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8話

 



 ヒューイ君が悲しそうな顔で私の前から去って行ったあの日から、わたしはよく眠れなくなった。


 起きている間は母さんが心配するから明るくふるまう。

 食欲もないけど、出されたご飯は全部食べる。

 よけいなことを考えないように今まで以上に家事をして身体を動かす。


 そんな一日を過ごした精神的疲労から、ベッドに横になるとすぐに眠りにつく。


 すぐに夢が訪れる。

 あぁ、嫌だ。

 またこの夢だ。 


 ヒューイ君が、女の子と一緒にいた。

 私がいるその前で、二人は熱のこもった目で見つめ合う。


 やめて! 嫌だ、こんなの見たくないっ!!

 わめくわたしの声なんて誰にも届かない。


 二人はそのまま、ゆっくりと顔を近づけて……。


「嫌ぁああああああああ!!」


 自分の叫び声で目が覚める。

 心臓は張り裂けそうなほど速く鼓動をうち、全身じっとりと嫌な汗をかいていて気持ち悪い。

 慌てて薄暗い部屋の中を見回し、今が現実なのか夢の続きかを確認しては安心する。



 そんな日々を送っていた。





 「今日は天気が良くてとくに気持ちいい日ね。ミモザ、窓をあけてちょうだい」

 「はぁい」


 母さんに返事をし、寝不足で重い身体をだましながら窓辺にたつ。

 外は日が照っていてぽかぽかしている。

 わたしの気持ちも少しでもこんなに晴れたらいいのに……、そう思いながら窓を開けた。


「……っ!!」


 とたんに発情期特有のざわついた空気に鼻や耳が反応して、思わず窓を反射的に閉めてしまった。

 家中に響き渡るような音をたててしまい、母さんが慌ててやってくる。


「ミモザ、どうしたの!?」

「ごめん、ちょっとふらついただけ」


 今度は息をとめて窓を開ける。

 やはりこの独特の空気に触れていると感情が逆なでられる。


 今もこの世界の、いや村のあちこちで発情期を楽しむ男女がいる。

 ヒューイ君も誰か女の子と一緒にいて……!?


「ミモザ、顔色が悪いわ……」

「う~ん、昨日は夜更かししちゃったから寝不足みたい。何だかポカポカしてて眠たくなっちゃった。ちょっとお昼寝でもしてこようかな!」


 母さんの心配そうな視線から逃げるように部屋に飛び込んだ。


 部屋に入ってひとりになると、無理に元気にふるまう必要もなくてほっとする。

 気が緩んだのか無性に眠たくなってきた。

 だけど眠るのが怖い、眠ればまた嫌な夢を見てしまう。


 寝不足が続いていたわたしは、悪夢の恐怖に怯えつつもおそいくる強烈な睡魔には勝てなかった。

 ベッドに横になるとすぐに眠ってしまった。



 その夢はいつもと違い、人影が一つだったのでほっとする。

 だけどその人影をよく見たわたしは思わず絶句した。

 

 ヒューイ君と女の子が二人で恋人のように寄り添っていた。

 わたしの目の前で、二人はじゃれあいながら絡み合う。

 そしてヒューイ君は見たこともないようなとろけた顔で女の子と更に密着して――――


 わたしは声なき絶叫を上げた。




 いつの間にか固く目を閉じていたことに気が付く。

 目を開ければ夢から覚めているといいのに、と願いつつゆっくりと目を開ける。


 薄暗い部屋の中、驚いた顔でわたしを見上げるヒューイ君の顔があった。

 

 なんでわたしは見上げられているんだろうと状況を確認すると、なんと横になっているヒューイ君に馬乗りしていた。

 

 目が覚めていない、これはさっきの夢の続きだ!!


 青ざめて辺りを見回す。

 さっきまでヒューイ君と絡み合っていた女の子の姿はなかった。

 安心すると同時に、自分の夢の浅ましさについ口元に歪んだ笑みが浮かんだ。


 ヒューイ君を見下ろすと、目を丸くしたまま何か言いたげに口を開いてはとじたりを繰り返している。

 さっきまでの積極的な態度とはあまりにも違う反応に、なにかがぶちっと切れた。


「なに? さっきまで一緒にいた女の子と違うから不満なの? さっきしてたこと、わたしにはできないっての?」

「……え? ごめん、なんのこと……?」

 

 あいかわらずぱっとしないヒューイ君の態度に腹が立つ。

 なんだよ、これってわたしの夢でしょ!? なんでこんなところだけリアルなんだよ! 

 

「いつもわたしの目の前で女の子といちゃついてたじゃん! わたしがどんなに嫌だって言ってもまったく聞いてくれなくって! わたし、ヒューイ君が他の女の子といちゃつくとこなんて見たくないって、嫌だって何回も言ったのにぃぃ……っ!!」


 ついこらえきれなくなって涙があふれる。

 何だか悔しくて乱暴に目をぬぐえば、落ちた涙がヒューイ君の服に落ちてシミをつくる。

 涙が落ちたのがヒューイ君のお腹のうえだと気が付いて、なんでわたしヒューイ君に馬乗りになって泣いてるんだろうと夢の理不尽さに乾いた笑みをもらした。


「……これは、俺のつごうのいい夢?」


 ヒューイ君がうわごとのように呟いた。

 なんでわたしだけがこんなに感情的になってるの?

 ヒューイ君との温度差がめちゃくちゃ悔しい!


「そうだよ、これはわたしが見てる都合のいい夢だよ! 毎日勝手に夢の中にヒューイ君を出してたんだよ! 気持ち悪いでしょ、ごめんなさいね!」

「……なにこの夢、俺って最低……」

 

 ヒューイ君は両腕で自分の顔を覆い隠してしまった。

 まだ逃げるのか!

 わたしは馬乗り状態のまま、覆いかぶさるようにその腕をつかむ。

 これ以上逃げるのは許さないとばかりに腕を力づくでどければ、少し抵抗しただけで腕はあっさりと顔の上から外れた


 下から出てきたヒューイ君の顔はなぜだか目が潤んでいて、覗きこんだわたしはついドキリとしてしまった。


「わ、わたしがこれだけ言ったんだよ? 何かいう事はないの!?」

「……俺も、毎日ミモザの夢をみていた」


 動揺をごまかすように言ったわたしの言葉に、ヒューイ君は観念したようにぼそりと呟く。

 一度出始めた言葉は、堰を切ったように感情的になって溢れだしはじめた。


「そうだよ、俺は毎日お前の夢を見てたよ。お前を夢の中で好き勝手してたよ! それどころかな、お前を妹のように思ってるって言ったくせに、俺を頼れって言ったくせに! お前と話をして帰ったその日にオカズにしてたんだよ!! ミモザにあのとき『嘘つき』って言われたけどさ、本当にそのとおりなんだよ! 最低な男だろ!? 発情期の兆候が出始めたのにそれを必死に隠して、ぎりぎりまでお前の所に通っていた汚い男なんだよっ!! ……くっそぅ、もうなんだよこの夢!」 


 ヒューイ君の目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。

 わたしは誘われるように顔を近づけ、涙がながれたあとをゆっくりと舌でなぞり上げた。


「……んっ!」


 小さく漏れた呻き声をきいたとたん、わたしの身体に怒りとは違う熱がわき起こる。


 薄暗くてよくわからないけど、ここはたぶんヒューイ君の部屋。

 漂うヒューイ君の匂いに包まれたような気がして思わずうっとりする。


「……はぁ、ヒューイ君の匂い、すっごくいい……」


 思わず声がうわずる。

 もっとヒューイ君の匂いを感じたくて、ヒューイ君の首筋に顔をうずめて思いきり匂いをかぐ。

 赤くなった耳が目に入り、ちろりと舐めあげて甘噛みした。


「んあっ……」


 喘ぐようなヒューイ君の声にぞくぞくし、のけぞった喉に思わずかぶりつく。

 まだ出はじめの喉仏やはだけた服から見える鎖骨をゆっくり舌でなぞっては甘噛みを繰り返す。

 ヒューイ君の噛みしめた口から上ずった声が漏れる。


 もっとヒューイ君の余裕のない声が聞きたい。 



 ふと気が付くと、夢中でヒューイ君の胸元に顔をうずめていたわたしの頬に熱い手が触れていた。

 そのまま強い力でやんわりとひきはがされる。

 不満をうったえるように顔を覗きこめば、熱のこもった青い瞳の強さについ体が逃げる。

 ヒューイ君の腕はそんなわたしを追いかけて、ぐいっと引き寄せた。

 

 潤んだ瞳がわたしを射すくめる。

 


 「……ミモザ、いいの?」



 欲に濡れた男の声。


 その声を聞いた瞬間。






 わたしは正気に返った。

 

 

 

 

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