おれが店を継ぐ。またみんなで写真を撮ろうな
m(_ _)m
「ふぉおおおおお、アメイジイィイィイング!!」
何やってんだこのジジイ。
食卓の近くで、おそらく自分が着ていた服を脱いで、右手でブンブンと振り回しながらジジイは踊り狂っていた。
こわい、完全に頭が逝かれていやがる。ほぼ全裸というのが余計に怖い。
「おじいちゃんはどうしたんでしょうか?」
「おれもわからん。おい、バアさんどういうことだ?」
おれはてっきりジジイが病気で倒れたもんかと思ってたのに、現実はこれだ。
頭が逝かれたかのように、アメイジング、アメイジング、連呼している狂った老人が一人いるだけ。
これじゃあ、まだ、倒れててくれたほうがマシってもんだろう。
「私もよくわからないんだけど、何かが当たったみたいなの。あなた、二人が帰ってきたわよ」
「おおおぉ、アンドリュー帰ってきたか! お前にめでたいことがあったぞォ」
めでたいこと?
ジジイは踊るのをやめて、左手に持っていた、少しクシャクシャになった紙をおれに渡してきた。
「なんだこれ?」
「まあ、読んでみろ」
おれはそう言われ、文字が書かれた一枚の紙を読むことにした。
なになに、
『この度は、国の技術者育成プログラムに応募頂きありがとうございます』
そんなものに応募した記憶ないぞ……
『厳正な審査の結果、この度はアンドリュー・M・ロイド様に、是非受講して頂きたく存じます。
つきましては、手紙を受領した三日後に、王城へご来訪下さい。
その際、証明書代わりに、この手紙が必要となりますので、お持ち下さい』
「なんじゃこりゃ、おれはこんなのに応募した記憶ないぞ。誰かのイタズラか?」
「そんなわけないじゃろ。下の方を見てみろ」
見てみると、名前と拇印が押されていた。拇印の周りは金箔で彩られている。こんなの初めて見たな。
「ん? ……イスタング・トゥールって、確かこの国の王様か。王様から来たのか!? この手紙」
王様直筆の署名が入った手紙なんて、庶民じゃまず貰うことはない。
だからこそだ、
「これ、偽物だろ」
「おれも少し疑ったんじゃが、待ってろ」
そう言うと、タンスの引き出しからもう一枚紙を出してきた。
「戦争が終わった時に王様から感謝状を貰ったんじゃが、この字の書き方とか指の指紋も同じなんじゃ!」
感謝状なんか貰ってたのかよ、と思いつつ、手紙を見てみると、
「確かに同じみたいだな……」
つまり、この手紙は本物ってことか。
「だけど、さっきも言ったようにおれは国の育成プログラムに応募なんかしてないぞ」
そもそも、今初めてそんなプログラムがあることを知ったぐらいだ。
おれは顎に手を添えて、考えていると、ジジイが、
「実はおれが勝手に応募しとったんじゃ」
舌を出し、頭をコツンとしながら、そんなことを言った。
お前は、できの悪い人形か何かかよ! この野郎……!
「エッジ社からの連絡もそうだけど、なんでお前は、おれが知らないうちに何かをやってんだよ!」
「な、なんで怒るんじゃ! このプログラムに選ばれるのは凄いんだぞ」
そういい、ジジイはおれにプログラムの凄さを説明してきた。
マールス社やウィグルネス社、ヤンブーユニオン社の開発者から機械全般、
そしてロボットについても教えてもらえて、何より王様からも教えてもえるらしい。
「王様からも教えてもらえんのか……確かロボット工学での第一人者だったよな」
「ああ、そうだ。王様から直々に指導してもらえるなんて、人生で一度っきりしかないぞ!」
「確かにその通りだな」
そもそも、王様と会うことすら難しいのに、教えてもらうなんて、ほんのひと握りの人だけだろう。
「やめとくわ」
「はっ、なんでじゃ?」
ジジイは呆気に取られたように言った。
アンゼも、不思議そうに、
「なぜです? アンドリュー。あなたは機械を弄るのが好きなはずです。この前も私を」
「確かに弄るのは好きなんだけどな。
でも、このプログラムって期間が長いんじゃないか?」
「三ヶ月ぐらい、だったかの」
なら、やめておこう。ジジイとバアさんだけを家にいさせるのは正直不安だ。
その上アンゼも家にいるとなると、更に不安になる。
病気も患ってるし、そもそも、もう歳だしな。若いおれが家にいた方が何かといいはずだ。
「それぐらいはあるよな、じゃあやめとくよ。
別に国から教わらなくても、独学でどうにかなるだろ。幸いアンゼもいるしな」
おれはアンゼを見る。
こう考えると本当に幸運だ。まだ、発売されていないアンドロイドが家にいるんだから。
おれは自分の幸福を噛みしめていると、ジジイは真剣な表情でおれを見た。
「ならん!」
小さなリビングに怒声が響いた。
食卓の上にぶらさがってるオレンジ色の電球色の明かりが頼りげなく揺れる。
「なんだよ、いきなり怒って。最近の老人こわっ」
「…………」
ジジイは普段のようにおちゃらけなかった。
なんでそんなに怒ってんだよ……
「これが修羅場、ですね」
アンゼがバアさんに対して、バカなことを言っていた。
おい、お前のマスターがピンチだぞ! おれはアンゼに視線を向ける。
そうすると、こちらを向いた。よし、そのままこの空気を誤魔化す芸をやれ、おれは視線で訴えかける。
だが、無情。何もせずこちらを見てるだけだった。
おれが部屋の中をあてもなく見回していると、静かに喋り始めた。
「……アンドリュー真剣な話じゃ」
ジジイが椅子に座った。
「……わかったよ」
おれもそれに習って、椅子に座る。
「おれの時代と違って、これからは生活用ロボットの開発や普及が進むじゃろう」
「まあ、そうだろうな」
「おれの時はロボットの修理が出来なくても、飯を食べていくことができた。
兵器用のロボットばかりだったからの。でも、これからの時代は違う。
生活用のロボットが普及して、一家に一台ロボットを持つ時代になったら、ロボットの修理ぐらい
できないと飯を食っていけん」
「そんなことねえだろ。仮にそうなったとしても、独学でどうにかするよ」
「独学でどうにかなるほどロボットは簡単じゃない。
しっかりとした教材はないし、アンゼちゃんみたいな子だって、これからどんどんと増えていくじゃろう。
アンゼちゃんに何かあった時、なおせるか?」
「そりゃ……難しいかもしれねえけど、エッジ社に頼れば、あっ」
そうだ、故障したら、作った会社で直してもらえばいい、
って流れになったらおれ達の仕事はなくなる。
ただでさ、機械が機械を直す装置だってあんのに。販売だけじゃ、多分食ってけない。
「会社に勤めるなら、何も問題ない。
でも、できれば職人として一人前になった後、アンドリューにこの店を継いでほしい。
おれの勝手な願望だとわかっておる。だが、頼む。プログラムを受けてはくれないか?」
ジジイが机にぶつかりそうなほど、頭を下げる。
この店を継いでほしい、か。ベンクトさんも言ってたけど、本当のことだったんだな。
目を瞑って考える。
…………
腹は決まった。
「…………やれやれ、わがままなジイさんを持つと大変だな。
おれが会社でまともに働けるとは思えんし、いいよ。プログラムを受けて、この店を継がせてもらうさ」
おれの言葉を聞いて、ジジイは顔を上げ、おおっ、と驚いたような声を出した。
「本当か!? アンドリュー!」
「本当だ。嘘は言わねえよ」
「よかった……うむうむ。おれが教えられれば、一番良かったんだがのう」
「まったくだ。ジジイが言ってた通りこれからはロボットの時代だからな、
時代に追いつけない老いぼれは大人しく家で寝てな」
「なに、まだまだロボットの時代じゃない。お前が一人前になるまではおちおち眠ってられん」
「さっきと言ってることが違うじゃねえか」
おれは苦笑いしながら言った。
ジジイはおれと違い、はっはっはっと笑っていた。元気なこった。まっ、これなら大丈夫か。
「アンゼ、悪いんだが、おれがいない間、ジジイとバアさんの面倒をみてやってくれ」
「まだ出会って間もないのに、置き去りにするとは、酷いマスターもいたものですね。
ですが、わかりました。おじいちゃんとおばあちゃんのことはお任せ下さい」
アンゼがそういうと、ジジイは首を傾げながら、不思議そうに、
「なんだか、今、キュンとする呼ばれ方をしたような……」
「気のせいだ、ジジイはすっこんでろ」
「あら、おばあさんより、おばあちゃんの方が可愛くていいわね」
「なら、良かった。な、アンゼ」
なんだか扱いが違くないかの、と聞こえたが、無視をした。
キュンとか言うやつは、これぐらいの対応でいいだろう。
「二人が幸せを感じるのはいいことです」
アンゼは無表情……ではなく、少しだが、微笑みながらそういった。
……笑うと可愛いな。
「アンドリュー?」
「あ、あん? どうした」
「ちゃんと帰ってきてくださいね。
……マスタ登録を取り消すのは大変なので、あとアイスを奢ってもらう約束もしましたし」
「へいへい、わかってるよ。
ってかそう言われると、帰ってこれなさそうだからやめろ」
「そうなのですか?」
「テレビを見てたら、その内わかる」
「アンドリューがいない間はテレビを見て、学習しておきます」
それはどうなんだろうか。ロクでもないのが、紛れ込んでるからな。Aで始めるやつとか。
「バアさんには何か言う必要ないな。
強いて言うなら腰に気をつけろよ、階段を凄い勢いで下りて来たときは焦ったしよ」
「ええ、アンドリューも気をつけてね。アンゼちゃん達のことは任せて」
「ああ、信頼してるよ。じゃ、おれは身支度を整えることにするよ」
身支度といっても何を用意すればいいんだ。
ペンとノートは必須だろ、あと手紙もか。
「ちょいと待つんじゃ、アンドリュー」
「どうした、ジジイ」
おれは考えを中断した。
「ほれ、餞別じゃ」
「カメラ?」
「ああ、おれが昔使ってたんじゃが、壊れてな。さっき直し終えたから、お前にやる」
「パッと見、結構高そうなんだけど、いいのか?」
ジジイは頷いたあと、
「まさか店に置くわけにもいかんしな。それで、企業内部を盗撮してこい!」
「できるか! 下手したらおれの命が危ないわ」
技術の流出を防ごうと、どこもしっかりと対策をしてるから、そもそも撮れないだろうが。
「あら、カメラがあるなら皆で写真を撮らない?」
「おおいいのう。撮ろう」
「なら私が撮りましょう」
「いや、アンゼも一緒に映ろう」
「うむ、アンゼちゃんも家族だしのお」
「そうね、だったら私が三人を撮ってあげるわね」
「それものぉ。そうじゃ!」
名案が浮かんだと言わんばかり、ジジイが元気な声を出した。
「シャッターをを押してから三秒ほどで写真が撮れる。これを利用するんじゃ。
カメラを台に置いたあと、アンドリューがシャッターを押して、ダッシュで戻ってくれば、全員映れる!」
「はっ? 無理だろう」
「ほれ、こんな場所で撮るのもあれだ。外で撮ろう」
ジジイに続いて、二人も階段を下りていった。
「マジかよ……」
「私達は準備が完了していますよ、アンドリュー」
「わかってるよ、ちょっと待て」
夕日が沈みかけ、暗くなりかけてる中、おれはタイミングを測っていた。
結構距離があるな……いけるか。
「はよ、せい!」
「うっせえ!」
店をバックにジジイは文句をつけてきた。
くそ、外じゃなきゃ、もっとカメラとの距離が近くて済んだのに。
「よ、よし。行くぞ。いち、に、の、さんでシャッターを押す」
「いち!」
ジジイが勝手にカウントを始めた。
ちょっと待て。
「に」
「バアさんまで!」
「さん、これが流れというやつですね」
「うおおおおおおおおお」
おれは焦りながら、急いで皆の所へ走った。
焦りというのはよくない。フィルムの一コマ、一コマのように動きが区切られ、スローモーションに見える。
おれは石に躓いた。写真はこの際どうでもいい。顔面からだけは避けたい、そんな思いで顔を上げる。
上げた先にはジジイとバアさん、それにアンゼの顔が見えた。みんな心配してるような、笑ってるような顔をしていた。
比率は随分と違うが。
しばらくはこんな顔が見れなくなるんだよな。ふ……
――また帰ってきたらみんなで写真が撮れたらいいな。そう思いながら、おれは地面とキスをした――
ここまでお読み頂きありがとうございます。
機械編はこれにて完結となります。
残り二章となりますが、最後までお付き合いよろしくお願い致します。
・機械国(Machine country)
特徴:
どこを取っても特徴だらけの機械国。
国は狭く、汚い。汚染された空気と水が、観光客を歓迎する。
工場に土地を取られた結果、住居スペースは限りなく狭い。
だが、その代償と引換に著しい機械技術を持つ。
水洗式(水は汚い)のトイレからロボットまで作っている。
過去の戦争では、潮風により機械がサビて動かなくなるなどの技術力不足や
武術の国との相性もあり、完全な勝者にはなれなかった。
だが、今戦争が起これば勝者は間違いなく……
後々活動報告に書きますが、この章は色々と言いたいことというか、書きたいことが……冒頭の顔文字がそれを表しています。オーノー。




