全てお酒が悪い!
「もう十一時か……起きなきゃな」
何度朝を迎えても起きるのが辛い……昨日は早く寝たのに。
ここまで辛いと体質な気がするぞ。遺伝だとしたら、父親や母親も朝が弱いのかもしれん。
「ふう……」
店を開けるのは十二時だから、一時間前には準備を始めなくちゃいけない。
つまりもう起きる必要があるんだけど、頭や体が重い。
それに店で働くの久々だからちょっと緊張するな。でも頑張らなくちゃ。
俺はなんとか体を起こし、着替えを始めた――
「うっし! 着替え完了。あとはエプロンを貸してもらえばいいな」
部屋を出て、1階にある店に行くため階段を下りる。
仕事場と家が合体してて便利だよなー。まっ冒険者も似たようなもんだけどな!
護衛の仕事しかしてないからだけど。
俺は勢い良く扉を開ける。アレスさんに怒られそうだけど、初日は元気よくいきたい。
「おはようございます! アンドリュー復帰しました! ってあれ? 誰もいない」
店の中はしーんとしていた。音といえば、外から聞こえてくる人の声と馬の鳴き声ぐらいだ。
厨房の方も覗いてみるが、誰もいない。
おっかしいな…………時間、間違えたか? 壁に設置されてる時計を見る。もう十一時一五分だ。
昔と変わらないなら、アレスさんはもういる時間だ。営業時間が変わったのかもしれないな。
確認しとけばよかったかぁ、もうなんか拍子抜け! だけど緊張も薄れたし良しとしよう。
とりあえずアレスさんの部屋に行きますか。
「失礼します。アレスさーん、起きて下さい」
「…………ん? アンドリューか。今日は休みなんだ。もう少し眠らせてくれ」
「えっ、今日お店休みなんですか?」
「ああ、今日はお前の……って聞いてないのか?」
「全然」
俺は手を横に振る。
背を向けながらアレスさんが呆れたように、
「はあ……エミリーに伝言を頼んだんだがな。今日は俺の疲労回復の為に休みだ。
……ついでにお前のお祝いをする為にな」
「お祝い、ですか? 祝ってもらうようなことなんて」
何か凄いことをしただろうか。うーんドラゴンを倒したりはしてないしな。
「冒険者っていう危険な仕事をしてるんだ。無事に生活できてるだけでも大したもんだよ。
……久々に顔が見れてよかった」
「アレスさん……」
アレスさんの言葉にこもった感情が胸を締め付ける。
こんなことを言われたら涙が出るに決まってるじゃないか……
俺はアレスさんがこっちを見てないことに感謝した。今の顔は見せられないもん。
「そういうわけだ。今日の夜は空けておけ。俺の手料理を盛大に振舞ってやる。
ロイドやガース達も呼んであるしな」
「ありがとうございます……! ロイドさん達と会うのも久々だな~楽しみですよ」
「そういうことだ。じゃあ俺はもう少し寝るから」
「はい。お休みなさい!!」
「……うるさいぞ」
つい喜びとかそういった感情が溢れしまって、声の勢いが強くなりすぎたみたいだ。
すみませーん、と心の中で謝りながら、部屋の扉を閉める。
はあ……なんか本当、幸せだな、俺は。
それにしてもエミリーめ、何か伝えようとしてたのはこれか…………
頑張って早起きしたのに、エミリーのおバカ!! と言いたいところだけど、今回は許そう。
起きる辛さ以上に嬉しさが上回ってるしな。
夜までどうするか。そういや今日エミリーが学校に行くんだよな。先生に会いたいしついて行くか。
エミリーはどこにいるかな。リビングにはいなかったし、部屋かな?
「エミリー入るぞ」
「アンドリュー? もう女の子の部屋に勝手に入っちゃいけないんだよ」
ベットの上でジタバタしながら、彼女はそう言う。
「むむっそれは失礼」
前は勝手に入っても気にしなかったのに。これが俗に言うお年頃ってやつなのか。
なんか部屋も更に可愛らしい感じになった気がする。
「エミリー。今日はお店休みなんだってな」
「あっごめん! 伝えるの忘れてたよ」
「まっいいんだけどさ。学校行くんだろ?」
「うん! 宿題もなんとか終わったしね~。お店が休みなんだし、アンドリューも一緒にいこ!」
「ああ、一緒に行かせてもらうよ。もし危ない奴が出てきたら俺が守るからさ」
「頼りにしてるね。でも、それより今は久々にアンドリューが作ってくれたご飯食べたいな」
「俺もお腹が空いたし、朝飯兼昼飯を作りますか。学校の時間は変わってない?」
「変わってないよ~昔のアレでよろしくね」
「ええ、アレって料理って程じゃない気がするんだけど……エミリーが食べたいならいいか」
エミリーと中に入れる具について話しながら俺達は厨房へ向かった。
「うーお腹いっぱいで歩くの面倒。アンドリューおんぶ」
「俺もお腹いっぱいだからダメ」
「ケチ」
続けて、エミリーはいくら見た目が綺麗でも、量を作りすぎだよと文句を言ってきた。
確かにな。サンドイッチとはいえ量を作りすぎた。体が重い。と心の中で同意しておく。
それに、午後の二時ってのもあって、熱い。半袖に着替えといて良かった。
でも普段、半袖は着ないからなんか落ち着かないな。
それにしても…………
「変わってないなー」
歩きながら、周りを見回す。
砂の大地、所々に生える緑の木、馴染みのお店、どこまでも透き通った空。
変わってないことがとても嬉しい。
あっ木とか花は増えた気がする。復興が進んでるってことなのかな。
戦争が起こる前は緑溢れた街だったって言ってたし。それにしても、戦争が終わって三十年も経つのにまだ元には戻らないのか。
経験してないけど戦争ってのは嫌だねー。
「どうしたのアンドリュー? キョロキョロして」
「この街は変わらないなってさ」
「そうだね~アイスクリーム屋さんとか近所にできたらいいのに」
「エミリーアイス好きだもんな。いつ出来てもおかしくないと思うけどな」
甘味処はそれなりにあるけど、アイスクリーム屋って中々ない。
冷蔵・冷凍技術は機械の国からの輸入頼りだから、設備とかにお金がかかるんだろうか。
「そうだ! アンドリューは魔法が使えるんだから、アイスクリーム屋開いたら?」
「ははは、アイスを作れる魔法があったら俺も嬉しいんだけどな。残念ながらないと思うぞ」
「えー、魔法があればアイスの一つや二つ簡単に作れるってお客さんが言ってたよ」
「俺もそんなに詳しくないけど、流石にそんな魔法はないだろ~」
「残念……もし見つけたら教えてねっ!」
「ああ。もしアイスを作る魔法があれば、覚えてエミリーにご馳走するよ」
「やった! 楽しみだな~」
エミリーには悪いけど、仮にそんな魔法が存在しても俺には多分使えないだろうな。
アイスといえば冷たいもの。冷たいものといえば水。水の属性に適性がない俺にはおそらく使えない。
まっその時はアイスの魔法が使える人を連れてくればいいな!
二人には少しでも喜んでもらいたい。アレスさんもああ見えて、アイス好きだったし。
んー実在して欲しいな、アイスの魔法。
「そうだ。アンドリュー、昨日の約束覚えてる?」
「昨日の?……ああ別の魔法を見せるって話か」
「そうそう、早速見せて欲しいな~」
「見てろよ! って言いたいんだけど、この場所というか時間だとあんまり効果が……おっ学校に着いたな」
「もう! ちゃんと今度見せてよね」
「もちろん。期待しながら待っててくれ」
そう呟きながら、学校であるレンガ造りの小さな家に俺達は入っていった。
「こんにちは~ディアス先生」
「こんにちは、エミリー。宿題はやってきましたか?」
「もちろん! 正解してるかどうかはわからいけど」
「やってきたのなら間違っていても構いませんよ。
……あら、今日は大きな友達も一緒みたいですね? ふふっ」
「お久しぶりです。おばさん先生。大きな友達は勘弁してください」
確かに教室にいる二十人程の生徒達は、エミリーと同じくらいかそれより下の年齢だ。昔はここに混じって勉強してたんだよな。確かに大きな友達かも。
おお、皆大きくなったなぁ。自分と同じ身長ぐらいのやつが何人かいる。気にしてなんていない……!
「全く、おばさん先生はダメって言ったでしょう? アンドリューも元気そうで良かったわ」
「はは、先生もお変わりなくて安心しました。でも少し太りましたか?」
俺は先生のお腹の部分を見て、笑いながら冗談っぽく言った。
「生意気言う口はこれかしら」
おばさん先生、もといディアス先生は俺のほっぺを引っ張ってくる。
イタッ! 結構本気で引っ張ってきたな。気にしてたりするんだろうか。
俺は少し太ってた方が先生らしい感じがするんだけどな。
「すみません! 自分が悪かったんでやめてください…………
ふう、いやぁ先生は相変わらず美しい! 眼鏡も頭の良さを感じさせていいですねー」
「まったく、変わらないようで安心しました。積もる話もありますが、授業を始めましょう
……と言いたいところですが無理そうですね」
「えっ? なんで――」
ですか、と言おうとしたところで
「アンドリュー元気か!?」
自分の腹に、見事なタックルを決めてくる子がいた。
「ぐほぉっ。ベイルか久しぶりだな……元気だけどお前のせいで元気じゃなくなりそうだよ」
鳩尾に決められて、よろめいている中、ベイルの動きに続くように、教室の皆がこっちに向かってドタドタと迫ってくる。元気溢れてていいとは思うんだけどさ……
なんで走ってくるんだよ。まさか皆してタックルしてくるわけじゃないよな?
「「「「「「「「アンドリュー!!」」」」」」」」
「ぐえっ」
俺はカエルが潰れたような声を出しながら、なんとか耐える
へへっ、俺が冒険者として成長したように皆も成長したんだな……
「ってやめろーー! 痛い! 痛いよ! タックルはなしだろ」
俺は自分の体にタックルしてきた沢山の子供達に文句を言う。
こういう場面では普通抱きつくいてくるって本で読んだんだけど、ウエストタウンではタックルが普通なのか?
「ロイロイ、大丈夫?」
「ミドリか、なんとかな……君までタックルしてこなくてよかったよ」
中央国では珍しい、艶やかな漆黒の黒髪に、じとっとした感じの黒い目を持つ彼女は、見た目と同じく性格も大人しい。
こんな子にまでされたら、そういう風習だと思わざるをえない。
「あんな事普通はしない……と思う。海洋の国ではしてなかった」
「そっか、ミドリは引っ越して来たんだもんな。
ディアス先生、ウエストタウンでは久々に会う人にはタックルする風習とかありますか?」
「そんなものはありませんよ。抱き着こうとしてたのが、勢い余ってああいう形になってしまってだけでしょう」
先生は笑いをこぼしながら、朗らかな笑顔を浮かべていた。
「熱烈な歓迎に涙が出てきそうですよ……」
ひとしき笑ったあと、先生は、
「皆さん、アンドリューが困ってますから離れてあげなさい」
そういうと、皆、素直にはーいと席に戻っていった。
先生は決して人を従わせようとする人間じゃないけど、みんな自然と従ってしまう。
こういうのが人徳なのかもしれない。俺も先生みたいな人間になりたいなー。
「今日はいつも通りの授業……ではなく、折角ですし、アンドリューが今までどうしてたのかを話してもらいましょう。
その後は自由時間にしたいと思います」
やったー! とクラス中から声が聞こえる。どうすんだこれ。俺はやったーじゃないよ。
皆の前で話すなんてちょっと恥ずかしいぞ。
「先生、話すことなんてありませんよ」
「あらあら、そんなことはないでしょう? 皆さん楽しみにしてますよ」
皆のキラキラとした目が自分に向けられる。こんな大勢の中で話すのか……?
「アンドリュー! 冒険での武勇伝聞かせてくれるんだよね!?」
一際輝いた目と表情をしている、ベイルは楽しそうにそんなことを言う。
タックルボーイ、俺にそんな期待をするな。でも、お前冒険の話とか好きだもんな。
よしっ! いっちょ話してみるか。
俺は先生の方を少し見たあと、教壇の前に立つ。
「あーっと、まずは皆久しぶり! 大体一年半振りくらいか。元気にしてた?」
ベイルを筆頭に教室のあらゆるところから『元気ー!』という声が聞こえてきた。
ミドリなど、大人しく声を出していない子も首を縦に振り答えてくれた。
「それはよかった。皆もこの一年半色々あったと思うけど、俺も色々あった。皆と別れる前に話してた、冒険者の仕事とかでね」
俺は一度息を整えて、
「冒険者っていっても、お宝を探すわけでもなく、幻の魔獣を倒すわけでもなく、ほぼ護衛の仕事だけをしてたんだ。
あと薬草の採取とかもしてたかな」
「えーっ! なんでそんな地味なことをしてたの。ドラゴンとかを倒したのは?」
「いやー、ベイル。やっぱりドラゴンは中央国にはいなさそうなんだ。
で、護衛の仕事をしてた理由は二つあるんだけど……」
「まず第一に自分の過去を探すのに都合が良かったんだ。皆も知ってると思うけど、俺には昔の記憶がない。
だからその記憶を探しにウエストタウンを出たんだけど、お金も稼がなきゃいけない。
お金も稼げて、他の街に行ける仕事となると、護衛の仕事が一番良かったんだ」
ベイルは少しがっかりしたような顔で、他の皆は真剣な顔で話を聞いてくれていた。
「で、もう一つ理由があるんだけど、ベイルはなんだと思う?」
「なんでもいいよー」
「ベイルなら理解してくれると思うんだけどな。
もう一つの理由ってのは、依頼者の大切な物や命を守るっていうのは凄くいい事だと思ったからだ」
先生を見ると、微笑んでくれていた。俺は間違っていなかったんだろうか。
「ディアス先生がいつも言ってると思うけど、困ってる人を助けたりして、いいことを沢山すると、それが回り回って自分や家族に帰ってくるって」
エミリーの方を見ながら、
「俺には家族がいるかどうかさえわからない。でも家族と同じくらい大切に思ってる人がいる。
その人達が幸せになってくれれば、とても幸せな事なんだと思うんだ」
「アンドリュー……」
「それに無事に依頼を達成した時に言ってくれる感謝の言葉が、嬉しかったりするんだよね。
これは長い間依頼者と一緒に生活する、護衛って仕事じゃないとわからないかもな」
うわ、めっちゃシーンとしてる。最初から真面目な話で行き過ぎたか。
「おおおおお、つまりアンドリューは守護者ってことでしょ! カッケェ~」
「ガ、ガーディアンか。ちょっと違う気がするけど、大体合ってるかな」
守護者と護衛の違いってなんだろう、と考えていたら
他の子も矢継ぎ早に質問をしてくる
「一回の仕事でどれくらい一緒に生活するの!?」
「短くて1日で、長いと3ヶ月かな」
「女の人とも生活した?」
「生活っていうか……依頼を受けたことは何度かあるよ」
ほっ、つまらない話しちゃったと思ったけど、皆真剣に聞いてただけみたいだ。
教室も温まってきたし、ここは一つ恐怖……面白体験でも話すか。
「いや~護衛中に武術の国出身の盗賊と戦ったことがあるんだけどさ――」
「俺はちょっと休憩ー」
そう言ってサッカーをする男子の輪から抜ける。
俺が圧倒すると思ったんだけどなぁ。皆サッカーが上手くなりやがって!
体は鍛えてても、全然サッカーをやってなかったもんな。俺。
「お疲れ様です。先程の話良かったですよ」
「そうですかね……先生がそう言ってくれるなら嬉しいです。
でもさっきの話、苦しい時の話をしていません。いい所しか話してないというか」
つい調子のいい事ばかり話してしまった。
それにあのことも意図的に話さなかった。皆には早いと思ったし、何よりディアス先生は牧師もしている。
ああいった事をした、と打ち明けるのが怖い。
「確かにそこは減点かもしれません。人は苦しい時の経験があるからこそ、今を歩めますからね。
ですが、今回は堅い話をして欲しかったわけではありませんから、気にしないで下さい」
「あとですね……その……人を殺めることって、やっぱり悪いことですよね?」
中央国はかなり平和な国だと思う。だけど、人が殺されたりする事件は結構ある。
盗賊に襲われたりするのもその一つだ。
「神の教えとしては、良い行いとは言えませんね」
先生は目を閉じながら静かに告げる。
そうだよな……当然だ。俺だって人を殺めるのは良くないってわかっている。
わかっていたのに、護衛者を守るためとはいえ、自分の意思で人を殺めてしまった。
打ち明けたくない。でもそれ以上にこの人の前では隠し事をしたくない。
「そうですよね。あの、先生実は――」
「ですが」
先生はそう言って、一息置いてから話し始めた。
「ここからは私個人の話ですよ? 神は命は平等であるとおっしゃいます。
ですが、仮に自分や大切な人の命が脅かされた場合、何よりも優先すべきは自分や大切な人の命だと私は考えています。
もし、生徒達の命が脅かされるような事態があれば、人を殺めてしまうとしても、皆さんを守るでしょう」
神に仕える身としては言ってはいけないことですが、と先生は苦笑いを浮かべながら付け加えた。
「それと私はあなたを信じています。一年と半年の付き合いですが、あなたなら間違った行いをしないと知っています」
先生は優しく微笑んでくれた。
多分、自分が人を殺めってしまったことを理解している。
それでも受け入れてくれるのか。自分の周りはいい人だらけだ……本当に。
「それでも間違った行いをしたと感じたなら、教会に来てください。神は全てをお許しになります」
「いえ、今は大丈夫です。ですが、もしそんな時が来たらよろしくお願いします!」
湿っぽい空気はもう止めだ。人を殺めるのは決して良くないけど、あの行動は間違ってなかったはずだ。
「あ、そういえば教会に人は来てるんですか? おばさん先生?」
「ええ、最近はよく街の方がいらっしゃってますよ。お供え物も多く助かってます。それとおばさん先生はやめなさい」
ああ、だから最近太ったんですね。とは言わなかった。
先生苦労してるからな~。この授業にしろ、教会にしろ、お金は一切取っていない。
確か前の仕事で稼いだ財産を崩しながら、生活していると言っていた。
「すんません。上手くいってるようで良かったです。そういえば、なんで牧師や先生をやろうと思ったんですか?」
「それはですね――」
「ロイロイ、久々にあっちでおままごとしよ」
いつの間にかミドリが近くにいた。
ミドリが指した方を見るとエミリーらしき人物と他に女子数名が見えた。
「流石にもうおままごとは恥ずかしいんだけど……」
ミドリはまだ、十歳だからまだいいだろう。けど、自分は多分、おそらく、十七歳ぐらいだ。
いい年した男がおままごとはなぁ。そんなこといったら昔もか。
「ダメ?」
ミドリの黒い瞳が寂しげに揺れる。
そんな目をされて断れる人はいない。間違いないね。
「やろうか。俺のおままごとの力を見せてやろう! で、なんの役?」
「犬」
「えぇ、犬はもう飽きたんだけど……俺も成長したし、せめて兄とかさ」
「ポチ、おいで」
「ワン!」
はっ、昔の癖でつい反応してしまった。
これが習慣ってやつか。悔しい。
「やっぱりアンドリューは犬がお似合い」
ミドリは少し悪い顔をしながら、微笑みを浮かべていた。
お似合いってどういうことだ、と思いながら先生に顔を向け、
「じゃあ先生、話の途中で悪いんですけど、おままごとしてきます」
「ええ、ポチさん、頑張って来てください」
「ちょっ、やめてくださいよ。そういえば先生、今日の夜って何か話聞いてますか?」
「エミリーから先程聞きました。アンドリューが帰ってきたことを祝っての食事会ですよね」
「聞いてたならよかった。何かちょっと照れますけど、それです」
「ポチ、早く」
先に歩いてたミドリが、痺れを切らしてか声を掛けてきた。
「ワンワン! じゃ、じゃあ先生また後で」
俺は逃げるようにして、前を歩くミドリの方へ走る
先生の前で、犬の真似は恥ずかしいな。うん。
俺は店に来てくれた、先生や馴染みの人に挨拶を終えて、ここでの生活でとてもお世話になった二人のテーブルに来た。
「やっとこっちに来たな、兄弟。飲もうぜ、今日ぐらいはいいだろ~」
「兄弟って……まあ息子よりはありえますけど。というかまだ一時間ぐらいしか経ってないのに、なんでそんな酒臭いんですか」
俺は顔を顰める。どうにもアルコールの匂いが好きになれない。
この人見た目はいいのになぁ。
「ロイド! 全く今日の主役に迷惑かけないの。ごめんね、アンドリューちゃん。ロイドもう酔っ払っちゃって」
「いえいえ、ガースさんお久しぶりです。お変わりないようで」
「アンドリューちゃんも久・し・ぶ・り。前より男らしくなったわね~」
「そうですかね? ありがとうございます。というかガースさんも酔ってません?」
床に置かれた多くの杯と樽を見る限り、ロイドさんだけが飲んだとは思えない。
「そんなことないわ~。顔も全然赤くなってないでしょ?」
「確かに変わってないですね」
ロイドさんと違って、ガースさんはお酒強いからな。
「あっ奥さんは元気ですか?」
「元気よ、元気! 今日も来たがってたんだけど、お店が手を離せなくてね~」
相変わらず仲が良いんだな。口調が口調だから、最初はゲイの人かと思っちゃったんだよなぁ。
「そういえば、まだその口調なんですね」
「ええ、この口調の方が奥さんや女の人の気持ちが分かる気がするの。ミドリは嫌がるけどね」
少し苦笑いをしながら、杯を傾け酒を飲む。
確か奥さんと喧嘩した時、相手の気持ちを理解するために始めたんだっけ。
でもガースさん、口調だけでなく、見た目もケバいのは気のせいだろうか。
「おいおい、お前らなーに俺をのけ者にしてんだ。酔っ払いには用がないってか? ええ?」
「のけ者になんてしてませんよ! ロイドさんはどうですか? 奥さん……いや、彼女はできましたか?」
「…………」
えっその反応は遂に……?
「アンドリューちゃん! それが聞いてよ~。
いい所までいったらしいのに、食事の時、緊張に耐え切れなくて、お酒飲んじゃったんだって」
その後は分かるでしょと言いたげな顔をしていた。
冒険をしてる時に知った言葉だけど、これが俗に言うアル中なんじゃないだろうか。
「うっせえ! 少し酔っ払ったぐらいで逃げてく女が悪いんだよ!」
ロイドさんのは多少じゃない。断言できる。
ロイドさんはとてもいい人だけど、酒に関してはかなり酷い。それこそ、逃げる女の人の気持ちがわかるぐらいには。
「俺だってよお、分かってんだよ。酒を辞めなきゃ奥さんができないってことぐらい。でも女とシラフで話すと怖いんだよ……」
机にもたれかかりながら弱い声で言う。
ロイドさん……何か俺ができることはないだろうか。
「なあアンドリュー俺と結婚しないか? お前は料理や洗濯、家事はだいたいできる。
俺が酔っ払っても逃げねえ。もうお前しかいねえよ」
それは俺ができないことです!
「何言ってるの! アンドリューちゃんの結婚相手はミドリちゃんに決まってるのよ」
ガースさんも何言ってるんですか! というか俺はその子に犬扱いされたんですけど!
「ちょっと二人共何言ってるんですか。もうお酒は禁止です」
「「ええ~」」
二人の抗議は無視する。お酒が悪いんだ。お酒が。
「じゃあよ~酒を取り上げるってんなら、お前の話を聞かせろよ」
「そうね、アンドリューちゃんの話が聞きたいわ」
ロイドさんとガースさんは酔っ払ってるのかと疑いたくなるような、真剣な目でこちらを見てくる。
二人には自分の生活を聞いてもらいたかったし、いい機会か。
「わかりました! ではアンドリューの涙無しでは語れないお話をお聞きください!」
「三人共何を話してるんだ」
話を始めようとしてた時、アレスさんが来た。
バットタイミング……!
「あら、ドイン随分いいタイミングで来たわね。もしかして待ってった?」
「そんなことはない」
「へへっどうだか。ドインはむっつりだからな~」
「姉の影響で、今だに女が苦手なやつには、言われたくないな」
「なんだとぉ! その話はなしだろ!?」
「まあまあ、落ち着いて」
親友同士のじゃれ合いとはいえ、ロイドさんとアレスさんはガタイがいいから物騒だ。
こう見ると、三人共色々と濃いよなぁ。髪質はかなり違うとはいえ、揃って金髪だから兄弟にも見える。
「今からアンドリューの生活について聞こうと思ってたのよ。ドインも聞くわよね?」
「もちろんだ」
「アンドリュー、お前が女としてないと信じてるぜ」
最後の言葉は聞かないことにして、俺は話を始めた――
「苦労したのねぇ。アンドリューちゃんは立派よ!」
「ああ、頑張ってるようだな」
「…………」
二人は優しい顔でそう言ってくれた。認めてくれるとやっぱり嬉しい。
ロイドさんといえば、女の人の依頼を受けた話をした辺りから、顔を伏せ、耳を手で隠していた。
「ロイド、話終わったわよ」
「お、おおやっぱりアンドリューは凄いな!」
うんうんと凄い勢いで首を振る。
「全然聞いてなかったじゃないですかー。もう」
「でもこの分ならアンドリューちゃんがいる間は安心ね~」
「どういうことですか?」
「最近どうにも盗賊がこの辺で活動してるようでな。被害は小さいらしいんだが、まだ自警団も捕まえられてないんだ」
「人が死んだりとかは……?」
「まだ無いみたいよ。人が死んだらねぇ」
ガースさんが、ロイドの方をチラリと見る。
「俺が黙ってねえよ。自警団の隊長としてな! まっアンドリューも、何か情報を知ったら話してくれ」
肉屋もやってるのに、正義感と強さもあって、ロイドさんは自警団の隊長もやってる。本当早く結婚して負担が減るといいな。
「わかりました。あと、自分がいる間はアレスさんもエミリーも守ります!」
「頼もしい! 私も守ってほしいわ~。ドインも安心ね」
ドインさんはふっ、と言った後に腕を組み、首を静かに縦に振った――――気がする。
「今は折角のお祝いだ。こんな話はやめにして、飲もう。アンドリューも一杯だけ飲まないか」
「よしっ頂きます!」
皆と話しているうちに盗賊の話は直ぐに頭の隅へいった。
酒の感覚に痺れながら、夜は楽しく更けていく。




