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限界を超えた代償

消滅(きえよ)


 俺は風の魔法を消す。この加速の魔法の弱点は、体を制御するのが難しところだな。

 急ぎたい場面だけど、足場が悪い場所だと転倒しかねない。


「それにしても……」 


 洞窟の中は外よりも寒かった。滴る水のせいだろうか。

 そんなことより、俺の想像が当たってるなら、早く見つけない不味いか。

 どこだろう、声の聞こえ方からしてそんなに遠くはないはずだ。

 俺は右手の光を頼りに探す。


「どこにいるんだ! 声を出してくれ」


「…………………………ッオ!」


 返事があった。でも今のは人の声じゃない。

 低く唸るような獣の声だ。右側の方か。足元と頭上に気を付けながら、俺は声の聞こえた方へ走る。




蒼水みずよ蒼水みずよ蒼水みずよ! 僕らを守ってくれ!」

「ガウ!……ガゥウウウウン」


 良かった、まだ生きてたか。

 狼を大きくしたような魔獣が何度も体当たりをしているが、攻撃は通っていない。あの二人の身を包む大きな泡のおかげだろう。 

 魔獣の数は五……多いな。サイズも大きい。

 俺の経験のなさも加味してここは倒すことより、まずは追い払うことを優先するべきだな。


疾風(かぜよ)疾風(かぜよ)疾風(かぜよ) 奴らを切り裂け」


 俺は魔法の想像をしやすくするため、かぜよ、と唱えたあと、言葉を付け加える。


「…………!」


 複数のかまいたちが魔獣達を切り裂いていく。

 不気味な青い血を垂れ流しながら、痛みからか、先程とは違う甲高い叫びが響く。

 思ったより効果が薄い。一匹ぐらい倒せると期待したのに。距離が遠すぎたか。

 怯んでるうちに、接近してもう一度やるか? いや、接近すれば魔法を唱えるより先に魔獣に噛み殺される。


火炎(ほのおよ)火炎(ほのおよ)火炎(ほのおよ)


 左手から直線上に火を放ち、二人に当てないよう気をつけながら左右に振るう。

 大概の魔獣は炎に弱い。本の知識は当たってたようだ。火に怯え、どんどんと後退りしていく。

 俺は少しずつ魔獣の方へ足を進める。

 魔獣もそれに連動するように下がっていき、二人の元に着く頃には目の前から姿を消していた。


消滅(きえよ)


 俺は炎と念の為右手の光を消す。

 思ってた以上に炎の勢いが減衰してた。場所のせいか。


「アンドリュー助かったよ! 君が来てくれなかったらと思うと……どうしてここが?」

「人と魔獣の声が聞こえたおかげだよ。とにかく無事でよかった。

 でも、何で逃げなかったの?」


「それが……」


 エスターが後ろを向く。そこには、壁にもたれ掛かり血を流す、フスタルの姿があった。

 あの悲鳴はフスタルがやられた時の声だったか。


「肩と足をやられちゃってね……僕らの警戒が足りなくて、後ろから不意打ちに近い形でやられちゃったんだ」


 荒い息遣いが聞こえる。暗くてあまりよく見えないが、重症かもしれない。


「意識は?」

「あるぜ……はっざまあねえ」


 自分自身を嘲笑う声が聞こえた。 


「意識があるならよかった。でも喋らない方がいい。回復魔法は?」


 エスターの方を向き、尋ねる。

 そうすると、申し訳なさそうな仕草をしながら、


「僕、回復魔法はからっきしなんだ。ごめん、アンドリュー頼むよ」

「俺も得意じゃないんだけど、やってみよう」


 意識を集中させ、フスタルの血が止まり、体が治ってる姿を“想像”する


治癒(いたみよ)治癒(いたみよ)治癒(いたみよ)。治れ」


 ……成功したようだ。血は止まった。


「痛みはどう?」

「……マシになったよ。本当に情けねえ。魔獣は倒せねえで、挙句の果てにはお前に体を治してもらって」

「痛みはマシになったかもしれないけど、治ってはいないよ」


 レオナ姉さんなら、もしかしたら治せたのかもな。

 自分の回復魔法だと、血を止め、痛みをマシにするぐらいが限度だ。

 回復速度も上がってるかもしれないが、今の状況だとあまり意味のない効果だろう。


「はっ、お前ってやっぱズレてるよな。……まっ一応礼は言っとくよ」


「もうお礼ぐらい素直に言いなよ」

「気にしなくていい。それより動ける? 早いところ出よう。魔獣を倒す機会はまたあるさ」

「問題ねえ。それと慰めはいらねえ」


 彼はそう言い立ち上がった。慰めのつもりで言ったわけじゃないんだけどな。


「じゃあ行こう。エスター、前と後ろどっちがいい?」

「俺はサンドイッチ決定かよ」

「そりゃそうだよ。じゃあ僕は後ろでフスタが逃げないように見張ってるよ」


「わかった。じゃあ俺が前を行こう」


 そう言い、俺は先頭を歩く。出口までそこまで遠くはないはずだ。


「逃げるか! ……ぐっッ!!」


 悲痛な声が聞こえ振り向く。フスタルが顔を下に向け、足に手を置いた。

 叫べば傷に響く。馬鹿なんだろうか。いや、それよりも俺の回復魔法が不完全だったのだろう。

 三回唱えれば、痛みを殆ど感じなくさせられるはずだ。普段から使わない分、精度が悪かったか。


「肩を貸すよ」

「なっ、いらねえ――」


 俺は有無を言わさず、フスタルの手を自分の肩に回す。


「よし、行こう。エスターはそのまま後ろの警戒を頼むよ」

「わかった。任せて」


 フスタルが文句を言ってくるが、無視をする

 明かり一つない暗い洞窟を足元に気をつけながら進む。

 そういえば、イウグルシを見つけられてないなと思いながら。




 十分ほど歩いただろうか、暗闇にも目が慣れてきた頃に、


「なあ、こっちで合ってるのか。光も消してるし、実は適当に歩いてるとかないよな」


 左肩の方からフスタルが声を掛けて来た。


「多分合ってるよ」


 おい、なんだその曖昧な答えは、と言いたげな目でこっちを見た。


「さっき魔法で風の流れてる方向を探して、それを目印に歩いてるんだ。

 だから、他にも出口があれば入ってきた所とは別の所に着くかも」

「大丈夫なのか、それ。まあ出られれば文句ねえけどさ」


「ねえ、二人共! あの光ってる先が出口じゃないっ!」


 後ろからエスターが喋りかけてきた。

 前の方をよく見ると、確かに月の光らしきものが洞窟の中に差し込んでいた。


「アンドリュー、当たりだったみたいだな」

「ああ、出口に向かってたみたいで良かった」


 歩みを進め出口への距離が縮まるごとに違和感が出てきた。

 光に影が度々写りこんでいる。これは……

 出るために、正体を確かめるために、また一歩、出口に近付く。


「ねえ、あれって……」


 エスターも気付いたようだ。

 一度止まる。これ以上近づくと気付かれるかもしれない。


「おい、急に止まってどうしたんだ」

「多分だけど、さっき戦った魔獣が洞窟を出たところで待ち伏せしてる」


「マジかよ。どうしてわかったんだ」

「光を見てて」


 俺はフスタルに言う。


「……なるほどな。ありゃ確かにおかしい。似たようなサイズのが何度も往復してやがる」


 まさか理由もなく、何度も同じ所を往復するなんてことはないだろう。

 俺達を待ち伏せして、殺す為にあんなことをしている。

 人を殺す為に生み出されただけあって、一度追っ払てもまた仕掛けてくるか。


「で、どうするんだ。あいつらを倒すのか、それとも別の出口を探すのか」


 フスタルは戦える状態じゃない、さりとて別の出口がある保証もない。


「エスター、あと何回ぐらい魔法を使える?」

「えっ、そうだね……水の魔法で三回唱えるものなら、六回かな」


 充分だろう。

 肉体的には辛いけど、俺もまだいける。


「力が残ってる今のうちに戦おう」

「へっ、そうこなくっちゃな。ここでさっきの汚名を返上させてもらうぜ」


「フスタルは、ここで待機してて」

「はぁっ!? 冗談だろ」


 それは、こっちの台詞だ。


「ぼ、僕魔獣を倒せる自信ないんだけど……」


「俺が前衛をやる。エスターは自分の身を守るのを優先して、余裕があれば魔獣に必中で攻撃を当てて欲しい」


 俺の言葉に安心したのか、エスターは少し表情を明るくした。


「それなら、僕にも出来るかな。必中っていうのが難しそうだけど」

「いくら魔獣でも隙は必ず出来るはずだから、そこを狙ってみて」


 本の受け売りを口にする。炎のことも当たってたし、きっと合ってるだろう。


「おい! 俺もやるぞ」


 フスタルが俺の肩に乗せていた手を強引に自分の方へ戻した。


「その体じゃ足手まといになるだけだ」


 歩くこともままならないその体で何が出来るのだろうか。

 痛みのせいで、魔法を使う上で重要な集中力や想像力も発揮されにくい。

 下手したら、誤射や自爆なんて結果になりかねない。


 誰もが口を閉じる。ぽたん、ぽたんと落ちる水の音と静かな風の音だけが耳に届く。

 その沈黙が数十秒続いたあと、エスターが口火を切った。


「ねえ、アンドリュー。今は一人でも戦力が多い方がいいよね」

「それは、そうだね」

「なら、僕がちゃんと見張ってるからさ、フスタも一緒に戦うのはダメかな?」


 …………学院時代もフスタルは頑固だった印象がある。

 気絶をさせるのもありかと思ったが、戦力があるに越したことはないか。

 気絶させたら後々恨み辛み言われそうだし。


「わかった。ならフスタルも一緒に戦おう」

「それでいいんだよ。邪魔はしねえからさ」

「ただし、エスターと離れないようにね」


 へいへい、と言いながら頷いた。

 さて、どう戦ったものかな。できるだけ炎が活きる場所で戦いたいな。

 となると、まず外に出ることを優先するべきか。


「アンドリュー、どうやって戦う?」

「軽くだけど、作戦を決めよう」




 俺は二人を残し、左手にナイフを持ち、進む。

 出口が近づいてきた。さて、やるか。


火炎(ほのおよ)火炎(ほのおよ)火炎(ほのおよ)


 俺はさっきと同じ直線上に伸びる炎を放出する。


「ガウッッ!」


 魔獣も炎を出したことで、こちらに気付いたようだ。

 うろうろとしていた魔獣達は出口を塞ぐように、三匹が並んだ。残りは外か。

 俺は気にせず、歩き続ける。魔獣の反応は先程と変わらず、どんどんと下がっていく。

 そのままいけ…………よしっ。


 俺は無事に洞窟の外へ出ることができた。第一段階成功だ。

 周囲を見渡す。残りの二匹がいない。どこにいったんだ、これじゃ魔獣を一箇所に集められない。

 集められないんじゃ合図もだせないな。仕方ない。三匹をまず倒すか。この数ならいけるはずだ。


 考えている内に炎に怯んでいた魔獣が痺れを切らしてか一匹突っ込んでくる。

 かかったな。俺は予測していた動きに対応し、横へ避ける。


疾風(かぜよ)疾風(かぜよ)疾風(かぜよ)


 右手の炎は二匹に向けたまま、俺はかまいたちを先程よりもずっと近くで放つ。

 この距離なら……!


「……………………!」 


 魔獣は声を出す前に、かまいたちにより体がいくつにも分断された。

 青い血が飛び散り、自分の顔にも当たる。ベットリとした感覚だ。匂いはどこか獣臭い。


「「グォォオオオオオオン!」」


 仲間がやられた事に怒りを覚えたのか残りの二匹が雄叫びを上げる。

 だが、突っ込んではこない。同じ愚は繰り返さないか。

 魔力を無駄使いしたくない。二匹まとめて倒してやる。


火炎(ほのおよ)火炎(ほのおよ)――」


 もう一つ強力な炎を生み出そうとした瞬間、


「こっちに来るなああああ!」


 洞窟の中から声が聞こえた。

 残りの二匹を洞窟の中に潜ませてたのか。どうする。


「ガゥゥゥン!」


「くっ……!」


 目を離した隙に、二匹の魔獣が噛み付いてくる。

 炎を上手く避けてきたのか!


「かはっ……」


 魔獣の力に抗えず、押し倒される

 ナイフで何とか防げたけど、もうもたない。

 右手の炎を動かそうにも、踏みつけられてて動かせない。

 どうする。どうすればいい。この距離でかまいたちを放ったら下手したら自分も死ぬ。

 俺はナイフをチラリと見る。ナイフの先には二体の魔獣の頭がある。

 …………! 


疾風(かぜよ)疾風(かぜよ)


 奴らを貫け、心の中で呟く。


「「グゥォオオオオン!」」


 期待通りだ。ナイフの先から、短いが、細く鋭い風を発生させ魔獣の脳を貫いた。

 やはり具現化したものがあると想像しやすいな。

 俺は魔獣を蹴り飛ばし、自由になった体を立ち上がらせる。


「………………」


 魔獣達は叫び、のたうち回った後、活動を停止した。

 元が獣だったやつでよかった。脳への攻撃が効いた。

 まあ元が獣じゃないやつは基本もっとバカで、弱いと聞くけど。


「ふう」


 心臓の鼓動が徐々にゆっくりとした普段の動きに戻る。

 やっと落ち着いてきた。こんな戦い初めてだったもんな。

 ……はっ、そうだ、二人はどうしてる。

 急がないと。俺は洞窟の方に体を向け走る。




「この泡の中から攻撃できねえのかよ!」

「そうだよ! 中から攻撃したら簡単に破裂しちゃって僕らおしましだよ!」


 二人は無事なようだ。一匹の魔獣が何度も攻撃してるようだが、壊れる気配がない。

 さっきも思ったけど、防御魔法じゃないのに随分と丈夫だ。それだけ、エスターが優秀ってことか。

 ん? もう一体はどこにいるんだ。

 周囲を見回すと二人から少し離れたところに魔獣らしきものが倒れていた。

 倒れたふり……じゃないよな。どっちかが倒したのか。


「中からでも殺しきれればいいんだろ。

 火炎(ほのおよ)火炎(ほのおよ)火炎(ほのおよ)火炎ほのおよ……」


 物騒な言葉が聞こえた。彼に待つという選択肢はないのか。


「燃やし尽くせ!」


 見事に燃やし尽くした。泡と魔獣の頭の毛を。


「フスタのバカっ!」

「げっなんでこんなしょぼい炎しか出ないんだ」


 魔獣は態勢を整えながら、低く唸っていた。

 笑えてくるようなやり取りだが、どう考えてもマズイ。


「ガウゥ……!」


 俺は右手を肩の高さまで上げ、しっかりと魔獣を見据える。


「…………当てられない」 


 思った以上に距離がある。魔獣に当ててなおかつ確実に倒せる想像ができない。

 近づいてから魔法を使うか。いや、間に合わない。

 …………あれをやってるみるしかないか

 俺は息を吸い、吐く。



火炎(ほのおよ)火炎(ほのおよ)……」


 想像する、この長い距離からでも届き、なおかつ速い攻撃を


火炎(ほのおよ)火炎(ほのおよ)……」


 必ず当てられる大きな炎の塊で、魔獣さえも一撃で焼き滅ぼせる絶大な力を


火炎(ほのおよ)……!っぐ」


 痛い。練習の時と同じように五回目の詠唱を唱えたところで、もう限界だと体が訴える。

 このまま放出するか? ダメだ、確実に倒せる自信がない。

 集中しろ、想像しろ、俺! ここで越えろ……!


 歯を食いしばり、強く想像する。瞬間――体が氷漬けになってしまった、

 ような感覚が俺を襲う。

 だが、感覚が思考に変換される前に、冷たさは無くなっていた。

 変わりに右手が熱くなる。この感覚はなんだ。

 すっと体が軽くなる。


火炎(ほのおよ) 奴を燃やし尽くせ!」


 洞窟の下と上を塞ぐ巨大な炎の塊が、水を蒸発させながら、一瞬の内に魔獣を飲み込んでしまった。

 魔獣を滅ぼし、役目を終えた炎の塊はゆっくりと消えていく。

 ははは……やれたのか。俺が。


「遂にやったぞ!! 俺が、六回唱えられたんだ。はっ、はっははははははッ!」


 形は単純な物だ。あのドラゴンとは比べものにもならない。

 それでも俺は遂に六回唱えられた。国に五人しかいない魔法使いと肩を並べたんだ。

 ああ、堪らなく嬉しい。早くレオナ姉さんにも教えなくちゃな。


 ……それにしても何か匂う。肉が焦げたようなそんな感じの匂いだ。

 洞窟の水の匂いかと思ったが、違う。魔獣の匂いにしては近すぎる。

 俺は頭を下におろす。


 右手が、焼けていた。

 皮膚が焼け(ただ)れている。自分の手だとは思いたくない。

 右手から目をそらす。なんだこれは、どうしてこんな事に。


「はあはあ……」


 思い当たるのは一つしかない。六回唱えたせいだ、それしかない。

 だけど、六回唱えたら、怪我をするなんて聞いたことがない。

 ……魔法は無事に成功してた。だけど、どこかしらに間違いがあったのか?

 わからない、理解できない。それに不思議と痛みもない。なんだこれは。

 痛みがないことが、今は堪らなく怖い。

 疑問と不安、そして恐怖が頭を支配していく。


「アンドリュー、ありがとう! 

 それにしてもさっきの炎凄かったね。こんな距離からあんな魔法を唱えただなんて信じられないよ」

「おい! アンドリュー。あと少しで俺達に当たるところだったぞ。というか熱かったわ!」


「あ、ああ。それはごめん」


 いつの間にかエスターとそのエスターの肩を借りながら、フスタルも来ていた。

 二人共無事だったんだな、間に合ってよかった。人と話したおかげか、少し冷静になってきた。

 とりあえず、六回唱えられはしたんだ。後々また考えでばいいだろう。

 頭を落ち着かせていたら、エスターが首を斜めに曲げながら呟いた。


「うーん、なんか臭わない?」

「あー、そうか?」


 俺は咄嗟に右手をポケットに入れる。


「俺も特別匂いを感じないし、気のせいじゃないかな?」

「そうそう、エスターはなんでも気にしすぎなんだよ」

「うーん、そうかな」


 納得してなさそうな顔だ。だけど、この話は終わらせよう。


「それにしても、あそこで倒れてる魔獣は誰が倒したの」


 俺は魔獣の方を指差しながら言う。

 二人がいた場所からはそこそこ離れている。倒すのは難しい筈だ。


「よく聞いたな! 俺が倒したんだ。ビリビリっと雷撃でな」

「まあ、その後別方向からも敵が来て、守りに徹してたってわけなんだけどね」


 一人は得意気に、もう一人は苦笑いしながらと対照的な顔で、そう話した。


「つうか敵が洞窟の中にいるとは思ってなかったぞ。結果的に汚名返上できたし、いいけどよ」

「それに関しては、ごめんね。相手の賢さを舐めすぎてた」

「魔獣が洞窟の中にいるっていう可能性に気付かなかった僕たちも悪いんだし、気にしないで」


 エスターは励ましの言葉と笑顔を俺に向けたあと、外へ出よう。と言い、出口へ顔を向けたな。


「「そうだね(だな)」」


 声が重なる。


「「…………」」


 沈黙のあと、フスタルと目が合う。


「ったく」


 そう言ったあとに顔に軽い笑みを浮かべた。

 ……自信はないけど、自分もそんな顔をしてる気がする。

 俺はそんな自分を想像し、笑いそうになるが、何とか堪える。やっぱ笑顔とか嫌だし。

 頭を掻きながら、外へ出るため歩き出した。




火炎(ほのおよ)


 細かい木の枝を集め、火を付ける。

 これでいいだろう。俺は地面に座り込む。


「疲れた……」

「本当だね~こんなに遅くなっちゃうなんて」


 そういえば今どれくらいなんだろう。時計を取り出す。


「今何時だ?」

「十時……」


 これは、レオナ姉さんに怒られるな。でも、まあ、事情を話せば許してくれるか。


「うわ、もうそんな時間かよ。カーチャンに怒られるな。こりゃ」

「あははは……僕も」


 全員似たような状況らしい。


「できれば、帰りたいところだけど、ここで野宿して、()が明けたら帰ろう」

「仕方ないね。普通の状況でもこんな真っ暗な中を歩くのは危険なのに、フスタは大怪我してるし、僕たちもボロボロだし」


 そう言われ、体を見る。服もボロボロだし、何より右手の状態が気になる。

 今だにポケットに手を入れてるため、正直おかしな格好だ。二人共疲れてるせいか、何も言わないけど。


「認めたくねえが、そうだな。ここで野宿したほうがいいか」

「フスタル、怪我は大丈夫?」

「まあ、なんとかな。悔しいけど、感謝するよ」

「それならよかった。ちゃんと医者に見てもらってね」


「へいへい、それにしても魔獣があんなに厄介だなんてな」

「そうだね……戦争の時は手軽に作れて結構強いから、重宝されたみたいだけど、今じゃただの害獣だよ」


 ため息をつきながら、今じゃ作るのも禁止されてるし、とエスターは言った。


「でも今回はまだ幸運だった。あれで魔法が使える種類の魔獣だったら、俺達は今頃死んでいたよ」

「あれって実在すんのか? 魔法が使える魔獣なんてどうやって作ったんだよ」


 (いぶか)しむように、フスタルが疑問を口にする。


「色んな文献に出てくるから、実在はすると思う。数は絶対的に少なかったみたいだけど」


 調べた限り、作り方に関しては一切の情報が出てこなかった。


「まっ量産出来てたら、国は勝ってただろうしな」

「作るのは相当難しいってことだろう。それか費用に見合う強さじゃなかったのか」


 魔法を使えるにしろ、使えないにしろ魔獣という存在は色々な意味で貴重な生き物だ。


「術者が死んでも生き続ける魔法か……」

「それだけ聞くと凄そうに聞こえるね。って実際凄いのか」


 エスターは苦笑いしながら言った。

 その通りだと、俺は首を縦に振る。あの魔法は凄い。利用できそうだけど、上手くいかないんだよな。

 そんな簡単に利用できたら、この国も、もう少し栄えてるか。




 魔獣の話を切り上げたあと、フスタルの馬鹿な話を聞きながら、エスターと二人で相槌を打っていた。

 眠いな、時計を見るともう深夜二時だ。そりゃ眠くなる。うとうとしていると、森の方から強い光が近づいてくる。


「おい、なんだありゃ……」


 フスタルも気付いたようだ。


「うん、うん、そうだね」


 エスターは目を閉じ、いつの間にか眠っていた。

 夢の中でも相槌を打っているみたいだ。苦労してるな。


「おい、馬鹿、エスター起きろ」

「いたっ、フスタ。殴るのはやめろって」


「あの光見ろ!」

「うん? えっ、なにあれ?」

「幽霊かもしれないぞ」

「ちょ、ちょっと待って。僕そういうの苦手だって知ってるでしょ」


「いや、普通に考えれば――――」

「アンドリュー! 良かった……無事で」


 走ってきたのだろう。荒い息をしながら、抱きしめてくる。


「レオナ姉さんだったか、ごめん」

「いいのよ、無事だったならそれで……」


 普段だったら怒る場面だ。

 それなのに、怒らない。ちょっときまりが悪いな、これは。


「えっと、あなた達は? って君、酷い怪我! ちょっと見せて」

「へっ、は、はい」


 レオナ姉さんがフスタルに近付く。


「何とか治せそうね。そのままじっとして」


 静かに、治癒(いたみよ)治癒(いたみよ)……と呟く。

 五回唱えたあと、柔らかな光が怪我の部分を包む。 


「な、治った……すげえ……」


 フスタルの言葉通り、擦り傷から大きな足の怪我まで元通りになっていた。

 初めて見たけど、レオナ姉さんの魔法は凄い。

 自分の魔法とは段違いの治癒能力だ。


「あ、ありがとうございます。凄いですね……」

「どういたしまして、治ったならよかったわ」


 今の凄い、と言ったとき胸を見てたのは気のせいじゃないだろう。

 フスタルを少し睨む。姉をそういう目で見られるのはあまりいい気持ちではない。


「な、なんだよ!」

「次はないからね」

「俺は何もしてねえ!」


 馬鹿なやり取りをしてる内に、エスターも治し終わったらしい。


「さ、アンドリューも……どうして右手、ポケットに入れたままなの?」


 普通気づくか。


「そういう気分なんだ」

「どんな気分よ、ちゃんと見せて」

「嫌だ」


 こんなの見せたら、絶対に追求される。

 まだそれらしい、言い訳も見つかってないのに。


「見せなさい」

「…………家に帰ったら見せる」

「はぁ、仕方ないな。じゃあ他の部分だけでも治すから、右手はあとでちゃんと見せてね」

「わかった」


 俺はレオナ姉さんのいたみよ、という言葉を聞きながら、言い訳を考え始めた。




 三時間近くかけて考えた言い訳があんなにあっさりバレるなんて。何がいけなかったんだろう、暇なので考えてしまう。

 まさか一週間も家に軟禁されるなんて、想像してなかった。

 まあ、心配させちゃったのは事実だし、仕方ないか。


「アンドリュー、ご飯できたわよ」


 リビングの方から声が聞こえる。そういえば暇なんだし、今日も俺がご飯を作れば良かったかな。

 と思ったけど、朝起きれる自信ないしな。気にする必要はないか。

 俺はベットから起き上がり、リビングへ向かった。




「この野菜と肉ってワインに漬けたやつ?」

「これぐらいのアルコールでもだめ?」

「まあ、これぐらいなら大丈夫かな。今日は何かする事はある?」


 朝ご飯を食べながら、暇つぶしができるものはないかと聞く。


「家とお店、両方とも掃除してもらったし、う~ん今日はないかな」

「そっか」


 暇な一日に決まってしまった。昨日は久々に外へ出られてよかったなぁ。また爺さんが来ないだろうか。

 まあ明日から練習できるし、いっか。本でも読み直そう。


 俺は食べ終わった食器を片付けようとしたその瞬間――――



「入らせて頂く!」


 玄関の方から大きな音が聞こえたあと、老人らしき低い声が家の中に轟いた。


「何ですか、いきなり……!」

「レオナ・コパーフィールドさんですね。突然の無礼をお詫びします」


 金属の甲冑を来た国の兵士の二人が、いつの間にかリビングまで乗り込んできていた。

 一人の男は頭のヘルムを取り、頭を下げる。かなり年老い男だ。

 どうしてこんな事態になってるのか、頭が追いつかない。


「ですが、そこにいる、アンドリュー・W――」

「やめて下さい」


 静かに、だが、怒気を孕んだレオナ姉さんの声が場を支配した。

 どうにも、俺に用事があるようだ。それもこんな乱暴なやり方を取るほどに。

 それと、今自分の名前のあとに、聞きなれない言葉が続いたような気がする。


「先週お話ししたはずです。彼を城まで連れてきて欲しいと」

「どうしてアンドリューなんですか、他にも!」


「それは彼には類まれなる才覚があり、依頼をこなす力があるからです。

 依頼を通して、将来、国の一角を担える人物かどうかを確認しておきたいのです」

「姉さん、もしかして俺に何か黙ってたのか」


 俺の問いに姉さんは顔を伏せたまま、返事をしない。


「では、彼を連れて行きます。これは王からの命令ですので」


 そう言うと、後ろに控えていたもう一人の兵士が俺の腕を掴む。


「何をっ」


 俺は払いのけようと腕を振るう。だが、相手の握る力が強くて、振り解けない。


「待ってください! 三十分だけ、アンドリューと話すお時間を下さい」


 姉さんは必死な素振りで頭を下げる。


 暫らくの間、誰も口を開かなかった。すると、老いた兵士が、


「わかりました。三十分だけ待ちましょう。ですが、玄関の所で待たせていただきます」


 逃がすつもりはないということだろう。俺は混乱する頭の中で、それだけはわかった。


「ありがとうございます」


 姉さんは頭を下げる。

 俺の腕を掴んでいる兵士が、よろしいのですか? と老いた兵士に質問をしていた。

 だが、何も言わず玄関の方へ歩いて行った。それを見て兵士は、俺の腕を離し、老いた兵士に続いた。

 俺は兵士達の足音が消えるのを確認し、


「姉さん、教えてくれるんだよね」


 俺は怒りを言葉に乗せ、ぶつける。

 なんで国からの依頼を黙っていたんだ。


「こんな事になるなんて……ええ、教えるわ。今まで隠してた全てを――」

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