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命の価値

一週間が経過した。

 事態の進展は何もない。

 まだ、やけどの傷痕は残っており、まだ暫く絆創膏を付けていても怪しまれる事はないだろう。しかし、それとは別に眼の下の大きな隈が目立つ。まともに寝られていないのだ。

 死を連想させる夜は特に眠れない。寝つけるのは日が昇ってからだった。

 最近は放課後になるとネットカフェに入り浸っていた。

 インターネットで感染者の仲間を募り、テロ行為を画策していた人物がいた。幸いにもホームページの存在が割れ、未遂となった。

 そんな事があってから感染者を見つけ出す機関はインターネットまでその手を伸ばしているという噂だ。

 必要以上にBBウィルスのことをネットで調べているIPはマークされているらしい。

 真偽のほどはわからないが、その情報を耳にした時から自宅で調べ物をするのをやめ、今は身分証の必要でないネットカフェを探しだして入り浸っている。

 感染者による裏サイトは、消えては出来を繰り返している。

 裏サイトに集う感染者には二種類いる。生を諦め、この理不尽な病に対する怒りを何処かにぶつけようという者。どうせ助からない命、最後に派手な事をしてやろうという輩だ。そして、もう一方はなんとしても生にしがみつこうという者。

 莉々はもちろん後者だった。

 必死に生きるすべを探した。

 その結果、やはり方法は一つ、適合者の血を手に入れるしかないようだ。

 適合者の血液は、ネット上で頻繁に取引されているようだ。血の取引を求めるような書き込み、サイトをよく見かける。真偽のほどは定かではない。しかし、その値段は全て一億円と統一されていた。数ある取引の内容、どれを見てみても値段は等しく一億円だった。

 このことを考えるとこの取引は本物なのかもしれない。

 取引の内容を詳しく見てみると、

 

 支払いは現金のみ

 事前に個人情報を明かすこと

 取引は直接出会い、血を改めさせてもらえる

 事前にコンタクトで審査に合格した者


 ざっと見たところ、条件はこんなだ。

 また、各条件についての詳細な説明がある。

 莉々はいつの間にか、この取引に対して当初感じていた胡散臭さが消えていることに気付いた。

 この取引は本物じゃないの?

 だってこんなに仔細に書いてあるし!

 莉々はもはや疑うということを忘れていた。疑うことを否定していた。わずかな希望に縋りつきたかった。

 しかし、その取引が本当だとしても。

 一億。

 言葉にすると簡単なその値段は、平均的なサラリーマンの生涯賃金。一生をかけて稼ぐだけのお金。そう考えるとあまりに重かった。

 莉々の家庭はまさしく一般的な家庭だった。貧しくもなければ裕福でもない。十年前に購入した一軒家はローンが二十年残っており、父は新車が欲しいと常日頃ぼやいているが、乗っているのは型遅れの軽だ。

 莉々も家の状況は重々承知していた。たとえ全てを現金に換えたとしても、一億の半分にも満たないということを。

「宝くじでも買おうかな」

 そう呟いては自嘲的な笑みを浮かべた。

 そんな簡単ではない。宝くじにかけるぐらいなら、むしろ保護施設に入った方が助かる確率は高いのではないだろうか。

 一億円、生涯賃金、命の価値。

 一億円を現金で残り二週間以内で用意、いくら考えてもそんな芸当はできそうになかった。合法的な手段では到底無理、犯罪に手を染めようと、一介の女子高生に一億なんて大金は用意できるはずがない。

 莉々はマウスを操る手を止めて夢想した。

 買う前から宝くじが当選した後の使い道を想うように、BBウィルスから逃れた日々を夢想する。

 胸を締め付け、頭に警鐘を鳴らし続けている、この絶望から解放される。想像するだけで嬉涙が流れてきそうだった。そして、それからの人生は素晴らしいものになるだろう。生きていることは当たり前じゃない。日常はわずかな可能性の上に成り立っている。その事を噛みしめながら生きて行けるだろう。

 絆創膏に触れて現実に戻る。

 束の間、消え去っていた絶望が体を埋め尽くす。

 自らを抱きしめ、座席の上で小さく丸くなり、がたがたと震える。

「考えるな、考えるな」

 自分が死ぬイメージが頭を支配する。

 そこから抜け出そうと、必死に違うことに思考を回そうとする。

「ああ、そういえば」

 BBウィルスから助かった人々はどんな生活を送っているのだろう。

 自分が感染者だったなんて、あまり言いふらすことではないだろう。宝くじの当選者然り。それでも、その後の生活の情報ぐらいはあるだろう。

 元の生活に戻れるのか、それとも違った人生を歩むことになるのか。

 莉々はパソコンに向き直りBBウィルスを克服した人々のその後を調べ始めた。


 準適合者


 彼ら――BBウィルスから生還した人々はそう呼ばれているらしい。

 その単語は莉々にとって初耳だった。 

 準適合者についての情報は少なかった。テレビ、新聞ではその単語は見たことが無い。

 なぜ、適合者の血を飲み、BBウィルスから生還した者をそう称するのか。それには理由があった。

 準適合者の血もまた、感染者を助けることができる。しかし、濃度が薄いのか、適合者の血と比べて、感染者を助けるためには倍の量が必要となる。らしい。確かな情報ではない。

 取りあえず、一度治ったら二度と感染することはないらしい。

 しかし、倍の量が必要とはいえ、感染者を治すことのできる血液を有するということは、感染者や、適合者の血で金もうけをしようと企む輩から狙われるということだ。

「副作用?」

 また、準適合者になった者は副作用がある者もいるらしい。

 眼の色が変わる。髪の色が変わる。血への衝動がおさまらない。瞳孔が開きっぱなしになる。と、多々の例がある。

 命が助かるならそれぐらいなら甘んじて受け入れよう。

 準適合者、この情報は大きい。

 彼らの血でも助かるのだ。助かる可能性が増えたのだ。助かる、きっと助かる。そう思っていないとまともな精神を維持できそうになかった


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