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『弱肉強食』

「ごはん……ごはん……」


 ゴミ捨て場にあった布切れの服が、水を浴びるたびに、どんどんと重くなる。

 自分が一歩、また一歩と、歩くたびに、ぺちゃぺちゃと泥をまとった足の音が聞こえる。

 疲れた、もう動きたくない。でも、寒いし、お腹が空いた。

 動けば暖かくなって、ごはんも見つかるかもしれない。


「あー」


 顔を上げ、口を開く。今日は良い日だ。

 歩きながら、水が飲めるなんて。

 ぴちゃぴちゃと口の中に、雨が落ちてくる。

 

 何も味がしない。砂糖だったらいいのに。

 

「ごく」


 口の中に少し溜まった水を飲む。

 だえきを飲んでるのか、水を飲んでるのか、わからない。

 でもノドのカラカラがましになった気がする。もっと欲しい。


「あー」


 味はしない。これが砂糖だったらいいのに。




「このガキィ!! もう来るんじゃないって言ったでしょ!」


「ごめん、なさい」


 ここにしかごはんがないんです。


「謝れば許されると思ってるの! あんたがゴミ捨て場を漁ってるせいで、この店に客が寄り付かなくなってんだよ!」


 エプロンを着た、大きな女の人が、絵本に出てくる悪魔のような顔で、ぼくに叫ぶ。


「もう、きません」


 ウソだ。


「次来たら国の兵士を、いや、あんた男か。なら……今度来たら、その細い首を捻って、締め殺してやる」


 覚悟しとくんだね、とおっきな声を出しながら、思いっきり扉を閉めた。

 

 ほとんど食べれなかった。今日はハンバーグやエビフライがあって美味しそうだったなぁ。

 どうしてゴミを食べちゃいけないんだろう。捨てたものなら誰のものでもないっておじさんが言ってたのに。

 

 ぐーぐー。雨の音にも負けずに、お腹の音がひびく。

 ああ、どうしよう。何か食べないと動かなくなっちゃう、あのおじさんみたいに。

 ぼくはああなっちゃいけない、なっちゃいけないって誰かが言ってる。

 どうしよう、どうしよう。


「あー」


 水じゃお腹がいっぱいにならない。

 前にたくさん水を飲んだら、すぐ出てきた。だから、あれはダメなんだ。

 ぺちゃぺちゃ。周りを見る。皆カサをさしている。ぼくはさしていない。

 どうして皆カサをするんだろう。せっかく水が飲めるのに。

 

 あーそんなことどうでもいい。お腹が空いた。

 そうだ、あのおいしそうなパンをかじってる人に、めぐんでもらおう。


「すみません、そのパンをわけていただけませんか?」


「……いいだろう。分けてあげよう。もっとこっちに来なさい」


 やった。半分の方だったみたいだ。ついてる。

 ぼくは帽子をかぶった白いカミのおじいさんの方へ歩く。パン、パン。


「ほら」


 ちぎったパンをわたしてくる。

 一口で食べきれないほど、大きい。すごくついてるみたいだ。

 ぼくはパンをもらうために、手を伸ばす。

 そしてつかもうとしたら、おじいさんの手はぼくの手をかわした。


「?」


「お前みたいな薄汚いガキにやるわけねぇだろ!」


「ぎぇ」


 おじいさんのケりがぼくのお腹に決まる。

 ごろごろ。ぼくの体は原っぱがある方に転がる。

 もう半分の方だったみたいだ。ご飯をくれる人とパンチやケリをくれる人。

 だいたい半分ずつにわかれる。いたいなぁ。


 


 やっと体が止まった。光がある明るい場所から草ばかりの暗い場所になってしまった。

 ケられた部分を触る。


「いたっ」


 何度ケられてもいたい。おじさんはなれるって言ってたけど、なれないよ。

 でも、ケガをしても寝ればすぐ治る。ぼくはすごいらしい。

 でも、すごいなら、痛みを感じなければいいのに。 

 

 ああ、お腹が空いた。

 口に何か当たる。草だ。かんでみる、なんだか甘い。

 砂糖とは違うけど、おいしい。どうしてぼくは今までこれを食べなかったんだろう。

 むしゃむしゃ。食べても、食べても、なくならない。草ってすごいなぁ。

 


 

「いたい」


 お腹がいたい。水をたくさん飲んだ時みたいに、いたい。

 お金をはらって買ってる人がいたけど、どうしてこんなものを買うんだろう。

 ぼくだったら、そのお金でハンバーグやエビフライを買うのに。


「いたい、いたい」


 ケラレた部分もいたい。

 草の中でそのままねたかったけど、雨がふってる時に、外でねちゃいけないらしい。

 早く家に帰らないと。ぺちゃぺちゃ、ぴちゃぴちゃ、おかしいな。草をふんだおかげで、足の泥は落ちたのに、音がする。

 

「…………」


 あとどれくらいで着くだろう。もう少しのはずなんだけど、目がしょぼしょぼして、よくわからない。

 でも寒くなくてよかった。おじいさんのおかげだな。ケラレた部分がとても暖かい。

 

「いてぇ」


「?」


 だれかとぶつかってしまったみたいだ。早くあやまらないと。


「すみ、ません」


「どこ見て歩いてんだ、このガキ」


「ガキの分際で、俺達に楯突くとはいい度胸だな」


「やっちまうか」


 三人の笑い声が聞こえてくる。

 今日はついてると思ったんだけどなぁ。

 

 ぼくは身を丸める。この態勢が一番いたくない。




「ちっ、何も持ってねえな」


「飽きてきたしやめっか」


「だな、せめてこいつが女だったらねえ」


「女だったらこんな所にはいないだろ」


「ハハハ、確かにな。なら、せめてもう少し幼けりゃな」


「うげ、そういやお前男もいけるんだったか」


 男たちの声が遠ざかっていく、終わったみたいだ。

 早く帰ろう。地面に立ち上がろうとしたら転んでしまった。

 もう一回立ち上がろうとして、転んだ。


「…………」


 立つのはあきらめよう。雨でドロドロの道に寝転がることにした。

 空からはさっきよりもたくさん雨がふってくる。


「あー」


 どうしてノドはかわくんだろう、どうしてお腹は空くんだろう、どうしてケラレるんだろう。

 何もわからない。

 そういえば、昔おじさんに聞いたことがあったのを思い出した。

 “弱い”から、らしい。よくわからない、けど、おじさんやぼくは弱いらしい。

 

「ごく」


 弱いからノドもかわくし、お腹も空いて、ケられるらしい。

 どうしたら、ノドもかわかなくなって、お腹もいっぱいになって、ケラレなくなるんだっけ。

 そうだ、強くなればいいんだ。でもどうやったら強くなれるんだろう。


「…………」


 考えている内に、雨の勢いが弱くなってきた。

 

 そうだ、わかった。真似をすればいいんだ。

 今まで会ってきた満たされている人の真似をしよう。

 

 持ってる人からうばい取って、そのうばい取った物を渡さない。

 例えゴミでもあげちゃダメなんだ。

 

 早速やろうと思ったけど、体がうごかない。

 ここでねよう。ねて、おきて、そしたら真似をしよう。そして強くなるんだ。

 強くなれば、満たされるんだから―――― 

 




 



 

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