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家族

莉々は顔のやけど痕を確認した。青い痣はほとんど見えない。これなら万一、絆創膏がはがれたとしてもばれることはない。しかし、年には念のため、化粧品を用いて、さらにカモフラージュを施した。

 学校ではあくまでいつも通り過ごした。いつもの日常が吹っ飛んでしまった今となっては、その普通がどんなものだったか忘れてしまったが。それども気取られぬように注意を払った。

 放課後、市の図書館へ赴き、BBウィルスに着いて過去の事件を調べた。 

 しかし、ネットから得られる以上の情報はあまり得られなかった。適合者の血をどうやって得られるか、期待してはいなかったが、そんな情報はあるはずもない。

 だけど、気になる記事を一つ見つけた。

 約一年前の記事、ある一人の感染者の女性が、実名を晒し、保護施設に入るのを覚悟の上での投稿記事だった。


『適合者の愛』


 そう銘打って書かれた記事は、要約すると適合者の人々には血を提供してもらいという内容。

 日々、死の恐怖に怯える感染者に比べて、適合者は自分だけは感染の心配はない。ならせめて一人でも感染者を助けるために血を提供して欲しい。匿名でも構わない。感染者に少しでも希望を与えてほしいと、記事の投稿者は叫んでいる。

 その女性は二度目の新月まで残り数日だったという。自分はもう助からないとわかっていても、まだ多く存在する感染者のために投稿したそうだ。

 彼女の命をかけた訴えはそれなりに効果があり、匿名の血液が病院等に届けられた。しかし、その血液を数いる感染者の誰に与えるか、そのことに時間を割いている間に血液はほとんど無駄になった。

 というのも、適合者の血液は新鮮でなくてはならず、一日以上置くとBBウィルスへの効果が無くなるということが、そのころ発見された。

 保存できない、その発見は感染者にとって芳しくないものだった。

 今現在の状況はどうなっているのか、莉々は最近の記事を読みあさった。

 今でも匿名の血液が保護施設あてに届けられるらしい。しかし、一日に感染者一人分、あるかないかの量。そもそも適合者の数自体が少ないのだ、それも仕方ないことかもしれない。

 この情報で莉々は迷った。

 保護施設に入れば、助かるかもしれない。しかし、本当に万に一つの可能性だろう。

 選定は完全にランダムらしい、残り日数が少ないから、年齢が若いから優先されることはないらしい。保護施設に入ると同時に番号を与えられ、命が失われるその日まで番号を呼ばれるのを待つのみ。

 莉々は狂わない自信がなかった。しかし、保護施設に入るのが早ければそれだけ可能性も上がる。かといって、そうそう踏ん切れるものではない。

 それに、保護施設に関しての情報は信憑性が無い、との情報もある。

 ある意味、人権や倫理を無視した例の法案。保護施設の内部については公式の情報公開がなされておらず、その内部事情は全て想像であるらしい。



 保護施設に入れば助かる可能性がある、という小さな希望と、相変わらずの膨大な絶望を抱えたまま家路に着いた。

 既に夕飯の準備が整っていた。

 いつも通りの家族の団欒、莉々と父と母、三人暮しの何処にでもいる核家族。

「莉々ちゃん、顔のやけどは大丈夫?」

 母が心配そうに言う。

「うん。痕は残らないって」

「嫁入り前なんだからな、気をつけなさい」

 少し昔気質な父も心配してくれる。

 二人とも娘の命が残り一月を切っているかもしれないということを知らない。

 生まれてこのかた、ずっと一緒だった家族を前に莉々は熱いものが込み上げてきた。仲の言い家族だったと思う。今でも毎年一回は家族旅行に出かける。

 家族になら打ち明けてもいいのではないだろうか。莉々は箸を止めて迷った。

 唯一の家族なら、力になってくれるのではないか。

 莉々は小さく頭を振って自らの考えを否定した。

 力になってくれるといっても限りがある。血眼になって適合者を咲かしてくれるだろうか。しかし、それは自分、もしくは近親者が感染者だと触れまわることだ。保護施設を薦めるかもしれない。今のところ助かる可能性はそれしかないのだから。

 それは、嫌だ。ただ待つだけなど耐えられない。

 それに、両親の自分を見る目が変わることが怖かった。

 テレビから流れるニュースでは、またBBウィルス関連の事件を報道していた。

 感染者の一人の男性が夜な夜な人を襲い、血をすすって適合者を探していたという。性質が悪いことに被害者の七人は全員感染させられていたという。そうすることで発見を遅らせようとしたらしい。

 自然と発生した者と違い、感染させられたものは余計やりきれないだろう。さらに悪いことに被害者たちはその面が割れたので強制的に保護施設送りだ。

「ねえ、自分が適合者だったらどうする?」

 莉々は思い切って、しかし、さりげなく両親に尋ねた。

 両親が適合者かどうか、これだけは確かめておかなければいけない。

「そうねえ、少しでも力に慣れればいいけど、結構な量の血が必要なんでしょ?」

 母が隣の父に問いかけた。

「ああ、そうらしいな。1リットルぐらい必要だとか」

「へえ、そんなに必要なんだ」

 体重の2~2.4パーセント。

 詳細な数字を記憶していたが知らないふりをした。

「それだけの量を自分で採血するなんて、怖くてできないわよねえ」

「どうして自分で?」

 その理由も、莉々は知っていたが、あえて尋ねた。

「何処かの機関でそんなに採血してもらったら自分が適合者だってばれるじゃないか。どこからその情報が感染者の耳に入るか分からないし、そうしたらすぐに狙われる」

 母の代わりに父が答えた。

「そう、だね」

「そうね、感染者の方々には悪いけど、自分の身を危険にさらしたくはないものね」

 両親を冷たいとは思わない。逆に偽善的な答えが返ってこなくて少しほっとしている。

 募金や献血とは違うのだ。

 見ず知らずの誰かのために命を危険にさらしたりなど普通はしない。

 それでも自分の子どもなら、親、兄弟なら? それは、助けるだろう。

 莉々自身、自分が適合者で両親が感染者なら迷わず助ける。しかし、自分が適合者ということを告白するだろうか。もしかしたら両親にだけは言うかもしれない。

 先ほどの会話だけでは、両親が適合者かどうかなんて判別できなかった。

 これ以上突っ込んだ質問は怪しまれると思い、それ以上は話を広げなかった。

 両親、恥ずかしくて直接言葉にはできないが、莉々にとって愛おしい存在だった。諦めるつもりはないが、残り僅かかもしれない人生、両親との時間は大切にしようと莉々は思った。


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