武器なんて似合わねえよ、俺達には
青い小鳥が空を飛んでいる。親鳥とはぐれたのか、はたまた別れたのか。
必死に羽を振ってどこへ行くつもりだろう。夢の国にでも行くつもりだろうか。
そんなものはないだろうに。
「「「「「「シネエエエエエエ」」」」」」」
アイツが来た。
空を見ていてもわかった。
先程よりもずっと多くの声が、空っぽの殺意と混じって聞こえたからだ。
胸の高鳴りが更に強くなるのを感じる。
何度味わっても、いいもんだな。
「待たせたな」
いつもと変わらない凛とした声で、俺に気安く話しかけてくる。
俺は空から、正面へと視線を下ろした。
「おい、何のつもりだ」
「ルール上問題ないはずだが? 審判、そうだろう。時刻は丁度一二時の半ばなずだ」
「ああ、問題はない。開始予定時刻から三十分の遅刻は認められている」
昔、俺も使ったことがある、幼稚で小賢しい戦法だ。だが、そんなことはどうでもいい。
「ちげえ、そんなことが聞きたいんじゃない。その“武器”はなんだって聞いてんだよ」
「……これか」
俺の言葉を聞き、グレイフィスは、手に持っている銃身が長い銃と背中に装備した大剣二本を横目で見た。
この様子だと、重厚な鎧の中にも武器を隠し持ってるだろう。
「何を考えてんだ、お前」
「これもルール上は問題ないはずだが。運営の審査はしっかりと受けた」
「そうじゃねえ。ルールとかの話をしてんじゃねえよ。なんで武器なんてもん持ってきた」
俺の言葉が終わると同時に、強い風が吹く。
グレイフィスのウザったらしい髪が、空を泳ぐ。青い小鳥は風にめげず飛んでいた。
まだそんな所にいたのかよ、おせえな。
俺のライオンヘアーは……触った感じ問題ないようだ。
「ふう。お前は俺と同じで武器なんて嫌いなはずだったろうがよ」
こいつと俺が唯一といってもいい、共通点。
それは武器を使わない、拳同士での戦いが至上だという考え。
「そうだ、お前の言うとおり、俺は武器を使う戦いは好まない」
そう言ったあとグレイフィスは地面を一度見た。
「だが……お前に勝つためにその考えは捨てる」
拳を握り締めながら、俺を真剣な眼差しで見つめた。
「アンドリュー、お前から学んだもの全てを使って、倒す。例え好まない手段を使ってでもな」
「はっ、それでいいのかよ。俺みたいなのがいる国を変えんだろ?
俺から学んだものを使っちゃ意味ねーだろうが」
「そんなことはない。
私は王になる者として、この時代の戦い方を知っていなければいけないんだ」
それに、と続けた。
「単純にお前に勝つには、あらゆる手段を使わなければいけないだけさ」
眉を緩め、肩を落としながらも、どこか嬉しそうにそんなことを言った、
バカじゃねーの。ほんとうに、バカじゃねーの。
「前も言ったけどな、お前と俺に対して差はねえよ。ルールや状況次第で簡単に変わる差だ」
「俺はそうだと思わない。五戦も戦えばわかる。俺とお前の間には明確な差がある」
静かに、だが強くアイツは言った。
差ね、俺にはわからない何かをアイツは感じてるってことか。
それが俗に言う壁ってやつなのかもしれない。俺には壁なんて感じる余裕はなかったが。
ま、そんなものどうでもいいか。勝手に乗り越えてくれ、それよりもだ。
俺は闘技場をぐるりと見回す。
「聞こえるか? 民々の声がよ」
とっとと始めろって声から、アンドリュー死ねだの、王子を殺せだの、酷い応援合戦が繰り広げられていた。
一体いくら賭けてたら、そんな他人の殺し合いに熱が入るんだか。馬鹿らしい。
「当たり前だ。聞こえてる。……酷いものだな。想像してた以上だ」
凛とした表情は崩していないが、どっかゲンナリしてるように見える。
そりゃお坊ちゃんには辛いよな。
「お前闘技場は初めてか? ……ぷはっ、今税金下げろって声まで聞こえたぞ。下げてやれよ」
「幼少時に父に連れられて一度来たが、ここまでではなかったはずだ。
……税金に関しては私が王になった時にまた、考えるよ」
これは下げるつもりないな。俺はアイツの顔を見て、勝手に判断した。
「戦争が終わってから、三十年だっけか? 溜まってんじゃねえの、民もよ。
魔獣や盗賊も減っちまって戦う機会も少なくなってるし」
冒険所の依頼を受け始めてからもう三年近くになるが、始めた当初に比べて、必ず殺し合いになる依頼ってのは減った気がする。
困ったもんだ、減るってことは、それだけ高額な依頼がなくなって、強い相手と戦えなくなる。刺激的じゃない。
「……もし、そうだとしたら、悲しいな」
グレイフィスが重く呟く。そこで会話は途切れた。
俺は空を見上げる。
「あー」
いい天気だ。
「アンドリュー」
今の空のように透き通った声が聞こえた。
俺が想像してた、絵本の王子様の声そのものだ。
「ん?」
俺は視線を下ろし、太陽の光でいつもより蒼く輝く目を見る。
ムカつくほどに、真っ直ぐな目だ。
「そんな状況だからこそ、変える。この国をな」
「そうかい、勝手にしろ。だけどな、負けるつもりはない。こちとら金が欲しいんでね」
「ふっ、簡単に勝てたら困る。全力で来い!」
「あたりめえだ! 審判! 始めるぞ、いつものをやれ」
俺の大きな声に怯んだのか、審判はどもりながら、
「あ、ああ。両者、死力を尽くし、戦うことを誓うな?」
「「もちろんだ」」
手を伸ばせば届きそうな距離で、俺達は誓い合う。
「よろしい。時間は無制限、試合の勝ち負けは私の判断又は降参の声によって決まるものとする」
スリーカウント後の発砲音が合図だと言い、審判は俺達から距離を取った。
いよいよ、か。
「三!」
「「「「「「「「さあああああ」」」」」」」」
審判の声に続いて、糞共の声が聞こえる。
この声が実は厄介だ。
「二!」
「「「「「「「にいいいいいいいいい」」」」」」」」
ズレるのだ。タイミングが。
初めてだと、特に。
「一!」
「「「「「「「「いちいいいいいいいいいいいいいいいいい」」」」」」」」」」」
先制の一撃は大きい。戦いの勝ち負けを決めるほどに。
グレイフィスには悪いが、これも経験の差だ。
決めさせてもらう。
「 」
乾いた音が聞こえた瞬間、俺は体を前に踏み出し、全力の一撃を鳩尾に決めようとした。
「っごほッ、ゴホッ、煙幕だと!? こんなもんまで使うか」
俺の拳は期待してようなダメージを与えられなかった。
カスりはしたが、上手く避けらたな。
俺はその場から離れるため、適当に動きながら、考る。
先制を決められなかったのはいい……だが、この煙幕は厄介だ。
銃を持っていたから距離を取るのはわかっていたが、これじゃあどこから攻撃が来るのか、わからない。
アイツが気配を消すのが下手ならよかったんだが。
「…………」
さっぱりわからない。
煙が消えるまで、走って逃げ続けるか。
いや、ダメだな。それで距離が大幅に開くと戦いにくい。何を持ってるかわからんしな。
仕方ない。
「おい、グレイフィス! 俺に銃なんて効くと思ってんのか、ええ!? 効かねえよ!」
これで俺の場所はバレたと思っていいだろう。
だが、その代わり何かしらの――――――!
「――ッ」
瞬間、鋭い痛みが俺の右腕を襲った。この分だと出血もしてるだろう。
今のはなんだ? まさか銃弾での攻撃だってのか。
そんな馬鹿な。
「驚いたか?」
煙幕が風によって巻かれ、消えると、その中から銃を構えているグレイフィスが現れた。
ちっ、思った以上に距離を離されたな。
俺が近づくまでに銃弾の二、三発は撃たれる覚悟をしないとダメか。
「今のは銃弾か?」
「そうだ、機械国の特注品のな」
王子様の力を利用したらしい。
本気だな。そうなると、あの後ろに携行してる大剣も普通の代物じゃねーな。こりゃ。
なめし皮の防具なんてクソの役にもたたねえか。いっそ裸で戦うのもありだな。
意表を突ける。
「知らないうちにテクノロジーってやつは随分と発達したみたいだな。
まさか、俺が銃に撃たれて怪我をするなんて思ってなかったよ」
右腕の肩の近くからは血が軽く流れていた。
市販されてる銃ならダメージなんて無視して、突っ込めばいい。ダメージなんてないに等しいからな。
だが、そうじゃない。カスっただけで、怪我をするとなると、直撃を喰らえば不味い。
どう懐に潜り込むべきか。
「肩の直撃を狙ったんだが、私の腕もまだまだだな。それとも、よく避けたと言うべきか?」
弾は何発ある? 装填できる弾の数は何発だ?
「避けちゃいねーよ。てめえの腕がへっぽこなだけだ」
目をこらす。
銃の大きさの割に、弾倉が極端に小さい。
威力の高さの代償か、それとも別の何かか。
そこは重要じゃない。あのサイズだと何発入る?
……七発が限度ってところか。よし。
「近づいてこないのか? お前に飛び道具はないだろう」
「お前こそ撃たねーのかよ!」
「ふッ」
そう俺が言った瞬間、ためらいなく俺に向かって撃ってきた。
今日のアイツはいつものアイツとは違うか。
それにしても……
「下手だな」
弾丸は俺の頭の遥か上を通り過ぎていった。
体一つ動かす必要がないとはこのことか。
弾は残り五発、動くとしよう。
「それなりに時間を費やしたんだがな……ふッ」
「っ」
俺は体を右に逸し、弾を避けたあと、体を捻って、地面を強く踏みながら体を走らせる。
街とは違って、この闘技場には使える道具が落ちてたりはしない。
でも、地面の砂は別だ。
「くっ、砂埃が」
「…………」
大量にばらまかれてる砂は激しく動くだけで、砂の埃が舞い上がる。
姿を隠してしまうほどに。
さて、ここからだ。
弾は残り四発。
「どこにいる!」
言うわけがないだろう。まだ、こういう部分の甘さは抜けきってないらしい。
俺はグレイフィスに砂を蹴りつけ、わざと大きな音をたてながら、接近する素振りをしていく。
「くっ」
弾が、一発、二発と消費されていく。
視界がハッキリするまで近づけさせたくないから、音のする部分を適当に撃ち込んでいるんだろう。
そんな弾当たるわけがない。そして、その行動は命取りだ、グレイフィス。
お前が銃なんてもん使うのは、豚に真珠ってやつだ。
弾は残り二発、そろそろ近づくとするか。
俺は、静かに素早く移動することにした。
「おいおい、当たってねーぞ。ヘボ野郎」
砂埃はなくなり、姿が見え始めた頃、俺は大きな声でアイツを煽る。
「ふっ」
今のお前なら姿が見え次第、正確に撃ってくると思ったよ。
俺は体を前に転しながら、砂を掴み、弾を避ける。
残り一発。
「……ぐっ」
グレイフィスは銃を構えたまま、苦悶の表情を浮かべていた。
いいぜ、その表情。そそる。
「近くて驚いたか? それにしても、これぐらいの距離なら狙ったところに撃てるんだな」
俺の心臓付近に弾が撃たれていた。この距離で油断すれば直撃をもらうということか。
「避けられては何の意味もないがな…………来ないのか?」
「てめえこそ、撃ってみろや。当たるかもしれねえぞ」
「「…………」」
互いに見つめ合う。
動けない、俺も、アイツも。
俺が拳の届く距離に入るまでに、アイツは銃を撃つことができる。
だけど、アイツからしてみりゃ、次の弾を外せば、銃弾を補充せにゃならん。その間に俺の拳が届く。
銃を捨てたとしても、ファイティングポーズの出来てないアイツと俺じゃ間違いなく、俺が優位だ。
気になるのはあの背中にある大剣だが、咄嗟には出せまい。
風を感じる。生暖かい風だ。
観客の多さによる熱とシネシネという声で暖められちまっただろうか。
俺は冷たい風の方が好きだ。
あの鳥、まだこの中を飛んでんのかよ。
グレイフィスの頭の上にちょうど落ちてくれは、しなさそうだ。
俺は握り締めている右の拳を、更に強く握った。
やるか。
「…………ッ」
俺は体を小さく屈みながら、足の筋肉を全力で動かす。
グレイフィスに近づくために。
「させるか!」
俺の動きを見て、グレイフィスが引き金を引くその瞬間――――
俺は握り締めていた砂をアイツの頭上目掛けて腕を振り払う。
少しでもズレればいい!
「くっ、また砂を使うのか!」
グレイフィスが非難するような声を出しながら、引き金を引いた。
期待通りに銃口がズレ、地面に向け、発射された。
残弾はゼロ!
この勝負貰ったぞ。グレイフィス!!
「ハッ!」
懐に潜り込み、スピードを生かしながらの、俺の拳がアイツの鳩尾に決まった。
手応えはある。かなりのダメージを受けたはずだ。鎧を着てようが、俺の拳の前では意味なんてない。
これで後は混戦に持ち込んでしまえばいい。タフさではこっちが上だ。
俺は口元が緩むのを感じた。
「…………かかったな! アンドリュー!」
その声と共に、予想外の音が俺の耳を、肩を、足を通り抜けた。
「……っ、クソッタレが!!」
距離を開けねえとマズイ。
痛みをこらえ、歯を噛み締めながら、回し蹴りをやつの横っ腹に決めて、無理矢理距離を開ける。
「はぁはぁ、この距離で弾を当てたのに、動けるか。グッ」
口の中から血を流しながら、気丈に声を張り上げている。
倒れねえのよ……
アイツは、膝に手をつき、中腰の状態で耐えていた。
「はっ、はっ」
俺も似たような体制で、完全には立ち上がれずにいた。
左肩と左の太腿を見る。先程とは比べ物にならない痛みと血の量だ。
弾が貫通しないで残ってやがる。威力以外も、普通の弾じゃないってか、クソ。
そもそも、撃たれるなんて、計算を間違えたか? それとも弾倉のサイズを見誤ったのか。
「お前の、考えてる、ことはわかってた。弾倉が切れる瞬間を狙ってたんだろう」
俺の考えを読むかのように、息を荒げながら、そう言った。
「そうだよ……その銃、何発入んだよ」
予想していた七発ではなく、プラス二発も撃ってきやがった。
次また撃たれたら、まともに動ける自信がない。
「七発、だ」
「なんだと! ぐっ、そんなわけねえだろ」
アイツは九回撃ったんだ。七発なわけがない。
「お前が、七発装填、できる銃だとわかることを信じて、砂埃で姿を隠した時にリロードした」
「……これほど嫌な信頼はねーな。ありがとよ」
俺が砂埃をたてた時、アイツは三発使っていた。
その時にリロードしたんなら、まだ、一発残ってる……!
俺が体を動かそうとした時、
アイツは銃を捨てた。
「なんのつもりだ」
「今の私が当てられると、思うか?」
血を砂の上に吐き出しながら、そう言った。
互いに手を伸ばせば届く距離だぞ! 当てられるに決まってる。
「……おい、大剣まで捨てんのか」
「構えを取る時間をくれるなら、使う」
そもそも、これは剣じゃないがな。と言った。そのあと、アイツは笑った。
俺もそれにつられて笑った。剣じゃないなら、なんなんだよと。
動きの止まった俺達を見て、会場はざわめいていた。
シネシネコールもないと、ないで寂しい。
おっ、あそこにいるのはオヤジじゃねえか。ふっ、ライオンヘアーで俺の応援をしてたのか。
……俺に賭けたんだろうな。できれば勝たせてやりたかったが。
「武器を捨てたってことは、そういうことだよな?」
俺は足の痛みを力で押し込め、立ち上がる。
「ああ、やはり私には武器は似合わないみたいだ」
アイツも俺と同じように、歯を噛み締めながら立ち上がった。
「似合わねえよ、俺達にはな。……まっ案外悪くない腕だっだがな」
「お前に褒められると、嬉しいよ」
「男に言われてもな」
俺達が立ち上がると会場からまた、やかましい声が鳴り響いた。
こんな時ぐらい静かにしろよな。
考えとは裏腹に力が漲るのを感じる。
つくづく俺はそういった人間らしい。
「「……………………」」
何回目かの呼吸のあと、俺達は体を走らせ、殴り合った。
青い小鳥は、もういない。




