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適合者

適合者、彼らの存在はBBウィルスが発見されてから間もなく発見された。BBウィルスに感染しない者。なんらかの抗体を持つ者だ。

 何故それが分かるのか。唯一の感染ルートは血液感染であるが、感染者の血液を摂取しても感染しない者がいた。では、彼らから血清、ワクチンは作れないのか。それは実現していない。適合者と一般人、その違いが何も見つからないのだ。

 適合者とは絶対にBBウィルスに感染しない運のいい人。しかし、それを確かめるすべは感染者の血液を摂取してみなければわからない。

 ロバート・パウエルが現れるまでは適合者とはあまり注目されない存在だった。

 ロバートの証言により、またロバートがBBウィルスに感染したにも関わらず生きているという事実から、BBウィルスに対抗する希望が生まれた。

 ロバートが他の感染者とは違う行動、同年代しか狙わない。これはあまり関係ないと判断。注目すべきは殺した相手の血をすすったということ。

 特にロバートが三人目に手をかけた女性。またロバートが血をすするきっかけとなった女性。今ではもう確かめようがないのだが彼女は適合者だったのではないかという仮定が生まれた。すなわち、適合者の血を飲めば感染が治る。

 世界中の研究機関がその事実を確かめにかかった。

 しかし、問題は適合者を見つけること。手当たり次第に感染者の血液を注入させるわけにはいかない。実際にそうした研究機関もあったというが。

 そこでロバートの証言である。『甘い匂い』、『美味』。

 そこから、感染者にだけは適合者の血がそう感じるのではないか。誰かがそんな仮説を立てた。

 その仮説は半分当たっていた。

 三年前、ドイツのある研究機関に一人の少女が出向いた。

 彼女の名前はエマ・アルトマン、当時十五歳。

 当時、彼女は病院に向かう予定だった。しかし、テレビから流れるニュースで『感染者には適合者の血が甘くとても美味に感じる』との報道をみて急遽行き先を変更した。

 そう、彼女は自分の血を舐めたとき、鉄の味ではなくメープルシロップのような甘みを感じて自分の血はどこか以上ではないのかと懸念を抱いた。

 しかし研究者は彼女の血を分析してみても何も発見できなかった。試しに舐めてみてもただの血の味がするだけだった。エマの舌がおかしいだけではないのか、そう疑ったが彼女の舌は普通だった。

 では、感染者に舐めさせてみればいい。

 感染者を見つけるのはそれほど苦労しなかった。実験の志願者を募ったところかなりの数が集まった。誰だって藁にも縋る思いだった。

 数人の感染者に舐めさせてみたところ、その全員がエマと同じように、彼女の血が甘いといった。

 これで仮説の一つは立証された。

 そしてもう一つの仮説、適合者の血液によって感染者は助かるのか。

 それを確かめるべく、彼女の血液を数人の感染者に量を変えて輸血した。最大で2リットルもの輸血をしたにも関わらず被験者は全員死亡した。

 何がいけなかったのか、まだ血の量が足りないのか。しかし協力してくれる適合者はエマ一人だったため、あまり無理もさせれなかった。

 ロバートの三人目の被害者女性の体重は45キログラム、全体の血液は約3.6リットル。それだけが必王なのか。しかし、人間全ての血液を飲み干せるとは思えない。

 研究者はもう一度ロバートの行動を顧みた。そう、ロバートは血液を飲んでいたのだ。

 しかし、血を飲むことに何の意味があるのかは分からない。血を飲んだとしてもそれは胃の中で分解されるだけだ。栄養にはなるかもしれないが、決してそのまま血液にはならない。それとも胃の中で何かの化学反応が起きているのか。

 とにもかくにも科学者は実験してみることにした。

 同じように数人の感染者を用意し、今度は輸血ではなく飲ませてみた。初めこそ抵抗していた感染者たちは一口飲むと目の色が変わり、すぐに血液を飲み干してしまった。そしてもっと血をくれとせがむのだ。

 実験は成功した。

 二人の感染者が生き残ったのだ。しかし、暫くは血をもっとくれと中毒者さながらの様相だった。それもやがては落ち着き、正常に戻った。この点もロバートの証言と同じだった。

 なんにせよ、人類が初めてBBウィルスに抵抗できた瞬間だった。

 研究者は実験を繰り返し、感染者は体重の2~2.4パーセントの適合者の血液を口から飲めばBBウィルスは完治すると公式に発表した。60キログラムの人なら1.2~1.44リットルの血液が必要ということになる。

「体重の2~2.4パーセント……」

 莉々はすぐさま計算した。

 莉々の体重は43キログラム。換算すると0.86~1.032リットルが必要となる。

 60キログラムの人の血液量は約4.5リットル。そう考えると4リットルの血液というのはそれなりの量だ。

 莉々はそこで一つため息をついた。

 必要な量が分かったとして、それを手に入れる手段が皆目見当もつかない。

 それは、全ての感染者にとって大きな問題だった。

 ドイツの研究者によって、BBウィルスに感染しても助かる方法が見つかった。それは大きな一歩だが、同時に多くの悲劇を生んだ。 

 適合者を判別するには、感染者、または適合者自身が血液を飲み、甘く感じるか否か。判断基準はそれしかない。感染者の血液を摂取してみて、感染しなければ確実、だが、そんな勇気のある者は少ないだろう。

 発表のあった日、多くの――ほぼ全ての人間が自らの血を舐めて見たことだろう。自らの血が甘いと感じたものの半数は、感染者の命を助けようと名乗り出た。その当時、多くの感染者が助かったのも事実だが、同時に多くの適合者の命が失われた。

 適合者に比べて感染者の数はあまりに多かった。一説には1000:1ともいわれている。また、適合者から摂取できる血液の量も限られている。

 切羽詰まった――二度目の新月が近い感染者たちは適合者を血眼になって捜し、そして攫った。感染者にとって、適合者の血は美味で、一度口を付けると麻薬のように止められなくなるという。よって感染者は必要以上に、血が無くなるまで飲むことを止められない。

 そうして、多くの適合者の命が消えた。

 この現象もまた世界各地で起きた。

 実験に協力していたあのエマ・アルトマンも発表の三日後に行方不明になり、未だに発見されていない。ドイツの研究者の何人かは責任を感じてか自刃した。

「はあ……」

 莉々は重いため気をつき、涙が流れそうなのを必死で耐えた。

 この事件は莉々も薄らと覚えていた。今でもそうだが、BBウィルス関連のニュースでテレビが賑わっていたことを覚えている。

 しかし、莉々はそれらのことを、何処か遠い国の出来事だと思っていた。自分には関わりが無いことだと。現に、莉々は今まで身の回りでBBウィルス関連の事件、出来事が起こったことはなかった。感染者にも、適合者にも出会ったことはなかった。だけど気付かなかっただけで、確実に近くにいただろう。押っ広げに自分が感染者だ、適合者だというものは今やもういない。

 

 感染者保護法。


 一年半ほど前に日本で施行された法案だ。

 内容は感染者を丁重に保護するというものだが、実際は違う。保護という名の軟禁、下界との接触を一切断たれる。

 当然、治療法などないし、適合者の血液もない。死ぬまでの数週間、変な気を起こさないように監視し、閉じ込めておくのだ。 

 この法案が施行されたとき、これで少しは平和になるなあ、と漠然と思っていた当時の自分を殴りたい気分だった。

 感染者サイドに立ったとき、これほどの絶望はない。

 最後の希望、自由、権限、そういったものが一切奪われるのだ。 

 だから感染者は、自らが感染者だということをひた隠す。

 一般市民は感染者を探しだす。まるで魔女狩りのように。


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