俺はもう一度エミリー達と会うために、オレを殺す。
アンゼ、ジイさんとバアさんを頼む。
「はぁ……死ぬのか、おれ」
おれは武器を選び取らなかった。
銃や剣、武器ならなんでも三つ提供してくれるみたいだが、必要ないだろう。
なにせ戦うつもりなんてないからな。
修理屋のおれが殺し合いなんてまっぴらごめんだ。
死にたくはない。だから、正直迷った。
けど、仮に素人が戦っても生き残れはしないだろうし。
それなら、潔く死にたい。この手を血で汚さずに終わりたい。
「死にたくねえな」
大木を挟んだ後ろには中央国の俺がいるだろう。
出方を伺ってるのか、まだ顔を出さない。
いつ死ぬかもわからねえし、今の内に謝っておくか。
おれは床に座り込みながら、三人の顔を思い浮かべた。
「ジイさん……」
店を継げそうにはない、すまねえ。
機械のイロハを教えこんで、やっとこさ半人前になったとこでこれだからな。
報わねえよな、すまん。
いや、けど、まてよ?
そもそもジジイが育成プログラムになんて申し込まなきゃ、
こんな展開にならなかったんじゃねえか? きっとそうだ。よってジジイには謝らん!
ついでに、アメイジング・ボスはやっぱクソだと思うわ。王様も好きみたいだしよ。
「ハンバーグ食いてえな」
バアさんが作ってくれたハンバーグは世界で一番美味かった。
あの肉汁溢れるハンバーグを食べて逝けるなら、後悔なんてないんだけどな。
あっ、そうだバアさんに謝ろう。ジジイの介護を一人でさせてすまねえ。
一応アンゼもいるが、どこまで役に立つか……
バアさんも体に気をつけてな、特に腰。
天国って場所があるなら、恩返しさせてもらうよ。機械がいけるか知らねえけどさ。
「…………」
うっ……ダメだ、アンゼを思い出すと口の中の感触が蘇ってくる。
落ち着け、おれ。冷静になるんだ、おれ。
それにしても、まさかおれがアンゼと同じ存在だなんてな。
というかアンゼは気付かなかったのか? おれがアンドロイドだってことに。
まあ、気付いてないんだろうな。国の技術力を舐めてたわ、ここまで凄いなんて。
「はぁ」
本当に国の育成プログラムを受けられれば、最高だったのにな。
最先端の機械を好きなだけ弄り回せる、修理屋としてこれ以上の喜びはない。
「残念だけどよ」
悔やんでも仕方ねえか、そういう運命だったんだろう。
アンゼ、悪いな。約束は守れない。
だけど、きっと、おれと同じ存在がお前に会いに行くはずだ。
そしたらそいつがマスターだ。登録を消す必要はねえ。
……アイスとかは、その俺に買ってもらえ。誰が買っても味は同じだから。
「悪くねえ人生だった、ありがとう」
瞼の裏には三人の顔がじんわりと浮かんできた。
この感謝も謝罪も三人には伝わらない。
ありがとう、ごめん、大好きだった。
伝わらない。何度繰り返しても伝わらない。
ありがとう、ごめん、大好きだった。
同じ言葉の繰り返しの中で、感覚がぼやけた頃、
目の前に何かがいることに気付いた。
……俺しかいないだろう。
「中央国の俺、待たせたな」
目を開く。
そこには今じゃ一般的なスイングアウトタイプのリボルバーを構える俺がいた。
◇
「どうした? 殺せよ。まあ、殺しにくいとは思うけどさ」
今まで何かに願うよう呟いていた作業服さんが、目を開け、静かに言った。
やっぱり戦う気はないんですね……
「簡単に殺せると思いますか……?」
「あの筋肉モリモリが相手なら、今頃もう殺してるだろうよ」
「それは、そうかもしれませんけど」
筋肉さんは容赦しないだろう。
優しい人だけど、みんなの前で宣言までしたんだ。
生きるために、殺しを躊躇わないと思う。
だけど俺はあの人ほど振り切れていない。
「おい、せっかく構えたのになんで下ろしちゃうんだよ」
「ごめんなさい」
仲良くなれる人を殺すなんてできない。
覚悟は決めたはずなのに。
作業服さんの顔を見た瞬間、引き金を引けなくなった。
もし彼を殺したら、もう戻れない。自分の信じてきた何かが崩れてしまう。
おばさん先生の前にだって顔を出せない。怖い、恐い、こわい。
今までのように悪い人じゃない、善い人を殺すんだ。
その意味をわかっているのか。
「せっかく、覚悟を決めたってのに。
わーったよ、少し話そうぜ。時間は無制限なんだし」
「…………」
俺は何も言わずに、床へ座った。
残酷なことをしているのは分かっている。けど、自分の心には逆らえなかった。
「そこまで青ざめる……ことか。おれも人を殺せねえから、こんなことしてるわけだし」
「殺したことは、あります」
「なんだあるのか。まともそうな顔をして中々やるな。なら、サクッと殺せそうじゃないか」
「危害を加えてきた人だけですから……無抵抗の人は」
首を振る。
「なるほどね。おれにはわからねえけど、違いがあるってことか」
「そう、ですね」
危害を加えてきた人にもできる限り殺さないようにしてきた。
殺すこと自体、自分にとって重いことだ。
けれどそれ以上に善い人を殺すのは、比べ物にならない重さだ。
自分の何かを変えてしまうほどに。
「そっか。……とりあえずこの話は辞めようぜ。
なに話したらいいかな、おれ同年代のやつと話すなんて初めてで」
意外だ。凄く話慣れている感じなのに。
そういえば、俺も同年代の子とあまり話したことがない。年下ばっかだ。
「うーん、うーん」
「あの、もしよければ、仕事の話を聞いてもいいですか?」
「仕事の話? 機械の話ってことか?」
「ええ、よければ」
「そんな面白いもんじゃねえぞ? それでもいいなら……」
作業服さんはぎこちなく、だけど、とても楽しそうに話をしてくれた、
初めて時計を直せた時の喜び、テレビを爆発させた時の驚き、
変わったお客さんの話、どの話も興味が付きないものばかりだった。
そしてわかったことがある。
作業服さんの三年間はお爺さん達との思い出に溢れていることに。
「いや、本当にアンゼを見た時は女の子にしか見えなくてさ」
「ここまで言われると気になっちゃうな~
でも考えてみれば、自分達も人間にしか見えませもんね」
「確かにな。そういや……今ので思い出した」
作業服さんは髪を撫でたあと、
「ジイさんがさ、初見でアンゼのことをロボットだって見抜いたんだよ」
「それはまた凄いですね。どうやって見抜いたんでしょう」
「そうなんだよ、それが気になっててさ。
他の人はアンゼをロボットだなんて思いもしなかっただろうし」
作業服さんが考え込むようにして頭を捻っていた。
数分、うーんうーんと唸ったあと、
「そういや、デジャヴだがなんだが言ってたけど、もしかしておれが……」
後半は声が小さくてよく聞こえなかった。
何か気づいたんだろうか。見分け方かぁ、気になるな。
二人して頭を捻っていると、
テレビからピンポンパンポーンという音が聞こえてきた。
「なんだ?」
俺と作業服さんは揃ってテレビの方に視線を向ける。
テレビには赤い文字で何かが書かれている。
‘五分以内戦闘の意思を示さない限り、両者失格とみなす’
失格ってつまり――死を意味するんだろう。
「まあ、こうなるわな」
作業服さんが苦笑いをしながら言った。
「時間は無制限だって……!」
わかっていた。
殺し合わないなら手を打ってくるだろうと。
「ほら、嫌だろうとは思うけど頼むよ」
そう言い、作業服さんは座りながら、木にもたれ掛かった。
「どうして! どうして……!」
受け入れられるんですか! 死ぬんですよ!
もうお爺さん達にも会えないんですよ……
「そんな顔するなよ、お前が死ぬわけじゃないんだからさ。
なんだったらジャンケンして、生死を決めるか?」
「……! そうしましょう! 名案です」
それなら平等だ。
作業服さんだって生き残れる確率がある。
善い人を殺さずに済む。
「バカ、冗談に決まってるだろう。
本当にジャンケンで決めちまっていいのかよ」
俺の頭を叩きながら、しっかりと目を見つめてきた。
「ジャンケンの何がいけないんです!
いいじゃないですか、生き残れるかもしれないんですよ」
「おれが生き残ったとしても、次で間違いなく殺されんだろ。
それだったら、戦いの経験があるお前が次に進むべきだ」
「それは、そうですけど……」
「話を戻すぞ。
アンドリュー、お前にも帰りたい場所があるんだろう?
なら迷うな。帰れるチャンスがあるんだ、勇気を出せ!
アレスとエミリーの元に帰りたいんだろ」
「はい」
そう、帰りたいんだ。
二人の元に帰って、恩返しをしたい。
一緒に幸せになりたい。
「だろ? なら、銃を持って……」
作業服さんは座ったまま、俺の右手を手繰り寄せて、銃を構えさせた。
「よし、これでいいな。あとは引き金を引くだけだ」
何も良くない。何も良くないのに、否定できない。
エミリー達の元に帰りたいと思う気持ちが、どんどんと強くなっていくから。
「作業服さん……」
「なんじゃそのヘンテコな名前? まぁいいけどさ」
つい心の中で呼んでいた名前を言ってしまった。
けど、作業服さんは最初の時と変わらない笑みを浮かべながら、許してくれた。
「悪かったな、辛いことさせてさ。
お前はきっと良い奴だしこんなの嫌に決まってるよな、ごめん。
さっきは勇気を出せ! なんて言ったけど、勇気がないのはおれだ。
戦うこともせず、自分で死ぬこともできない、弱い奴だよ。
本当にごめん」
「そんなことッ、ありませんよ」
俺は左手で顔を隠しながら、必死に声に出した。
弱くなんてない。優しい人だから、こんなことに。
「ばっ、泣くことじゃねえだろ。手のかかるやつだな。
おれに弟がいたら、こんな感じだったのかなぁ」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいさ、けど代わりにこれを受け取ってくれ」
そう言った後、俺の足元に何かが当たる。
滲む目を開け、下を見る。
そこには四角い紙のような物が落ちていた。
「なん、ですか?」
「約束を守ってもらうための物さ。
ほら、時間がない。急いでくれ」
‘残り三分を切りました’という声が聞こえてきた。
もう、時間がないのか。
「最後にこれだけは言っておく。
アンドリュー、お前はこれっぽっちも悪くない。
だからこれから起こることで、自分を責めるな。
お前は間違っちゃいない。自分を信じてやれ。
そして、生き残れ! お前は良い奴だよ」
頼む、と言い彼は目をそっと閉じた。
‘二分を切りました’という音が聞こえた。
広い場所なのに、その音しか聞こえなくて、それがとても可笑しく感じた。
「…………」
作業服さんをしっかりと見る。
俺は、これからこの人を……
胸に込み上げてくる何かを抑える。
「……」
狙いは眉間だ。
俺は標準を定めようとして、ブレる。
一度狙いが定まっても、ダメだ。
左手を添えることにした。
震えは止まらない。けれど、さっきよりもマシになった。
「…………ッ!」
‘一分を切りました’という声が終わる前に、
俺は引き金を引いた。
‘勝者:アンドリュー・C・ロイド’
カウントダウンと同じ声で、そうテレビは言った。
作業服さんを見る。死んでいた。
「ああああああああああああああああああ」
当然だ。俺が殺したのだから。
眉間から血が流れていく。赤い、赤い血だ。
だれかに指示されるまま、俺は大木に括りつけられた椅子に座っている。
意識がぼんやりとしていく中で、右手の感触だけははっきりと残っている。
何を持ってるんだけ、右手を顔の前まで上げる。
四角い紙だ。
なんだろう? 誰から貰ったんだっけ。
眺めていると、ただの紙じゃないことに気付いた。
写真だ。
ガタンと椅子が揺れる。
何の写真だろう、落とさないようにしっかりと掴みながら、
見る。
そこには、お爺さんとお婆さんに少女、そして●●が写っていた――――
「ああああああああああああ、ッ」
奥歯を噛み締めて、意識を必死につなぎ止める。
ダメだ、逃げちゃいけないんだ。
写っているのはお爺さんとお婆さんにアンゼさん、そしておれ――作業服さんだ。
椅子が下に落ちていく、どこへ行くんだろう。
だけど、どこへ行こうが関係ない。
俺はエミリー達の元に帰る。それだけだ。
写真を胸のポケットに入れる。
そしてそのまま、目を閉じ、揺れる椅子に身をゆだねた――
感謝(`・ω・´)ゞ




