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4話

暴力的表現があります、苦手な方はご注意ください。

R15、残酷・暴力表現ありのタグを追加しました。

 


 あんな夢を見たその日、俺はいつものように畑仕事をしている親父のもとへ弁当を届けに行っていた。

 ただしいつもとは違うルートでだ。


 いつもの道だと、ヒューイ君と遭遇する可能性が高い。

 別に発情期だからとか、ヒューイ君のことをそういう対象として意識したとかではない。

 が、変な夢に彼を勝手に出してしまった気まずさから顔を合わせるのは何か避けたかった。


 だから村のはずれの道をとぼとぼと歩く。この道はあまり村の人たちが通らないのでヒューイ君とも遭遇する可能性は低いのだ。


「……あれ?」


 道の向こうから、誰か歩いてくるのが見えた。

 背が高くて、ここらへんで見かける服装よりもちょっとあか抜けたような格好をした男の人。

 あんな人、この村にいたっけかな。でも他の村から来るのは商人のおじさんばっかりで、若い人はまず村に来たのを見たことがないしなぁ?


 俺は首を傾げたが、まだ完全に村のみんなの顔を覚えているわけじゃない。だから、相手をさも知っていますよ、という笑顔ですれ違いざまに挨拶をした。


「ふぅん。君、この村の子?」

「はい、そうですけど」


 ちっ、村人じゃないのかよ。男なんかに愛想笑いして損した!


 俺の内心をよそに、男はそのまま俺のほうにずいっと近づいてきた。

 おいおい、初対面の相手に近いぞこら! 俺は勘違いして愛想笑いしただけだよ!


「へぇ、今どき耳と尻尾を出してるなんて変わってるね」

「……はぁ」


 うるせぇな! 引っこめないんだからしょうがないだろ!

 No!といえない日本人気質のせいで愛想笑いのままそっけなく返事をするが、俺のこめかみはピクピクと引きつり始めていた。


「発情期も近いのにこんなとこ一人でうろついて、やれる男でも探してんの?」

「はぁ!?」


 さすがに、男の下心を理解できる俺でも切れた。

 いや、元男だからこそ切れた。

 お前みたいなやつがいるから、「男なんてエロイことしか頭にない」とか「下半身で物を考えている」とか、べつに何もしてないのに「どこ見てんのよ!」とか言われちゃうんだろうが!!


「頭沸いてんのか? きもいぞお前」


 つい我慢ならずに言った後でハッと気がついた。


 今の俺、か弱い女の子……。


「へぇ、いい度胸してるな」


 やっべぇええええ!! 明らかに目が怒っていらっしゃる!


 俺は一目散にその場を逃げ出した。


「ははっ、鬼ごっこ? まじウケるわ」


 うおっ! 男も俺の後をついてきた。まじでこれはやばい!

 犬って足が速いんだぞ! 逃げ切ってやる!!


 と思ったのもつかの間、あっという間に男に追いつかれる。

 男はあろうことか俺の尻尾を容赦ない力で掴み、思い切り後ろに引っ張りやがった。


「ひぎゃぁああっ!!」


 激しい不快感と尻尾がちぎれそうな痛みに思わず全身が硬直する。

 そのまま草むらに勢いよく倒れこみ、衝撃で息がつまった。

 思わず身体を丸めて全身をはしる痛みに呻いていると、ものすごい力で仰向けにひっくり返された。

 驚く間もなく男が馬乗りになってくる。


「発情期の男をなめたらどうなるか、わかってるな」


 男はギラギラと目を光らせて俺を見下ろしながら、獰猛な笑みを浮かべた。


「……ひっ!」


 俺はとっさに大声を出して助けを求めようとしたが、喉がつまったように声が出ない。

 恐怖に固まっている間にも、男は遠慮なしに俺のブラウスをつかんだ。


 願いも空しく服は紙切れのように簡単に破かれ、外気に触れた胸元の心許なさにぶるりと身体が震える。

 普通の人間の男ならこんなに簡単に布は破けないだろう。村人たちののどかさに忘れていたが、俺は獣人の力を甘く見ていた。

 俺の胸をなめるように見る男の視線に熱がこもったのがわかり、全身に鳥肌が立つ。

 嫌だ! そんな目をして俺の身体を見るな!!


 暴れて抵抗したいのに、身体がまったくいう事をきいてくれない。

 小刻みにカタカタと震えることしかできない。

 怖い! 目の前の獣人の男が怖い! その気になれば獣人の力で簡単に俺を殺せるだろう、こいつが怖い!!


 俺は恐怖に支配され、思わず目を固く閉じた。

 下腹部にのっている男が身じろぎし、覆いかぶさってくるのがわかった。


 もう嫌だ!! 誰か助けて!!

 固く閉じた瞼から、涙が頬を流れ落ちたときだった。


 鈍い音と激しい衝撃に体が揺さぶられたと思ったら、のしかかっていた重みがなくなった。


「ミモザッ!!」


 そのまま名前を呼ばれながら抱き起され、ようやく固く閉じていた目を開ける。

 そこには、険しい顔で覗きこむヒューイ君の顔があった。


「うぅぅううううううう!!」


 どっと胸に押し寄せる安心感からぼろぼろと大粒の涙があふれ出す。

 極度の緊張から解放されたせいか、小刻みに震えていた身体ががたがたと大きく震えだした。


 ヒューイ君は無言で上着を脱ぐと、引き裂かれて露わになっている胸元を隠すようにかけてくれた。

 だいぶ走ってきたのか、ヒューイ君の上着はかなり暖かくてむわっとヒューイ君の匂いや汗の匂いがした。


「うぅうううううう……っ!!」


 アホみたいに唸っては、ヒューイ君の上着をぎゅっと握りしめた。

 ただ泣きながら、ヒューイ君の上着に俺の涙が染み込んでいくのを意味もなく見守る。


 背後で呻き声と草ががさがさと揺れる音がして、体がびくりと大きく揺れた。

 あの男だ。


「……てめぇ、何しやがる」


 怒りに満ちた男の声と、一歩ずつ近づいてくる音がする。

 どうしよう、あの男はヒューイ君よりも体が大きい。このままじゃ怒りに狂った男にヒューイ君も殺されてしまう!!


 彼を巻き込んでしまったことに全身の血の気が引いた瞬間。


 後ろからヒューイ君にがっしりと抱きしめられた。

 まさか、男の暴力から俺を庇うために⁉

 とっさに「逃げて!!」と叫ぼうとした俺の声は、耳元で聞こえた低いうなり声に驚いて喉の奥に引っ込んだ。


 何だ? この、獣が相手を威嚇するときに出す、地の底から響くような唸り声は? 耳元で聞こえるってことは、もしかしなくてもこれ、ヒューイ君の唸り声か!?


 俺は恐怖も忘れてヒューイ君を振り返ろうとしたが、がっちりと身体に回された腕がそれを阻んだ。なんで邪魔するんだよ、とヒューイ君の腕に目をやって驚く。


 長袖から出た手が、形は人の手なのに黒くて短い毛に覆われていて、畑仕事をするために短く整えていた爪が少し伸びて鋭くなっていた。


 そうだよな、ヒューイ君も獣人だもんな。

 でも、こんな怖い唸り声を本当にあのヒューイ君が出しているのか!?


 混乱する俺をよそに、低い唸り声は続いている。背後で男が戸惑うような気配がした。


「な、何だよ、俺はこの村につがいを探しに来ただけだ! そいつが生意気だったから、ちょっとからかってやっただけだよ!」


 さっきまでの勢いはどこへやら、男は焦ったように言い訳をはじめた。

 これはやっぱり、ヒューイ君の威嚇に怖気ついたってこと?


「さっさと立ち去れ……。お前なんか、この村に入る資格はない……」


 耳に届く押し殺したようなどすの利いた声は、確かにヒューイ君の声だった。

 あんな気さくで優しいヒューイ君がこんな声出せるのか。



 走る足音が遠ざかり、俺の犬耳を集中させてもようやく聞こえなくなった頃。

 大きなため息とともに俺を拘束していた腕が緩んだ。


「お、おぉ?」


 途端に背中にずしっと重みがかかり、腑抜けていた俺はヒューイ君ごとその場に崩れた。


「ご、ごめん……。腰が抜けた……」


 よろよろと俺の上から身体をどかし、どさっと草の上にあおむけに寝転んでヒューイ君は弱々しく言った。

 そんなヒューイ君の姿に、倒れたまま俺は感動がこみあげてまたどっと涙があふれた。

 ヒューイ君は再び泣き出した俺を見て、草むらに倒れたままわたわたと慌てだす。


「ミ、ミモザ! ごめんな、怖かったよな! ご、ごめんな!」


 俺はそんなヒューイ君がおかしくなって、泣きながらくすりと笑ってしまった。


「何でヒューイ君が謝るんだよ。こんなに怖かったのに俺を助けてくれたんじゃん」

「ミモザをこんな目に合わせてしまった自分が許せない……、守れなくって、本当にごめん……ごめん……」


 徐々に鼻声になっていくヒューイ君の声。

 しまいには、鼻をすすりあげながら目元を腕で覆ってしまった。


 ヒューイ君が俺のために泣いてる!!


 年下の少年が見せた健気な姿に、胸がぎゅっと苦しくなった。

 気が付けば。

 尻尾をぶんぶんと激しく振りながら、草むらで横たわっているヒューイ君に飛びついていた。


「ひゃっ! な、何!?」

「ヒューイ君はちゃんと守ってくれたよ!! 俺、ヒューイ君のおかげで服破られただけですんだもん!!」

「う、うわっ! 服破れてんのにくっつくな!!」


 これが本当の女の子だったら、あんなことあった直後にこんな余裕はないと思う。

 だけどミモザの中身は俺だから、あんなことあって気持ち悪いし殺されそうな恐怖に怯えたが、その危機が去った今はそこまで引きずってない。


 そしてヒューイ君の焦った声で今の状況を思い出す。

 うん、健全な青少年にはよくないね。


 俺は胸元の上着がずれないように気を付けながら、そっとヒューイ君から身体を離した。

 ヒューイ君の顔を見ると、耳も顔も首も真っ赤だった。俺は気づかないふりをした。

 尻尾だけは今もぶんぶんと激しく左右に振れている。ええい、静まれ俺の尻尾! 何をそんなに喜んでやがる。


 何か誤魔化そうと思って、上着がずれないように片手で押えながら残った手を広げた。


「おかげさまで、こんなに元気です」

「あ、うん。……良かった……」


 とりあえずその場に座りなおした俺と、寝っ転がったままのヒューイ君の間を風が吹きぬけた。

 気まずげにヒューイ君が顔をそらしてぼそりと呟く。


「……ごめん、まだ動けない。本当に俺格好悪い……」

「何言ってんだよ!! こんなに怖い思いをして俺のこと助けてくれたんだ。もう俺、すっごい感動してんだよ! ヒューイ君、めちゃくちゃ格好いいよ!!」

「……あ、ありがとう……」


 くっそう、照れ笑いするヒューイ君可愛いな! 

 あぁもう、尻尾が痛いくらいにぶんぶん暴れちゃってるよ! 尻尾よ、許す! 俺の代わりに思う存分萌えて悶えるがよい!!

 俺だって、今すぐにでもヒューイ君の清潔感のある黒い頭を思う存分ぐりぐりしたくて手がうずうずするよ!


「……何ニヤニヤしてるの……」


 ヒューイ君が何だかおそるおそるといった感じで聞いてきた。まずい、顔に出ていたか。


「ヒューイ君が格好良かったからだよ」

「あ、……そう……」


 うまいとこ誤魔化せただろうか。ヒューイ君の反応を確かめる前に、背後から聞こえてきた地響きに俺は振り返った。


「ミィモザァアアアアア!! グルゥァァアアアアアアア!!!」

「ぎゃぁああああ!! 親父が熊化して突進してくるぅうううう!!」

「俺殺されるっ!!」


 その後、錯乱した大熊の吠える声が村まで届き、大慌てで駆け付けた大人たちによって俺たちは救出された。

 錯乱した親父は……。

 駆け付けた小柄なアライグマの鋭い攻撃を何度も喰らい、撃沈したところまでは確認できた。



 アライグマって、けっこう凶暴なんだな……。





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