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5話

 


 男に襲われた一件以来、俺は自宅謹慎となった。


 いや、正確に言うと、『発情期の間は危ないからおうちにいましょうね』ってことになった。


 普段は商人ぐらいしか村の行き来はしないのだが、発情期になるとつがいを探しに男女年齢関係なく他の村へ行くこともあるのだそうだ。

 村の大人たちは、俺の事情を知らない人たちが村に来る前に話をしようと思っていたが、あの男がフライングしすぎたようであんな事態になったらしい。


 ちなみにあの男は、この村での暴挙が近隣の村に伝えられたおかげで全ての村で出入り禁止になった。

 つまり、かなり遠くまで行かないとつがいを見つけられないのだ。

 せっかくの恋する季節を延々と移動に費やさなければならないのだ、へっざまぁみろ!


 発情期の男たちが全てあんな性欲一直線の馬鹿ばかりではないらしいが、発情期は男女関係なくいつもより感情的になりやすいのだそうだ。


 そんなわけで、まだ意識が戻ったばかりで世間知らずな俺は、発情期が終わるまでおうちのなかで大人しくしていることになった。




「ううっ、退屈」


 窓から外を見れば、お日様はポカポカ。

 冬の間は殺風景だった野原や草むらは、小さな花が咲きだしてとても心が浮き立ってくる。

 こんな時に外に出られないなんて、なんて拷問! せめて親父の畑で弁当を食べるぐらいはよくないか!?


 とはいえあんな目にあった手前、何も言えない。

 俺だけならともかくヒューイ君まで危険な目に合わせてしまったし、熊化して錯乱した親父は今もアライグマにつけられた爪痕が身体に残っている。愛の証とかいってこそっとその傷痕をなぞっているのを見るたびに、何ともいえない気持ちになる。

 それらが全て俺のせいだと思うと、いたたまれなくて何も言えない。



 そんなことをつらつらと自分の部屋で考えていると、玄関のドアを軽くノックする音が聞こえた。

 母さんが返事をしながらドアを開けに行く。


 だけど俺の耳と鼻はすでに訪問客が誰かを察知して、嬉しさで尻尾が揺れるのを止められなかった。


「ミモザ、ヒューイ君よ」

「はぁあああい!」


 母さんが言い終わる前に部屋を飛び出し、ヒューイ君を出迎えに行った。





 話は少しさかのぼる。

 あの騒動の次の次の日、ヒューイ君はお母さんと一緒にお見舞いに来てくれた。

 別に俺は病気したわけでも怪我をしたわけでもなかったから、皆でテーブルについてお茶やお菓子をつまんで話をしていた。

 母さんたちがおしゃべりしているのをBGMにお菓子をつまんでいたら、ヒューイ君がおずおずと話しかけてきた。


「ミモザ、調子はどうだ……?」

「え、調子? うん、元気だよ。外に出られないのが残念でたまらないぐらいだよ!」


 そんな俺の答えに、ヒューイ君はほっとした顔で大きいため息をついた。


「……良かった。また外に出るのが怖くなってしまったらどうしようかと思ってた」

「ん……また? 私がいつ外に出るのが怖かったって?」

「え?」


 俺とヒューイ君は思わずぽかんとした顔でお互いを見た。


「だってミモザ、目が覚めてすぐは記憶が混乱していて、自分は男だとか、前世の記憶があるだとか設定をつくって家に閉じこもってただろ?」

「え? 設定?」

「こらヒューイ!」


 ヒューイ君の言葉におばさんが鋭い声を出す。

 え? 

 そんなおばさんの反応にも面喰う。

 ヒューイ君はしまった、という顔をして慌てだした。


「い、いや。いきなり目が覚めて自分が大きくなってたら訳わからなくなるよな! だから混乱して、自分が実は別の人格をもっているんだ!とか言い出すのもわかるさ! 俺も皆もガキの頃は『実は俺には秘められた力が!』とかやってたから。お前は今、それがきたんだもんな、ぜんっぜん恥ずかしいことじゃないよ!」


 えぇえええええええええええええ!! 何!? 俺、そんな中二病と思われていたの!?


 思わず母さんの顔を見る。母さんとおばさんは慌てて首を横に振った。

 その真剣な顔から、二人も初耳なのがわかった。


「大丈夫! 俺たち子供はみんなわかってるから!」 


 ひぃいいいいいいい!! 

 もしかして、お見舞いの後も村の子供たちが俺のことを遠巻きにしてたのは、中二病真っ盛りの俺を生暖かく見守っていたからか!?


 

 もう顔はこれ以上ないくらいに熱くなり、皆の視線に耐えられなくて自然と俯いてしまった。

 耳も尻尾もこれ以上ないくらいにへしょげている。

 もうこの場から逃げ出してしまいたい!


 そんなすでにHP0な俺に、更にヒューイ君の追撃は続く。


「そんなミモザがようやく外に出れるようになったから、もう落ち着いたのかと思ってたんだ。だけどミモザ、まだ『俺』とか言ったり男言葉を使ってただろ? まだ完全に落ち着いたわけじゃないのにあんな目にあって、今度こそミモザはショックで家から出られなくなるんじゃないかって心配してたんだ」


 もしかして、もしかしてっ! あの時腰が抜けたヒューイ君が泣いていたのは、頭が残念な子である俺を同情してのことだったのかい!?

 いやぁああああああああ!! 何それぇええええええ!!



 俺は、俺は。


 あまりの事実に耐えきれず、卒倒して椅子から転げ落ちた。


「ミモザッ!!」


 床に落ちる寸前、俊敏な動きで駆け付けたヒューイ君に抱きとめられる。



 薄れゆく意識の中で、俺は……いや、わたしは!


 中二病設定の汚名をはらすため!


 とっさの時も『わたし』と言えるよう、『俺』を封印することをっ、今ここに誓うっっ!!


 私はわたし! わたし、たわし、わたし、私、ワタシ、あはははははっははあh……。



 そこでわたしの意識はぷつりときれた。





 その次の日、ヒューイ君のおばさんが一人だけでお見舞いに来てくれた。

 まだ精神的に落ち着いてないわたしの状況を、あんな場で話し出した無神経なうちのバカ息子が申し訳ない、と何度も謝ってくれた。


 確かに昨日の話は衝撃的で今も思い出したくない。

 だけどそんな痛い子と認識していながらも声をかけてくれた、ヒューイ君の優しさというか心の広さも後からじわじわと感じてきた。


 だっておれ……っじゃなくて、わたしなら、意識が戻ったばかりで自分の設定に引きこもってる子なんて、絶対に声をかける勇気はない。

 彼がわたしに話しかけてくれたのだって、「中二病な設定にひたっているわたし」を許容できたという証拠だもんね!

 そんなわたしを「触れちゃいけない腫物」として思わなかったってことだよね!? ねぇ!!


 それにヒューイ君のほかに、お友だちいないんだよ……。

 相手が自分のことをそんな風に思っていると知っているのに、お友だちになりましょう!なんてするにはまだ、わたしの心の傷は大きい。

 中二病設定が忘れ去られたころに、改めてお友だちをつくるとしよう……。



 おばさんには、またヒューイ君に遊びに来てほしいと伝えた。

 おばさんが安心した顔で帰って行ったあと、すぐにヒューイ君がうちに来た。

 ヒューイ君は何度も謝ってくれたが、「それ以上謝ってわたしの傷を更に抉る気か!」と凄んだらそれ以上は触れなくなった。

 男ははっきり言われないとわからないもんね。……わたしもそうでした……。


「ミモザが元気で安心したから、そろそろ帰るわ」

「えっ、来たばっかりなのにもう?」


 家に閉じこもりっきりで退屈してるから、もう少し話がしたかったのに。

 残念に思いつつヒューイ君を見送るために玄関に行くと、ヒューイ君は「あ、忘れてた」とわたしを見下ろした。


「ミモザに悪いことしたから……。何かお詫びに、俺にできることないかな」

「え……。う~ん……」


 そこでわたしは言いよどんだ。


 お願い事なんて決まってる!

 外出禁止のわたしの家に来て、話し相手になってほしい。


 暇なわたしのために近所のお姉さんやおばさんがお菓子やお茶を持って遊びに来てくれる。

 だけどわたしは女子トークについていけないし、年上の異性と顔を向きあわせてずっと話をするのはかなり緊張する。


 その点、年下で男の子のヒューイ君と一緒にいるのはとても気が楽だ。

 今まで会ったときは一言、二言言葉を交わすだけだったけど、この機会にいろいろと話を聞いてみたいなと思った。


 だけど中身は男とはいえミモザは女の子、ヒューイ君は男の子。

 女の子の家を訪ねて話をしに来いってのはちょっと問題があると思うし、ヒューイ君だって面白くないだろう。



 本音と建て前に悩み、だけど他にお願い事が思いつかずつい唸ってしまう。


「何だよ、あるなら遠慮なく言っていいんだぞ? 無理なことなら無理って言うからさ」


 それでも悩んでいると、いつの間にかヒューイ君の後ろにおばさんが立っていた。


「ヒューイ、あんた勝手に飛び出してって! 今日は謹慎って言ってたでしょうが!……?」


 あぁ、ヒューイ君を追いかけてきたんだ。良く見ればおばさんは汗をかいて肩で息をしていた。

 ヒューイ君、どんだけ飛ばして来たのさ。

 おばさんは呼吸を整えながら、ヒューイ君と唸っている私を不思議そうに見比べた。


「ミモザにお詫びしたいって言ってるんだけど、ミモザの奴遠慮して言わないんだよ」


 おばさんはヒューイ君の説明に合点がいったようで、わたしに微笑んだ。


「ミモザちゃん、とりあえず言ってごらんなさいな。素直に甘えてくれた方がヒューイだって嬉しいのよ」


 う~ん、言っていいのかな? ここまで言ってくれてるんだし、他に思いつかないから言っちゃおうかな……。

 なおも言いよどむ俺に、ヒューイ君は後押しをするようににっこり笑って言った。


「俺、ミモザのことを妹のように思ってるからさ。もっと頼ってくれていいからな」


「…………!」



 何だ、一気に湧き上がるこの不満感は。何か胸のあたりがチリチリする。

 これはあれか。

 可愛い弟か親戚の子扱いしていたら、実は自分の方が下に見られていたことに対する不満か。

 わたし、そんなに器の小さい男だったのか!


「ほら、お兄さんに言ってごらん?」とでも言うように微笑ましく見守ってくるヒューイ君に、なぜかショックを受けたわたしは八つ当たり気味に願いを口にした。


 次の日から、ヒューイ君はほとんど毎日顔を出してくれるようになった。



 うん、本当に異性として見られてないね、これ。




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