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家族か、おれも幸せだよ

「アンドリューとジジイは本当の家族ではないのですか?」


 皆で昼飯を食べ、一休みしている時に、アンゼがおれ達に向かって答えにくい質問をしてきた。

 こいつと暮らし始めてから二週間経つが、今だにぶっ飛んでるな。

 

 これでも随分とマシになったか。最初の三日間は本当に酷かったし。

 人がシャワーを浴びてる時に何のためらいもなく入ってくるわ、ジジイに乗せられて実際の武器を使って、アメイジング・ボスの真似をするし、あれは命の危険を感じた。

 

 一番おい! と思ったのは、お客がいる前でテレビ一台を軽々持ち上げたことだ。

 つい、人はそんなことしねーよと突っ込んでしまった。

 人間らしさを求めてるんなら、あれは不味いだろ。

 

 まあ、ロボットでもあるんだし、あれはあれでありな気がするけど。

 思い出しただけでも疲れてくる。中途半端に常識や知識があるのが、(たち)を悪くしてるんじゃないだろうか。


 おれは返答をそっちのけに、アンゼとの生活を振り返っていた。

 そうするとジジイがおれの代わりに答え始めた。


「そうじゃな、血の繋がりという意味では、家族ではないな」


「だな」


 ジジイの返答に同意する。

 そうすると、アンゼは続けて、疑問そうな表情を浮かべながら、質問をしてきた。


「なら、なぜ一緒に暮らしているのですか? もしやアンドリューとジジイは結婚してるのでは……」

「そんなわけないじゃろ! そもそも、男と男は結婚できん。

 アンゼちゃんはぶっ飛んでるのお……一緒に暮らしてる理由はだな」


 まず、出会ったきっかけから話さなくちゃいけないの、とジジイは言った。


「おれここの店の前で倒れてるところを悲しいことに、ジジイが助けてくれたのさ」

「なんと、驚きの出会いですね。アンドリューの過去にそんなことがあったなんて」


「これでも、昔は可愛げがあったんじゃがな。日が経つ度にどんどん生意気に」

「うっせーえな。間違いなくジジイの影響だろ、これは」

「おれはもっと可愛げがあるもん!」


 このジジイわざとやってんじゃねーだろうな。

 間違ってもおれは、もん、なんて言わないぞ。


「アンドリューにも可愛い時があったとは信じられません。

 それより、それだと一緒に生活する理由にならないのでは?」


 本当の家族の家に返すのが、常識だと思いますが、とアンゼは言った。

 その通りだな、と心の中で同意した。

 

 それよりも、しれっと酷いことを言われた気がする。別に可愛くなくていいんだが、

 おれってそんなに憎たらしい性格をしてるかな。少し改めた方がいいだろうか。


「なんとこいつ記憶喪失だったんじゃ!」


 ヴァハハハと言う笑い声と共にジジイが言った。

 そこまで笑うことか!? ……確かに笑えるけどよ。当時は結構深刻に悩んだ気がする。


「またまた衝撃の事実ですね。返す場所がわからないから、引き取ったと」

「そういうことじゃな。最初の何ヶ月かは親を探したんだが、見つからなくてのう。

 息子も逝ってしまったし、丁度いいかなと思って」


「今の話し方だと、物事の重大さに比べて、かなり簡単に決断したように聞こえるのですが」

「実際そうなんだよ。こいつ当時も、こんな調子で一緒に生活しないか? って聞いてきたからな」


 まあ、感謝してるんだけどよ。行く場所もなかったしな。

 今じゃ機会を弄るっていう楽しみも得られたし。


「じゃからまあ、血は繋がっとらんが、もう家族みたいなもんだ。アンドリューもそう思うだろ? 

 一緒に生活して、もう、それなりになるしなー……」

「だな。じゃなきゃジジイとかバアさんとか呼べねーよ。もっと畏まった言い方をしてるよ」


「ただ、口が悪いだけかと思っていましたが、親愛の意味が込められているのですね」

「なんかそう言われると否定したくなるが、まあ、そうなるかな」

「家族にも色々な形があるのですね。参考になりました。ところで今の会話で疑問が一つ生まれたんですが……」


「アンゼちゃんの疑問になら、なんだって答えるぞ。なんたっておれは……」

「「アメイジング・ボス」」


 二人は息ぴったりに、同じ言葉を口にした。

 ジジイは決まった! という顔をしてるし、アンゼはアンゼで誇らしい顔をしてる気がするし。

 はぁ。


「アンゼ、お前まで……」


 おれはアンゼに対して、悲しみの目を向ける。


「パターンを覚えただけなので、あしからず」


 それに対して、アンゼはそっけなく返答した。

 もうアメイジング・ボスに染まっちまうなんて、あんまりだ。


「で、アンゼちゃん、何が聞きたいんじゃ?」


 ジジイはキメ顔をやめて、普通の表情でアンゼに訪ねた。


「ジジイには、昔息子さんがいらしたんですか?」


 またこいつは、普通の人なら聞きにくいことを平然と質問した。

 

「もう三十年以上前になるんじゃが、おったぞ。ごほごほ……」

「おい、ジジイ、大丈夫か」

「咳はいつものことだ。何度も心配しなくていい」


 咳が落ち着いた頃、ジジイは天井に遠い目を向け、自分の薄い髪を撫でている。

 そんな時、タイミング悪くバアさんも洗い物を終えて、台所から戻ってきてしまった。


「みんなで何を話しているの?」


 椅子にゆっくりと腰掛けながら、聞いてきた。


「アンゼちゃんが、サーキリスのことについて聞きたいらしくての」

「……そう、あの子について。もう、ずっと昔の話になるわね。私もまだ若かったもの」


 静かに微笑みながら、バアさんは言った。

 そして続けて、バアさんはアンゼに向かって話し始めた。

 それに対し、アンゼは真剣な表情でバアさんの方を見つめた。

 ……最低限の常識があってよかった。これで笑顔とか浮かべてたらどうしたものかと頭を悩ませてたに違いない。

 

「私が二十六の時に産んだ子なの。あの時はまだ戦争も激しくて、生きるのも大変な時代だったけど、嬉しかったわ。

 あなたと結婚したのはその二年前だったわね」


「あの頃のバアさんも美人でなぁ。後で写真を持ってこよう」


 アンゼに向かってジジイはそう言った。

 そういや。バアさんの若い頃の写真って見たことがないな。おれも見せてもらうか。

 っと今は話を聞くのに集中しよう。おれもジジイ達の息子については気になってたしな。


「工場から出る汚染された水や空気が問題になってた頃なんだけど、サーキリスはそんな影響をものとも受けずに元気よく育ったわ」

「そうじゃの。あいつはアンドリューと違って、機械には興味を示さなかったが、その分外で運動をしたりするのが好きだったな」

「ふふっ、そうね。よく、あなたは外に引っ張られて、一緒に玉遊びをさせられてたものね」


「あの時は国の依頼で武器とかを毎日治してて、おれも疲れたが、あいつと遊ぶのは楽しかったのぉ」


 二人は楽しそうに、だが、どこか寂しそうに話していた。

 その姿を胸が痛くなってきた。柄じゃねえが、二人のこういう姿を見ると……なんだ、辛いな。

 おれも二人の雰囲気に影響されていると、アンゼが話を進めるため、口を開いた。


「では、何故サーキリスさんは死んでしまったのですか? 話を聞いてる限り、順調に成長してるように感じますが」


 歯に衣を着せず、アンゼは聞いた。

 おれもズバズバと言うタイプだが、ここまでストレートには聞けないな。

 感心するべきなんだろうか、それとも不完全だなと思うべきか。


「戦争が終わる二年前、サーキリスが一二歳の時に、徴兵されたの」

「この国は戦争が始まる前も、後も、他の国に比べて人が少ないからな。だから、ロボット産業も伸びたわけじゃが」

「ロボットがあったのなら、人が前線に行く必要はないのでは」


 アンゼを見る。

 この国には人が少ない。だからこそ、彼女みたいな人にとても似た存在が生み出されたのかもな。


「……っ」 


 おれは考えていたことが、つい、口に出そうになった。

 これは言うべきことじゃないだろう。最初に比べて今のアンゼは人に近くなってる。

 もしかしたら、傷つくかもしれねえしな。


「それが街を占領したり、ロボットを指揮したりするには、どうしても前線で人の手が必要でな」


 今では遠距離からの指揮も可能になったが、と小さくジジイは呟いた。

 アンゼは例外的な存在になるかもしれないが、ロボットはあくまで指示を受けて行動する。自律的な行動はできない。

 だからこそ、人が必要だったのだろう。

 それにしたって一二の子供が戦争に行かなきゃならないなんて……いい気持ちにはなれねえな。


「サーキリスさんを止めることはできなかったのですか?」

「止めたかったんじゃが、戦時中の国の命令は絶対じゃったからな。

 病気になれば、行かなくていい可能性もあったから、マーガリンを沢山食べさせて病気にさせることも考えたんだが……」

「あの子は、戦争が終わる助けになるなら、って行ってしまったの……」


「話の腰を折って申し訳ないのですが、何故マーガリンだったのですか?」

「体に悪くて、高カロリー、なおかつ安価だったからだ。

 戦争に行かせるぐらいならと、あの当時は流行ったんじゃ」


 今では信じらんがな、苦笑いをし皺を深くしながら、呟いた。


「なるほど。ありがとうございます。話を続けてください」

 

 ええ、とバアさんは言ったあと、


「戦争に言った二ヶ月後に、兵隊さんからサーキリスが死んだと聞いたの。

 中央国の兵隊に撃たれた弾が、致命傷になったって」


「…………」


「戦争に行ったら、まず帰ってこれないと言われとったから、覚悟はしとったが、やっぱりのぉ……」


 首を横に振りながら、瞳を閉じる。


「あの子が死んでから、戦争が終わるまで、どういった生活をしてたか思い出せないもの」

「そうじゃな、おれも似たようなもんだ。戦争は結局どこが勝ったのかもわからんまま、終わったしな……」

「戦争が終わった三ヶ月後に、あの子の死体を見ることが出来たの。その時、初めて泣いてしまったわ」


 それまでずっとあの子が死んだと思えなくて、

 悲しさと思い出を振り返る表情がごちゃまぜになりながら、言った。

 

「子供を殺されて、憎くはなかったのですか?」


 あくまで淡々と、アンゼは二人に尋ねた。

 いや、本当にそうか? どこか、苦しそうな表情をしてるような気がした。


「私たちが子供の時から国同士で戦争をしてたから、憎しみよりも、戦争が終わって良かったって思ったわね。

 これ以上悲しいことがあるのは辛いもの……」

「おれは憎かったの。中央国の兵士が。でも、どの国の人も同じ苦しみを味わってると思うと、責める気にはなれん」


「そうですか、おそらくですが、お二人はいい人間なのでしょうね」


 アンゼは静かに呟く。

 それから、数分間、重い空気がおれ達を包んだ。

 おれが言えることはない何もない、か。子を失くす親の気持ちはおれに理解できない。

 でもジジイとバアさんの表情を見てるだけで、苦しかった。

 クソッ、戦争がもっと早く終わってれば、指揮官型のロボットがもっと早くできていれば、戦争がそもそも始まらなければ……

 無茶苦茶なことだとは思う。思うけども。


「でも、だからこそね、今アンドリューとアンゼっていう、息子や娘みたいな子と生活できてとても嬉しいの」

「だな。あいつと違ってちと、生意気じゃが、この歳で一緒に機械を弄れる、孫、かの、が出来て幸せだと思うよ。

 アンゼちゃんはめっちゃ可愛いしの! この歳まで生きとってよかったわ」

「はっ、本当だよ。普通の人より十年以上長く生きてんだからな、人より幸せが多くていいんだよ」


 おれの方に話が向き、驚いだが、上手く返せただろうか。


「あっなんじゃその顔! 

 言っとくが、アンドリューより、アンゼちゃんと生活できたことに対しての方が、幸せを感じてるからの!」

「へーへーそうですか。おれも……おれもアンゼが当たった時の方が嬉しかったね!」

「やるか!?」

「おう、いいとも。こいよ!」


 おれ達は席を立ちあがり、愛用のスパナを取り出した。


「またいつもの、ですね」

「ふふ、そうね」


 アンゼとバアさんは俺たちを見ながら、少し笑っていた。

 なんか恥ずかしくなってきたぞ。


「あっ、そうじゃ」

「どうした、ジジイ」

「昔話をしてたら、作りたいものを思い出したぞ。ということで今日は店仕舞いじゃ」


 勝手なことを言いながら、ジジイはそそくさと下に降りていった。

 時々こういうのがあるんだよな。唐突すぎんだろ、ジジイの創作意欲。


 おれはスパナを大きなポッケにしまいながら、


「どうしたもんかな」


 と口にした。

 やることがなくなっちまった。俺も何か作ってもいいんだが、そんな気分じゃねえんだよな。


「アンドリュー、暇になっちゃった?」

「ああ、まあな」


 バアさんに対し、おれは頷きながら返事をする。

 暇だ。


「なら、アンゼちゃんにこの辺りを紹介してきたら?」

「えっ、でもな……」


 マシになったとはいえ、今だに突飛な行動を取るし、正直外に出すのは怖い。

 前みたいにに兵器をぶっぱなすことはないだろうけどよ。


「アンドリュー、ぜひお願いします。この国についてもっと感覚的に知りたいのです」


 頭を下げながら、アンゼはおれに頼み込んできた。

 うーん、大丈夫だろうか。


「……わかった、一緒にぶらぶらするか。でも、くれぐれもおれから離れるなよ」

「はい、アンドリューの命令には従います」


 そういうところはまだロボットっぽいなと思いながら、おれは身支度を始めた――



番外編を書きたい……! けど、番外編まで書いてたら、完結できない。

オーノー

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