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探索

適合者と思われる男。彼を見逃すわけにはいかなかった。

 男は改札機で切符を買った。どうやら電車に乗るようだ。男がどこまで乗るのか分からなかったので一番高い切符を購入した。

 行き先も確かめずに男の乗った電車に乗り込む。その車両は空いていたがすぐに動き出せるように莉々は立っていた。二駅後に男は電車を降りた。莉々も続いて駅を降りる。

 駅を出ると男は自転車に跨り走りだそうとしていた。あしがない莉々は慌ててカギのかかっていない自転車を探した。もはや倫理観などふきとんでいた。もとより、感染した時点で捨てたものだが。

 不用心な自転車はなかなか見つからず、そうしている間にも男は走りだした。莉々は自転車を諦め自らの足で走りだす。

 しかし、男の乗っている自転車は普通のままちゃりではなく、クロスバイク。ロードとマウンテンバイクのハイブリッド的な自転車だ。当然それなりにスピードもある。莉々はすぐに男を見失ってしまった。 

 肩で息をしながら男が消えた道路を睨みつける。

 初めて、手が届きそうな所にあった希望がまた零れてしまった。

 それでも莉々は決意した。この希望にすがるしかない、もう一度すくい上げるしかないと。残りの日数も半分を切っている。

 莉々は今の男のこと携帯にメモした。齢は二十歳前後。着ていた服、乗っていた自転車の特徴。見失った場所。

 


 翌日、莉々は再び例の男が降りた駅に来ていた。

「二週間でいいの?」

「はい、お願いします」

 莉々はこの街で新たに自転車を購入し、駅の駐輪場を二週間契約した。

 この特に何もない時期に二週間だけ駐輪場を契約するのは珍しいのだろう。受付のおじさんは少し不思議がっていた。

 今日のために莉々は自由にできるお金を全て銀行から下ろしてきた。占めて約十万円。駐輪場代は三千円で済んだが、自転車は奮発し四万円もするスポーツタイプのものを購入した。これで今日はこの街を走り回り、適合者の男の足取りを掴む予定だ。

 しかし、見知らぬ街で、一度顔を見ただけの男を探すのは容易なことではない。そこであの男の乗っていた自転車だ。莉々はネットを駆使し一度見ただけの自転車がどこのメーカーのどの自転車かを突き止めた。

 もうすでに現行されてはいない代物で乗っているものは少ないらしい。なので、標的は男自身ではなく自転車だ。

 手始めに駅の駐輪場を見て回ったところあの男の自転車は見当たらなかった。すなわち今はこの街のどこかにいる可能性が高い。

 莉々は早速購入したばかりの自転車を走られた。

 目的地は特に決めていない。適当に走りこの街を把握するつもりだった。そして人の集まりそうな場所、モール、映画館、カラオケ、喫茶店、など見かける度に駐輪場を確認する作業に入った。

 そう簡単に見つかるとは思わなかったが、見つけられなかったショックは大きい。

 その日は既に日が暮れ、自転車を判別することが難しくなった。ライトを使い探すこともできるが、なるべく怪しまれる行動は避けたかった。

 職務質問など受けた日には目も当てられない。感染者は青痣を隠すために様々な策を弄するという。莉々の絆創膏も確かめられるかもしれない。なにせ、世間にとって右目の下という位置は一番デリケートな部分だからだ。

 結局、日が落ちると同時にその日の捜索は断念した。

 


 翌日から、なにかしら理由を付けて学校は休むか、早退した。そして電車に乗り例の街へ繰り出し、適合者の男を探す。

 商業施設だけでなく、様々な場所を探した。もう社会人かもしれないと思い、会社やビルに侵入して駐輪場を探ったりもした。住宅街を一軒、一見外から覗いても見た。

 しかし、みつからない。

 心のどこかで楽観的に捉えていた部分があるかもしれない。それほど大きい街でもない。自転車で十分街の全てを回れる大きさだ。その中で自転車を見つける。普通のままちゃりなら途方に暮れていたかもしれないが、特徴的なクロスバイクだ。

 しかし、見つからない。

 きっともう地元民以上にこの街の道に詳しくなったことだろう。自転車の漕ぎすぎで一回り太ももが太くなった気がする。

 気づけばもう週末だった。

 本当にこのままでいいのか?

 迫りくる死というものに対して決意が鈍る。

 このまま男を探していていいのか? これが最善か? 見つけたとしても血を与えてくれるのか? 否定されたら? 襲うしかないのか? だけど、それじゃあ助かったとしても……。ああ、そんな先のことを考える前にまずは見つけなければ。このまま探し続けていていいのか? 本当にこの街に住んでいるのか――。

 思考が無限ループし何度も何度も同じことを考える。答えが出ないと知りつつ考えてしまう。これでいいのかと。そうしている間にも時間は過ぎ去ってしまうのに。動けない。震える体。涙、涙。泣かないと決めたはずなのに。もうどうしようもなく溢れてきた。

 狂いそうだった。

 もかしたら最後の休日となるかもしれないのに、布団の中で丸くなり、眠ることもできず、思考が頭を埋め尽くす。

 食事ものどを通らない。

 死に至る病、それは絶望だ。

 まさしくその通りだと思った。このままではBBウィルス以前に狂って死にそうだ。いっそ狂ってしまえば楽かもしれない。しかし、莉々の生に対する執着が狂うことを許してはくれなかった。



 莉々は再び、捜索を開始した。

 惑わす思考はもはやなかった。何も考えないようにした。明日の事、今日の事、一時間後の事、何も考えない。その場その場の思いつきで行動した。

 男を探すためにこの街に来たもの、もはや惰性でしかないかもしれない。

 それでも、莉々は自転車を走らせ、男の自転車を探す。

 何度も、何度も回った場所を再び巡る。

 見つからない、見つからない。

 等間隔に並んだ自転車が嘲笑う。なぎ倒してやろうかと思った。

 ふと顔を上げると対面の道路に、かなり速いスピードで自転車が横切っていった。何処かで見た自転車だなあと思うと同時に、そういえば、停まっている自転車ばかりで動いているものにはあまり注意を払っていなかったと気付いた。

「あ――」

 目に移った景色を巻き戻す。何処かで見た自転車、莉々の探し求めていたそれだった。停まっている姿ばかり想定していたため、動いているそれが目的のものだと変換されるのに数秒かかった。

 歓喜!

 それは久々の感情だった。

 莉々はすぐさま愛車を駆らせ後を追った。

 チェイス、というほどでもなかったが相手はかなりのスピードで見失わずついていくのがやっとだった。約十分後、彼が足を置いた場所は大学だった。どうやらそこの学生のようだ。

 学生。

 その可能性を考えていないわけではなかった。それでも大学を探すという考えが浮かばなかった自分を殴りたい気分だった。

 高校では部外者がうろついていたら怪しまれるかもしれないが。大学はそうではない。制服もないし、どこのだれが構内をうろついていようがとがめる人は少ない。

 現に今、子供づれの親子が目の前を通って行った。

 男は大学構内の駐輪場に自転車を止め構内の何処かへ消え去っていった。莉々は無理に追うことはしなかった。自転車さえ見失なわなければいい。

 莉々はちょうど男の自転車が見張れるベンチを見つけ、そこに陣取った。

 一時間と少しして、男は再び姿を見せた。

 莉々は直ぐに追跡の準備をした。

 男は走りだし、莉々は後に続く。つかず離れず、絶妙な距離を保ちながら莉々は後ろを走った。幸い男は振り返ることなく走り続け、莉々の存在がばれることはなかった。

 十数分後、辿り着いた場所は小さなアパートだった。おそらく学生の一人暮らし用のアパートだろう。

 男が部屋に消えるまで、莉々は遠目で見守った。

 莉々の目に気力が戻ってきた。

 最後の希望、適合者。ようやく見つけた。BBウィルスに感染し、なんて運が悪いのかと神を呪った。だけど、感染者の中で適合者を見つけることができるなんて、まさに僥倖だ。

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