけーだよ! アンドリュー。これからもよろしくね!」


「? う、うん。よろしく、エミリー」




「二人共なんだこのサンドイッチの量は。というか、今日店で使う材料がなくなってる……?」


「どう、凄いでしょ。アンドリューが作ったんだよ」


「確かに上手く作れてるが……」


 そう言いアレスは一つサンドイッチを手に取る。


「うっ……なんだこの甘じょっぱいのは」


「「あっ」」


 そのサンドイッチに心当たりがあった、アンドリューとエミリーは顔を見合わせて苦笑いをした。



この番外編をもって、中央編完結となります。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

勘の言い人はお気づきかもしれませんが、次はあの国でのお話です。


次回の更新日は4/17となります。引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ