願い繋ぐ時、戦いは始まる。
後編になります。
「頼む。
この中で生き残った奴にお願いしたい。
おれが死んだら、おれに成りすまして、
ジイさんとバアさん、それにアンゼに一度会いに行ってほしい!
それで、修行にでも行くって言って立ち去ってくれ。
なんなら、そこで生活してくれても構わない。ってこれは無茶を言い過ぎか」
最後は苦笑いをしながら言った。
「死んだらって――――」
何を言ってるんですか、と言いたかった。
だけど、言えなかった。作業服さんの顔は真剣そのものだった。
この人はもう死んだ後の事を考えている。
脱出できないと、生き残れないと、そう考えている。
「くっ……」
否定したい。みんなで脱出できると言いたい。
けど、そんなことを言える道理がない。
俺は何一つ脱出の提案ができない、役立たずだ。
そんな人間が一体何を言えるんだよ! くそっ……
「……わかりました」
俺は手で顔を隠しながら言葉を吐き出した。
作業服さんと同様に 俺が生き残れる可能性はかなり低いだろう。
だけど、それでも、彼の真剣な言葉を聞いたら、受け入れなきゃと思った。
願いを叶えなきゃいけないと思った。
「万が一という事もある。俺も頼もう」
少しの間を置いて、魔法使いさんが口を開いた。
この人もなのか。
「俺が死んだら、モリルタウンに住むレオナ・コパーフィールドに伝言を頼む。
“極みに到達した。俺と兄さんは心からレオナ姉さんを愛しています。帰れなくてごめん”
顔を見せる必要はない、ポストに手紙でも投函しておいてくれ。
あと武術国の、レオナ姉さんは美人だがくれぐれも手を出すなよ。
もし手を出したら、地獄の底からでも殺しに来てやる」
「チッ、わーったよ。そもそもやるとは限らねえけどな」
つうかなんで俺だけ名指しなんだよ、と愚痴いていた。
仕方がないと思う。筋肉さんがこの中で一番生き残る確率が高いのだから。
「あの、じゃあ俺も頼みます」
顔を上げて、みんなの顔を見る。
作業服さん、魔法使いさんだけでなく、筋肉さんも真面目な表情をしていた。
この人も何か思うところがあるのだろうか。
けど、安心した。これならきっと願いを叶えてくれるだろう。
「中央国のウエストタウンに住む、アレスさんとエミリーにお願いします。
あっ、二人共家族で飲食店を営んでます。
えっと、なんて言うかな」
「焦らなくていいさ、ゆっくりで構わねえから」
俺が答えあぐねていると、作業服さんが声を掛けてくれた。
そうだな、一度落ち着こう。
息を吸い目を閉じる。
アレスさん、エミリーどうか幸せになってほしい。心から思う。
よしっ! 言いたいことは決まった。
息を吐いた後、
「“家族を見つけることが出来ました。幸せに生活しています。
会いに行くことが出来ずに、すみません。
けれど、二人の幸せを心から願っています。今までありがとうございました”
これでお願いします。もし、可能なら顔を見せに行ってくれると嬉しいです!
……筋肉さんは無理をしなくていいので」
最後は冗談っぽく言った。
筋肉さんには悪いけど、重い空気にしたくはなかった。
「さっきからどいつもこいつも……まぁ、俺がお前らだって言っても間違いなくバレるだろうしな」
「……その時は極みに達した状態とでも言えばいい」
「ふっ、魔法使いの極みが筋肉モリモリっていうのもおかしいけどな」
「ふふふ、ですね」
魔法使いさんの冗談についみんな笑ってしまった。
不思議だ、何故か心を打ち明けたら気分が軽くなった。
魔法使いさんも同じ気持ちなのかもしれない。
だって冗談を言わないような人が、冗談を言ったし……ってこれは失礼か。
俺は流れで筋肉さんにも尋ねた。
「何か伝えたいことはありますか?」
この人が死ぬ確率はかなり低いだろう。
それでも、もしかしたらという可能性はある。
「俺が死ぬとでも?
でも、そうだな、仮に俺様が死んだとしたら、
俺の代わりにこんな事を仕組んだ馬鹿どもを叩きのめせ。
これはお願いじゃなく、命令だ」
「いや~俺も簡単には許せませんしね! 了解です!」
「言われずともな。……一人は自信がないが」「その展開はありえねえけど、そうなったら任せとけ」
俺達は頷きあった。
例え何があってもその願いは叶えようと。
「あっ、そうだ! 指切りをしませんか? 必ず願いを叶えられるように」
「願いって、遺言のことか?」
「ええ、そうです。自分が死んでも、叶ってほしいことなので」
俺は三人の前で小指を出す。
エミリー達と約束した時のように。
「おかしい気もするけど、まっ、それで願いが叶うならいいか」
作業服さんが苦笑いをしながらも、小指を合わせてくれた。
「…………」
魔法使いさんは何も言わずに小指を合わせてきた。
「おいおい、マジかよ。男同士で指を絡めるなんて勘弁だぞ」
「まあまあ! お願いしますよ~皆でやってこそですから」
「ったく、絵本で見たことをまさか男同士でやるはめになるとはな」
溜息を吐きながらも、太い小指を合わせてくれた。
筋肉さん、結構優しいと思う。口には出さないけど。
「じゃあ、自分の後に続いてくださいね!」
小指に力を入れる。
それに反応して三人も力を入れた。
四本の指はギュッと硬い物になった。
「指きりげんまん。嘘ついたら針千本のーます」
続いて三人の声が聞こえてくる。
ふふっ、魔法使いさんと筋肉さんの声が面白い。
ちょっと恥ずかしいんだろうなぁ。
「指切った!」
自分の声と同時に指が離れていく。
エミリー、アレスさん、約束は守れないかもしれません。
でも、きっと、仕方がないことなんです。許して下さい。
「……ここまでやったんだ。俺はお前らを容赦なく殺す」
筋肉さんは皆を睨みながら、低い声で言った。
怖い。けど、優しい人なんだと思う。わざわざこんなことを言うのだから。
「百も承知さ。だけど、願いを叶えてくれなきゃ、あの世から針飲ませに来るからな」
「ええ! 俺も容赦しませんから。魔法使いさんは地獄から一万回殴りに来ますか?」
「……それは、やめて」
俺のからかいに、魔法使いさんは頬を掻いていた。
最初の時より親しみやすくなった気がする。こっちが素なのかな。
魔法使いさんについて考えていると、
「俺様が凄んでもそんな反応をするとは、流石俺ってとこか」
感心するように筋肉さんが言った。
それに対して、俺達は、
「おれは、お前と一緒だとは今だに思えないけどな」
「確かに。体の構造が違いますもん」「同意だ」
揃って同じ反応をした。
やっぱり皆もそう思うよね。
俺達の言葉に筋肉さんは、にやっとした。
「実は俺もだ。今だに信じられねえ」
そう言ったあと、筋肉さんは手を叩きながら大声で笑った。
何が面白かったのかわからない。
けど、俺も、魔法使いさんも、作業服さんもつられて笑ってしまった。
俺達は近い未来、殺し合う。避けられない運命だ。
でも憎しみあいたくはなかった。自分を憎むなんて嫌だから。
きっと、みんなそうだ。だから俺達は笑い合う、それでいいんだと。
「いやいや、盛り上がってくれてよかった。時間を割いた価値があったよ。
でもごめんね。もう時間なんだ、息子達よ」
俺達の繋がりを引き裂くように、機械国の王様の声が聞こえてきた。
「後悔はなくせた? そうだと信じてるよ。
じゃあじゃあ、さっくりと殺し合ってもらおうか」
「で、どうやって殺し合うんだ? クソ野郎。どうせルールがあんだろう」
筋肉さんはテレビを睨みつけながら言った。
「まっまっ、僕達は人だからね。ルールは設けますよ。
でも、その前に対戦相手を発表するね。もう抽選で決めておいたから」
その言葉を聞いて、つい三人の顔を見てしまう。
上を見る者、前を見る者、瞳を閉じる者、何を想っているんだろう。
「二回戦の人は、椅子に座ってね。場所を移してもらうから。
じゃあ、一回戦はーーーーごほん」
咳払いと共に明かりが殆ど消えた。
残っている光は二つだけだ。
その二つは空中を動き彷徨ったあと、二人を照らした。
「お前か――――」
「――――作業服さん」




