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最終話

 


「こんな俺は嫌い?」


 その言葉の意味をよく理解する前にわたしはぶんぶんと首を横に振る。

 ヒューイ君は椅子から立ち上がると、ゆっくりわたしの横にやってきた。


「じゃあ何?」

「へ?」


 思わず横に立つヒューイ君を見上げる。

 細められた青い目と目があった瞬間、ヒューイ君はその場にしゃがみこみ下からわたしの顔を覗きこんできた。

 ヒューイ君の視線に固まっていると、膝の上で握りしめていた手をそっととられる。


 ひゃぁ~、ヒューイ君がひざまずいてわたしの手を握ってるぅうううっ!!

 見つめてくる切ない顔がめちゃくちゃ色っぽくて鼻血が出そうっ!


 ヒューイ君の顔を直視してられなくてつい俯いてしまう。

 うわ! うつむいても、見上げてくるヒューイ君の視線からは逃げられない!?


「じゃあ、俺のこと嫌い? それとも、好き?」

「う……っ!」


 ヒューイ君の青い目が熱い。


「ミモザ、言って」

「あ、あう……」


 頭の中がぐわんぐわんとまわって、冷や汗がじわりとにじんできて、緊張で喉が渇いて視界がぼやけてくる。

 そんないっぱいいっぱいな状態なのに、ヒューイ君の視線は逃がさないとばかりにわたしを追い詰める。


 だ、だめだ! もう逃げられない!!


「……す、……す」


 ええい、ままよ!

 わたしは目を固く閉じて息を大きく吸った。



「ヒューイ君が好きですっ! 大好きですっ!!」



「ミモザッ!」

「わぷっ!」


 握られていた手を引かれていきなり立たされると、ヒューイ君に勢いよく抱きしめられた。

 ヒューイ君の体温に包まれて顔だけじゃなく全身ゆでだこみたいに熱くなっていくわたしの耳に、ヒューイ君のはしゃいだ声が聞こえる。


「俺たち、これでつがいだな!」


 きつく抱きしめられて声がつまる。

 ヒューイ君、ちょっと力こめすぎ! く、苦しぃいいいい。


「はぁ、人型でこうやってミモザを抱きしめたかった……。ミモザあったけぇ、やわらかい……」


 ひぃいいい、いちいち感想なんて言わなくていいから!!


「ずっとこうしてたい……」


 苦しい! ヒューイ君、力こめすぎだから!!

 な、内臓が飛び出ちゃうよぉおおおおお!! ギブ!ギブ!


 タップしたいのに腕ごと抱きしめられていて身動き一つとれない。

 ひぃいいい、今までの想いがつまった絞め技!?

 このままでは締め落とされると必死に尻尾でヒューイ君をタップする。


「あ、……わりい」


 ヒューイ君はようやく瀕死のわたしに気が付いてくれ、少し腕の力を緩めてくれた。

 だけどあいかわらずわたしの身体は腕ごとヒューイ君に抱きしめられている。


 …………。


 わたしはヒューイ君の腕の中でよじよじと小刻みに身体を動かし、ようやく腕だけ脱出させてばんざいの姿勢になる。


「……もう逃がさないし、離さない」


 ヒューイ君がそんなわたしを警戒してまた強く抱きしめてくる。

 この期に及んで逃げたりなんてしませんよ。

 わたしは両腕を広げた。


「あ……」


 わたしを抱きしめるヒューイ君を、更に抱きしめかえした。

 そのままヒューイ君の胸に頬を押し付ける。


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……。


 ものすごく速い鼓動が伝わり、おかしくって、……とっても嬉しかった。


「……ヒューイ君」


 目を閉じてヒューイ君に体重を預け、そっと名前を呼んでみる。

 ただそれだけで何だか体中がくすぐったくなる。



 あのね、10年間『好き』じゃなかったとしても、淡い想いを10年間抱いてた可能性はあるよね?


 10年前にわたしに連れまわされて練習してただけじゃ、あんなに上手にサバイバル生活は送れないよね?


 自分でも気づかずに10年間抱き続けていた想いが、成長して10年ぶりに会って『好き』に変わったんじゃないのかな?


 今のわたしも小さい頃のわたしも全部ひっくるめて、ヒューイ君は好きになってくれたんだと思うんだけど?



 わたしはそんな思いをこめて、ヒューイ君に抱き付く腕に力をこめる。

 わたしの心臓もヒューイ君の心臓も凄いくらいにバクバクいってて、もうどちらの心音かわからないくらい。


「…………。ミモザ」

「っ!!」


 顔にそえられた手に上を向かされて、驚いて目を開ける。

 潤んだ眼のヒューイ君がゆっくりと顔を近づけてくる。


 わたしは目を閉じて―――――。






 自由になっている腕で、ヒューイ君の顔を押しのけた。


「やっぱりいきなりは無理ぃ~~~っ!!」

「こ、ここまできて……」


 がっくりと肩を落とすヒューイ君。

 だってヒューイ君のことは好きだけど、まだ自分が男としての感覚はあるんだもの! 

 感情的な想いとは別に、男の子とキスするなんて行動はまだハードルが高いわぁ!!


「ミモザの方がもっと凄いことしてきたんだけど……」

「あ、あれは夢と思ってたから? あ、あはは」


 実はあのときのこと、プッツンしてたからよく覚えてない……と言おうとして思わず口をつぐむ。

 そんなこと言った日にはヒューイ君がどうなっちゃうかわかんないや!


「じょ、徐々にお願いします……」

「徹底的に逃げ道をなくしてやる……」


 なにやら不穏な響きでヒューイ君が呟く。

 まだ男としての感覚があるのに、ヒューイ君のことを「好き」なんて口に出して言っただけでも大きな進歩なんだから。

 これで許してね!


 ヒューイ君のどんよりとした視線から逃げるように目の前の大きな胸に顔をうずめた。



 こんなわたしですが、とうとうヒューイ君とつがいになりました。







『獣人族につたわるとある昔話』



 昔々、愛し合う二匹の獣がいました。


 しかし二匹はお互いに種族が違うため、添い遂げることが出来ませんでした。


 二匹は涙を流しながら言います。


「あなたのことを愛しています。しかし私は種族の誇りを捨てることができません」

「私もです、あなたと一緒になりたい。しかし自分の種族を、親兄弟を捨ててまであなたの種族になることは許されない」


 ならばこの種族の違う肉体を神にささげ、魂のみの世界で共に添い遂げましょうか。


 二匹が己の肉体を神に捧げようとしたときでした。


 愛し合う二匹を哀れに思った神様がおっしゃいました。


「種族も、肉体も捨てる必要はありません」


 二匹は光に包まれ、そして人の姿になっていました。


「獣の時は己の種族で、人の姿の時は同じ種族として愛し合いなさい」


 二匹はとても喜びました。

 そしてお互いを愛し合う時は人の姿で、己の種族として生きるときは獣の姿になり、幸せに暮らしていきました。


 それが獣人のはじまりのものがたり。

 今もわたし達は、ご先祖様が愛した種族の誇りを持ちながら、人の姿でつがいと暮らしています。



 わたしたちは、獣人。

 枠を超えて愛し合うことが許された、幸せな種族なのです。




 おしまい。




 ここで本編は完結となります。最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。 

 皆様に読んでいただき、また評価を頂いたことで、今までの作品よりたくさんの方に見ていただくことが出来ました。本当にありがとうございました。


 次からはつがいになった後の番外編などを投稿予定です。

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